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≪1-17≫ 第一歩

 アニスは四肢を投げ出して寝転がり、少しずつ近づく天井を見ていた。

 ダンジョンが徐々に収縮し、床の位置が地上に近づいているのだ。


「勝った……」


 ぐったりと呟く。

 全身のエネルギーを全て使い切ったかのようだった。

 無理やり剣を持って猪の背中にへばり付いていたので捻ったのか、せっかくポーションで治った右腕も既になんだか痛い。


 しかしアニスは生き延びた。

 巨大な猪の魔物は消え去り、その核であった大きな魔石が転がっているだけだ。


 どうしようもなく気怠くて寝転がっていると、バセルがやってきて見下ろした。


「よう。俺たち生きてるよな?」

「あと2,3時間もすりゃ晩飯の時間だから分かる。

 腹が減ったら生きてたって事だ」

「天才か? やっぱりお前は頭が良いや」


 なお、この大騒ぎで食料を含む荷物が無事であったかどうかは不明だ。まあ仮に荷物が全滅していても、道中で飢えて死ぬほど街は遠くないけれど。


 バセルは笑って、アニスの隣に同じポーズで寝転がる。


「感動したぜ……まさか自分で剣に付与魔法エンチャント掛けて戦うなんて。

 しかも俺よりよっぽどデキんじゃねーか!

 まるで英雄ヴォルフラムみてえだったぜ!」

「よしてくれ。今の俺じゃ全然届かねえ」


 溜息をついてアニスは起き上がる。

 あのボスは確かに強敵だったし、何かイレギュラーな強化を受けて力を得ていた。

 だがそれを含めても、全盛期のヴォルフラムであれば単独で秒殺できたはずだ。

 こんな生きるか死ぬかのギリギリの戦いをすることもなかったし、死人を出すこともなかった。

 そこへ再び至る道のりは長く、まだ遠い。


 己に鞭打って、アニスは気怠い身体を起こす。

 壁際では、まだ何もかも信じられないという顔でジェシカが壁にへばり付いて震えていた。


「おい」

「ふぇっ?」


 いきなり闇の中から声を掛けられたかのようにジェシカは素っ頓狂な声を上げる。

 アニスは、へたりこむ彼女の頭を胸に抱きしめた。


「……お前が無事で良かった」


 ほんの少しだけアニスは救われていた。


 * * *


 別にそこまで重大な負傷をしているわけではないが、心理的なものも含めて疲労困憊で、三人は足を引きずるように帰途に就く。

 森の中は腹が立つほどにのどかだった。

 夕闇が迫り始めている。暗くなるまでに昨日のキャンプ地へ辿り着かねばなるまい。


 死者二人の遺体は残念ながら置き去りだ。

 運んでいる余裕はない。

 そのうちギルドの方でどうにか回収してくれるだろう。おそらく。


「そう言えばお前、割と猫被ってたんだな……」

「えっ?」


 歩きながら何の気なしにバセルが言った。


「切羽詰まると本性出るのな」

「あれは……

 まあ、こんな姿ナリですから、相応の態度の方が自然だろうと努力してるんです」

「俺は割と好きだぜ。カッチョ良くて」


 どう反応すれば良いか分からず、アニスは曖昧に笑って誤魔化した。


「事情、気になりますか?」

「割とどうでもいい……っつーか、どうでもよくなっちまった。それどころじゃねえし」

「本当になんなのよ、あんたたち……」


 後ろを歩くジェシカから呆れたような感想を述べられ、二人は顔を見合わせる。


「なんで俺も『たち』に含まれてんだ?」

「さあ」


 しばし全員が黙って歩いた。


 自分たちが草を踏み分けてきた道を引き返し、川に辿り着いたらそこからは川沿いを下っていく。

 ダンジョンから外に出た魔物がどこをうろついているか分からないので、周囲への警戒は怠らない。

 まあ、来る途中に会わなかったという事は、どこかに集まっているか遠くに行ってしまったのだろうから、偶然出くわす確率は低いだろうけれど念のためだ。


「世界を救うつもりなんです、わたし」

「……へえ」


 ふと口にしてみると、バセルは特に驚いた様子も無く相づちを打った。


「なんか普通に受け止めてますね」

「あんなもん見せられたら信じるっきゃねーよ。それに俺の方が先に同じ事言っちまったからな」

「ああ、『魔王倒す』っていうあれですか?」

「おう。あと『ウハウハ』も。ただし『モテモテ』が付いてる分、俺の方が高い目標だな」


 どこまで本気か分からない言い草だが、少なくともバセルが夢を諦めた様子はなく、それがアニスにはちょっと不思議だった。


「駆け出しの頃にこういうキツイ目に遭って、それで現実見て夢破れる冒険者は多いと聞きますが」

「むしろ逆かなあ……

 どう言やいいんだ? お前みたいななんでもない奴が命懸けで何かをしようとしてるんだ。その世界から逃げようって気になれねえ。

 もし俺が冒険者を辞めても、お前は戦いを続けるんだろ?」

「もちろん」

「そしたら俺は多分、親父の下で毎日殴られながら仕事しつつ、『あいつは何してるんだろう』って折に触れて考えるんだよ。

 今度はどこでどんなやべえ奴と戦って死にかけてんだろうって心配になるんだ。おちおち酒も飲んでいらなくて肝臓が健康になっちまうし、夜眠れなくなって昼間に寝るようになる」


 バセルは気持ちを表現する言葉を探すように、言葉に仕切れない分を手振りで示すようにわさわさと両手を動かしつつ語る。


「だから、とりあえず冒険者はもうしばらく続けてみようと思うんだ。俺でもまだなんかできそうだなって思ってるうちは」


 心を折られる以上に、アニスの戦い様を見て発憤したということだろうか。

 使命感なんて言うほど大仰なものでもなく、『真剣にやってみたくなった』という程度の。

 しかし無視できない変化。


 それを自覚して彼は冒険者を続けると決めた。惰性ではなく積極的な意志として。


「でしたらわたしとパーティー組みます? 正式に」

「マジで? いいのか?

 お前の実力ならもっと上のパーティーからでも声が掛かると思うんだが、組んでくれるってんなら遠慮はしねえぞ」

「いいんですよ。

 力を合わせて死線をくぐった相手なら、そう簡単には見捨てないでしょう。わたしはそういう信頼ができる人が一人でも多く欲しいんです」


 世界を救うには力を付けなければならないし、地位も財産も必要になるだろう。

 だが何よりも今のアニスには、信頼できる協力者が居ないことが問題だった。

 この世界を救うために最も必要なものは、きっと、人脈だ。


「なら任された。逃げるときは一緒だぜ。よろしくっ!」

「よろしくお願いします」


 だいぶ大きさが違う拳を突き合わせ、二人はそれを誓いとした。


「本当に、本当に何なのよ、あんたたち…………」


 やっぱりほとんど呆れた調子で、後ろを歩くジェシカが呟いた。

ここまでお読み頂きましてありがとうございます!

書き溜めてた分を投げ終わっちゃいましたので投稿頻度が落ちますが、少なくとも第一部の終わりまでは書く予定です。

よろしければ引き続きお付き合いください。

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