≪1-16≫ はじめて(?)のダンジョン⑤
「それは……!?」
武器を失って右往左往していたバセルが目を見張る。
本来片手持ちである剣をアニスは両手で構えて、払うように素振りをした。
雷光が宙に軌跡を残し、目に焼き付いた。
――こういう時には炎を使うのが俺のやり方だったが、今は身体の属性に合わせた方がマシだ。
慣れねえ技だが……致し方ない!
『魔剣士』と呼ばれた英雄ヴォルフラムの代名詞、付与魔法による魔剣技。
自分自身の剣に付与魔法を掛け、その力で戦う武闘派の術師だった。
「おい。どうする気だよアニス。まさか……」
心配と言うよりも信じられない様子でバセルが声を掛ける。
この雷剣をバセルに渡した方が、まだ上手く戦ってくれるだろう。剣で相手に傷を付けるだけなら。
だが、あの難敵を一撃で仕留めようと思ったら、他人任せにするわけにはいかない理由があった。
もはや動きの邪魔になるだけのローブを切り裂いてアニスは脱ぎ捨てる。
そして、巨猪から目を離さぬようにしながらじりじりと後ずさり、壁を背にした。すぐ近くにイワンの死体が転がっていた。
巨猪は爛々と目を輝かせ、小さな敵を蹴散らそうと構えている。ぐっと頭を下げたため、牙の先端に突き刺さっていたザックの死体はすっぽ抜けて落ちた。
――デカいやつと戦ったことはある。クソデカ重い剣も振ったことはある! あの時のつもりで……
巨猪が走り出した。
アニス目がけて土石流のように向かってくる。
避けない。まだ避けようとしてはいけない。
「危ねえ……!」
バセルが目を覆って叫んだ。
ギリギリまで巨猪が迫ったその時、アニスはイワンの死体がある方と逆方向に壁際を走った。
盾手であるイワンが持っていた盾は、相対する敵の意識を惹き付ける魔化が施されている。
それがほんの一瞬であろうと、巨猪の気が逸れた。
紙一重。
アニスのすぐ後ろでダンジョンの壁面に血まみれの牙が突き立ち、ダンジョン全体がズンと揺れた。
「はあああああっ!」
アニスは手近な前脚の付け根を狙って剣を振るった。
遊離して立ち上るエーテルは、投射された魔法を防いでしまう。
だが、剣に乗せた魔力は直接届く!
稲妻が迸り爆ぜる。
巨猪は、絞め殺される豚のような悲鳴を上げて竦み上がった。
――これは流石に効いたか!
動きを鈍らせるに充分な手傷。
だが、巨猪の側もやられっぱなしではなかった。
首を持ち上げてデタラメに牙を振り回す。それは側面に居るアニスには当たらなかったが、つられるように動いた逞しい前脚がアニスに当たった。
「きゃああっ!」
身体への直撃を避けるため、アニスは咄嗟に腕を犠牲にした。
軽く当たっただけなのに見事に吹き飛ばされたアニスは、一回転してすぐに跳ね起きる。
取り落とした剣を左腕で拾い上げた。利き腕である右腕は……死ぬほど痛い。
――うわあなんだ今の意味も無く可愛い悲鳴!?
ってそれどころじゃねえよ、右腕を引っかけられた! やべえ!!
こいつを倒すには、あと一撃必要だ。
だがそれを片腕でこなさなければならない。
と、思った時だった。
背後から何かが飛んできて、アニスにぶつかって破裂し、液体をぶちまけた。
――薬玉?
ポーションを投げ当てるための補助用のアイテム。
味方を支援したり、敵に毒を食らわせたりと、使い道は様々だ。
死んだと思った右腕の痛みが引いていく。回復系のポーションの効果を受けたようだ。
振り返ればバセルがザックの死体の傍らに片膝を突き、ドヤ顔で拳を突き上げている。彼の死体を漁って薬玉を見つけたらしい。
「よっしゃあ! 俺ナイス援護!」
「ありがたい!」
再び両手で剣を手にし、アニスは駆ける。
振り向こうとする巨猪の動きが遅い。前脚をやられたのが効いているようだ。
擦れ違いざま、後脚に斬り付けて雷を浴びせる。
巨猪の動きが鈍ったと見るや、アニスは巨猪に飛びついた。
脇腹に突き立ったバセルの剣を足がかりに、緋色の剛毛を片手で掴んでよじ登り、もう片方の手で背中近くにハーケンのように雷剣を突き刺した。
巨猪が悲鳴を上げる。
躍動する背中がアニスを振り落とそうとする。
そして走り出す。背中から壁にぶつかってアニスを押し潰すつもりだ。
突き立った剣を握りしめて巨猪の背中にへばり付くアニスは、服のポケットに手を突っ込み、ビー玉のようなものを四つほど取り出した。
魔物の核である魔石を加工したもの。
内部の魔力を引き出して魔法に使えるようにした魔石……『触媒』だ。
装備品をレンタルで賄ってまでバイト代を注ぎ込み、アニスはこれを購入していた。
既にアニス自身の魔力は≪天雷付与≫でほぼ空っぽ。
だがここに、追加の魔力がある。
四つの触媒は急速に色褪せて風化しヒビ割れ、込められていた魔力はアニスが手にした剣へと流れ込んだ。
「爆ぜろぉ――――っ!!」
閃光。
臨界を極めた雷が迸り、網膜を灼くほどの光量で巨猪を貫いた。
≪付与魔法解放≫。
武器に付与した魔力を解放し、放出する魔法。
自分自身の武器に付与魔法を掛けることで、≪付与魔法解放≫に魔力の上乗せができるよう図り、最大効率で全魔力を叩き込める。
多くの強敵を打ち倒してきた、『魔剣士』ヴォルフラムの必殺技だった。