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≪1-12≫ はじめて(?)のダンジョン①

 大地に忽然と現れる地下迷宮……ダンジョン。


 一口にダンジョンと言っても、その中身は様々だ。

 ただの洞窟、延々と続く石の回廊、謎かけめいた数多の仕掛けを解き明かさなければ最深部に辿り着けない絡繰りの館……

 ダンジョンと共に生まれる『ボスモンスター』が内部を構成するとされていて、ボスの知能が高いほど複雑なダンジョンになる。


 その点、このダンジョンはシンプルな洞窟型だ。

 ただし、床も壁も天井も、自然な洞窟にはあり得ないくらい綺麗にならされて、所々不自然に岩の突起なんかが配置されていたりしたが。

 ダンジョンを作り出すボスの頭がよろしくないと、こんな風に現実感の乏しい構造になったりするのだ。


 腰や肩に引っかけられる、冒険者向けの携帯ランプが辺りを照らしていた。


「でりゃあっ!」


 ザックが剣を振り下ろすと、彼に飛びかかろうとした紫色の水爆弾みたいなものが真っ二つになり、断面から粘液を漏出させつつ動きを止める。

 やがてその死体は空気に解けるように薄れて実体ではなくなっていき、後には血の色をしたビー玉みたいな物体……魔物の核である『魔石』だけが残された。


「いきなり荒っぽいお出迎えだな。ま、ざっとこんなもんさ」

「居たわね、パープルスライム。あれが『指揮種』ってやつ?」

「はい。確定ですね、ここは『侵略拠点ダンジョン』……ギルドの用語では『マザーダンジョン』です」


 ダンジョンに入るなり、パーティーは少数の魔物の襲撃を受け、短い戦闘の末にこれを蹴散らした。

 報告通り、駆け出し冒険者でも対処可能な、しかし、『指揮種』を伴った群れだ。


「まさか、あの支部が『マザーダンジョン』を理解していないとは思いませんでしたが、『マザーダンジョン』の攻略には追加報酬を支払う規定があったはずです。

 より上位の支部に掛け合って再査定してもらえば……」

「報酬はガッポリ! ってわけだな!」


 散らばる魔石を抜け目なく回収していたバセルが眩しい笑顔で親指を立てた。


「俺は報酬も欲しいけど、それより早く等級上げたいぜ。第一のまんまじゃ碌な依頼クエスト受けられねえし」

「もうちょっと実力見て欲しいわよね」

「ま、流石にこのダンジョン潰せばギルドも文句ないだろ」


 ザックはこのダンジョンの攻略を昇格の足がかりにしようと考えている様子だった。

 初仕事になるアニスと違い、彼は既に第一等級の冒険者としてそこそこの実績を積んでいるらしい。となれば、おそらく目論見通りになるだろう。第二等級は大して高い山ではないそうだから。


「さて、それじゃ先行罠チェック頼むぜ、ジェシカ」

「了解」

「アニスはできるだけ魔法を温存してくれ。ぶっちゃけ、このレベルの魔物が相手ならわざわざ魔法使う意味が薄いから、魔力は回復に回してほしい」

「分かりました」


 名目上、パーティーの募集者でリーダーであるアニスを差し置き、いつの間にかザックが仕切っていたが、アニスも特に異存は無かった。

 表向き無実績でしかも最年少のアニスが仕切るよりこの方がまとまるだろうし、指示も問題無さそうだ。


 ――今の俺の魔法じゃ、冗談抜きに『殴る方が早い』んだよなあ。

   武器を溶かすグリーンスライムなんかが出るレベルになると、魔法必須になってくるんだが。


 やることが無く、後ろから見ているだけというのは落ち着かない心地ではあったが、今のアニスが後先考えずに魔法を使ったらすぐに魔力切れを起こして肝心なところで魔法を使えなくなる。

 歯がゆく思いながらも戦略的判断をするしかなかった。


 * * *


 探索開始から2時間。

 意外なほどアニスは仕事をしていた。


「ジェシカさん。そこの岩陰。

 ……違います、そこのこれ見よがしな岩じゃなくて、壁際の小さいの」

「あら」


 何気なく配置されたオブジェの裏に、巨大なサイコロみたいな物体が据え付けてあるのをアニスは発見する。

 先行するジェシカが見落とした罠を、アニスが発見して指摘するのはもう三回目だった。


「危ない危ない。見つけてくれてありがとね」

「子どもは目線が低いからな。こういうのがよく見えるんだろう」


 ジェシカは礼を言い、ザックはフォローする。


 ――そーゆー問題じゃねーだろー……


 軽い、とアニスは思った。

 別にザックたちだってピクニック気分でここへ来ているわけではないだろうけれど、一瞬一瞬に命が懸かっているという感覚を、まだ彼らは心の底から理解してはいないと感じられた。

 第一等級の冒険者に任される仕事は、危険度も相応のものでしかなく、命の瀬戸際に身を置いているという感覚はなかなか無いのだろう。


 『冒険者ギルドは等級を上げ渋る』と嘆く声も以前聞いた覚えがある。だが、それも良し悪しということか。

 死線をくぐるような体験をせずとも、冒険者として長く仕事を続け、少しずつ危険な依頼クエストをこなすようになるうち、自然と彼らは危機感を身につけるはずだ。


 ――でも……それが今ここで、罠を見落としていい理由にはならねーっ!

   ゲンリュウなら絶対見落とさなかったな。つーか、あいつを見てたら俺でも分かるようになったし。……あいつ本職じゃなかったけど、かなりのもんだったんだな。


 かつて魔王を討伐したヴォルフラムのパーティーは、いわゆる盗賊シーフが居なかった。

 罠の確認や偵察などは主にゲンリュウが引き受け、他三人もサポートして当たっていたのだ。罠を見つけ出す眼力は、そうやって培われたものだった。


 ジェシカは壁際に仕掛けられた四角い物体を確認する。

 どうやら地面と癒着しているようで簡単には動かせない。


「んー、マジックミサイルね。生命感知で魔法が飛んでくやつ。

 『目』をくさびで塞いじゃえばいいんだけど……」

「どうかしました?」

「四本しかないの。避けて通らない?」


 ジェシカはベルトポーチから四本の楔を抜き出し、それを示して舌を出す。

 ダンジョンの構造物にも打ち込めるミスリル合金製の白っぽい楔だ。駆け出しの冒険者には、ちょっと高い。


 まさかこんな基礎的消耗品が足りずに難儀するとは思っておらず、アニスは天を仰ぎそうになる。


 ――オイオイ……こりゃ準備を任せた俺が悪いのか?

   あー、出発前にちゃんと全員の荷物チェックくらいしときゃよかった。でも、楔不足が分かっても自分で買う金は無ぇからなあ。


 自分もお財布が厳しいのだから、他の冒険者だってそうなのだと思っておくべきだった。

 英雄ヴォルフラムとして百ではきかない数のダンジョンを潰してきた経験があるが……あの時は資金だって潤沢だったのだ。


 気を取り直し、アニスは別の対策を考える。


「じゃあいっそ発動させちゃいましょうよ。

 見たところ、他所へ魔力導線が繋がってる様子もないですから単発の罠です。

 撃たせて弾切れにしちゃえば、逃げるときとかに通っても引っかからなくなりますし」

「それもそうね……って、誰が囮になるの?」

「やっぱ一番素早い奴じゃねえの?」

「嫌よ私!」


 冗談めかしたバセルの提案を冗談めかして拒否するジェシカ。

 アニスは溜息を呑み込んだ。


「……どうしても必要な時は盗賊シーフがやるものだと思いますけど、この場合はわたしが対処できます」


 逆に言えば、アニスが対処できなければジェシカの仕事だったわけだ。自覚が足りない。


 アニスはその辺に落ちていた石ころを拾い、それに自分の髪を一本抜いて結びつけ、集中する。

 魔力を込められた石はぼんやりと光って見えた。


「これは?」

「使い魔を作る魔法……の、出来損ないです。今のわたしにはちゃんとした使い魔なんて作れませんけど、こうやって魔力で疑似魂を作れば、簡単な罠は誤魔化せるんです」


 人を感知して作動するダンジョンの罠は、だいたい人の魂を感知するようにできている。

 そこで、こうやって魂もどきを作って騙すわけだ。


 アニスが振りかぶって前方へ石を投げると、道脇のキューブが反応した。

 急激に魔力を収束させ、光の弾丸に変えて打ち出す。


 もし人が歩いていたらちょうど胸くらいの高さだろうか、という辺りの虚空を貫いて、魔法弾は反対側の天井にぶち当たり、眩い光の花を咲かせた。

 魔法弾は小さな石ころに当たらず、石ころは無事、着地して転がった。


「おおー」

「鮮やか!」


 観客たちは呑気に賞賛する。


 だが、アニスは罠が作動する様を見て背筋が凍り付いていた。


 ――今のは……!?


 収束される魔力の気配。

 作動音。

 炸裂する音の大きさ。光量。余波として放散される魔力の流れ。


 全てを英雄ヴォルフラムの経験と照らし合わせる。

 何かの間違いではないかと、つい今し方の自分の記憶を疑う。


 それでも間違いない。


「……すぐにこのダンジョンから出るべきだ」

「何?」

「ここは危ない」


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