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≪1-10≫ 駆け出しの集い①

 警備員に引っ立てられるように外へ追い出されたアニスは、その場で魂が抜けたように空を見上げていた。

 何が起こっているのか分からなかった。


 ――冒険者ギルドの支部長マスターが『侵略拠点ダンジョン』を知らねえだと……!?


 ちょっと大げさな言い方をするなら、冒険者ギルドは世界を守るための組織。

 各国政府によって認められている種々の特権も、その働きが重要であるがためだ。

 『公』と連携してのダンジョンへの対処など、ギルドの役目として最たるものであるはず。『指揮種』の名を聞けば血相を変えて対処に当たるはず……だったのに。アニスの考えでは。


 ダンジョンについての知識が無ければ、わけの分からないことで難癖を付けているようにしか思えないだろう。


「あの……」

「わっ!」


 背後からいきなり声を掛けられてアニスは飛び上がる。

 振り返ればそこに居たのは、アニスの担当であるマリアンヌだった。


「先程のお話、『指揮種』と聞こえましたが……」

「マリアンヌさんはご存知なんですか?」

「はい。……と言うよりも、管理官や分析官、幹部職員などは皆、知っているべき事項であるはずなのですが……」


 マリアンヌは力無く首を振る。


「聞いて回ったところ、皆、首をかしげていました……『マザーダンジョン』が何なのか、ほとんどが知らない様子で……」


 『マザーダンジョン』というのが、おそらくギルド内の用語で言う所の『侵略拠点ダンジョン』だろう。

 愕然とした様子だった彼女の報告を聞き、アニスも呆然とするより他に無い。


 ――ボンクラ揃いかよ、クソッタレ……! そりゃ魔王がいない時期は『侵略拠点ダンジョン』なんて生まれないわけだが、いくらここが田舎都市だからって……!

   20年でもう知識の伝承が途絶えてるのか!?


 20年前、ヴォルフラムは何度も冒険者ギルドのお偉いさんと話をしたものだが、その時彼らは確かに『侵略拠点ダンジョン』のことを把握していたはずだ。

 事実、冒険者ギルドには『侵略拠点ダンジョン』を潰した冒険者に対する特別褒賞制度が整備されている。


 だが、巨大組織である冒険者ギルドの中で、20年も日常業務の中に存在しなかった『侵略拠点ダンジョン』のことが忘れ去られるのもまた必定なのかも知れない。

 ギルドが意識的にその知識を残そうとしない限り。


 少なくとも、各国の冒険者ギルドを結ぶ上位組織である『連合機関ユニオン』は、魔王への対処に関して真っ当な指針を堅持していたはずだ。

 だが、冒険者ギルドはあくまで国毎に別の組織であり、連合機関ユニオンの方針がどの程度徹底されているかはまちまちなのだろう。

 まして田舎の支部ともなれば。


「あなたの権限で依頼クエストを出せないんですか?」


 飛行船からギルド本部を爆撃したいと本気で思いながらアニスは問う。

 しかしマリアンヌは苦々しげに首を振った。


「私の権限でギルドから出せる依頼クエストは、あくまで通常業務の範囲内です。

 このダンジョンは『推定脅威度等級:1』と認定されていますので、これ以上の報酬を約束することは難しく……」


 第一等級向けの仕事は、極論すれば『誰でもできる仕事』と見做されているものだ。

 そのため報酬も格段に安く、それより上の等級の冒険者は、よほどヒマかつ手元不如意でもなければ受けない。新入りの下積み・雑用のように考えられているのが実態だった。


「まともな冒険者は食いつかないって事ですか。

 じゃあ、信頼できる冒険者に事情を話して頼み込むとか……」

「お恥ずかしい話ですが、私は中央のギルドからこちらへ来たばかりで顔見知りの冒険者も少なく、担当させていただいている方も初級者ばかりでして……」


 無念の表情を見て、アニスは色々と察した。


 ――あー、左遷されてきたのかこの人……

   有能っぽいんだが、まあそれだけで出世できるほど世の中甘くねえからなあ。


 中央というのは、おそらく王都にある、この国の冒険者ギルドの本部のことだろう。

 そこで管理官をしていた彼女は『侵略拠点ダンジョン』、即ちギルド的に言えば『マザーダンジョン』の存在についてちゃんと把握している。


「じゃ、じゃあ事情を把握してる職員の皆さんで協力して、上位の支部に調査を依頼するとか」

「リーザミョーラ西域統括支部になら対処してもらえるかも知れませんが……

 そのためには、この街の支部を通して調査を依頼しなければならないんです。

 『マザーダンジョン』について把握している分析官の方と話をしたのですが、彼は『支部長マスターの機嫌が良いときか、今日の出来事を忘れるまで待つしかないだろう』と。

 ……同じ理由でダンジョン情報掲示の修正も、今すぐに行うのは難しいと思われます。『マザーダンジョン』指定は、()()()()()()()()()()()()()一大事ですから」


 いずれにせよ決済するのはエーリヒというわけだ。アニスはいい加減うんざりしてきた。

 マリアンヌの口ぶりからするに、職員総出で支部長マスターを突き上げられるような状況でもない。事情を理解している者が少ないのだ。


「なんだか支部長マスターを随分怒らせてしまったようなんですが……

 わたし、そんなにまずいことを言ってしまったんでしょうか」

「その…………申し訳ございません。支部長マスターは、ええと……

 低等級の冒険者や女性に対して……実際よりも知性を低く見積もる癖が、その、ありまして……」


 どう言えば角が立たないかマリアンヌは悩んだ様子だったが、オブラートに包んでも包みきれない角が突き出した説明だった。

 アニスは自然と苦い顔になる。今のアニスは低等級冒険者で、女性で、しかも子どもだ。そんなアニスがいっぱしの口を利いてわけがわからないことを主張するのは、エーリヒにとって耐えがたく侮辱的な光景だったに違いない。

 そもそも『マザーダンジョン』について知らなかったエーリヒだが、アニスの方が正しいかも知れないなんて事は夢にも考えなかっただろう。


 能力や人格に秀でた者が高い地位を得るとは限らない……世の中はそういうもんだと分かってはいたが最悪の巡り合わせだ。

 幸いにもギルドの全てが無能というわけではなさそうだが、仮にマリアンヌの言ったプランで上手くいくとして、どの程度時間が掛かるだろうか?

 『マザーダンジョン』について知識を持っているらしい職員たちさえ危機感が足りない。組織内政治の事情なんか置いといて対処しなければ、この街が消えて無くなるかも分からないというのに。何せ彼らのほとんどは、実際に20年前に対処に当たった経験があるわけではないだろうから。


「……わたし、禁足って言われましたけど支部に入れないだけで、それ以外は活動して問題無いんですよね?」

「はい。ギルド規則ではそうなっています」

「あのダンジョン、脅威度自体は、まだ駆け出し冒険者でも充分に行ける範囲なんですよね?」

「そ、そう……ですが……」

「ダンジョンがこれ以上育つ前になら、わたしでも潰せるでしょう。

 パーティーを募ります。手続きをお願いできますか?」


 アニスは即断した。


 * * *


 冒険者は『パーティー』と呼ばれるチームを組んで仕事をする者が大半だ。

 恒常的にパーティーを組む者も多いが、仕事に応じて時限的なパーティーを組む者も少なくはない。

 そのための募集が冒険者ギルドではしばしば行われる。


 とは言え、こんな半端な街でフリーの冒険者がそう沢山は居ない。

 マリアンヌが言うには、この支部に第一等級の冒険者はアニスを除いて7人。第二等級は9人。その上はチラホラという程度。

 等級の高い冒険者はこの街に余り居着かず、旧街道を抜けた先にあるルシャマトで仕事をしていて、時折こちらにやってきては溜まった上級冒険者向けの依頼クエストをやっつけていく者が多いそうだ。

 最初から向こうの冒険者を呼ぶべくルシャマトへ依頼を回すケースもあるのだとか。


 ともかく、丁度街に居た全員にマリアンヌが声を掛けて事情を説明し……

 しかし案の定、等級の高い冒険者たちからは相手にされず、ようやく集まったのが第一等級の4人だった。


 集合場所にしたギルド指定の酒場(半分はサロンのような場所だ)で待つアニスの所へまず現れたのは三人組の冒険者だ。


 獣革の鎧を着て腰に剣を提げた男、戦士ファイターのザック。

 金属製の胸甲を身につけ大盾を持った男、盾手タンクのイワン。

 身体に密着した服装で無骨なベルトポーチに色々と道具を突っ込んでいる様子の女、盗賊シーフのジェシカ。

 種族は全員人間で、年齢も全員20手前といったところだ。


「お、おいおい……魔術師ウィザードって、こんなちっこいのが?」

「本当に魔法使えるの?」


 ザックとジェシカはアニスを見て、ちょっとばかり不安げで不満げだった。

 パーティーを募っているのは『魔術師ウィザード』としか聞いていなかったのだろう。


「戦闘で使えそうなのは≪風刃ウインドカッター≫や≪電撃スパーク≫。もちろん≪治癒促進リジェネ≫も掛けられます。あと、明かりの確保とか水の浄化みたいな細々した魔法も」

「……及第点ってとこかー。将来性に期待だな、うん」

「ちょっとザック、あんた偉そうよ」

「俺たちも人の事をどうこうは言えん」


 凝り固まったような朴訥仏頂面でイワンが諫めた。


魔術師ウィザードで登録しました、アニス・アニマです。よろしくお願いします」

戦士ファイターのザックだ。よろしく。こっちは盗賊シーフのジェシカと、盾手タンクのイワン」


 アニスは三人と順々に握手を交わす。

 二本の腕による握手のアーチはいずれも結構な急勾配だった。


「三人は既にパーティーを?」

「前の仕事で一緒だっただけだ」

「いや、でも正式にパーティー組んでもいいんじゃねーか? 俺ら」

「それと……」


 遅れて来た男が一人。

 ザックと同じような格好で同じような年頃の、褐色の肌をした人間だ。


「俺は戦士ファイターのバセル。そっち三人とは別口だ。よろしくな」


 軽い雰囲気の身振りを交え、彼も握手のリレーをする。


「しかし初仕事でダンジョンアタックとは大きく出たなー。

 俺らが来たから良かったようなものの、もう少し経験積んでからの方がよかったんじゃないか?」

「大きいとか小さいという話ではなく、放っておけるダンジョンではないんです」


 ザックは感心しているのか呆れているのか微妙だったが、アニスは大真面目だ。

 このままダンジョンを放っておかれたら、この街はいつ滅んでもおかしくない。


 ――世界を救う第一歩としちゃ小さいかも知れんが、それでも無意味じゃねえ。


 そして、このダンジョンを狙う理由はもう一つ。


 ――功績がちゃんと評価されたら悪くない収入になるはずだ。まともな装備を買わなきゃならん。


 この街に来て以来、アニスは調子を取り戻すための魔法の訓練の傍ら、ヴィオレットの店で甲斐甲斐しく働いてきた。

 その賃金は今のところ、冒険者資格試験の受験料と、()()()()()()に消えて、自分用の装備すら買えていない。

 世界を救うためにも先立つ物が必要になるのが、この世のルールだった。

ここまでお読みくださいましてありがとうございます!

本日の更新はここまでと一旦ここで告知しましたが、おそらく午後にもうちょっと先まで更新します。


もしブックマーク・評価いただけますと作者の励みになりますし、ポイントが積み重なって書籍化とかすれば作者が生きていけます。

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