≪1-1≫ 英雄再起①
魔王。それは人を滅ぼすべく生まれた強大な怪物。
ある日突如として現れた魔王は、手下の魔物達を率い、大地を埋め尽くすほどの軍勢で人族世界に戦いを挑んだ。
多くの国が滅び、数え切れないほどの人が死んだ。
だが、長く悲惨な戦いの果てに、四人の英雄が魔王を討ち果たし、戦いは終わった。
人々は英雄を称え、戦いの犠牲者たちを悼み、平和を取り戻した世界で力強く歩んでいくことを誓った。
そして二十年後。
世界には新しい魔王が現れた。
* * *
「だーかーらー言ったろうが! 魔王は倒してからの方が重要なんだって!
あれはただの癌なの、分かる!? この世界自体が寿命なの! 根本的に解決しようと思ったら大人しく滅ぼされて何もかも塵になって無からやり直すしかねえんだって!
でもそうはできねえだろ? だったら今生きてる人の手で世界を作り変えちまうしかねえの! 口酸っぱくして言ったよな!?
できるとしたら魔王討伐直後のあの時! 世界中が協力できたかも知れないあの時しかなかった!
だっつーのにお前ら魔王を倒すなり国の中で内輪争い始めやがって、あげく俺まで処刑しかけたよな!?
案の定、もう次の魔王が出て来ちまった! その途端に一度は殺しかけた俺頼りか!? 誰が協力するか!
滅ぼす側に回らなかっただけ有り難いと思ってもらいてえな!!」
ヴォルフラムは椅子に深く腰掛けたまま、仰々しく着飾った役人目がけて切れ目のない罵倒を浴びせかけた。
『三代目魔王・バルベイル』を討伐した四人の英雄の一人、ヴォルフラム。
13歳でゲルティーク王国王立魔術学院を主席卒業し、同学院にて研究者となる。
その卓越した魔術知識と魔法力、さらに『実践』ならぬ『実戦』を志向していた点を買われ、17歳で王命による召集を受け、ゲルティーク王国代表とも言える『魔王討伐パーティー』の一員となった。
その後は三人の仲間と共に各地を転戦。数多の魔物を倒し、数多の人々を救った。
そして20歳の時。天下分け目の戦いとなった『トブル平野決戦』に参戦。戦況を打開するべく自ら前線に現れた魔王を捉え、これを討伐した。
しかし魔王討伐後ヴォルフラムは、未だ生まれてすらいなかった『四代目魔王』の脅威を説き、それを封じるための研究と称して学説を発表。
これは神殿や学会における通説を真っ向から否定する、天地をひっくり返すような論であり大きな反発を買った。
ヴォルフラムは王国内でも、野心ある貴族などから純粋に政治的な意図により支援されるなどしたが、遂に神殿から異端宣告を受け、同時にゲルティーク王国にて『死刑五回分』と言われるほどの罪に問われる政治犯となる。
ヴォルフラムは己を捕らえようとする追っ手から逃れ、歴史の表舞台から姿を消した。
そして現在、ヴォルフラムは齢40を数える。
故郷のゲルティーク王国から遠く離れたリーザミョーラ王国の片隅の森に隠れ住む身の上だった。
そんなヴォルフラムのもとへゲルティークの役人が訪れ、政治犯としての罪の取り消しと引き換えに魔王対策に協力するよう要請を伝えたのは、『四代目魔王・マリクテルト』の存在が公式に確認されてから半年後のことだった。
緑豊かな森の中にヴォルフラムが築いた庵は、趣味の良い(少なくともヴォルフラム自身はそう思っている)木造平屋。
庭には家庭菜園めいた薬草畑があり、軒先には獣の肝などが吊されている、いかにも魔術師の隠れ家然とした場所だ。
こうして森の中などにひっそりと住む隠者というのは、多くもないが少なくもない。
近くの街などと時折関わり魔術によって多少の収入を得、なんとなく存在を認知されながらも深く関わるべきでないものとして遠ざけられる。
ヴォルフラムもそんな風にして、余生と言うには若すぎる歳から静かな余生を送っていた。
そんな庵をいきなり訪れた役人は、軒下の椅子に腰掛けたヴォルフラムに向かって、水たまりの水を飲む鳥のように深々と頭を下げる。
護衛らしき者たちが数人、庭の入り口で所在なげに成り行きを見守っていた。
「何もかも本当に申し訳ありません。
ですがこの一件を以て貴方様の全ての罪は王命により取り消されることとなります。
また、異端認定の取り消しに関してもパブロ様の方から掛け合っていただけると……」
「要らね――――ってのそんなもん!
俺が必要だってんなら、このまま連れてきゃいいさ。異端の政治犯に頼ったゲルティークって話になるけどな。
罪が取り消されなきゃ困るのは、俺じゃなくおめーらだろ?」
役人は言葉に詰まる。
国家というシステムの中で生きている彼らには想像も付かないだろうが、そこから追放されてもどうにか生きているヴォルフラムにとって、自分が国家の中でどんな位置づけをされているかなんてことに興味は無い。
むしろ国側の都合なのだという事に、言われてから気が付いたようだ。
「謝罪の証になるのでしたら、この場で私の首を落としていただいても構いません。
今日はその覚悟でここに来ました!」
「お偉いさん共に命令されて、謝りに行かされてるだけの下っ端役人の首なんぞ欲しくもねえよ。
王様がテメエの首懸けてくれるってんなら考えてやっても良いけどな。ハハハ!」
「……お願いします。今、この世界には貴方の力が必要なんです! どうか!」
「ケッ。知るかよ。俺ぁもう御免だぜ、英雄なんて。
世界の興亡も知った事か。残りの人生面白おかしく暮らせりゃ充分だ」
ヴォルフラムにとっては全てが今更だった。
この世界のために命懸けで戦い魔王を討ったというのに、結局は戦後世界でゲルティークが世界の盟主となるための宣伝材料に使われただけだ。
余計なことを言い出せば、用済みとばかりに切り捨てられた。
足に縋り付かんばかりに懇願する役人を、虫でも払うように手を振ってヴォルフラムは追い払う。
「帰れ帰れ! 俺はまだ昼飯食ってねえんだよ!」
「で、ではその後にまた……」
「済まんが午後は予定が詰まってる。
酒飲んで昼寝して酒飲んで晩飯だ。
明日にしろ! いや明日もダメだ、永遠に来んな! さあ、とっとと帰れ!」
叩き付けるように扉を閉めて、ヴォルフラムは屋内に引っ込んだ。
外からは勢いで何かが落ちたような音がした。
「あー……ったくよぉ……」
三部屋きりの木造平屋。
玄関兼リビング兼キッチンとなる部屋の中にはごちゃごちゃといろんなものが置いてあった。
机や椅子の上に数冊ずつ積まれた種々の本。ジャンルは魔術書から小説まで様々で、売り払えば一財産になるような稀覯本も混じっている。
自作の棚には瓶詰めにされた薬品材料……乾燥させた薬草や虫などが並ぶ。
傘立てのようなものに突っ込まれているのは、マジックアイテムの剣や杖だ。
片付いているとは言い難い部屋だが、男の隠れ家としてはなかなか上出来なのではないかとヴォルフラムは思っていた。
苛立ちをぶつけるように長椅子に身体を投げ出し、巻きたばこに魔法で火を付け咥えようとした時だ。
「おじさん……」
奥の部屋からぺたぺたと、一人の少女が姿を現した。
年齢は本人すら知らないそうだが、おそらく10歳ほど。
華奢な身体を、着古してほつれ毛羽立った枯れ草色のワンピースに包んでいる。
肩まである茶に近い金髪は、初めて見たとき『色褪せた冠の色』という印象を抱いたものだった。自分で切っているのか少々不揃いで、手入れもおざなり。
赤い目は宝石よりも林檎に喩えた方が良さそうだ。
身なりは全体的にみすぼらしいのだが、その印象とは裏腹に活き活きと生きた目をしている少女だ。
彼女の名はレティシア。
ヴォルフラムの養い子……というわけではなく、どこからか現れてヴォルフラムの庵に出入りするようになった少女である。
身寄りが無いらしいのだが、そういった子どもが全体的に荒みがちであるのに対して、彼女は生きることに倦んだ様子が無い。
子どもらしい無邪気さや根拠無き希望を抱き、好奇心を持て余しているように思われた。
魔物が出ることもある森の中の道を子ども一人で駆け通し、度々この庵に遊びに来ているのだから、なかなか只者ではないお子様だ。
「おう、ガキ。うるさくて悪りーな。まあ勝手に上がり込んでんだから我慢してくれや」
「……魔法使いのおじさん、えいゆうだったの?」
偶然遊びに来ていた彼女は、表の会話を聞いていたらしく、目を輝かせて聞いてくる。
「そう呼ばれたこともあったがなあ。つーかお前、俺らが魔王倒したときにはまだ生まれてねーだろ」
「それでも知ってるもん!」
感動の大きさを示すように、彼女はぱたぱたと腕を振った。
一方的に遊び相手にしている、謎の魔法使いのおじさまが世界的有名人だと知って興奮を抑えきれないようだ。
「20年前に魔王を倒した四人のえいゆう。『たけき』クライド……」
「あの野郎、牡蠣が好きすぎだ。クラーケンと戦闘る前の日にドカ食いして腹壊したのは絶対許さねえ」
「『達人』ゲンリュウ……」
「ああ、あいつ今、国ひとつ貰って豚になってるな。昔っから休みの日はぐうたらだったが、ハードに戦ってたからそれでも締まってたんだな……」
「『けいけんなる』パブロ……」
「銅貨一枚でも無くしたら大騒ぎしやがるんだ、あいつ。だったらダンジョンに入る前に銀行に全部預けてこいっての!」
「そして、『えいちの』ヴォルフラム」
「叡智ねえ……」
乾いた笑いが自然と浮かぶ。
全ては昔日の栄光だ。
「ねえ、また魔王が生まれたんでしょ?」
「らしいぜ。力を付ける前に討つべきだって騒いでる奴らも居るが、まーあ人族世界が足並みを揃えるには年単位でかかるだろうぜ。
仮に倒しても次の魔王がいつ出てくるか。先代は28年前、先々代は100年前、その前は300年前だぜ? 間隔がどんどん狭くなってんだ。苦労して今の魔王を倒したところで何の意味もねえ。
俺は無駄な努力ってやつが、ハンバーガーにショーユ掛ける女の次に嫌いなんだ」
「でも、魔王を倒した後に、本当に世界を救うやり方……おじさんは知ってるんでしょ」
「…………ああ」
責めるようではなく、乞うように問われ、ヴォルフラムはただ認める。
「世界を救ってよ、おじさん」
レティシアの願いに、ヴォルフラムは何も言葉を返さなかった。
まずは1話読了ありがとうございます!
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※誤字報告に関しましては、確認している余裕が無いのに投げていただくのも申し訳ないので止めています。
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