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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
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「今し方彼らが話していた質屋じゃないんですかね」

「質屋....どういうことやろ同じ名前の店なんか...」

「別に珍しいことでもないぞ?」

「そうなん?」

「経営者が同じなら、な」

「なるほど」


ならばあの地球外愛好家のオーナーが質屋も経営しているということか。「ふうん」と腕を組んだ。


何か腑に落ちない。

大事な事を忘れている気がする。

しかしオールコックの件にしろ湖心亭の件にしろ、最近様々な事があり過ぎて頭が働かなかった。


「寝る」


怜はすっくと立ち上がった。


「明日は字林洋行に行くぞ」

「えーーでもーー小麗がー」

「中牟田さんが見てくれることになっている」


ギロリと怜に睨まれた中牟田はピクリと肩を揺らした。


「某は特に予定もないので英字冊子を書写しようかと。小麗の看病は責任を持って....」

「それではお頼み申す!」

「は、はい!」


怜はドスドスと音を立てて部屋へと戻っていった。


「それほどまでに小麗を」


中牟田は苦笑する。

しかし高杉は小麗に対する怜の入れように少なからず心配であった。また悪知恵を働かせて騒ぎになるのではないかと思っているのだ。


「この地を離れるのもあと少し。それまでに良い預け先があればいいんだが」

「そういえば西洋では、身寄りの無い子どもを教会や孤児院なる施設で育てると聞いたことがありますね」


高杉の目が輝いた。


「中牟田さん!それは名案だ!何処にある?」

「教会でしたら何処の租界地に行っても必ずありますよ。孤児院は見当たりませんでしたが」

「よし!近々行ってみよう」

「その際はお供しますよ」


教会での生活など知る由もないが、少なくとも今までのようなことにはならないだろう。ただ小麗が受け入れるか否かはわからない。或いは怜が反対するかもしれない。けれど何もしないままこの地を離れたら後悔しか残らない。


高杉は怜と同様、いつの間にか小麗の行く末を案じていた。



◇◇◇◇◇◇◇



一方その頃、日本では寺田屋事件が起こっていた。


島津久光が薩摩藩の攘夷派を粛清した事件である。

彼らは久光の上京を討幕の為の進出だと思っていた。

しかし久光は現段階では公武合体派であり、朝廷や幕府、薩摩など諸藩が提携を結んで国政を動かすことを目的としていたのである。最終的に今回の同士討ちによって未来ある若者が命を落としてしまったものの、久光は朝廷より大いなる信望を勝ち取る結果となった。


この一報が五代の耳に届いたのは事件から随分経過していた。宏記洋行に姿を現わした五代は、いつもと打って変わって暗い表情だった。


「既に鎮圧しているらしいが、何ともやりきれないよ」


弾圧された攘夷派の無念さはいかばかりか。

長州藩は特に関わってはいなかったらしいが、志しのそれは同じである。高杉は祖国に思いを馳せた。


「もどかしいな....」


高杉は呟いた。


情勢というものはたった一日でも見落とせば、全く別のものに変わりゆくこともある。先程まで順調であった天候が、突然嵐に変わるのと同じようなものだ。


しかし彼らは近いようで遠い場所にいる。

どんなに手を伸ばしても届かないのだ。


「あの店でございまするか?」


怜は暗い話題をぶった斬った。


指を差した先は字林洋行と書かれた本屋であった。

貸本屋が主流である日本でも本屋は存在するが、高価で手が出せないため、大抵借用して書き写したりするのが通常である。清でも同じ側面があるが、多数の西洋人が在住する上海では本屋の数も相当数存在するようである。どちらにせよ、彼らは藩が工面してくれた金子を持っているためその心配はないようで、五代などは次から次へと購入していた。


「やはりここも"海国図志"は無いみたいだ」

「他の店を当たってみるかい?」

「そうだな」


再び別の本屋に行き、目当て物を探す旅が続いたものの、行く先々で様々な清人と出会いその度に談義に講じるため、ただ無言で付き添っていた怜は不機嫌が顔に出ていた。(談義と言っても漢文での筆談が主である)


しかし怜は文句を言える立場ではない。自由時間はあっても彼らは彼らで遊びに来ているわけではなく、幕府役人の手伝いもしなければならない。さすがにそれについて強要されずに済んだのが幸いだったが、小麗の件に関してはことごとく玉砕し、良案だと思われた中牟田の教会保護案も、ほぼ拒否若しくは門前払いで、帰国が差し迫る中、怜自身も半ば諦めモードとなっていた。


「自分の家が何処にあったかわかる?」


怜は中牟田から借りた地図を広げて見せた。

小麗はジーとそれを見つめている。


「ここが道台府、ほんでここはこの前行った湖心亭、それから.....」

「ここが道台府アルからして、湖心亭アル」


小麗は「わからない」という風に首を傾げた。

地図そのものを見たことも無いのだろう。興味深そうに目は輝いているが、怜の言葉を反復するだけである。


「力になれない自分が腹立たしいよ」


五代が溜め息を吐いた。


「やっぱり小麗は日本に...」

「そ、それは駄目だよ怜」

「でももうそれしか方法が」


怜が悔しげに言いかけたところで、地図を見ていた小麗が「あ」と声を上げた。


徳興館(ドー・シン・グアン)


その言葉に怜はハッと目を見開いた。


「そうか...」

「え?」

「そういうことやったんや」

「怜?一体」


急に道が開けたような気がした。




◇◇◇◇◇◇◇



商城・徳興館二号店



『まさかまたおいで頂けるとは』

『閣下は貴方にお尋ねしたいことがあるそうにございまする』

『何なりと』


徳興館の支配人は中華料理店の他に、商城地域で"質屋"も経営しており、本人曰く趣味の一環ということらしい。


壁面の飾り棚には希少価値のありそうな骨董品から、「何だこれ」的な生活用品まで様々だ。けれどどれも手入れは怠っていないようで、現に二人が店に入った時も、どこにでもありそうな普通の花瓶を丹念に磨き上げていた。


『どうぞ』

「かたじけない」

『閣下はこう仰っておられまする。

"地上の民よ。そなたに幸あれ"』

『も、勿体のうお言葉にございます!』


支配人は高杉の前に跪き、恋する乙女のように瞳をウルウルさせた。(高杉は半眼で怜の後頭部に鉄拳を喰らわした)


どうやら大体のニュアンスで会話が理解出来るようである。


「時間がねーんだからさっさと本題に入れ」

「御意にございまする」


怜はくるりと向き直った。


『支配人。本日我らがここへ来たのは、数年前にこちらへ来店したと思われる、ある()()についてでございまする』

『女性…、と仰いますと?』

『ここだけの話なのでございまするが、その女性と閣下は結婚の約束をしている仲でございまして』

『おぉ…』

『しかし、此度の戦により"チョウシュウ"より地上に参った閣下と女性は、引き離されてしまったのでございまする』

『チョ…ウシュウ』

『閣下は幾度となく"チョウシュウ"より姿を現し、様々な地を訪れ女性を捜索しましたが見つからずじまいでございました。しかしようやく女性の手掛かりなるものを見つけた次第にございまする』

『お、恐れながら、"チョウシュウ"とは一体…』

『おお、これは失礼したでございまする。"チョウシュウ"とは地底人の住む不浄の地でございまする。恐ろしい魔物が住み、荒れ果てた地獄のような場所でございまする。閣下は"チョウシュウ"生まれの"チョウシュウ"育ちなのでございまする』ゴンッ

『"チョウシュウ"……なんと恐ろしい』


支配人は手に汗を握りながら、"チョウシュウ=地獄"と書き留めた。


『閣下はもうすぐチョウシュウへ戻られまする。その前に女性の手掛かりを持って帰りたいと……そう申しておるのでございまする』

『手掛かり……それが私の店にあるのでございますか?』

『ええ。その女性は数年前にこの店に手掛かりを売りに来たという情報がありましたでございまする』


支配人は眉間に皺を寄せて考え始めた。


『少々お待ち頂けますか?数年前となりますと、出納帳の数だけでも五十冊は超えてしまいます。それを一つ一つ調べるとなると……』

『私共もお手伝い致しますゆえ』

『有難い。では今しばらくお待ちを。直ぐに持って参ります』


支配人はいそいそと奥へ引っ込んだ。



「本当にこんなところに小麗に関する"物"があるのか?」

「絶対あるはず。と言っても"物"には限らんけど」

「どういう意味だ?」

「最初に小麗と会った時、覚えてる?」

「ああ、勿論」

「私、ずっと小麗は字を書くのも、字を読むのも無理やと思ってた」

「最初はそう役人から聞いたな。だが、読めるだろ?」

「ううん」


怜はきっぱりと否定した。


「あの子はやっぱり読まれへん」


西遊記の本をプレゼントした時は何も気付かなかった。単に読んでほしいだけだと、そう思った。


しかし、ーーー


「いやでも、あの中華料理店の名前は読めたよな?」


中牟田が持ってきた古地図。

そしてもう一つの徳興館。



「唯一」


小麗はーーー





()()()だけは読めるんよ」








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