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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
84/139

084



だとすれば、利用されることはあっても殺されはしまい。逆に考えれば幕府に囚われるよりも、長州藩を相手とした方が動きやすい。


小松は腕を組んでしばらく考えた後、口を開いた。


「一先ず怜の捜索は打ち切る」

「………」


中村は睨み付けるように眉を寄せたが、小松は意に介さず言葉を続ける。


「当初我々は待機中の先発隊と馬関にて合流予定だったが、それを変更し豊後街道を佐賀関へ進む。そこで先発隊と合流した後、内海にて大坂へ向かう」

「しかしっ…」

「確かに怜も大事だが、我が薩摩藩は今、久光様の御上洛が最優先事項となっている」

「…っ」

「今回の上洛に合わせて、長州藩の過激派らが不穏な動きを見せていると報告があった」

「不穏な……?」

「長州だけではない。我が藩内における攘夷派の奴等も同様の動きがある」

「まさか」

「放っておけば久光様を背後から撃つことになり兼ねない。目下のところ今大事なのは、藩内における危険分子を抑え込まねばならない」

「………」

「怜は大丈夫。知っているだろう?あの子は並大抵の娘ではない。……いいか?小さな子供など、殺そうと思えば簡単だ。しかしそれをせずに攫ったのは、怜が”必要”ということなんだ。勿論その目的が何なのか知らないが、少なくとも粗略に扱われる心配はないだろう」

「……犯人に見当が?」


含みを持たせた小松の物言いに、中村は前のめりになった。


「おそらく……長州」

「!」

「あの子が江戸にいた頃、長州の者らかと関わりがあったと聞く。……いやもしかすると、それよりも以前から繋がっていたのかもしれない。どちらにしろ肥後に来る前にも長州に立ち寄っている。ということは、その辺りからずっと狙われていたとしか思えない」


張り詰めた空気の中、一瞬目を閉じた小松は声を潜めて言葉を発した。


「”久坂玄瑞”という男がいる。怜はその者の小姓をしていた。仲五郎の報せでは、怜は久坂ら長州藩に脅されていたと聞く」

「脅されていたと!?」


中村はぐっと拳を握りしめ、その名を刻むように反復する。その瞳は殺意を込めた憎々しく鋭い目付きであった。


「久坂玄瑞……」


小松はゆっくり頷く。


「佐賀関に到着したら、その足で長州へ行ってくれ」

「は!必ずや仕留めて参りまする!」


中村は飛ぶように立ち上がり、水を得た魚のようにズカズカと入り口へ歩いていく。



「いや、”仕留める”のではなく…」

「ご安心あれ!この中村半次郎、どのような剣の使い手が現れようと、けして遅れはとりませぬ!」

「ち、違う!」

「例えこの身が朽ち果てようとも、必ずや救出して参りまする!!」

「いやだから…」

「たとえ相討ちになろうと、お嬢には指一本触れさせは致しませぬ!!」

「そうじゃなくて…」

「おのれ!久坂玄瑞!!」

「ちょっ!」

「首を洗って待つがよい!!」

「いやいや!誰も”殺せ”とはっ…」

「失礼致す!!」

「待ちなさ…」


バンと板戸が滑り、勢い良く木枠に打つかると、頭上からパラパラと埃や木片が舞い散った。


「……何と早とちりな」


小松が深い溜め息をつくと、隣りの鈴木君は翼でポンポンと背中を叩いた。


「キョキョキョ」(ドンマイ)

「……君は長州に行かなくていいのかい?」

「キョ」


鈴木君は首を横に振った。


「まさか本当は怜の行方がわかっているんじゃ……」

「キョオキョオ。キョキキョキョ。キョキョキョキョーン。……キョンキョン」


身振り手振りで語りかける夜鷹。

小松は最後の「キョンキョン」のところで息を止めた。




「…上海?」



◇◇◇◇◇◇◇



千歳丸・南下中


「……気のせいか?」


空をはためく三つの旗を見比べ、高杉が呟いた。隣りの怜は物差し代わりに両方の人差し指を立て、その差を図るようにゆっくりと左右の指を合わせる。


「ややエゲレスが上かと」

「……チッ」


高杉は不機嫌顔で甲板の後方へ歩き出すと、ベラベラと楽しげに話し込むエゲレス人水夫に声をかけた。


「おい、赤い髪のお前」

「?」

「右側の旗を2寸ほど下げろ」

「……what's?」

「我が国よりも上に掲げるとは無礼にもほどがあるだろ。さっさと下げろ」


エゲレス人は高杉が指し示した方を見て、互いに顔を見合わせた後「何言ってんだ?」というように首を傾げた。


『アホはほっとこーぜ』(※英語)

『だな』


高杉は英語など出来ない。むろん逆も然りである。しかし言葉は通じなくとも、何となくジェスチャーでわかるものだ。


「下げろと言っているんだ!」


高杉は踵を返した赤毛の男の肩を掴む。

優に頭一個分の身長差だが、度胸だけは負けていなかった。


「don't touch me!」


しかしこちらの赤毛も負けてはいない。

たかが水夫であっても、自分達は”エゲレス人”という高貴な人種なのだと言わんばかりの表情である。高杉に対して、汚いものを見る目付きで肩を振り解き、手で払う仕草をした。




「貴様…」


高杉からどす黒いオーラが湧く。

怜は手で払った。



「何をしている!」


現れたのは役人三名である。

どんな場所であろうとも幕府の威厳を保つことに気を配っている彼らは、紋付袴を一寸の乱れなく着こなし、頭には陣笠をかぶっていた。


「金太郎」

「はは!」


”金太郎”とは怜である。

高杉が一秒で思いついた仮名だ。

怜は忍者のごとく滑るように役人の前に躍り出て、頭を下げたまま”事”の説明を開始した。


「お前は?」

「それがしは長州藩士”高杉晋作”の小姓を務めております。名は”金太郎”と申す者。金太郎の”金”はむろん”金子”の”金”ーーーー”世の中は金次第”という母が真心込めて名付け」

「よいよい!そこまで聞いてはおらぬ!それよりも何があったのだ?」


怜は気色の悪い笑みを浮かべた。


「「ヒッ…」」


実は先ほど歯を磨いている時、前歯が一本抜けたのだ。むろん乳歯である為困ることはない。むしろ本人はスッキリ爽快といった風に笑顔に磨きがかかっている。


「御役人様」


変なメガネと無造作に束ねられたボサボサの髪、そして極め付けは歯抜け面。役人達はこんな小姓を傍に置く勇者(高杉)に尊敬の念を送った。


「御役人様?」

「ななななんだ」


ハッと我に返る役人。

ズズイと背伸びをして顔を近付けると、スッと腕を伸ばして上の方を指差した。


「ご覧下さい。あの旗を」

「……旗?」

「我が国の旗を挟み、阿蘭陀、エゲレスの旗が揺らめいておりまする」

「……それがどうした」

「この船は元々エゲレスから買い取った船ではありますが、現所有者は言わずもがな”徳川幕府”……操縦士がエゲレス人であっても、それは変わりませぬ」

「当たり前だ」

「しかし、あの旗は真逆を主張しておりまする」

「真逆?旗が?」

「よくご覧になればわかりまする。エゲレス国旗の方が我が国より”1寸”も上にありまする!」

「なんと!?」

「(たった)1寸!??」


怜はコクリと頷いた。


「これは由々しき事態!……と主人は憤慨し、一人で敵に立ち向かっている次第にございまする」


役人達は顔を見合わせた。


「そ、それはけしからぬ…」

「ま、まことに。なんたる侮辱」


とは言うものの、表向きは神妙な顔つきだが、エゲレス側と余計な諍いを作りたくはないようだった。同時に国の為に相手に立ち向かう高杉に対し、それを諌めるのも躊躇っているといった雰囲気だ。怜はその様子を面白がっていた。


「閣下。ここはお役人方にお任せした方が良いかと思いまする」

「そうだな。お手並み拝見といこう」

「「(えっ)」」


二人は道を譲って脇に引く。

役人らは溜め息を吐きながらエゲレス人の方へと向かった。


『お、おい。役人だぞ……』

『どうする?』

『こいつら一々シツコイからなぁ…』


エゲレス人水夫らがひそひそとやりだすと、怜はわざとらしく眉根を寄せて聞き耳を立てる。そしてまたも摺り足で高杉の前に躍り出ると恭しく言葉を発した。


「”お前らの国など下の下。あの半分の高さでもよいくらいだ。むしろ有り難く思え”……と申しておりまする」

「な!?お前っ……言葉がわかるのか!?」


高杉は信じられなかった。当然である。こんな小さな子供が英語を習得しているなどあり得ない話だ。やはり怜は”普通”ではない。そう確信するのも無理はなかった。


「京では当たり前のことでございまする」


フフンと鼻を鳴らした怜。

嘘も大概にしてほしい。

高杉は一瞬尊敬の眼差しになったが、直ぐに思い直して大股で役人らの隣りについた。


「奴ら、我々を愚弄しているようだぜ?」

「そ、それは誠か?」

「ああ。俺は異国語に通じてんだ」


高杉も負けてはいなかった。

ニンマリとイタズラ顔で中央の役人の肩に腕を回す。


「なんと!?」

「長州じゃ当たり前のことだ。な?金太郎」

「…は」


”さすが高杉”と思った。

堂々とハッタリをかます様は自分と同等か、もしくは……


「奴らは何と言ったのだ?」

「”旗を降ろしてほしければ一両出せ”だとよ」

「な、な、なんと!!」

「む、むむむ!!断じて許さん!」


そこまで言われると(実際は微塵も言っていないが)流石に幕府の権威そのものを侮辱されたと解釈する他なかったのだろう。役人達は一歩前に進み出た。


「”旗を下ろせ”……は異国語で何と言うのだ?」

「俺が出るまでもない。……金太郎」

「……は」


怜は高杉を追い越して役人の横に立つ。

そして耳打ちした。


「” I fell in love with you at first sight.”…」

「な……長いでござるな…」

「”アイ、フォー”」

「あああい、ふぉ…」


自分が通訳を買って出て代弁者となるのも悪くはない。しかしそこに金銭が発生しない以上、代弁する必要はない。


当然だが”正しい言葉”を教える義理もないのだ。


「ふぉーりん……」


エゲレス人の顔がみるみる内に真っ青になり、高杉が怪訝な表情を浮かべて小声で問うた。


「何て意味だ?」


爛々と輝く子供の目に、ゾクリとしたのは言うまでもない。



「”あなたに一目惚れしました”と」

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