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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
76/139

076



シンと寝静まったように周囲一帯の時が止まった。


「日本人が真面目で大人しく、勤勉で謙虚な民族やから言うて馬鹿にしたらあかん」


”一つもこの子供には当てはまっていないアルネ…”と周りの人々は思った。


「なんならここにおる全ての清人を強制的に退去させることだって私には出来るんや」


ざわりと周囲に戦慄が走った。


「横暴アルよ!!」

「そんなことは許されないアル!」


口々に喚き散らす清人達を、怜はキッと睨み付けた。


「許されるも許されへんも、あんたらが決めることやない!こっちは”お情け”であんたらの出入りを許したっとるんや。余所者が”権利”を主張するな!」


するとラーメ◯マンがニヤニヤと不敵な笑みで前に進み出た。


「そんな大口を叩いてよいアルか?我我を敵に回すということは”清”を相手にすると同じことアルよ」


この状況で分が悪いのはもちろん”怜”の方である。いくら養子になったからといって、許可もなく幕府の名を語るのは言語道断だ。


「ま、待ちなさい。何もそこまで……」


これ以上の騒ぎは得策ではないと判断した五代は、何とか打開しようと二人の間に割り込んだ。しかし怜は五代の股ぐらからまたも前に躍り出た。


「今、大事な話の最中や。五代君」

「怜っ…」


スッと右手を挙げてその場を制する怜。

思い思いに睨みつける清人を見渡した。


「かわいそうにな」

「……何を言っているアルか」

「だってそうやろ?あんた以外の人らは、その殆どが普通に生活しようと努力しとる。……たった一人の為に今まで築き上げたものが全部おじゃんになるんやから、ホンマにかわいそうな人らやわ」


怜は悲しげに民衆を見た。


「真面目な他の清人には悪いけど、恨むならこの”ラーメンマン”を恨んでや」


顔を見合わせる人々の視線が、一斉にラーメ◯マンに注がれた。怜に向けられた怒りが、怜の言葉によってラーメ◯マンへの怒りに変化しようとしているのだ。


「な、な、何を言うアルか!みんな!騙されてはいけないアルヨ!!」


いち早くそれに気付いたラーメ◯マンは、慌てて人々に向き直ったが、怜は掻き消すような大声を張り上げた。


()(のたま)わく!……疏食(そし)をくらい、水を飲み、(ひじ)を曲げて(これ)を枕とす。楽しみ()た其の中に在り。不義にして富み且つ貴きは、我に於いて浮雲の如し!」


どよめきが起こった。


「……なんと」

「これは孔子の…」


あの有名な孔子の言葉である。

怜は同意を求めるように再び人々に向かって叫んだ。


「”不正な手段で手に入れた地位や財産は、浮雲のように頼りなく儚いものである!”ーーーそう教えてくれた祖国の偉大な孔子を、この男は踏み躙っとる!」

「や…やめるアルヨ…」

「全ての清人を敵に回したのはまさにこの男や!!」


不穏な空気が広がった。


「そうアル……この男が全部悪いアル…」

「ほんまアルヨ…我々は平凡に生きているだけアルのに」


拳を振り上げる怜。


「許すまじラーメ◯マン!」


清人達は目を見開き一点に集中する。

怜は彼らの前に立ち、くるりと方向転換してラ◯メンマンと対峙する。まるで彼らの代表者のようにーーー


「許すまじ!ラーメン◯ン!」

「「「許すまじ!ラーメ◯マン!」」」

「やめるアル!騙さ」

「許すまじ!!ラーメ◯マン!!」

「「「許すまじ!ラーメ◯マン!」」」

「目を覚ますアル!皆、……やめ」

「許すまじ!!」

「「「許すまじ!!!」」」


ここに何ともよくわからない日清同盟が終結した。




「我の……負け…アル…」


ラー◯ンマンはガックリと膝をついて項垂れる。小さな日本人が何故自分にだけ敵意を剥き出しにしたのか甚だ疑問ではあったが、何を言っても無駄だと悟ったのだ。


「皆の者、ラーメ◯マンを捕らえよ!」

「オォオーーーー!!」

「国外退去だけは堪忍してアルーっ!」


民衆に羽交い締めされたラーメン◯ンは、恐怖に身体を震わせ目には涙が溜まっていた。


「くくく…」


怜は一歩一歩彼に近付き、巾着の中から矢立(やたて)を取り出した。”矢立”とは筆と墨を組み合わせた携帯用筆記具である。


「あんたを許す」

「な……!?」


五代は愕然とした。さっきまでの”許すまじ”は何だったのだと。


「あんたは今日をもって生まれ変わる」

「え…(アル)?」


怜は羽交い締めにされたラーメ◯マンの額にサラサラと筆を滑らせた。その瞬間、中村が口元に手を当て肩を震わす。


「何という心優しき御方か…」


額に記された文字、それは『清』の字。


「”清く正しく生きられよ……”という意味が込められているのだ。我が主の尊き御慈悲を感謝するが良い。ラ◯メンマン…」

「えっ…(あんた本気で言ってるの?)」


五代の当惑をよそに、ラーメ◯マンが号泣した。いや、ラーメンマ◯だけではない。周りの民衆もまた感動に打ち震え、口々に喜びの雄叫びを上げた。


「「謝謝ーー!!」」

「「謝謝ィィ!!!」」


しかし怜はそんな意味を込めたわけではない。単に元祖◯ーメンマンの”中”にならって、”清”と書いただけであった。




◇◇◇◇◇◇◇



小曾根家


「ただいまー」

「おかえりなさ……これはまた…」


小曾根は思わず絶句した。

怜の後ろにいる男達二人が、前も見えないほど両手に沢山の荷物を抱えていたからだ。因みに怜は手ぶらである。


「……焼き物ですか?」


小曾根は木箱に書かれた文字を見ながら言った。


「うん。全部ちゃうけどね。優しい清人がタダでくれてん。あ!これ、私が薩摩から戻るまで預かってほしいんやけど」

「それは構いませんが」

「それと」


怜はガサゴソと巾着から小さく切った和紙を取り出し、それを小曾根に手渡した。


「こ、れは…」

「私の名刺や」


西瓜の紋が入った名前入りの名刺は、全て墨で手書きで書かれている。むろん名前だけでなく”西瓜かんぱにー”の文字入りだった。


「名刺……ほう…」


近頃普及され始めた名刺は、大昔の唐(中国)が起源だと言われている。元々訪問先が不在の時に竹や木の札に自分の名前を書いて戸口に刺していたことから、『名刺』と呼ばれるようになったのだ。


日本における名刺もまた不在時に使用されたが、挨拶など現在に近い形で使われるようになったのは、今まさにこの時であり、開国により外国人と接する機会が多くなったことが原因である。


「……これはまた粋な」

「グラバー君は?」

「今日は奉行所の方に用ばあるとかで」


小曾根がそう言いかけた時、ちょうど門の辺りで馬番の男の声がした。


「戻られたようですわ」

「二人共、私の部屋にそれ運んどいて。私はグラバー君と小曾根君に大事な話があるから」

「は!」

「……」


いつの間に怜の部屋になったのか疑問だが、小曾根本人はさして気にも止めず、使用人にも手伝うよう声をかけ、怜に引っ張られるようにグラバーの元へ消えていった。


五代はその後ろ姿に深い溜め息をついた。どうにかして上海に行きたいのだが、今のところ怜が必要不可欠なのだ。


あの少女は”小栗”の名を持っている。怜が幕府に働きかけさえすれば事は簡単で済むのだ。本人は自分が追われる身(誘拐)だとは言うが、例えばそれを利用し”薩摩藩”が助け出したとすれば、その見返りに乗船の許可を得られるかもしれない。


しかし怜は断固拒否した。

そうなれば強制的に江戸送還は免れないと言うのだ。むろん苦肉の策であることは否定しない。しかし……


「五代殿。いかが致したか」

「あ、ああ。すまない」


いかに過酷であろうと藩命を全うしなければならない。加えてこの策は五代自身が提言したに他ならないからだ。そこにあるのは責任とプライド、そして日本を強くするという決意だけであった。



◇◇◇◇◇◇◇(『』英)



『して、大事ば話とは……』

『近く幕府の船が外国に渡航するっていう話聞いたんやけど、当然二人共知っとるよね?』

『勿論知っているよ。今日奉行所に行ったのもそれが理由だからね』

『やったら話は早いわ。その渡航に五代君も連れて行って欲しいんやけど』

『五代クンを?』

『それはまた何故』


怜は一瞬迷ったが、やはり五代が蒸気船購入を計画している件は、敢えて伏せておくことにした。


『視察や』

『視察?』


現状二人の立ち位置など知らない。特にグラバーが幕府との間で取引がある以上、下手に薩摩藩の動向を告げて、もしそれが漏れでもしたら大きな問題になってしまうのだ。


『言うたよね?私は世界と取引したいんや。その為には世界を知らなあかん。先ずその第一歩として、我が西瓜カンパニーの特別顧問である五代君に敵情視察してもらいたいんよ』


もっともらしい口上を述べた怜は、乾いた喉を潤すため一気に茶を流し込み、おもむろに立ち上がった。


『それに……まさか何時迄も公儀だけを相手にして商売するつもりもないやろ?』

『……なんだって?』


怜は偉そうに腕を組んで、一瞬間を置いた後、グラバーを真っ直ぐ見据えた。


『今の日本の情勢はあんたらも知っとる通り不安定で、幕府と他国が協調しようとすれば、それを不満に思う勢力が事件を起こす。東禅寺事件もしかり、ヒュースケン暗殺事件もしかりや』

『………よう知ってらっしゃるねえ』

『私に知らんことがあるとしたら、自分の寿命くらいや。ーーーつまり、そうゆう経緯が開港開市延期に繋がったんやけど』

『それは承知している。我が国の大使がそちらの使節をサポートする為、近々帰国する話があるからね』



所謂”文久遣欧使節団”である。

これは幕府が開港開市延期の交渉を行う為に、竹内保徳を初めとする40名近い要人を派遣したが、そのバックアップをする為、当初延期交渉に反対していた駐日総領事であるオールコックがその必要性を理解し、幕府を全面的サポートするに至っているのである。


『それでええの?』

『……は?』


唐突な問いの意味を二人は理解出来なかった。


『まさか今回の延期で終わると思っとるん?』

『ど、どういう…』

『5年後に実施されるっていう約束がホンマに守られると思うの?逆に、たった5年で確実完全に国内事情が解決すると思うん?』

『!』


怜はケタケタと笑い出す。


『エゲレス人って結構純粋なんやね』


そう放った言葉はただの嫌味であったが、二人には聞こえなかったようで、身を乗り出して言葉を発した。


『では幕府が我が英吉利国を欺いていると!?』

『滅多なことは申されない方が!』


怜は瞬時に表情を変化させ、厳しい面持ちで口を開いた。


『そうなれるに越したことはない。それは幕府も同じ気持ちや。そやけど”事”は単純やないんよ。おたくらも知っとるやろ?水戸や長州といった過激派は、誰も思いつかんような手段を使うんやから』

『一理ばありますな』

『……まあ、確かに』


しばし沈黙が流れた。

怜は二人の思考を読み解くことに集中し、表情一つ見逃さないよう注意を払う。


『世の流ればなかなか変えられんのも常でしょうな』

『ふむ。我々商人としては歯痒いなれど、期待しても難しいのだろうね』

『とはいえ、”政”は私らの管轄じゃなか。何言うても流れば見守るしかないのが現状じゃし』


内心ガッツポーズだった。

やはり見立ての通りこの二人は幕府に対してそれほど期待も無く、執着している風でない。怜は二人を割くように声を張り上げた。


『かといって……まさかこのまま指加えて動向見守るなんて言わんよね?』

『!!』


先に怜の意図に気付いたのはグラバーである。


『それはつまり…』


怜の表情は自信に満ち溢れていた。


『目指すところは……”自由貿易”や』


その言葉に小曾根が楽しそうに笑った。


『成る程。ゆえの、”西瓜カンパニー”というわけですな』

『そういうこと』

『しかし密貿易となると…』

『そんなもんどうとでもなる。何せ私らにはバックがついとるからね』


まさにそれこそ”薩摩藩”であると示唆したも同然であるが、勿論二人は怜や五代の素性を知らないので、目を丸くして声を揃えた。


『『バック?』』

『今はまだ言えんけど、実際に取引可能になったら、その時はちゃんと話するつもりや』

『しかしそれを聞かなければこちら側としても取引に応じることは……』

『ハハハ!そうやね。今の段階ではうちの()()もわけわからん海外企業と取引するつもりは毛頭無いしね。もし他の国……例えば”亜米利加”があんたらよりええ条件出せば当然向こうと取引するけど』

『な……!?』

『けど、なんだかんだグラバー君とは縁があったもんやから、先にその”権利”を与えてあげたかっただけや』


西瓜カンパニーが”取引をしてもらう”側に立っているわけではなく、取引を”させてやる”という意味をストレートに告げた怜。小曾根は、思わず舌を巻いた。


『自信ばおありなんですな』

『無かったら最初からせんし』


商売が簡単ではないことをよく知っている小曾根ではあったが、あまりの怜の自信に彼の”好奇心”をくすぐったのは間違いなかった。


そしてそれはグラバーも同じだった。


『なかなか面白い』

『やろ?その為には上海視察は必要不可欠なんよ』

『しかし乗員数は限られているし、私の一存で簡単に乗員を増やすことは』

『一人くらい増えても大丈夫やろ?名目は水夫でも何でもええから頼むわ』


”うーむ”と考え込んだグラバーの横で、小曾根がにっこりと微笑んだ。


『だったら私の知り合いば紹介しましょう。グラバー君(異国人)が日本人水夫の斡旋に口出しするんは無理ばあるし、どうせやったら向こうば行く役人さんに直接口利きしてもらった方が早いでしょう』


怜の目が輝いた。


『おおきに!宜しゅう頼むわ!ほんならまた後でな!』


”話が済んだらもうお前らに用はない”と言わんばかりに部屋を出た怜。次の問題に頭を巡らせた。


無論それはーーーーー



「五代くーん!!」



”見返り”である。

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