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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
74/139

074


長崎・出島


再び出島に訪れた怜は、島右側に位置する荷揚げ場と呼ばれる場所へ向かった。ここ出島では大きな船は接岸出来ない為、小型の舟を使って人や荷物を積み降ろししているのだ。


怜がそこへ到着すると、大八車に荷物を積み上げている作業員の姿があり、少し離れた場所に身なりの良い男が眩しそうにそれを眺めている。


「阿蘭陀人かな」


遠目でもわかる出で立ちは、黒い上下洋装でゴワゴワとしたコートに、同じ黒のハットをかぶっていた。


時折手を上げて指図するのを見れば、沖に碇泊する蒸気船の所有者だろうか。しばらくその様子を見ていた怜は、一区切りついたのを見計らって五代に向けて言った。


「話してくるわ」

「え?」


五代が呼び止める前に一直線にその男の元へ駆け寄る怜と後を追う中村。五代は呆気に取られつつ、慌ててその後に続いた。


「おにいさーん!」


振り向いた男は20代から30代。

高身長でかなりのイケメンオーラを発している。と、その顔を見た瞬間、怜は「あー!!」と指を差しながら叫んだ。


「グラバーやん!」


その男は偶然にも以前長州で会ったトーマス・グラバーだった。怜は驚きと喜びにグラバーの腰辺りをバンバン叩く。


「いやあ!運命の再会とはまさにこれやね。しかし前とはえらい変わりようやな。まあ元気そうで何よりやけど」


早口でまくし立てる怜に対し、グラバーは「あんた誰」状態で口を開きっぱなしだ。


「身体の調子はどう?あれから過呼吸になったりしてへん?ーーそう!そりゃ良かった良かった!にしても、あんたを助けたおかげで私はあれから大変やったんやで。変な男(吉田稔麿)に付きまとわれるし、金は取られるし」


グラバーは考えた。


『僕はまだ日本に来て間もない。

知り合いなんてほんの片手に足りるほどしかいないし、ましてや子供なんて一人も知らないんだ。


それに日本語もゆっくりなら理解出来るけど、この子は何を言っているか全くわからない。


そういえば今、”グラバーヤン”と聞こえた。もしかしてこの子は僕と”グラバーヤン”を間違えているんだろうか。

…………そうだ。そうに違いない』


グラバーは気を取り直して、怜に視線を合わせるようにその場にしゃがみ込んだ。


「I'm sorry.I am、NO”Glover-yam」

「……は?グラバーやろ?」

「oh…no.I am、NO”Glover-yall”」


怜は半目になった。


「ふざけとるんか」

「お嬢」


中村が身体半分を前にして怜を庇うように身を呈す。その手は既に鯉口に触れていた。


「貴様。お嬢の御前にて、己の名を欺くとは無礼千万。命が惜しくば認めるがいい!我が身が”グラバーヤン”だということを!」

「NO!NO!NO”Glover-yam”!!」

「まだ言うかグラバーヤンッ!」

「やめなさい!グラバーヤ…じゃなくて、中村君!」


必死で止めに入る五代。

その騒ぎに人が集まり出した。


「待って」


怜は一言、その場を制した。

「はっ」と忍者のようにササッと怜の後ろに下がる中村。怜は腕を組んでグラバーに近寄ると、にこりと笑って右手を出した。


「It’s been a long time.Do you remember me?We’ve met once before in 長州」(久しぶり。私のこと覚えてる?前に長州で会ったやろ)


怜は堂々とした態度で彼を見つめた。五代や中村は、まさか怜が英語を話せるとは思わなかった為、ぽかんとしたまま動かない。


それはグラバーも同様で、拙い発音ではあったが、小さな子供が既に英語を習得していることに驚きを隠せなかった。


同時にーーーーーー


「oh…!」


”長州”という言葉で、彼はやっと怜を思い出したのである。



◇◇◇◇◇◇◇



グラバーは”ジャーディン・マセソン商会”の長崎代理店として独立したばかりであった。所謂「グラバー商会」である。


主に茶や生糸など日本特産品の輸出を扱う貿易会社で、”武器商人”として名を馳せるのは、あの八月十八日の政変以降だ。


また観光地として名高いグラバー邸(園)は、この時点ではまだ建築すらされておらず、現在は知り合いの豪商宅に身を寄せていた。(以下『』英語)


『あの時はありがとう。本当に助かったよ』


グラバーは離れの部屋に三人を案内し、開口一番頭を下げた。


『ええよ別に。私、困っとる人がおったら、助けな気が済まへんタイプやねん』

『立派な心掛けだね』

『さすがに死んだ人を生き還らせたんは初めてやけどね』

『死んだ…人…?』


さらりと言い放った怜。しかしグラバーは一度も死んではいないと自他共に認めている。本気で死んだと思っていたのか、もしくは敢えてそう念を押すことに何か裏があるのか。


「さあ、あの時の礼をしてもらおかな」


もちろん後者である。


長崎・本博多町”小曾根家”


『なるほど。種がほしいのか…』

『今日本にある物は食べ物に限らず、何から何まで清、あるいは西洋から伝わったもんばかりや。けど、それでもまだまだ足りへん。私はもっと西洋の文化をこの日本に浸透させようと思っとるんや』

『西洋の文化…』

『特にエゲレスは最高の国やと思っとる。洗練された人々、革新的な産業技術、全てが世界一や』

『おぉ……なんと』


グラバーは感心した。

こんな小さな子供が日本の将来を考え、我が祖国の多様な文化を広めたいと言う。大人ならまだしも、小さな身空で信じ難いことだった。


『ああ、私もエゲレス人に生まれたかった…』


露ほどにも思っていない言葉を発し、怜は顔を覆った。したり顔を見られたくなかったからである。と、そこへ。


「お茶をお持ちしました」


襖の向こうから若いの男の声がした。

グラバーはスッと立ち上がると、襖を開ける。そこには日焼けした健康そうな若い男が座っていた。どこからどう見ても日本人なのは確かだが、服装は西洋のいわゆるスーツ姿である。


「失礼致します。グラバーさんに客がきとるば言うて聞いたんじゃけど……」


怜がアッと息を飲むと、男はまじまじと怜をみて、次の瞬間ポンと手を叩いた。


「君はあの時の!」


それはやはりあの長州にて、グラバーと共にいた男であった。


「いやー!なんちゅうば偶然じゃろうね。まさかこの長崎で恩人ば再会するとは」


男の名は小曾根英四郎。長崎の豪商人である。歳は久坂と同じぐらいで、若いながらも、ここ小曾根家の当主だった。ただ当主といっても、父と兄が別の場所で居を構えているため、分家と言った方が正しいかもしれない。


「そうやねん。私もまさか思たけど、これも神様のお導きに違いないわ。なあ?グラバー君」

『yes!』


グラバーは適当に返事をした。


「それで今日ば何の御用向きで?」

「グラバー君があの時の礼をしたい言うてね。私も流石に断ったんやけど”どうしても”って言うから」

「おお……なんと。気が利かず申し訳なかと。私からも是非ともお礼ばせんと。……そうじゃ!今日はここば泊まっていきませんか?再会の宴ば開こうやありませんか!」

「おお!!ええんですか?」

「当たり前じゃなかとですかー!」


ツキが回ってきたと怜は思った。

何故ならこの小曾根という男、とてつもない金持ちのようである。屋敷は怜の家の二倍に相当し、使用人の数も半端ない。


『ところで、さっきの船はグラバー君の所有船?』


小曾根は「おや?」といった表情をする。まさかこんな小さな子供が英語を習得しているとは思わなかったのだ。無論小曾根も多少は出来る。無論カタコトではあるがグラバーとの意思疎通くらいは習得していた。


『いや、あれは会社の船だ。上海から運ばせているんだ』


取引相手はもちろん幕府である。例外的に清や朝鮮などは、薩摩藩や対馬藩を介する場合もあるが、基本的に幕府の管理下に置かれている。この幕末では、民間人である商人は(淀屋のように)物を買い付けにくることはあっても、大量受注の取引は皆無だった。


『もちろん上海だけじゃない。香港からも運航しているよ。君の望む物は容易く手に入るだろう。ただ今は時期的に入手出来ない可能性もあるが』

『夏、秋辺りになったら出回るやろ?種でもええし現物でもええし。とにかく今年中に頼むわ』

『それくらいならなんてことはない。任せなさい』


グラバーとの交渉が済むと、見計らって小曾根が怜に問いかけた。


「ただの童じゃなかとやね。……一体何者か教えてもろうても良かじゃろか?」

「ああ、挨拶するの忘れとったね」


怜は五代と中村に目配せした。


「……五代才助と申します」

「中村半次郎でござる」


二人が自己紹介をすると、怜はそれに続いた。



「私は”スイカカンパニー”の隊長、後藤怜言います。宜しゅう」




◇◇◇◇◇◇◇



本来なら薩摩に向かっているはずだったが、予定を変更して小曽根宅に泊まることになった怜は、宴会の後充てがわれた部屋で黙々と今後の計画を書き記していた。中村は続きの間で刀を磨き、五代は真新しい布団で横になっている。


その小さな背中をしばらく見ていた五代だったが、思い立ったように前に回り込んで文机を挟んだ前に座った。


「怜。さっきの話なんだけど」

「さっきの話って?」


怜はキョトンとした顔で首を傾げた。


「スイカカンパニーってなんだい?」

「ああ、あれね」


見た目は6歳の少女。


「私が起業する予定の会社やよ」

「会社!?」


しかし中身は守銭奴である。


「私って幸せ者やわ。出資者がいっぱいおるんやもん」

「しゅ、出資者?」

「小曾根君やろ?鴻池やろ?淀屋やろ?ほんで…………薩摩藩や」

「なにッ!!??」



もし成功すれば日本初の”民間”貿易会社を設立するということになる。つまりあの”亀山社中”よりも早い段階で起業し、日本は元より世界に輸出出来れば大金持ちだ。


むろん()()()()の話である。




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