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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
73/139

073


「あ、あんたは…」


その人物とは、この長い旅路の二番目に出会ったあの男。怜による怜の為の”薩摩イケメンランキング”に堂々3位という好成績を収めたーーーーー


「五代……君?」


いつかの爽やかな笑みを浮かべて頷いたのは、あの五代才助こと”五代友厚”であった。


「久しぶりだね。怜」

「エェエエエェエエ!なんでェエエ!?」

「はっはっは。元気そうで何よりだ」

「ビックリし過ぎて鼻から心臓出るわ」

「せめて口からにしなさい」


「ごゆっくり」と仲居が去ると、五代は襖を開けたまま部屋に入った。まだ頭は混乱中だが、何故五代がこんなところにいるのか、何故怜がここにいることを知っているのか、あまりに疑問だらけで再会の喜びより”疑念”の方が強い。


「小松さんの命令だよ」


五代は怜の気持ちを察して口を開く前に話を始めた。


「藩の所用で長崎にいたんだが、小松さんから文が来てね。怜を迎えに行くよう頼まれたんだ」

「ふうん…」


さすが小松だと思った。とにかく仕事が早い。


「そやけどようわかったね。ここに泊まってること」

「それも小松さんの指示だよ。君のことだから必ず”出島”に行くだろうと予想して、用心棒を張らせていたんだ」

「用心棒?」


怜が首を傾げると、五代は「入りなさい」と廊下に向かって声をかけた。するとほとんど音もなく五代のやや後方に一人の男が俯き加減で現れる。だがその威圧感は隠しようも無かった。



「あ、あんたは...石川…五右衛門……」

「中村半次郎だ」


ムッツリと真一文字に結ばれた口元は、殺気こそなかったが不機嫌そのものである。


「さすがに君も気付かなかっただろう」


実は彼は出島に来た時からずっと後を付けていたのだ。勿論怜が気付くはずもない。中村は藩きっての剣客であり、気配を消すなど朝飯前なのだから。


「ほぅ~これはこれは」

「薩摩までの君の警護は、私と彼が請け負うことになった。安心しなさい」

「……宜しくお頼み申す」


低い声で唸るように頭を下げた中村に対し、怜はニヤリとほくそ笑んだ。


「怜。君と中村君の話は大体聞いている。二人とも思うことはあるだろうが、過去は過去だ。全て水に流し…」

「心配せんでも大丈夫やよ。私は優しいからね」

「そ、そうか?なら良いのだが」


怜は締まりのない顔で片膝をついて座る中村の前に立った。


「そういや私の下僕になる約束やったよね?」

「怜。下僕……というより”用心棒”だ。しかしそれは過去の話であり……」


五代は火花を散らし続ける中村に、当たり障り無く怜に警鐘を鳴らすのだが、本人は全く気付かない。


「と、とにかくだ。二人とも”思う”ことはあるだろうが」


五代が念を押すように反復したところで、怜がおもむろに右手を突き出した。


「お手」



最悪である。



◇◇◇◇◇◇◇



江戸・小栗邸



その頃東郷は小栗の屋敷に訪れていた。


「どちらさま?」

「東と申します。先生は御在宅でございますか?」

「東…さん…?……もしかして主人の小姓をしてらした方かしら」

「あ、奥様でいらっしゃいますか。初めまして。東五郎と申します」

「まあ!やっぱり!聞いておりますわ。先日は御丁寧にお土産を頂きありがとうございます」

「いえ。いつも先生にはお世話になっております」


東郷が手土産持参で小栗に会いに行ったのは、以前仙台に行く時に借りた5両の金子を返す為だった。勿論手付かずである。


「こちらこそ主人がお世話に……あ、立ち話もなんですからどうぞお入り下さい」

「あ、いえ、御不在でしたら出直して…」

「直ぐに戻って参りますわ。さあ遠慮なさらず。主人の部屋に案内致します」

「ありがとうございます。では失礼致します」


今日東郷が小栗の屋敷に来たのは、先日の五両とは別に、怜が以前江戸城で働いた金を返す為だった。この前来た怜の文には”次に会うまで持っておくように”と書かれていたが、そのことを小栗に言うと、怜が小栗家の養子に入ったことを理由に、預かっておくと言われたのだ。勿論断る理由がない。いくら怜に頼まれたからといって、義父になる小栗を蔑ろになど出来る筈がないし、何より東郷にとって信用に値する男である。


しかし残念ながら、小栗には別の思惑があった。守銭奴である怜がそれを知れば、必ずお金を返してもらおうと自分から会いにくると考えたのだ。つまり結果的に怜の”懸念”は()()()()には全く伝わらず、心配した通りになったのである。


「お茶を持ってきますのでごゆっくりなさって下さいな」

「お構いなく」


道子がいなくなると、東郷は相変わらずの殺風景な室内を見渡した。この屋敷で世話になっていた頃は、東郷がこの部屋の掃除を任されていたものだから、ついチェックしてしまうのだ。


とは言っても部屋というのは、その人の性格を表すもので、東郷に負けず劣らず真面目な小栗だけに、畳の上にも文机の上にはホコリ1つ無かった。また書棚に並ぶ多数の本も「いろは」順に列し、以前と何ら変わりない。だが続きの間の押入れから布地の一部がはみ出しているのを見て立ち上がった。


「木箱…?」


押入れを開けると長方形の箱があった。以前には無かったものだ。それほど大きい物ではないが年季の入った木箱でそこから布地の一部が見えていた。


東郷はそれをきちんと中へ入れ直そうと蓋を取った。



「これ…は…産着……?」


東郷の手が止まった。




◇◇◇◇◇◇◇



今、彼は人生の岐路に立たされている。


二股の道はどちらも真っ直ぐ同じように見えて、一方は地獄、一方は天国なのだ。むろん現時点でどちらが正しい道なのかはわからない。しかし立ち止まることは許されなかった。


「お手」


彼は苦悶に満ちた表情で、小さな手を睨んだ。


少年だと思っていた子供が、実は少女であったのも、後で知ったことである。奇しくも女子に手を上げてしまった事実は、後悔しても今更変えようもない。様々な記憶が中村を締め付け、さらなる圧力をかけているのだ。


「………」


するべきか、せざるべきか。選択肢は一つ。

ーーーーいや、答えはもう出ている。どんなに抗おうにも、彼に拒否権はなかった。


「……ッ…」


少女の瞳は告げている。


『思い出すのじゃ。あの日の言葉を。

胸に刻むのじゃ。私の言葉を」


つまりこの場合、”する”の一択しかない。その理由はたった1つ。


”私の下僕になってもらうよ。中村半次郎さん”




”約束”だったからである。


「お手」


中村は震える右手をゆっくりと動かした。


「な、中村君!?」

「………くっ…」

「ちょっ!!しなくていい!しなくていいんだ!」


なかなか動かない右肘を、左手で支えつつ前へと動かす。因みにこの時、残念ながら怜は約束を守ってもらおうなど微塵も考えてはいなかった。中村の反応を見ながら単に面白がっているだけである。そんなことを知る由もない中村は、ただ自分の置かれた今の現状を理解するのに精一杯だった。


「やめなさい!そんなことは」

「お手」

「怜!いい加減に」


剣を持つ時は素早く動くというのに、何故こんな簡単な動作に苦労するのか。中村は滴る額の汗を拭った。


それを見た怜はケタケタと笑い出し、真っ直ぐと挑む目で中村を見て言った。


「生まれは別にしても、悲しいことにこの世の中は身分の高い者ほど意固地な心を持っとる。武士がなんぼのもんやろ。人はみんな平等やよ。主上も農民も同じ。自尊心は仇となって身を滅ぼすんよ」

「……ッ!!!」


ガンと胸に突き刺さる言葉だった。

武士という身分の中でも最下層に位置する彼にとって、まさしく目から鱗であり、感動すら覚える言葉でもある。


中村は目頭が熱くなるのを感じ、キュッと口を結んだ。


「お手」


迷いなく差し出した男の手が小さな手の平に触れた。


「中村君!??」



その夜、民宿”長崎屋”では、高らかな子供の笑い声が深夜まで続いたという。



そして次の早朝、約束通りひょっとこが西瓜の種を持ってきた。シーボルトからの文も添えられていたが、大したことは書いていなかったため破り捨てた。


今日は昼までには買い物を済ませ、薩摩行きの船に乗る予定である。懐も暖かいので超ご機嫌だった。


「怜。そろそろ行こうか」


怜の部屋へやってきた五代は、ギョッと目を見張った。外で待っているだろうと思っていた中村が、怜の脇に控えていたからだ。


「よっしゃ。行くで。中村君」

「はっ!ーーーーお嬢、口に飯粒が」

「おっと。おおきに」

「!?」


二人の上下関係がすっかり確立されているのをみて、五代は度肝を抜かれた。


(人は皆平等とか言ってたよな……?)


「さあて今日はいっぱい買う物があるから、二人とも覚悟してねー」

「え、私が!?」


五代は思わず立ち止まる。すると中村がギロリと睨んだ。


「……不服でござるか?」

「光栄でござる!!」


怜はにっこり笑顔になった。


「しゅっぱーつ!!」

「おう!!」

「ぉー…」


五代の苦難はまだまだ続く。



◇◇◇◇◇◇◇



江戸・小栗邸


「失礼致します」


東郷は産着を手に持ったまま、お茶を持ってきた道子に駆け寄った。


「あの!これはもしかして……」

「え?」

「失礼ですが、奥様は御懐妊されているのですか?」


東郷は双葉葵の産着がまさか怜の物とも知らず、単に道子が妊娠していると思ったのだ。


「あ、それは」

「おめでとうございます!」

「あらやだ……違いますわ」

「え?」

「その産着は、怜さんの幼き頃の…」


道子はそう言いかけて、言葉を切る。


「怜の?」


先日の小栗の言葉を思い出したのだ。この産着のことはけして口外してはならぬと何度も念を押された。その理由は教えてもらえなかったが、少なくとも小栗の態度から、この産着が重大な秘事を含んでいるのは理解出来た。


「あ、あのわかりませんわ。申し訳ありません。これは主人が大事にしているものなので」


道子が慌てて東郷から産着を奪い取ると、ちょうど小栗が部屋に入ってきた。


「それは我が小栗家に伝わる先祖代々の産着なんだよ」

「あなた…」

「先生」


小栗は道子から産着を受け取り、木箱に入れて元の場所にしまい込んだ。


「待たせてすまないね。道子、私のお茶も用意しておくれ」

「はい。ただいま」


道子が部屋を去ると、東郷は座り直して頭を下げた。


「申し訳ありません。勝手な真似を。押入れから見えていたので片付けようとしたのですが、そのような大切な物とも知らず」

「気にしなくていいんだよ。私がきちんとしまっておかなかったからね」


微笑の小栗はいつものように冷静で、表向きは何も問題なく思える。しかし東郷は二人の態度の不自然さに気付かないわけにはいかなかった。


確かに道子は言ったのだ。




”怜の幼き頃の…”




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