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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
54/139

054


隅田川河口の江戸湊周辺では数十隻の小型廻船が停泊し、荷物の積み替え作業が行われていた。


江戸内湾は水深の低い遠浅の海であり、小型廻船しか利用出来ない。よって、大型廻船などは沖合いに碇泊し、そこで小型廻船に積み替えした後、各地の湊に流れる仕組みとなっていた。


すなわち奥羽丸は大型廻船である為、沖にあると考えて、奥羽丸の橋渡し的小型廻船が、ここにあるいずれかの船ということである。


怜は高田が経営する廻船問屋を探す為、ゆっくりと歩き出した。しかしその付近には料理屋や旅籠屋など様々な店が立ち並んでいる為、一つ一つ見て回るには時間的に余裕がない。


「聞いた方が早いな……」


怜はしばらく歩いて、忙しく荷物を捌く男達に近付き、一番偉そうに腕組みをして指示を出す男に声をかけた。


「おっちゃん。ちょっと聞きたいんやけど」


振り返った男はもみあげから顎や口周りにかけてグルリと髭が伸びた四十代くらいの男である。


「熊や…」


男は紙管を咥えており、体格も立派なまさに「海の男」であった。隣りには二十代くらいの若い男。これもまたガタイの良い男で、後ろから見たら双子だが実は親子である。


「何だ?ここはガキが遊びに来る場所じゃねえぞ」


怜は男達の言葉を無視して尋ねた。


「んとね、高田っていう人知らん?」

「高田ぁ?」

「廻船問屋の主人なんやけど」

「高田……てのは俺だが」

「……は?」


怜は一瞬騙されているのかと勘繰った。まさか一発で当たるとは思わなかったのだ。


「またまた~!どう見ても熊八やろ」

「熊八?オイどういう意味だっ」

「見た目が熊っぽいし」

「残念だが親父の名は”兎太郎”(うたろう)だ」


もう一人の男の言葉に怜は耳を疑った。


「騙しやん……」

「残念だったな」

「おおきに。他当たるわ…」


怜はガックリ肩を落とした。


「いやいや!待て待て!お前は熊八を探しているのか?それとも高田を探してるのか?どっちだ!」

「ああ!そうや、高田って人やわ」

「だったら俺だろう!」

「ええ~?」

「嘘吐いて何の得がある。見てみろ!”高田屋”と書いてあるだろう!


高田が指を差した古い建物の上には、薄れて見えにくいが確かに”高田屋”と屋号の書かれた看板がある。怜はパッと笑顔になった。


「俺は忙しいんだ。用件があるならさっさと……」

「めっさツイとる!ラッキーガールや!」


思わず抱きつく怜。


「お、おい!?なんだなんだ」

「親父...まさか隠し子じゃ...」

「バカヤロウ!何言ってやがる!」

「親方!そっちの趣味があったんですかい!?」

「んなわけねえだろーが!」


高田は無理矢理引き剥がすと顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


「何なんだ!オメーはよ!」

「あ、そうや!文!」


怜は榎本から預かった文を渡そうとして、ハッと思い立った。


「あぁああぁ!!!」

「ななななな何だぁ??」

「東郷君が持っとるんやったぁああ!」


怜はその場に蹲り、頭を抱えた。

勿論高田は全く理解出来ず、ポカンと口を開けたままであったが、手下の声に我に返った。


「親方ァ!積込み完了しましたぜェェ!」

「おっ……よし。これで終わりだな。皆、乗り込め!」

「ま、待って!」


素早く船に乗り込む高田に、怜は跳びかからんばかりに身を乗り出す。


「危ねえ!」


接岸されているとはいえ、小さな子供が一歩踏み外せば例え浅瀬であっても危険である。高田の息子は危機一髪で怜を制した。


「親父!ここは俺に任せてさっさと行け!」


高田は息子の言葉に頷くと手を上げて号令をかける。


「出発だ!!」

「おー!」


しかし怜は諦めなかった。


「待って!!」


怜は喧騒を掻き消すように大声を張り上げる。同時に役人の姿を視界の隅に捉えた。怜を捕らえる為の役人かどうかはわからない。しかし徒党を組んで闊歩する姿は不安しかなかった。


怜は交互に目を配りながら、もう一刻の猶予もないと判断し、思い切り叫んだ。


「榎本さんから文預かっとるんです!!」



すると、高田の動きがぴたりと止まった。


「榎本武揚!知っとるでしょ!?」


高田は瞬時に何かを察し息子に目配せする。息子はコクと頷いて怜を離してやると、親父に負けぬ声を上げた。


「暫し待機する!」


高田は歳を感じさせぬ軽やかさで船を跳び下りると、怜の腕を掴んで歩き出す。勿論行き先は”高田屋”であった。


「話を聞かせてもらおう」


怜は今までの経緯を説明した。

もちろん追われる理由は明かさなかったが、榎本から紹介を受けたまでの流れを簡単に告げた。


「成る程。役人どもに追われているというわけか」

「親父どうする?」

「榎本様には先代から随分世話になっている。子どもの二人や三人どうってことねえ」

「そうだな。俺も異論はない」

「ほんま!?」


怜は身を乗り出した。


「だが、出航時刻を遅らせるわけには行かねえ。既に番所には届け出を出しているんだ。違反者には罰金が課せられることになっていてな。下手すれば出航すら中止させられる可能性もある」

「江戸って厳しいんやね……」

「あの外国船が来る前まではそれほど厳しくもなかったがな。まあ特にこの一帯は将軍様の御城から目と鼻の先だから仕方ねえさ」

「あー、そっか…」

「もう一人の子どもってのは何処にいるんだ?」

「もう直ぐ来るはずなんやけど……」

「もし来なかったらお前だけでも乗ればいい」

「それは......あの、どのくらいやったら待ってくれる?」


高田はしばらく考えた後、十五分の猶予をくれた。せめて三十分は欲しいと思ったが、あまり無理は言えない。怜は逸る気持ちを抑えながら、外に出て東郷を待つことにした。


「まだおるな」

「あれは船番所のお役人様さ」


役人らは一軒一軒聞き込みをしているようで、少しずつこちらに近付いている。


「おかしいな。積み荷の検査はもう終わったってえのにまた来たのか?……オイ、ちょっと様子を見て来い」

「わかった」


高田の息子は、わざとらしくも軽快な足取りで役人の元へ向かう。そして二、三分ほど話しをした後、こちらへと戻ってきた。


「まずいぜ。奴ら、お前らを探してる」

「やはりそうか…」


と、その時であった。

ちょうど役人の向こうから黒い小さな影が低空飛行で近付いてくる。怜は「あっ」と短く声を上げた。


「来た!!」

「オイ、出るな!バレちまうぞ!」


鈴木君の真下にこちらへ向かって走る東郷が見える。二人は役人を挟む形で位置し、その距離は約二百メートルほどであった。


「鈴木君!こっちや!」


怜は手を振りながらぴょんぴょんと跳ねる。遠くから「キョォォオ」といつもの雄叫びが聞こえた。むろん東郷もそれに気付いて、声は届かずとも手を振るのが見える。しかしホッと安心したのも束の間であった。




「役人が気付いたぞ!」


高田の鋭い声がした。


「親父!隠れろ!」


間一髪で役人の視界から逃れた高田とは反対に、対峙するように役人と睨み合う格好になってしまった怜。


役人らは何やら相談しながら互いに頷き合い、ゆっくりとこちらへ向かってきた。


自分達が探している子どもかどうか、おそらくまだ半信半疑なのであろう。


「坊主!シラを切り通せよ!」


高田の息子は小声で言うが、怜はスッと何かが降りてくる感覚に陥った。


それはある種の「諦め」でもある。


ただ切羽詰まる状況なのに頭の中は冷静過ぎるほど冷静だった。


「......おっちゃん。お願いがあるんやけど」


真っ直ぐ向かってくる東郷を見つめながら、怜は小さく呟いた。


今、何をすべきか。それを決めるのは自分自身である。それが正しいかどうかは誰にもわからない。それでも尚、成すべきことが心の中で決まった時、怜は何よりも「後悔」だけは排除したかったのである。


じりじりと歩を進める役人との距離、約二十メートル。高田らは建物の中で息を殺している。もしも怜と通じていることが知られれば二人の身も危ない。


怜は役人に気付かれぬようボソボソと言葉を発すると、高田が了承するのを確認して、スーッと息を飲み込んだ。




「捕まえれるもんなら!!捕まえてみろ!!腰抜け役人どもォオォオ!!」




怜は完全に幕府を敵に回したのであった。



◇◇◇◇◇◇◇


あとほんの数十メートルで届くはずだった小さな女の子は、煙のように視界から消え去った。


「ーーー怜!!」


不意に掴まれた太い腕の主は、東郷を抑え込み口を塞いだ。


主人を追いかけて飛び去る夜鷹。

東郷がその場で崩れ落ちると、男が肩を掴んた。


「坊主からの伝言だ。”お前は藩邸へ帰れ。自分のことは心配するな”」

「そんな...」

「度胸の据わった坊主じゃねえか。役人相手に啖呵切るなんざ、なかなか出来るもんじゃねえ」

「全くだぜ」


東郷は高田の腕を振り解いた。


「僕、追いかけます!」

「駄目だ」


しかし高田の息子がいち早く東郷の腕を捕まえた。


「離して下さい!」

「おい、坊主の苦労を無駄にすんのか?」

「あのガキはお前や俺達を助けたんだ。男ならそれくらいわかるだろ?」

「わかってます!だからこそ」

「わかってんなら坊主の望む通りにしてやれ!あいつは自分が全て背負ってでも、一人の方が動きやすいと判断したんだ。だからこそ役人に喧嘩を売ったのさ!」


東郷とてわかっている。

怜はそういう性格なのだ。しかし自分が守ろうと誓った怜に、逆に守られてしまった現実が男として悔しかったのだ。


「僕は…っ…」


それ以上は言葉にならず、俯いた。


「ああそうだ…」


高田は東郷の額を軽く小突いて言った。


「”来年、会いに行く”ってよ」


その伝言に目を丸くする東郷。

高田の息子はバンバンと背中を叩いた。


「ハハハ!捕まる気は毛頭ねえってこったな!」

「おもしれー坊主だ!」


いつも自信に溢れた怜らしい言葉。

東郷はほんの数週間の小さな思い出を振り返り、フッと笑みを浮かべた。


”来年、会いにいく"


それは近いようで遠い約束。

けれど次に会った時は、今度こそ怜を守ると誓った。



◇◇◇◇◇◇◇



「キョキョキョォォオ」

「やっほー!鈴木君」


全力疾走の怜の頭上に鈴木君が追いついた。


「袴って走りにくいな!」


とはいえ、なかなかの走りっぷりである。子どもだと馬鹿にしていた役人達は、怜の走りに困惑しつつも必死で追いかけてくる。途中馬に乗った役人も合流したが、怜は道幅の狭い場所をわざと選択し、右へ左へ翻弄しながら走り抜けた。



「待てーー!」

「止まれーー!」

「止まらんと撃つぞー!」


役人の中には銃を所持している者もいる。普通の子どもならお漏らししてしまいそうな脅しであるが、当然怜には通用しない。


「そんなもんで撃てるか!アホー!」


振り返ってよく見れば、ゲベール銃だった。怜と役人の距離は二百メートルほど間隔が開いており、射程距離(百~三百メートル)だけを考えれば、当たる可能性は無きにしも非ずであるが、何せこの銃は命中精度が低い。しかも怜は動いて(走って)いるわけで、照準を合わせている間に逃げられるであろうことは、馬鹿でも理解出来るのだ。


「キョキョ!」


鈴木君の声に反応して怜は振り返った。

いつの間にか役人の数が倍以上に増えている。街行く人々は「なんだなんだ」と驚いて、蜘蛛の子を散らすように通りの端に退いた。


「その子どもを捕まえろ!!」


役人の一人が叫ぶ。


「男やったら自分で捕まえに来んかい!」


怜がそれに答えると、人々は「そうだそうだ」と手を叩いて囃し立てた。


「子ども相手に情け無い!」

「威張りくさった役人共には良い薬よ」

「頑張れ!坊主!」

「捕まるなよ!」


民衆を味方につければ「勝ち」も同然であると、怜は格好付けて手を上げ、更に加速したのだが、前からも数十人の役人の姿が見えた。


「おっと、まずい」


駆け足をしながら左右を確認した怜は、海の香りがする左へと曲がる。軒を連ねる様々な店の間を潜り抜け、ちょうど品川沖が見える沿岸部へと辿り着いた。


開けた海は太陽に照らされ、海面が眩しいほどキラキラと輝いている。沖合いにはいくつもの帆船が浮かんでいた。


しかしそれをゆっくり眺める暇はない。通り行く人々を追い越し、密集した家屋の隙間をくぐって、廃屋らしきボロボロの小屋まで来て、ハタと足を止めた。


「行き止まり…とか。アンラッキーガールやん……」


息を切らしながらポツリと呟き、元来た道を戻ろうとした時、不意に役人の声と足音が近付いた。


怜の立つ後ろは行き止まり。残された道は、真っ直ぐの通りと数歩先にの左折出来る道の二つ。言うなれば「T字路」のようになっていた。


そして運悪く役人らの声は左折側から聞こえてくる。となれば、真っ直ぐの道を突き進むしかないのだが、声の距離感を測れば、バッタリ出くわすのは間違いない。


「三人やな……」


足音で人数を推測した怜は、左折側ギリギリまで進み、壁にぴたりと身体を付けた。


(一か八かでぶっちぎるか、それとも死んだふりをするか……もしくは……)


地面に目を落とした先に、石ころがいくつか転がっていた。それを見た瞬間、妙な闘志が湧いてきた。


怜は即座に石を拾いギュッと握り締める。


あと3メートル……2メートル……


……1メートル……50センチ……



と、その時だった。


勢い良く飛び出そうとした怜の身体が、壁に吸い込まれるように後方へと宙に浮いた。確かに後ろは壁だったはずなのに、目の前に広がるのは美しい日本庭園である。


「静かに」


怜の口を塞いでいるのは、ゴツゴツとした大きな手。抱き抱えられるように後ろから羽交締めにされ、身動きすら取れない。


しかし、この声。

どこかで聞いたことがある。

何処だったか……


確か……



「おまん……相変わらずじゃの…」


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