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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
45/139

045


ーーーーーーーー京


木津屋橋通りにある米問屋から歓喜の雄叫びが上がった。

声の主は後藤家当主「後藤善治郎」である。


「ハツーー!!」

「なんやの。朝っぱらから騒々しい」

「アホウ!呑気に茶ァ飲んどる場合か!文や!文が来たんや!!」

「文ィ?誰から……」


ハツはそう言いかけて、湯呑みを庭へぶん投げる。(たまたま通りがかったゴキブリが天国へと旅立った)


「まさか怜か!?」

「そうや!!怜から文が来たんや!」


いち早く春が来たようである。


二人は(久しぶりに)抱き締め合い、直ぐ様縁側に並んで座ると震える手で封を切った。


三男からの便りで怜が肥後へ旅立ったと聞いた時、善治郎は周囲が止めるのもきかず単身大坂へ向かったのだ。


いるはずのない天保山を探し、奉行所にも届けを出し、一週間ほど三男家で厄介になりつつ最終的には帰京したのである。


怜を思わない日はなかった。

それはハツも同様である。気丈に振る舞ってはいたが、神社に足繁く通っているのも周知の事実であった。


「怜の字ィや……」


善治郎はホロリと涙を浮かべた。


【お父ちゃん、お母ちゃんへ】


冒頭、そう書かれた文は二人の身体の心配や、自分が今江戸にいること、そして江戸町奉行の小姓を勤めていることがツラツラと記されていた。


「お、お奉行様の…こ、小姓……」

「……さすがウチの娘や。やりおる」

「出世したなぁ……」

「怜をその辺のガキと同じに思たらあかん。デキが違うんや」


いわゆる「親バカ」である。


「”来年には一旦帰る”って!」

「ホンマか!?」

「ホラ見てみ!」

「ほ、ほんまや……」

「どんなに大きゅうなっとるやろ。楽しみや」

「そりゃあワシらの娘や。別嬪になっとるやろな」


たった半年で成長するわけはないが、親という生き物は大抵こういうものだ。


「ウチに似て良かったわぁ」

「アホウ!ワシ似や」

「なんやて!?」


くだらぬ喧嘩も子を想えばこそであった。



◇◇◇◇◇◇◇



江戸南町奉行所


小栗は多忙を極める身である。

元々勘定奉行だった彼は数日前に江戸町奉行へと移動になったのだが、幾日もしないうちにどちらも兼帯することになったのだ。


「ふ.....」


怜は欠伸を噛み殺した。何せまだ七時半である。

通常は十時頃から仕事始めとなるのだが、仕事量を考えたら朝早くから開始しなければ到底捌き切れないのだ。



「五郎。こちらも頼めるかな?」

「はい先生」


”五郎”とは東郷のことである。

さすがに薩摩藩の者とは言えないので偽名を使用しているのだ。むろん怜が名付け親であり、その名も「東五郎(あずまごろう)」とごくごく普通の名前だった。


「怜。君はこの書類を日付けの順に」

「先生。それも僕がやります」

「……そうかい?」


怜はある一枚の書類に没頭していた。

それはあの吉原で起きた放火事件である。こと細かく書かれた罪状。それによって捕縛された楼主の判決は「死罪」となっていた。


考えれば予想出来たことであるも、自分がすっかり失念していたのは否めない。


「何を真剣に見ているかと思ったらこの前の事件か。聞いたところによると小さな少年が事件を解決したらしい」

「そうですか」

「それは見事なまでの”裁き”だったと、吉原辺りでは今でも語り草になって……」


江戸時代、放火は大罪である。

仕方ないこととは言え、胸に小さなしこりが残ったのも事実だ。


「待てよ……小さな……」


小栗はジッと何やら考え込んで、数秒後ハッと思い立つ。


「まさか……その少年とは」


やおら東郷の肩を掴んだ。


「君なんだろう!そうだ!そうに違いない!」

「ええ!?違っ…」

「怜もそう思わないかい!?」

「はい!そう思います!」

「ちょっ!?」

「やはりそうだ!そうだったのか!」

「怜っ!」

「謙遜しなくて良いんだ!素晴らしいことじゃないか!」

「でも本当に違…!」

「私に隠さなくていいんだよ!全く君って奴は何て良い子なんだろう!」

「や、やめて下さ」

「怜もそう思わないかい?」

「はい!思います!」

「怜!!」


東郷はすっかりお気に入り登録されたのだった。



ちょうど午前十時に差し掛かる頃、小栗は腰を上げた。


「さて江戸城へ行かねば」

「今からですか?」

「此方ばかりに構っていたからね。向こうの仕事が溜まっているんだ」

「勘定方も大変なのですね」


勘定方(勘定奉行)は幕府の財務を扱う職である。「御殿勘定所」と「下勘定所」があり、前者は城内、後者は大手門内に配置されていた。小栗は御殿勘定所に職務しており、各役所からの諸経費などの決裁や分限帳の検査が主な仕事内容であった。


「この前まで外国奉行だったんだ。色々代わり過ぎて、たまに間違えるんだよ」

「どうせ罷免されたんやろ」

「怜。しっ」


実にこの男、一翁と同じく罷免就任を繰り返している。その数五十以上と語り継がれるほどかなりの強者であった。なまじ才知あるだけにやはり歯に衣着せぬ物言い、それが例え目上であろうと容赦の無い舌弁が原因である。


また一翁が皆に慕われていたのに対し、小栗は真逆のように怜には映った。ゆえに怜が同行するにあたり、先ず感じた印象は……


「先生って友達少ないんやね」


であった。


「怜、失礼だよ!」

「私、嘘ついたら溺死すんねん」

「え!?」


小栗は困惑した。

何故なら自分は多い方だと思っていたのだ。


「誰か友達になってくれるかな…」

「先生!安心して下さい!僕達が友達です!」

「五郎……ありがとう」

「憐れな大人やな」

「怜!」


門内の番所で手続きを済ませた三人は、いよいよ城内へと足を踏み入れる。小栗は当然慣れ切っているが、怜と東郷は初登城であり、東郷は言わずもがな、いくら度胸の座った怜でもこの時ばかりは胸が高鳴った。(もっとも緊張したわけではない)


「大奥ってホンマにあるんですか?」

「勿論」

「ふうん。税金の無駄やな」

「ふむ。なかなか的を得ている」

「あの、あまり大きな声でそのような発言は」

「どうせ誰も聞いてないやろ」

「誰が聞いてるかわからないんだから」

「ふむ。それももっともだ」


小栗は何故かニコニコと終始笑顔であったが、ある男の登場によりその表情は一変した。


「おや。小栗さんじゃないですか」


後ろから追い抜くようにやってきたのは、小柄ながらも態度は大きく、自信有り気に笑みを浮かべたなかなかのイケメンだった。


「また小姓が代わったんですねえ」

「ええ、まあ」


男はジロジロと二人を値踏みする。

東郷は45度に頭を下げ「小姓の東と申します」と挨拶をした。


「なかなか利口そうな小姓ですね」


しかし怜は挨拶もせず、男をボケーと見つめたまま固まっていた。


「こちらの小姓は…」(アホだ。うん)


とその時、男の小姓の一人が割り込んだ。


「先生、お時間がありません」

「ああ、そうだったな。ではお先に」


颯爽と前を歩く男。

怜はこの男を知っている。

坂本龍馬や西郷隆盛とも並ぶ明治維新に欠かせぬ有名な男である。



「あのお方は……?」


東郷の問いに小栗はフッと溜め息をついた。


「勝海舟だよ」


怜はフンと鼻を鳴らした。


「思ったより性格悪そうやね」

「彼を知っているのかい?」

「あー、大久保先生から少し聞いとったんで」

「ああ。なるほど」


勝の後ろ姿を眺めながら、やや遅足で進む三人。怜は小栗の様子を見る限り勝との間に確執のようなものを感じずにはいられなかった。


実際「小栗忠順」について怜が知っていることは”金銀比価問題”(前述)とロシアの対馬占拠事件が主で、主戦派として論じるも最終的には維新を待たずして新政府軍に斬首されるくらいである。

むしろ勝海舟に関しての方が知識はあった。


「凄く慕われていらっしゃるのですね」


次から次へと勝に駆け寄り挨拶をしていく人々。怜は小栗と勝を見比べた。


「その憐れみの目はよしなさい」


別に同情したわけではない。

あの”史実”が事実かどうか確かめたくなったのだ。


「怜、何処いくの?」

「あのオッサンがホンマに犬が苦手かどうか確かめてくる」

「……犬?」


勝は幼き頃犬にキ◯タマを噛まれた事があった。それは七十日以上寝込んだとされるほどの重傷でそれ以降「犬」が苦手だったと史実にあったのだ。


それの事実確認をするべく、勝の背後で一旦停止する怜。息を深く吸い込んで叫んだ。


「わんっ!!」


響き渡る犬の声。

そして一秒後。ドンッ地面が揺れた。



「勝先生!?」

「先生!!しっかり!」

「誰か!医師を!先生が撃たれた!!」


撃たれたわけではない。気絶したのだ。



◇◇◇◇◇◇◇



御殿勘定所


「馬鹿だ!」

「うん。トラウマって馬鹿にしたらあかんな」

「違う!怜が”馬鹿”だってこと!」

「まあまあ落ち着いて」

「でも先生っ、あんな」

「大丈夫だよ。その時は私が責任を取れば済む話だから」


小栗は微妙に嬉しそうだった。


「先生とあの人と喧嘩しとるんですか?」

「喧嘩ってわけじゃないんだけど」


それは先頃のロシアの軍艦・ポザドニック号が、対馬を強制占拠し、約半年余りの間滞留した占拠事件が原因であった。


ポザドニック号の艦長・海軍中尉のビリリョフは、対馬藩主との面会を求め、強引に対馬芋崎の租借を認めさせようとしていた。租借とはある国が合意の上で他国の領土の一部を一定の期間を限って借りることである。


ビリリョフはその理由としてイギリスが対馬を狙っているため、それを阻止するべく租借したいと言う。いわゆる相手側の勝手な主張である。実際ロシア側は対馬で暴挙の限りを尽くし、数人の島民が殺害されていた。それを受けて幕府は小栗を交渉人として派遣させたのである。会談では藩主への謁見を強く求めるロシア側に対し、当初はそれを許可する旨を回答するも老中の安藤信正に、藩主謁見は拒否するよう言われ前言撤回する。加えて無断上陸を条約違反であるとして抗議し交渉を押し切った。


帰東した小栗は対馬を直轄領とすること、事件は正式の外交形式で行うこと、国際世論に訴え、場合によっては英国海軍の協力を得ることなどを老中らに提言した。しかし幕閣は小栗の意見を受け入れなかったのである。


「だから辞任したんだ」

「罷免されたわけちゃうんですね」

「まあ、同じことかもしれないね」

「でもあれは結局エゲレスが仲介したと聞きましたが」

「勝さんのおかげでね」


小栗が辞任した後、外国奉行に任命されたのは水野忠徳である。彼と勝は以前より懇意の仲であり、この事件に関する助言をしたのがまさに”勝海舟”であり、水野を通じて幕府に提言したのだ。


「これ以上長引かせるのは得策ではなかったんだろう」


幕府は小栗が提唱した通り、ロシアと正式に交渉を進めつつ、一方でイギリス公使「ラザフォード・オールコック」に相談する。その結果イギリス艦船が対馬に向かいビリリョフに抗議し、ついに退去する運びとなったのである。


「結局私の言った通りに解決したのだから、勝さんには感謝しているくらいだよ」


勝がこの一件により評価が著しく上がったのは言うまでもなく、逆に小栗が途中放棄と周囲から見られてしまったのも仕方のないことだった。


「先生、謙虚なフリするのやめて下さい。ホンマは煮え繰り返って仕方ないんやろ?」


小栗の握り締めた分限帳が皺くちゃになっているのを見て、東郷はギョッとした。


「わ、わかるかい?この屈辱が」

「わかるも何もそれでこそ”小栗忠順”や」


小栗は立ち上がった。


「私に誇るべきものがあるとすれば、二つだ」

「二つ?」

「それはね」


小栗は真っ直ぐな目で二人を見た。


「自分自身と、君達だ!!」

「先生ェエ!」


抱き締め合う怜と小栗。

東郷は溜め息をついた。




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