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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
33/139

033

新撰組初登場です。


白いブラウスに膝下で絞ったチョコレートブラウンのキュロット。そして白いタイツと黒い靴。その姿はどこから見ても貴族の男の子である。


「よく似あっているわ」


クレメンティナは感嘆の溜め息を漏らした。


「暑い...」

「レイ、脱いじゃ駄目よ?」


あくる朝、すっかり酔いの覚めた怜はクレメンティナの玩具にされていた。マーシャルは部屋に監禁され、一方も外へは出られない状況である。時折「クレメンティナ……、アイムソーリー」という言葉が嗚咽と共に聞こえてくるが、クレメンティナはともかく使用人にすら聞こえないフリで完全スルー状態と化していた。


「あの人はね、根は優しい人なのよ。本当は日本を愛しているの。祖国よりもね」


クレメンティナはフフッと微笑し、怜の首元に丸い紋章の付いたループタイを付けた。


「使用人に”ヤスケ”って名前をつけるぐらいやから、多分そうかなとは思ったけど」

「ヤスケは知り合いの長崎の商人から譲ってもらったのよ。彼が一目で気に入ってしまって」

「ビリヤードが上手いから?」

「あら……知っていたの?」

「多分ヤスケ君がわざと負けてあげてるんかなって思って」


怜はクレメンティナの直ぐ後ろに立つヤスケの手を見た。その指は小さいながらもゴツゴツとしていて、ところどころタコが出来ている。ヤスケは恥ずかしそうに両手を後ろに隠した。


「この子は本当に優しい子なのよ。人前では主人に花をもたせてあげていたの。でも二人きりの時は、それは厳しいビリヤードの”先生”よ」


怜はそれを聞いて安心した。結局は取り越し苦労だったが、「不幸な奴隷の子ども」はいなかったという事実を知ることが出来ただけで充分である。


「奥様、馬の準備が整いました」

「直ぐ行くわ」


クレメンティナは怜に皮の黒い背負い(リュック)を渡した。


「さあ、お別れね。もうしばらく滞在してほしかったけれど」

「また落ち着いたら遊びにくるから」


怜はニコリと微笑んだ。


「あら、そういえばミスター鈴木は?」

「あの子は先に江戸に行ってもらってん」


鈴木君はひと足先に吉田を捜しに向かわせた。大事な金子の入ったあの荷物袋を返してもらわなければならないからだ。早急に回収しなければ使ってしまうかもしれないと、怜は内心心配で仕方がなかったのだ。


「わあぁ……」


準備が済み屋敷の外へ出ると、怜よりも遥かに大きな馬がサムに連れられ悠然と立っている。

暗めの赤褐色の身体に前髪からたてがみ、尾は艶やかな黒色。真っ直ぐ前を見つめる大きな瞳は優しげであった。


「サラブレッドや」

「私の愛馬”アオカゲ”よ。とてもお利口さんなの」

「綺麗な馬やなぁ」


怜が手を伸ばすと、アオカゲは頭を下げて目を閉じる。


「ほう。神経質なアオカゲが珍しいこともあるもんじゃ」

「ビルにはちっとも懐かないのにね」


クレメンティナはクスクス笑い、そして怜へと向き直った。


「また来てくれる?」

「うん。落ち着いたら」


サムは老齢とは思えないほど軽やかにアオカゲに騎乗すると怜を引き上げる。懐にすっぽり収まる形で座った怜は前部中央のホーン(グリップ)を握った。


「さあ、出発だ」


サムの掛け声と共にアオカゲはゆっくり前進する。佐藤君よりも高い景色はまた違った感じに見えた。


「レイ!元気でね!」

「クレメンティナ、ヤスケ君、他のみんなも元気で!」


サムの腕の隙間から手を振りながらチラリと二階のバルコニーに視線を移すと、カーテンが少し揺らめいて誰かが手を振っている。


もちろんそれはマーシャルであった。


「あの男もあーやって大人しくしとったら可愛げがあるんやけどな」

「旦那様は不器用な方なんじゃよ」

「友達、ぜーったいおらんやろ」


サムは「くっくっ」と笑うと手綱を握り締めて言った。


「さあ、飛ばすぞ」


手綱を大きく振るとアオカゲは「待ってました」と言わんばかりにスピードを上げる。鍛えられた馬体と脚力は土煙を上げながらぐんぐん道を滑走し、あっという間にマーシャル家の屋敷は見えなくなった。




◇◇◇◇◇◇◇




浅葱色の空。


一人の青年が見上げた先に変わった鳥が飛んできた。いや、飛んでいるというよりふわふわと風に乗っていると言った方が正しい。


青年はぼうっとそれを見つめたまま思わず目を擦った。


「なんだアレ…きめえ」


そう呟いた時、鳥と目があった。

ーーーーーというか、睨まれた。


聞こえたのか?いやまさか… 。

鳥が言葉など理解出来るはずがない。


青年は根底から否定し五秒後に後悔するのだ。


「キョキョーーーッ!!」


一直線に下降する不気味な鳥。


その正体は、もちろん鈴木氏である。


「ちょっ!?な、っうわっ!?」


思わずしゃがみ込む青年。

右手に握る竹刀をかざして顔を庇う。何よりも先に顔を守ったのは自分の顔に自信があったからだ。


この顔に傷を付けるわけにはいかない。これがもしも戦などで敵に付けられたのであれば、「漢の勲章」として皆から尊敬されるだろうがーーー




「土方さん、どうしたんですか?その傷」

「いや、鳥に襲われて」

「ちょ!鳥って……ぶふッ」

「オイ総司、誰にも言うなよ?」

「言いませんよ。ぐふ」

「何やってんだー?」

「あ、原田さん聞いて下さいよ。土方さんったらね、鳥に襲われたって」

「総司!!!おまっ」

「マジか!!ギャハハハハハ!そりゃおもしれー!みんなに話してくるぜ!」

「僕も近藤さんに話してきますね!」


と、こうなることは目に見えているのだ。

しかし土方に「逃げる」選択肢は毛頭無い。となれば鳥と言えど真っ向から勝負するしかないのだ。


「いいだろう……」


土方は竹刀を立て鈴木氏に焦点を当てた。

正面から見た夜鷹は更に不気味である。


睨み合う両者。加速する鈴木氏。

竹刀を持つ手に熱がこもった、その時ーー


「キョキョーーー!」

「オリャアァア!」


振り上げた竹刀をスルリと交わした鈴木氏。

「よっこらしょ」とばかりに止まり木に座り羽を休めた。(※止まり木=土方歳三の頭)


「え……」

「キョ」(おやすみ)

「ええーーー!?」


青年の叫びが一帯にこだました。



◇◇◇◇◇◇◇



「ぐふぅッ……」

「フッ…ブ……」

「…、…ふぐっ…」


神社の隅でどんよりした空気を身に纏うのは、言わずもがな「土方歳三」である。


歳は二十六。見た目は役者のような顔立ちで所謂”イケメン”の部類に入る。付き合った女の数、約二十人以上(本人も覚えていない)、歳十五~三十八の女達を次々と手にかけてきた、未来で言うところの”ヤリチン”であった。

だからと言って肉食系ではない。むしろ草食である。しかし女が放っておかないのだ。


「あれれー?」

コ◯ンばりに姿を現したのはすらりとした細身の少年。


その名は”沖田総司”


黒灰色の小袖に黒い袴を着ているため余計に痩せて見えるものの、袖から伸びた手足は無駄な肉など一つも無くまさに鍛えられた細マッチョそのものである。


「土方さん、頭に何か付いてるよ」

「「「ブフホォ!!」」」


沖田の言葉にその場にいた門徒は皆噴き出した。

ぎろりと睨む土方。怖いもの知らずの沖田はそんな彼を物ともせず近付く。


「うわっ!鳥じゃん!……夜鷹?」

「……ねーんだ」


土方は呟く。


「え?」


沖田は竹刀を脇に抱え腕を組んで首を傾げた。


「コイツが頭から離れねーんだァアァ!!」


漢・土方歳三。

二十六年ぶりの涙であった。




八月も終わりに近付いた今日、ここ大国魂神社では天然理心流四代目近藤勇の襲名記念試合が行われていた。(この日より正式に”近藤”と改名)


境内で型試合が行われた後、近くの広い場所に移動した一行、その数百余り。紅白に分かれ紅組は土方歳三や山南敬介、白組は佐藤彦五郎など総勢七十名ほどで野試合が開催される。


「ドリャアァ!」

「キエェエェ!」


けたたましい叫び声が一帯に広がる。

まるでチャンバラごっこをしているかのようであるが、本人達は至って真剣であり、木刀で無ければさながら実戦のような戦いぶりであった。


「なあ、鳥。頼むから退いてくれねえか?」

「キョキョ」(だが断る)


喧騒の中、土方は交渉を続けていた。

しかし鈴木氏は知らぬ存ぜぬで一向に離れようとしない。


決まりの悪い表情で左を見れば行司役の近藤はチラチラと心配そうにこちらを見ているし、見届け役の沖田らは遠くからニヤニヤしている。


「あのな?俺は大将を守ら…」


とその時、数メートル離れて戦っていた山南が声を張り上げた。


「土方君!後ろ!!」


いち早く反応したのは鳥。


「キョキョォオ!」

「うわっ!?」


面を狙ってきた敵は鈴木氏の威嚇で胴がガラ空きになった。当然土方はチャンスとばかりに胴を抜く。「土方さんズリィ!」という野次には聞こえないフリをした。


「……なかなかやるじゃあねーか」

「キョキョ」


ちなみに土方は大将を守る役目であったが、それどころではなくなった。今の攻撃により皆大将そっちのけで土方を狙い打ちしようとしているからだ。


いや、言うなれば大将は「鈴木氏」だと言っても過言ではないだろう。


「面倒くせえな」

「キョキョ」

「一気に片付けるぜ!」

「キョォオォ!」


前は土方、後ろは鈴木氏。

語らずとも息ぴったりの両者は怒号と共に一斉に押し寄せる敵(白組)を鬼神のごとく蹴散らしていく。土方が頭突きを食らわせば鈴木氏は目潰し、土方が右ストレートを繰り出せば鈴木氏は右翼叩き。


「俺に勝とうなんざ百万年早えーぜ!」

「キョキョォオ!」


高らかに吠える両者。

まさに一心同体であった。



数分後、紅組は反則負けと判定された。



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[一言] 033 マーシャルは部屋に監禁され、一方も外へは出られない状況である。時折「クレメンティナ 一歩もでは
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