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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
25/139

025



次の日

怜は千香の手を強引に引っ張って町奉行所に来ていた。


「奉行所なんて、何の用事があるん?」

「ええからええから」


よほど何かがない限り、特に年若い娘には縁遠い場所である。千香の足取りは消極的だった。ちなみに怜は京都西町奉行所では()であり、与力らの間ではアイドルらしい。(※自称)


「千香ちゃんやないか」


ちょうど門前に差し掛かった時、二人の後方から野太い声がした。


「あ……おじさん」

「誰?」


怜は小声で千香に話しかけた。


「町組の中島さんよ」


町組とは町奉行所と民衆を繋ぐ橋渡し的存在で、町奉行から出された法令や触書の伝達など様々な業務を執り行ったり、また民衆の代表者として賦課の徴収や火災、見廻りなどの役目もこなす奉行所の下部組織である。


「お父さんの幼馴染みで、町組の一番偉い人なんよ。家も近いけん昔は家族ぐるみで付き合いしちょったんやけど」

「ほんならちょうど良かった」

「でも、中島さんもお忙しいじゃろうし、私も店も開けんといけん」

「一日くらい大丈夫や。千香ちゃんのお母ちゃんも夕方までは帰らんし」


琴子は昨日の佐吉との約束通り、あの場所(店からほど近い場所)に現れた。嫌がる佐吉を脅し夕方まで帰らせるなと念を押したのだ。佐吉にとっては最悪の罰ゲームだが千香の未来がかかっている。諦めてもらうしかない。


「千香ちゃんがおらんと話できへんからね」

「私が?」


一人で解決出来るならそれに越したことはないが、何せ怜はまだ子どもであり、単身訪れたとしても門前払いを食らうのは容易に想像がつく。それゆえに当人である千香を連れて来たのである



「元気そうじゃな」


目の前に立った恰幅の良いその男は、懐かしむように千香を見つめた後、ちらりと怜へと視線を移した。


「この子は?見たことない顔じゃな」


千香は以前と変わらない態度の中島に心なしかホッとした表情になった。


「あ、えっとこの子は」

「こんにちは。後藤怜言います。宜しゅう」


深々とお辞儀をすると男は笑みを浮かべた。


「利口そうな子やな。わしは中島というもんじゃ。宜しゅうな。ほんで、奉行所に用でもあるんか?」

「あ、あの、いえ、その……」


しどろもどろの千香に代わり、怜は中島の前に歩み出た。


「おじさんに話があるんです。少し時間貰てええですか?長居はしませんから」

「わしに?」


中島は怜を見て、再び千香へと視線を戻す。何やら緊急性を感じとったのか、思いのほかスムーズに奉行所内の町組部屋へと招き入れてくれた。


「わかった。二人とも入りなさい」

「ありがとうございます」



◇◇◇◇◇◇◇



一方の佐吉はーーーーー


「あ、暑いですね」


茶屋であるにもも関わらず、人の目も気にせず蛇のように腕に絡みつく琴子。佐吉はゾッとした。


「本当に熱いわぁ....(身体が)」


上目遣いの媚びる目に身震いしつつも、頭の中で「我慢我慢」と感情を抑える。もちろん今直ぐにでも逃げ出したいが、それよりも後のこと(怜の方)が怖かった。


「もっと先生のことが知りたいわ」

「はは……私などつまらない男ですよ。それより琴子さんのことを教えて下さい」


琴子は「ふふ……」と妖しい笑み浮かべ、ペラペラと自分の生い立ちを語り出した。


「生まれは長崎なんです」

「長崎ですか」

「ええ。両親は私が十二の頃流行病で亡くなりましたの。姉が一人いましたが、これが性悪の鬼畜な姉でございまして、両親が残してくれた財産を全て奪って遠くへ逃げたんです」

「それは酷い……」


嘘っぽい話に内心呆れつつも、自分の感情が琴子にバレないように必死である。


「一人残された私は、浮浪者のように点々としながらこの地に辿り着き、住み込みの茶屋で働き始めた時、ある子持ちの男に見初められて結婚したんです。けれどその人は結婚して直ぐに病で亡くなりました。それからは三十五になる今の今まで独り身で生きてきたのですわ。ヨヨヨ...」


役者の如くペラペラとまくし立てる琴子だが、二つサバを読むのも忘れなかった。


「貴女ほど美しい方なら、そういった話は沢山あったでしょうに」

「ええ。数え切れないくらい。ですが、主人が残した忘れ形見を抱える身では、自分の幸せなど後回しでございましょう?実の娘でもない立派に育て上げ、そして巣立つまでは、どんなに辛くとも我武者羅に働くしかないのですわ」


少々の自慢といかに自分が苦労したか、いかに自分が”良い女”かをアピールする様子は、いかにも修練を重ねた琴子の手口である。


「ご苦労なさったのですね」

「この娘がまた器量が悪うございましてね。でも漸く身の振り方が決まりましたの」


千香に対する卑下もけして怠らない琴子に、佐吉は煮えくり返る腹立たしさを覚えた。


「……では、やっと子育てから解放されると?」

「ええ。これでやっと私にも春が…」


琴子がそう言いかけた時、聞き覚えのある男の声がした。


「ほう……次の相手はコイツか」

「と、冬一郎さん……!」


佐吉は冷や汗が伝うのを感じた。まさかこんな場所で会うとは思わなかったのである。怜に指定されたこの茶屋は町からも随分離れているし、来る客と言えば旅人ばかりで、地元の人間もほとんどやって来ないのだ。


「誰だ、この男は」

「冬一郎さんには関係ないでしょ?」

「関係ないだと?」

「先生、行きましょ」

「おい!待てよ!」


周りも気にせず声を荒げる冬一郎。立ち上がった琴子の肩を掴み引き寄せる。


「きゃあ!」


それを見て思わず佐吉は冬一郎の腕を掴んだ。


「何だお前」

「か、彼女が嫌がっているでしょう」

「ああ!?」

「先生!助けて!この人私に惚れちょるみたいで前々からしつこくされちょったんです!」

「お前嘘も大概にしろよ!」


痴話喧嘩を始めた二人。このまま帰ってしまいたいが、後で怜に何と言われるか想像すると逃げるわけにもいくまい。


「ひとまず外に出ましょう。人の目がある」


冬一郎はハッと周りを見回すと周囲の厳しい視線にバツの悪い顔をした。


「いいだろう。琴子、来い」

「気安く触らんといて!」


まるで二人の妙なやり取りに、想像したくない関係性がよぎる。この男は千香の婚約者のはずなのに、二人が歳の離れた恋人同士にしか見えないのだ。

佐吉は混乱状態の頭の中を、一つ一つ整理しようと茶屋の前で立ち止まった。


しかし


「お前、どこかで会わなかったか?」


冬一郎が振り返って佐吉を睨みつける。


(クッソ……よりによってこんな時に)


「さあ?」


なるべく平静を装って自然と顔を背けたが、冬一郎は真っ直ぐ目と睨みつけたまま、しばらくするとポン手を叩いた。



「お前”佐吉”だな?」



◇◇◇◇◇◇◇



「熊屋の沽券状?」

「ええ」

「ああ。確かに奉行所(ここ)で管理されちょるはずじゃ」


沽券状 (こけんじょう) とは土地に関する売買契約書をいう。また土地の権利証として売買代金やその価値を証明する記載がされている為、借金の担保としても効果がある。


「間違いないですか?」

「熊屋はワシが立会いのもと契約が成立した物件じゃからの」


沽券状は町奉行所が管理し完済まで預かるのが基本である。またそういった物事は主に町役人や五人組などが必ず立会わなければならないので、知らぬはずがない。


「名義は誰ですか?」

「名義は、今のところ町組代理になっとる」

「え?」


千香は目を瞬かせた。


「町組代理?」

「ああ。そうじゃ」

「どういうことですか?お母さんじゃないんですか?」

「お母さん?....ああ、琴子さんのことか」


中島は何やら考え込む。おそらく琴子と千香に血縁関係が無い事を知っているのだろう。しかしそれを口に出すのは、千香を傷付けることになるのではと躊躇っているようだった。


「病で死ぬ前にの、八十吉(やそきち)に頼まれたんじゃ」

「お父さんに?」

「自分が死んだら全財産は千香に渡してほしいと。けどその時千香ちゃんはまだ子どもじゃったもんやから、"娘が誰かと結婚するまで管理してほしい"言うての」


千香は目を見開いた。


「そう.....だったんですか」

「彼奴は親戚っちゅう親戚もおらん。天涯孤独の身やったからの。頼める(もん)もおらんかったんじゃろ」


怜は割り込むように前のめりになって口を開いた。


「それはおかしくないですか?」

「何がじゃ?」

「だって千香ちゃんにはお母さんがおるのに、わざわざ他人である()()()()()に頼まんでもええと思うんですけど」


母親がいるのに他人に頼むのは不自然だ。

例え義理であっても書類上()()であれば問題ないわけで。


「それはの...」


言い淀む中島に対し、怜は「あ、そうそう」とわざとらしく話を変えた。


「千香ちゃん来週結婚するので、熊屋の名義変更してもらえますか?」

「結婚?」


中島は目を丸くして身を乗り出した。


「あ、はい。お伝えするのが遅くなってすみません」

「いやいやそりゃめでたいことじゃ。ほんで相手はどこの男や?」

「むつみ屋の冬一郎さんです」


中島はあんぐりと口を開けたまま固まった。


「.....冬一郎?」

「はい」

「むつみ屋の?」

「ええ」

「そりゃ....何かの間違いじゃなか?」

「え?.....どういう意味ですか?」


困惑する千香に対し、怜は思い通りの方向に話が進むのをみてほくそ笑む。


「冬一郎は来月祝言を挙げる予定じゃ」

「来月?」

「相手は親戚の若い女子(おなご)での」

「親戚?え?」


千香は意味がわからないという風に首を傾げた。中島は「ちょっと待っとってくれるか?」と言って腰を上げると部屋を出て下僕に何かを伝えている。しばらくすると書状を手に再び部屋に入ってきた。


「これは...?」

「見てみなさい」


それは祝言報告の旨を記された書状で、両家両人の名前や住所、仲人のそれもある。


「そんな...嘘」


読み進める千香の手は誰にもわかるほど震え、顔は白く青褪めていた。


「こりゃ一体どういうことじゃ」


事態の深刻性に気付いた中島は腕を組んで考え込む。まさか千香を愛人として迎え入れようとしているのか、それとも親戚の女を愛人として...いや、書状が届いたところを見れば親戚の女こそ本妻と見るべきだろう。しかし同時期に本妻と愛人を娶るなど配慮に欠けた行為である。特に千香は自分の親友の娘だ。好いた相手と幸せになることを望んでいたが、あまりに酷い扱いではないか。


「話を聞かんことには始まらんの」


中島は早速冬一郎を呼び出そうと腰を上げる。と同時に襖の向こうから下僕の声がした。


「お客様がお越しでございます」

「客?そんな予定あったかの」

「玉屋の二郎様が早急にお会いしたいと」

「玉屋?なんでまた...」

「あ、私が呼んだんです」

「呼んだ?」


怜は手を挙げるとニッコリと笑みを浮かべて言った。


「玉屋のご主人が、千香ちゃんに話があるんやて」

「私に?」


昨日小百合と別れた後、怜は玉屋に話を聞きに行った。千香の縁談話や琴子の借金関係など洗いざらい聞き出し、半分脅し気味に今日ここへ来るように約束させたのだ。それは千香に現実を理解させる必要があったからである。


「失礼します」


六十前後の生まれつきしかめっ面の玉屋は、見かけとは逆に明るい男である。しかし今はやや声に張りがなかった。


「中島さん、ご無沙汰しております」

「どうしてまた玉屋さんが?」

「熊屋の当主と話をしたいと思いまして」

「当主?」

「千香ちゃんのことやよ」

「わ、私?」

「さあ、本題に入ろか。玉屋さんお願いします」


あたふたする千香を無視し、怜は玉屋を促した。


「先ずは、御結婚おめでとうございます」


玉屋は千香に向かって深々と頭を下げた。


「まさか熊屋(ちか)さんが結婚するとは寝耳に水の話じゃったから、ワシも昨日この坊主に聞いて驚いちょりますわ」

「いや玉屋さん。その話はの...」


玉屋は畳み掛けるように言葉を繋いだ。


「まあこちらからしたら漸く()()がつく

け、喜ばしいことですわ」


ん?と眉間に皺を寄せる中島に対し、玉屋は懐から蛇腹折りの紙を丁寧に広げてから前に差し出した。


「これは?」

熊屋(ちか)さんとの間で取り交わした契約書ですわ」

「私、ですか?」


その内容は『甲乙間の契約で金銭の代りとして熊屋を担保に債権を消滅』つまり代物弁済として熊屋は玉屋に譲渡される旨が記され、また現物(三百両)の即払いが可能とあれば手数料のみで契約を終了とするとあった上で、契約者を熊屋千香、代理人として琴子の名が記されてあった。


「三百両!?」


千香と中島は声を上げる。


「期日は、熊屋当主が名義人となった時点ですわ。勿論貸した金子を耳揃えて返済するんであれば問題はありません」


絶句する二人を他所に、玉屋は何でもないように言ってちらりと怜を見やった。


「さあ千香ちゃん。どうする?」

「どうって、三百両なんて...」

「ほな中島さん。さっさと名義変更してもらえます?そしたら熊屋は手放すことになるけど、千香ちゃんの借金は無くなるわけやし」


中島は絞り出すような低い声で言った。


「しかしの、確認せんことにはの」

「どういう意味です?」

「....これを見てくれ」


中島は玉屋にあの書状を差し出した。玉屋は内容を目で追いながら小さく頷いている。驚きもせず無表情だったのは自分にも全く同じものが届いているからだった。


「ワシが今日ここへ寄せてもろたのは、我々の認識が事実と異なっちょるからですわ」

「うむ...」


二人はどうにも言い難い表情である。

千香は次々と出される理解出来ない事態に不安そうに震えていた。


「千香ちゃん。そろそろ現実を直視しなあかん。いつまでも知らぬ存ぜぬじゃ済まされへんとこまできとる」


怜は厳しい目を向けた。


「千香ちゃんと冬一郎の結婚は最初から目眩(めくらま)しや。知らんかったは当の本人で、実際には"年季奉公"で長崎に行くよう手配されとるんよ」

「えっ?」

「そ、それは本当のことか!?」

「そうですよね?玉屋さん」


玉屋は痛ましそうに頷いた。


「ワシはそのように琴子さんから聞いちょります」


だからこそ昨日怜から聞いた結婚話に驚いたのだ。


「琴子さんのお知り合いの方で長崎の豪商人の屋敷に行くことになったと、そう聞きましてね。前金として結構な金子も頂いたとか。熊屋さんの名義はいずれ母親である自分になるから、それまで待ってほしいと頼まれましたわ」

「お母さんが、本当に?」


「ええ」と頷いた玉屋を見て、千香は両手で顔を覆った。


「いや、それは厳しいじゃろう。仮に千香ちゃんが長崎行ったっちゅうても名義人が琴子さんに変更されることは無いけんの」


中島の反論に大きな溜め息を吐く玉屋。

怜はニヤリとほくそ笑んだ。


「ねえ玉屋さん?この契約は不履行となりますが良いですよね?」

「.....はぁ。まあ、そうなりますわ」


やや投げやりに目を閉じた玉屋の前で怜は先程の契約書を真っ二つに破り捨てた。


「ど、どういうことじゃ」

「玉屋さんも一杯食わされたんですよ」


まさか琴子が熊屋と婚姻の取り交わしをして()()()とは思わなかったのだ。つまりただの内縁関係であり、書類上の養母にもならない。よって契約書にある代理人名の"熊屋琴子"は存在しないのである。


「こんな形で知ったことに関しては申し訳ないけど、いつまでも隠し通せることでもない。千香ちゃんは事実を知る必要があるんよ」


千香はゆっくり首を振った。


「お母さんが本当の母じゃないことは知っちょりました」


酔って帰ってきた琴子に何度か言われたことがあるからだ。


「そうなんか...」

「でも、それでも、本当の母を覚えていない私にとって、母はやっぱり自分の母なんです」


例えそこに裏があったとしても、小さい頃から面倒を見てくれたのは琴子だった。昔の思い出を懐かしむように目を細める千香だったが心中は複雑なのだろう。堪え切れず涙が落ちて嗚咽を漏らした。


「その気持ちわからんでもないけどね」


怜はうんうんと首を振り「そう思っとるんは千香ちゃんだけや」と切り捨てた。


「"年季奉公"って名前だけ聞いたら簡単やけど、そんな生優しいもんじゃないんよ?中島さんも玉屋さんも噂くらいは聞いたことあるでしょ?」


二人は苦虫を噛み潰した表情で頷く。


「千香ちゃん。あの女のやっとることはーーー」



◇◇◇◇◇◇◇



「冬一郎さん失礼はやめて。このお方は米田様お抱えのお医者様なんよ」


琴子は馬鹿にしたように鼻で笑い、佐吉に寄り添う。しかし冬一郎はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべたまま、舐めるように佐吉を見つめた。


(マズイ……バレてしもうた!)


佐吉はどう取り繕って良いかわからず、声すら出てこない。ただ動揺だけは見られまいと睨み返したのだが、冬一郎には通用しなかった。


「佐吉、何を企んでる。お前は千香に惚れてたんじゃなかったか?」

「いい加減にして!この方は立派なお医者様や!あんな汚らしい呑兵衛なわけないじゃろ!」

「お前は黙っとけ!俺はコイツと話してるんだ!ーーなあ佐吉。どうなんだ?俺に千香を取られた腹いせか?」


フンと鼻を鳴らした冬一郎は馬鹿にしたように踏ん反り返った。


「あんな可愛げの無い女のどこがいいんだ?」

「なんじゃと!?」


思わず冬一郎の胸倉を掴んだ佐吉だったが、直ぐに払い退けられた。


「俺はこの女に頼まれて”フリ”をしてただけだ。じゃなかったら誰が好き好んであんな暗い女を」


先程感じた違和感。

恋愛に疎い佐吉でもさすがに気付いた。

自分の価値観では計れない二人の関係性。

確かに琴子は年齢より若く見えるが、佐吉にとっては千香の"母親"という概念のせいで恋愛対象には程遠い。しかし冬一郎にとっては恋人以外の何者でもないのだ。



「まさかお前ら二人は」


佐吉の搾り出すような震えた声に、冬一郎は愉快と言わんばかりに大笑いをする。そこで琴子は医者だと言っていた隣りの男が実は佐吉だと気付き、サッと離れて冬一郎の元に駆け寄った。


「よくも騙してくれたなあ!何が医者や!千香を奪いにきたんか!あの()に近づくなってあれほど言うたじゃろ!」


さっきまでの雰囲気から一変、いつものように汚いものを見る目付きで琴子はギャーギャーと五月蝿いくらい捲し立てる。逆に佐吉は冷静になった。


「お前ら、千香を何やと思っちょるんじゃ」

「あんたに関係ないやろ」

「まだわからないか佐吉。この女は自分が一番可愛いんだ」

「あら失礼ねぇ。私は大事な千香の幸せをいつも考えちょるわ」


悪びれない琴子に対し、冬一郎は腹を抱えて笑う。


「どの口が言うか。その大事な娘を捨てるつもりのくせに」


佐吉は目を見開いた。


「捨てる?」


琴子はチッと舌打ちし冬一郎を睨み付ける。


「くっくっ....そんな生優しいものでもないか」

「冬一郎さんは黙っとって!」

「おい!お前千香をどうするつもりじゃ!」


佐吉は琴子に詰め寄り声を荒げる。


「私が教えたげる」


とその時、場にそぐわぬ子供の声が響いた。


「この女は女衒(ぜげん)なんよ」


三人の前に小さな子どもが現れた。





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