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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
18/139

018



次の朝、市来を出発した三人は、薄っすら霧が立ち込む山間を突き進んだ。すっかり体力を回復した怜は、大隈が買ってきてくれた”もんぺ”に履き替えたおかげで足取りは軽い。カツラのせいで頭はやや暑苦しいが着物に比べると我慢出来る。


「ほらほら東郷君、しっかり歩いて」

「誰の荷物持ってると思ってんだよ」

「男がちっさい事気にしたらあかんよ?」


いつの間にか兄妹のように打ち解けた二人。

時折くだらない喧嘩をしながらも、休む事なく歩を進めていく。しかし今日はいつもより気温が高い所為もあり、数時間もすれば無言になった。


(アイスクリーム……かき氷……)


市来から八房川を渡った後、串木野を通過し、更に北上を続けて山間へと進行する。その頃には怜の足も限界近くなってきて、少しずつ二人から遅れをとっていた。


「木場茶屋の手前に鎭國寺(ちんごくじ)という寺がある。今日はそこで一泊させてもらおう」

「はい」


東郷が後ろを振り返ると、遠く後方に、木を杖のようにして歩いている怜がいた。


「大隈さん、先に行ってて下さい」

「ではその荷物は私が持とう」


東郷は荷物袋を預けると、怜の元まで走っていった。駕籠や馬でも使えたらこの旅も随分楽になるだろうが、道幅の狭い上り坂では無理がある。たまに変な呪文は唱えるものの、それでも五歳の子どもにしては頑張っている方で、愚痴や泣き言を言わないのだから大したもんだと大隈は思った。


「怜、乗れ」

「え、でも」

「いいから。このままだと暗くなって前に進めなくなる」


一瞬躊躇いを見せた怜であったが、よほど辛かったのだろう。そろりと背中にしがみついた。


「おおきに」

「うん」


陽はもう傾きかけていて、鬱蒼と生い茂る森の木が、余計に夜を急がせているようだ。


東郷は慎重になりながらも早足で緩い傾斜を進んでいく。しばらくして大隈に追いつき、完全に陽が消えた頃、ようやく一行は寺に到着したのだった。



◇◇◇◇◇、



一方その頃。


「遠島?」


大久保は大きく目を見開いた。


「彼女はまだ五歳ですよ。断罪など出来るわけがないでしょう」

「歳など関係ない。あの坊主、どうやって調べたのか知らぬが世間に漏れでもしたら厄介だぞ」


小松はフッと笑みを浮かべ、大久保に向き直った。


「大丈夫ですよ。そんなことにはなりません」

「ほう。自信があるんだな」

「ええ。なにせアレはそんなものには興味の欠片もありませんから」

「どういう意味だ」

「まあ平たく言えば、あの子はこの"西瓜糖”という薬の事しか頭にないということです」

「………ふん。まあいい。だが何かあれば責任は取ってもらうぞ」

「ええ」


大久保は不敵な視線を投げつけ、バンッと襖を閉めて去っていく。小松はホッと息を吐いた。


彼の目を見れば明らかだ。遠島など全く信じていない目だった。自分にも他人にも厳しいあの男が見逃してくれたのは、例えば怜が幕府に訴えたとしても"五歳の子供"の話など誰も信用するわけがないと踏んだのだ。それは小松も同じ気持ちだった。


しかしそれは()()()子供というのが前提の話ではあったが。




◇◇◇◇◇◇◇




鎭國寺の一室で宿泊させてもらうことになった一行は、いわゆる精進料理という質素な食事を頂いた後、本堂の裏手にある、粗末な造りの風呂に案内された。


もちろん三人一緒、というわけにもいかず、大隈に勧められるまま先に風呂に入った怜であったが、彼らが交代で部屋から出ていった後、夜の境内を散策することにした。


「わあ……綺麗」


空は輝くばかりの星がひしめいている。

ひときわ輝く星は織姫(ベガ)、天の川隔てたところに彦星(アルタイル)がキラキラと瞬いていた。まるでリアルプラネタリウムである。


日本はこんなにも美しかったのだと、怜が改めてその余韻に浸っていると、しばらくしてジャリと小石を踏む音がした。


「子どもは星が好きだな」

「……寺の人?」

「いや。一晩世話になっているだけだ」

「じゃあ私と一緒やね」

「どこから来たんだ?」

「んーと、桜島の方」

「へえ。俺は”桜島の方”へ帰る途中だ」


男は屈託の無い顔で笑った。

どん率は高めの八十パーセント。

目鼻立ちのハッキリした薩摩隼人である。

商人のような出で立ちであるが、おそらく武士だろうと怜は推測した。


「旅人さん?」

「いや、所用でな」

「仕事?」

「まあそんなとこだ」


一瞬”追っ手”かと思ったが、どうもそういった雰囲気ではない。何となく”嘘”をつけないタイプに見える。


「なあ、ところでお前、風呂に入っただろう?……どうだった?」


青年は怜の顔をじっと見つめてきた。

真剣な表情である。怜はこの青年が何を聞きたいのかわからなかった。


「入ったけど、どうって……何が?」

「いや、だから……いたか?」

「”いた”?……へ?」


青年は苛々と頭を掻き毟った。


「だーかーらー!あの黒くて光ってるヤツはいたかって聞いてるんだ!」

「黒くて光ってる?」

「隅の方をゴソゴソと這いずり回り、危険を感じた途端羽を広げて飛ぶヤツだよ!わかるだろう!」

「ゴキカブリのこと?」(※ゴキブリ)


怜がさらりと言い放つと、青年は化け物を見たように真っ青になった。


「貴様ァその名を口にするなァアァ!」


青年はどうやらゴキブリが苦手のようである。それは以前この寺に泊まった時、風呂にゴキブリを発見し、草履で潰しそうとしたら顔面に飛びつかれ、それがトラウマになっているらしかった。


「ひえぇ……大の大人がゴキカブリ如きで。そっちの方がよっぽど恐怖やわ」


怜はケタケタと笑った。


「お前にはわかるまい!!ヤツと目が合った時のあの不気味さを!」

「まあ、アレの生命力は半端ないらしいからな。”生きた化石”と言われてるくらいやし」

「い、生きた化石……?」

「そうや。ヤツは三億年前からおったんよ。三畳紀辺りやね」

「三畳紀…」

「白亜紀、ジュラ紀ときて、次が三畳紀や」


青年の手が震えているのを見て、怜は楽しくなってきた。


「つまり我々の先輩や。先輩は(うやま)わな」

「敬う!?俺には無理だァア!!」


青年が頭を抱えて叫んだ時、風呂から上がった東郷が怜を探しに来るのが見えた。


「怜ーっ」

「こっちこっち!」


手を振る怜に気付き、駆け足で二人の前にやってきた東郷は、警戒心を露わに怜の手を握り締める。


「勝手に出たら駄目だ……ろ…」


と、その時ちらっと青年の顔を見た東郷が、信じられない顔で叫んだ。


「く、黒田さん!?」

「アー!お前は東郷!!」

「黒田さん、どうしてこんなところに!?」

「(黒田って、あの黒田清隆?)」


黒田清隆(了介)はこの時二十歳。

下級武士の出にも関わらず、持って生まれた才能と手腕で内閣総理大臣にもなる男である。


(へえ……この男が……)


マジマジと見ると確かにそうだと怜は思った。未来の写真では恰幅の良い髭男だった為、全く気付かなかったのである。


「仕事にきまっているだろう。江戸行きの件で色々手配しなければならないからな」

「一人じゃないですよね?」

「当たり前だ。皆疲れて寝てしまったんだ。それよりお前は何故ここに?」

「小松さんのお使いです」

「小松さんか。なるほど。……ところでこの子どもはお前の知り合いか?」

「はい」

「後藤怜と申します。宜しゅう」


ぺこりと頭を下げると、怜は黒田の足元を指さした。


「あーー!!ゴキカブリや!!」

「ギャアァアアァ!!!」

「黒田さん?!!」

「ブフッ……冗談や」


大爆笑の怜。意地の悪い子どもである。


「き、貴様ァアァ!!」

「黒田さん!落ち着いて!」


黒田は半泣きだった。



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