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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
16/139

016


『夕焼けの 消え逝く先に 我が思い

常夜の国で 恨み晴らさん

後藤怜』


「……まさか辞世の句?」


男はにこにこと笑顔になった。


「面白いね、君」


怜が連れてこられた場所は、鶴丸城(鹿児島城)が目の前に見える大きな屋敷であった。


男の名は小松帯刀(こまつたてわき)

維新十傑の一人として活躍した幕末の志士である。

しかし怜は具体的にこの男が何をしたかなど殆ど知らなかった。ただ”幻の名宰相”と云われていたことくらいだろうか。


「話には聞いていたけど、まさか本当に会えるとは思わなかったよ」

「話?」

「知り合いから文が届いてね。もし見かけたら力になってほしいと」


怜はパチクリと目を瞬かせた。


「知り合い?」

「五代才助。知っているだろう?」

「五代君!?」


(…あ、そうや。あの人も薩摩やった)


「くっ……ええ人過ぎるっ」


今こそ世の男共に物申したい。

真の男に必要なのは”優しさ”なのだと。

顔も良ければ言うことはない。更に金持ちなら一生付いていくだろう。将来有望な五代友厚。


「許嫁さえおらんかったら……!」


怜はギリギリと歯噛みした。

それを見て小松はクスクスと笑う。


「さあ、そろそろ夕食の時間だ。今日は我が家に泊まって行きなさい。友人を紹介しよう」

「……タダ?」

「(こくり)」


三つ指をついて深々と頭を下げた怜にとって”タダ”に勝るものなどない。これは前世で今世でも変わらぬ性分であった。


「おおきに!お世話になります!」


ラッキー、とばかり笑顔になって、ウキウキと小松の後を付いていく。しかし後々後悔するのもいつものことであった。


ずらりと並んだ精鋭部隊。

膝で拳を固め、身じろぎ一つ無く、一点に集中している。小松の地位を表す状況である。


つい最近まで弁天波止(べんてんはと)台場の物主(隊長)で、いわゆる薩摩海軍を掌握していた小松だが、現在は島津久光の側役として名を馳せている。 歳上の大久保さえ抑えているのだから相当な実力者なのだろう。


「私の友人の怜さんです」

「後藤怜と申します。宜しゅう」


怜が挨拶を済ませると、その精鋭部隊は左から順に目礼をしていく。知っているのは大久保くらいで後はほとんどわからなかった。


「今夜は無礼講だから、心ゆくまで楽しんで下さい」


小松がそう言うと、見計らったように着飾った若い女がぞろぞろと入室する。いわゆるコンパニオンのようなものであるが、おかげで場は一気に和んでいった。


「怜さんは何を?」

「小松君。”さん”は要らんよ」

「「「(小松君!?)」」」

「そう?じゃあ怜は何を飲む?」

「薩摩と言えば芋焼酎。これしかないわ」

「へえ。わかってるね」


物怖じせず堂々とした子どもに対し、皆は興味深々といった感じだ。怜はヒシヒシと視線を感じつつ、豪華な食事に舌鼓をうった。


「どういった友人ですか?小松さん」

「怜は五代君の親友なんだよ。たまたまこちらへ遊学にいらっしゃって、差し出がましくも思ったがお世話したいと私から申し出たんだ」


男達は「ほう……」と値踏みする目で怜を見る。小松にそこまで言われるとは、きっと良い家柄の御子息なのだろうと勘違いしているのだ。(※小松以外は男だと思っている)


「こんなに小さいのに異国の言葉も話せる、素晴らしい人なのだよ」

「ブホッ!?」

怜は思わず噴き出した。


「おお……それは凄い」

「ちょ!ちょっと待って!異国語なんか無理やから!」


ちなみに怜の英語力はそこそこで話せる程度でありネイティブではない。ゆっくりならば聞き取れるし話すことも可能だが、方言が強すぎてややおかしな方向に向かっていた。


「謙遜しなくていいんだよ」

「いや、してないから」


小松はにこにこと笑顔で肩を叩く。


(わざとやな?)


直感的推測である。しかし怜は不思議でならなかった。五代の文に何が書かれているのか知らない。だが、いくら頼まれたからとはいえ、初めて会った子どもに薩摩を背負う錚々たるメンバーを紹介するなど、普通はあり得ない。


「何を企んどるん?」


怜は小声で聞いた。


「企む?」


小松はきょとんとした顔で怜を見つめる。


「五代君が何書いたんか知らんけど、私は普通の子どもやから」


すると小松はクックッと笑い出した。


「普通の子どもの割には、色々と知っているようだけど」


さっきの独り言の時、薩摩の中枢たる人物の名を発したことが原因だと怜は気付いた。いや、寧ろ現段階では有名どころとは言えない人物までも混ざっている。つまるところ、それが一層小松の興味を掻き立てたのであった。


「まさかの間者(スパイ)疑惑?」

「んー……そうなの?」

「ないわ!私は肥後に行きたいだけやもん。今日は世話になるけど、明日は直ぐに薩摩を発つから」

「ああ、そういえば五代の文にも書いてたよ。何しに行くのかな?」

「(西瓜っていう)恋人に会いに行くねん」

「恋人!?」


小松は驚愕の表情であった。


「(世の中には変わった趣向の奴がいるんだな)」


「……心の声ダダ漏れな?」



◇◇◇◇◇◇◇



やはり普通の子どもではないと小松は思った。


五代から「小松さんの気に入りそうな子どもがいる」と文が届いた時、興味はあれど名前と薩摩行き商船に乗ったことくらいしか情報が無く、会えたら奇跡といった状況であった。


見かけはその辺にいる子どもと同じだが、醸し出す雰囲気は異質だ。発言もさることながら、回転の速さ、洞察力、行動力、様々なものが秀でている。謎めいた雰囲気はあるが、かと言って間者のような独特な気配は皆無だ。


(敵になるか、味方になるか)


小松は視界の中で、けして怜を外しはしなかった。


「どうぞ」

「おおきに」


十代とおぼしき娘が、焼酎を注ぎ足した。怜はまじまじと顔を見る。


「西郷どんじゃないんやね」

「え?」

「あ、何でもない」


(あかん。常にチェックしてしまう。というか西郷どんに会いたかったな)


ちびちびとやっていると、小松が話しかけてきた。


「西郷さんを知っているの?」

「いえ、……名前だけ」

「まあ、有名だから知らない人はいないか」


そこへ大久保が間に割り込んできた。


「アイツはここにはいない。だがこのまま朽ちるような男じゃない」

「ああ、そっか。奄美大島におるんやったっけ。幕府から逃がす為に……」


西郷は安政の大獄によって幕府から捕縛命令が出ていた。そこで薩摩藩は、先君・島津斉彬の寵臣であった西郷を、奄美へ逃すという過去があった。その西郷を復帰させるべく動いているのが、目の前の大久保であることを怜は思い出した。


「……おはんは何者じゃ」


大久保の言葉に、ようやく怜は失言したことに気付き、バッと口を塞いだ。


「大久保さん。最近じゃ知らない者の方が少ないですよ」


すかさず小松が助け船を出してくれる。

怜もその尻馬に乗った。


「そ、そう!町の人から聞いてん」


大久保は「うーむ」と腕を組み、苦渋の顔で呻いた。


「やはり改名して隠し立てしても、あれだけ顔が知られていると難しいか」


「彼は何処にいても目立ちますからね」


ここらで怜は口にチャックをした。

これ以上話をすると、また余計なことを言ってしまうかもしれない。特に政治的な話は避けなければ、下手したら命を落としかねないからだ。


「ところで久光様は、やはり江戸へ赴かれる意向なのですか?」


大久保の隣りに座る男が切り出した。


「おい、今その話は」

「良い良い。遅かれ早かれわかることだ。おそらく来年早々となるだろう」

「その為にも西郷には戻ってもらわねばならぬ。斉彬様が考案したこの計画を、久光様が成し遂げようとしているのだ」


小松に続いて大久保が言った。

怜は「チッ」と心の中で舌打ちし、出された料理をガーッと口に放り込むと、おもむろに立ち上がる。


「ほひほうはまへひは(ご馳走様でした)」

「もういいのかい?」


怜はこくりと頷いて部屋を後にしようと襖に手をかけた。


「しかし近頃久光様の体調が思わしくないと聞き及びましたが、実際のところどうなんですか?長旅に耐えれるのでしょうか。それがしはそれが心配で」

「うむ。医師が常時付き添われておられるが命がどうのというわけではない。嗜みの度を過ぎている程度のこと」


つまり”酒の飲み過ぎ”ということらしい。その言葉に怜はハッと振り返り、小松の目の前に迫った。


「ほはふふん!(小松君!)」


小松の顔に飛び散る飯粒。周囲に戦慄が走る。


「……誰か手拭いを」


一人冷静な小松であった。



◇◇◇◇◇◇◇


「西瓜糖?」


小松邸が静けさを取り戻した後、怜は話があると切り出して、小松の前に仰々しく小壷を差し出した。何故か大久保と見知らぬ男が隣りの部屋に鎮座しているが、怜達の話に割り込む気はないようで、事の次第を見守る様子だ。小松はちらりとそちらを見て、また視線を戻すとそれを手に取った。


「二日酔いは元より疲労回復、便秘や浮腫(むくみ)にも効果がある薬なんよ。血の流れも良くなるし、身体の色んな機能を修復してくれるんや」

「……これを君が?」

「うん」


小松が蓋を開けるとふわりと西瓜の香りが漂った。


「ほう……西瓜の甘い香りがするな」

「余分な物は何も入れてないよ。一匙(さじ)を朝昼晩舐めるだけや。大事なんは毎日続けること。普通の薬と違って甘いから、子どもでも嫌がらんし」


とはいえ、そう簡単ではないこともわかっていた。よそ者であると共にまだ五歳の怜である。そんな子どもが作った薬など、相手にされるわけがない。


「これを久光様に献上すると?」

「売りたいところやけど、はなから信用されるわけないからね」

「しかし、ね…」

「あと西瓜は腐りやすいけど、これは腐れへん。即効性はないけど、続けることで身体を内から改善してくれるんよ」


それでも怜は必死にアピールした。


「パンに塗っても良し。コーヒー…やなくてカヒに入れても良し。美容やダイエットにも効果あるんや」

「だいえっと?」

「あー、減量?っていうんかな。太ってる人にも効果があるってこと。痩せ過ぎてもあかんけど、太り過ぎは心臓にも負担がかかるし、糖尿病とか高血圧のリスク……やなくて危険があるから」


怜は言葉の不便さに辟易しながらも、なんとか話をする。しかし小松の視線に気付き、言葉を切った。


「な、なに……」


何故か目をキラキラとさせる小松。突然怜の両手を握り締め、高らかに吠えた。


「まさかこんな小さな子どもに、医学の心得があるとは!」

「いや!ちゃうからっ!」

「やはり異国語が出来るんだね!」

「出来へんからっ!」

「そうか!この薬を売る為に遠く薩摩まで来たのか!」

「違うっ西瓜を探しに来ただけや!」


しかし何を言い訳しても無駄だった。

小松は「良々」と頭を何度も撫で、愛おしい者でも見る目付きだ。怜は身の危険を感じずにはいられなかった。


「は、離してほしいんやけど」

「おっと、すまない。つい興奮してしまって」


小松はすっと立ち上がり、部屋をうろうろとし始めた。何やら考えている様子である。あーでもないこーでもないと散々独り言を発した後、またドカリと腰を下ろす。


「一先ず、この西瓜糖は私が買おう。私からの土産ということで久光様に献上しようと思う。なかなか警戒心がお強くてね、よほど信頼しない限り、手に取ることすらしないお方なんだよ」

「ふうん。神経質なんやね」

「ここを出立するまでに体調を整えてもらわなければ、長い旅路になりそうだからね」

「参覲交代ってヤツ?」

「いや……そういうわけじゃないけどね」


小松は和箪笥の引き出しを開け、何やらゴソゴソし、怜の前に重たそうな巾着をドサリと置くと、それをひっくり返して中身を出した。


「これでいいかな?」


出てきたのは天保通宝であった。

天保通宝は一枚で百文と同様である。見たところ一両近くあるように思えた。しかし、


「これ……」

「気にいらない?」

「いや、気にいるとかじゃなくて」


怜は一枚を手に取り、裏表を何度か見てまた机の上に戻す。


贋金(にせがね)やん」


薩摩藩が贋金造りをしていたのは、後の時代では有名な話である。元々は琉球救済の名目で領内のみ期限付きの使用ということで幕府の認可を得て「琉球通宝」と刻印のある通貨の鋳造が開始された。


しかし、この刻印は「天保通宝」である。同じ形で重さなども瓜二つ。素人目にはわからないかもしれないが、怜は自他とも認める守銭奴であり、それこそ一歳の頃から毎日銭を眺めて生きてきたのだ。わからないはずがない。おそらく薩摩藩は鋳型を「琉球」から「天保」に変えて鋳造しているのだろう。



「よく見破ったねえ……」

小松の目がきらりと光った。






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