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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第二章
139/139

134




「………」

「えらいまあ騒がしいこと」

「なんやお連れさんが土佐の御方とかで、嶋原は初めてらしいどす」

「小豆、どないしはったん?」

「ごめん、先行っといて」


一体誰と来ているのか気になった。

何故なら坂本の所持金は雀の涙だ。しょっちゅう勝から金をせびっている。大体夭華楼は祇園とは比べものにならないほど高額であり、嶋原の中でもトップなのだ。


「がーはっはっはーほらほらー攘夷じゃーー!」


(なんやねん!攘夷って!)


りょうはそろりと襖を開けた。1センチほどの隙間から中を覗き見る。そこには勝と陸奥、そして見知らぬ男がいた。勝と男は隣り同士で何やら話し込み、陸奥は坂本を諫めている。当の坂本は何故か上半身裸で舞妓二人を両の手で抱き寄せ、上機嫌で馬鹿笑いしていた。


「クソがッ」


思わず声に出したりょう。坂本と目が合った。

まずいとばかりに襖を閉め、春の間に向かう。


「どうしたんですか?坂本さん」

「いや、今なんか……」


坂本は暫し考え、ハッと目を見開いた。


「きゃあ」

「ちょっ、坂本さん!?」

「何処行きはるの〜?」

「廁じゃ廁」


坂本はりょうを追いかけた。


「おい!待てい!そこの鼓打ち」


(ひい!追いかけてきよったー)


バレたら全ておじゃんである。ここで捕まるわけにはいかなかった。りょうは春の間を通り過ぎ夏の間の廊下を駆け抜ける。後ろを振り返るとちょうど坂本が曲がったところであった。


「待たんか!」

「ひぃい」


距離が徐々に近づいて、いよいよ身の危険を感じたりょうは一旦立ち止まり、力任せに小鼓をぶん投げた。


しかし不幸というものは立て続けに起こるものである。


「ふがッッ!!?」

「あ……」


小鼓はたまたま廁へ行こうと夏の間から出てきた芹沢の顔面にぶつかった。


「キャーーー!」

「芹沢局長!?」

「芹沢さん!!」


芹沢は顔面にめり込んだ小鼓を投げ捨て、無言のままギロリと坂本を見る。坂本は自分が投げたんじゃないという風にブルブルと首を振ってりょうを指差した。


「てめえ……儂に何の恨みがあって…」


一歩前進した芹沢の後ろで仲間の一人が声を上げた。


「芹沢さん!コイツ、この前の子どもじゃないですか!?」


(気付かれた!!くっそ!要らんことを!)


「この前…?」


芹沢はりょうを睨んだまま僅かに目を見開いた。


「ほう……何の因果かのう」


切羽詰まった状況に本来の冷静さを取り戻したりょう。わざとらしく涙を浮かべ芹沢の両手を握った。


「貴方様はもしや壬生浪士組の局長、芹沢様では?」

「えっ」

「ここいらで芹沢様のお名を知らん者はおりまへん。ああ!おいらは幸せ者や。早速国に帰って両親に報告せねば」

「いや、あの」

「ほんなら失礼おす。どうぞごゆるりと楽しんでお帰りやす」


芹沢らは「人違いか?」という表情で困惑している。


りょうは今のうちにと廊下を擦り足で曲がり切った。



「どいつもコイツも阿呆ばっかりや!」


アーハッハッハーと笑い転げるりょう。


世の中それほど甘くはない。


「それは儂のことか」


振り返った先には額に手を付いて溜め息を吐く坂本と、怒りの表情で両腕を組む芹沢が仁王立ちしていた。



◇◇◇◇◇◇◇



秋の間



さっきの子どもの目。

どこか怜に似ている。


小松は気もそぞろに酒を飲んでいた。


「いやまさかな」


しかし気になって仕方がない。

基本的に一度気になると自分が納得するまで徹底的に調べる性分である。小松はすっくと立ち上がると「廁へ」と断りを入れて部屋を出た。


廊下に出るとあちらこちらから楽しげな声が聞こえている。壁に貼られた案内板の通りに進むと二人分ほどの広さの間口があり、その庭先に廁があった。揃えられた草履を履こうと式台を降りようとした時、ふと覚えのある声が聞こえた。


「こ、この声は……」


胸のざわめきが止まらない。

そんな馬鹿なことあるわけがない。自分自身を奮い立たせるのは非常に難しいことである。しかしここで目を逸らせば、きっと後悔するに違いない。


小松は方向転換し、冬の間と書かれた部屋の手前を左に曲がる。更に進むと三段ほどの階段を昇り、声のする奥へと進む。そこは『源氏の間』と書かれた金襖の格式高い個室であった。


そっと襖を開けて覗く小松。



「嫌やわぁ〜スーさんったら」

「キョキョ〜〜」

「ちょっとスーさんはウチのもんや」

「もう!独り占めせんといて!」

「キョキョキョキョ〜」

「きゃー流石スーさんやぁ」


小松はそっと襖を締めた。


「…この敗北感は一体」


身震いしながら元来た廊下を戻ると、向こうからけたたましい足音と怒声が近づいてきた。


「待てェエェ!」

「止まらんか!」.

「ぎゃあぁぁあ!」


小松はギョッと目を見張る。

さきほどの鼓打ちの子どもが大男に追いかけられているのだ。更に大男の後ろには土佐弁の男が続いていた。


「りょう!待たんか!」


土佐弁男の言葉に小松は息を飲んだ。


「りょう…ということはやはり!」


ともあれ鈴木氏がいることで半ば確定なのだが。


「退いてーーー!」


子どもは必死の形相で目の前を通り過ぎた。

続いて大男と土佐弁の男が走り抜ける。小松はその後を追った。



ーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーーーー


春の間


「なんだ。外が騒がしいな」


吉田は廊下に面した襖を見た。


「今宵はどこの御座敷も満室で、堪忍おす」

「いや宴は少々騒がしい方がいい」


紫のほっそりとした白い手を握り、優しく微笑む吉田。紫は「ふふ」と妖しく微笑み、即座に手を引いた。


「紫と言えば、まるで源氏物語のようだね」


紫煙を燻らせながら放った桂の言葉に久坂が勢いよく紫を見た。


「そういえばこの部屋は"春"の間……まさに紫の上の……」

「うちはそのような御立派な御方ではありまへんから」


その謙虚さに惹かれたのだろうか。久坂の気難しい表情が、一気に溶けて瞬く間に頬を染め上げた。吉田を押し退け、紫の前に座る久坂。


「ずりーぞ久坂!」

「うるさい黙れ」


ジッと彼女を見つめおもむろに手を握った。


「何か?」

「…美しい」

「おおきにおす」


怜が死亡して以来、全く女に興味を示さなかった久坂。どんな美人が現れても靡くこともなかった彼に漸く春が訪れようとしている。


桂は苦笑しつつ割り込もうとする吉田を制した。


「女を忘れるには女が一番だ」

「その言い方だと、怜を"女"として見ていたことに驚きなんだけど」

「言うな!(オエッ)」



とそこへ、パンと勢いよく襖が開いた。


「あら小豆……」



現れたのは幼い子ども。

白い着流しに青い帯。髪の色は金だった。

続いて大男、更に二人の男が現れる。


一瞬呆気に取られた一同。


久坂が真っ先に反応した。




仮にもし今宵が大晦日だったならーーーー



「なんだこの金髪豚野郎は」



某お笑い番組のようにーーーー


「き、金髪……豚……ぶふ」

「ぐふッ……」

「ブッ」



「「「ギャーハッハッハッハッー」」」



『全員アウト』である。



◇◇◇◇◇◇◇



だるま屋敷



「全くお前さんときたら」


例の如くそう言って勝は軽く息を吐く。

あの後、収集がつかない現場を治めたのは勝ともう一人の男だった。坂本は久坂と面識があるため長州勢は彼に任せ、芹沢らはもう一人の男に任せた。その男は京都東町奉行所のお偉いさんらしく勝の知り合いらしい。芹沢のこともよく知っているようで、自らかって出てくれたのだ。小松はというと空気を読んだのか、いつの間にか姿を消していた。


「しばらく外出禁止だな」

「………」

「占い業もだ」


返す言葉もなくりょうは項垂れた。


下手すれば久坂らにバレたかもしれないのだ。自業自得とはいえ腹立たしいことこの上ない。否、何が腹立たしいかと言えば、久坂の言葉であるのは間違いない。


「おのれ久坂玄瑞……」


ぎりりと噛み締めた瞬間、拳骨を食らった。



◇◇◇◇◇◇◇



金戒光明寺


「巷では、恐れ多くも御所を焼き払い、主上を長州に攫うだとか、横浜開港地に戦を仕掛けるだとか、様々な噂が飛び交っております」

「うむ。私も聞いたことがある」

「このままでは朝廷が堕ちるのも時間の問題。主上は久光公に早期の入京を望んでおられますが、そうも言ってはいられぬ状況だと」

「主上は大層御心痛であろうな…」

「はい。中川宮様が内々に働きかけておりますが、奴らに目を付けられておるようで表立っては行動出来ぬと」


暗躍する長州、並びに急進派公卿に反旗を翻したのは公武合体派公卿"中川宮朝彦親王"である。彼は密かに計画を練っていた。


そもそも孝明天皇は攘夷を方針にしているが、倒幕は考えていない。(前述)ゆえに長州や急進派公卿の勝手極まりない所業に業を煮やしていた。そこへきて、主上の意向を完全に無視し、攘夷親征(大和行幸)を推し進める急進派。一気に加速するそれらの行動には、さすがに攘夷諸藩すら反対を示したが、彼らは全く意に介さず強引に決定する。


天皇の信頼厚い中川宮はそれを聞くに及び急進派らを京より追放する計画を打ち立てた。前関白である近衛忠煕、また二条斉敬ら公武合体派と共に極秘で薩摩藩に接触し、会津藩にも協力を仰いだのである。



所謂、八月十八日の政変である。




「とうとう、でございまするか……」


りょうは内心ほくそ笑む。

これで三条実美、真木和泉ほか、長州藩の思惑は一時的に頓挫する。奴らさえいなければ、京に平和が訪れると言っても過言ではないのだ。

ちなみに自宅謹慎を喰らっていたりょうだが、流石の勝も容保からの要請には逆らえず、協議に参加しているのである。


ずらりと並んだ会津家臣団は皆が皆緊張の表情であった。


「肥後守様。お願いがございまする」

「なんじゃ?」

「それがしめも同行致したいのでございまする」


奴らの悔しがる顔をひと目見たいと思ったのは好奇心だけではない。


「し、しかし其方はまだ子供であろう」

「なれど、事は主上、いえ国家の一大事。幼いからといって、皆が戦っておるのに一人のうのうと休むことなど出来ませぬ」


容保はしばし考え込んで口を開く。


「此度の計画は成功するかどうかもわからぬ危険な賭けなのだ。そのような危険な場所に其方を同行させるなど上様に申し訳が立たぬ」

「それがしめの今の主君は肥後守様でございまする」

「そ、其方…っ…!」

「我が殿が危険を顧みず戦さ場に立つというのに、それがしめが…うぅ…それがしめがっ呑気に寝てなどいられましょうか!?」


迫真の演技で涙を流すりょうを見て、肥後守も涙する。それを見て数人の家臣が貰い泣きした。


「あいわかった!!其方も皆と共に来るがよい!」

「ありがたき幸せ!」


りょうは畳に額を擦り付けて平伏する。そしてニヤリと口角を上げた。


「お待ちください!殿」

「なんだ平馬」

「御相談役殿のお心は立派なれど、りょう殿は上様直属の御小姓。もし何かあれば上様が…」


容保はハッと我に返った。


「むむ……たしかに平馬の申す通り」


そこへ別の家臣、神保内蔵助が口を開いた。


「ならば誰か腕の立つ者を警護に当たらせてはいかがでしょう」

「一人でも大丈夫でございまする!」

「いや、そうはいかぬ。なんと言っても貴殿はまだ幼過ぎる。そのような身では自分を守れぬぞ」

「しかし彼らにとって、此度の計画は主君の運命をも左右する重大事。それがしめの警護など反発も出ましょう」

「その主君よりの命なれば否やは無い」


神保とりょうが言い合いをする中、容保はパシリと扇子で膝を叩いた。


「ならば其方には信頼のおける者を警護にあたらせよう」

「……信頼のおける者?」


嫌な予感がした。


「浪士組である!」

「断る!」


「殿ぉおーお気を確かにィーー!」





明日よりまた多忙となりますことをご了承下さい。

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