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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第二章
133/139

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早朝、しとしとと雨降る中、ロバに揺られながら光明寺へ到着したりょうは、本殿で待ち構えていた会津藩士らに冷たい視線を送った。


「ほ、本日はお日柄も良く…」

「雨でござる」

「お、お、お足元の悪い中、まことに」

「肥後守様に直訴するでござる」

「そ、それだけは!それだけはおやめください!!殿は御心が弱うございます!もしも厳しい言葉を投げられでもすれば、壊れておしまいになりまするうううう!」


りょうは深い溜め息をついた。


一体何度目だろうか。

確かに上様の御沙汰で"御相談役"に就いたりょうであるが、こうもしょっちゅう呼びつけられては甚だ迷惑である。


「この前はお腹が痛いというご相談でござった。今度は何でござろうか」

「そ、それがしは分かり兼ねまする」

「しょーもない内容やったらお尻ペンペンでござる!」

「それだけはご勘弁をーー!」


本堂に入ると、息を弾ませた平馬が待ち構えており、りょうを見るなり鬼気迫る勢いで両肩を掴むと、荷物のようにヒョイと抱え上げた。


「よくぞ参られました!ささ!殿が首を長くしてお待ちでございます!」


反射的にジタバタと暴れるりょうであったが、七つの子供が大人の男に敵うはずもなく謁見の間に到着すると、間髪入れず容保の前に召し出された。


「おお……参ったか」


脇息に持たれた状態で、虚ろげな青年がこちらを見る。体調が悪いのか傍らに医者らしき男が控えていた。


「早朝よりの御呼び出し、まこと迷惑至極にござりまする。この勝りょう。未だ夢うつつの状態ながら、やむを得ず参上致しました次第。本日はどのような御相談にござりましょうか」

「うむ。実は昨日御所に参ったのだが、関白より東下せよとの沙汰が下ったのだ。ゆえに私は江戸へ向かわなければならないのだが、そなたも同行するように」

「嫌でございまする」


きっぱり拒否すると、容保の純たる瞳から清らかな涙が溢れ出した。


「肥後守様。上様の東帰により、京は更に急進派の勢いが増しておりまする。そのような現状を知って、主上はそう申されておられるのでございまするか?」

「直接主上から頂戴した御言葉ではないが、関白殿より…」

「関白…鷹司輔熙様でございまするな…」



鷹司といえば、あの禁門の変にて久坂玄瑞の自刃した屋敷の主である。どのような人物かは定かではないが、「関白」という役職に就いていても発言力は無きに等しく、どちらかと言えば急進派公卿に良いように振り回されている印象であった。


「守護職たる肥後守様まで不在となれば、この京がどのようになるか考えれば答えは出てきましょう」

「しかし、これは主上の勅旨で…」

「わざわざ肥後守様が東下なさる必要はございませぬ。下の者に行かせれば良いのでございまする」

「それは私も申し上げたのだが…」


表向きは破約攘夷の実行を求める勅諚などを語ったものだが、その使者に容保を選定したのには、何か裏があると思わざるをえない。


りょうはズズと前のめりになると、容保を強く睨み付けて言った。


「確かに主上は破約攘夷を望んではおられまするが、現状もほとほと理解しておられるとそれがしめは愚考致しまする」

「いやしかし…」


過去振り返れば春嶽が去り、慶喜が去り、家茂も去った。おそらく彼らは、守護職たる容保及び会津藩を追い出したいに違いない。主たる面々が京から退去すれば、それでなくとも牛耳られつつある朝廷が、確実に飲み込まれてしまうのは必至だった。


「上様だけでなく、この上肥後守様まで京から去られれば、主上はどれほどお嘆きになるのでございましょうか。御いたわしいや」


りょうはわざと天を仰ぐと、眉間の皺を揉む。容保はそれでも迷いに迷い、答えを出せずにいた。


「それが事実ならば、むろん私は京から離れたりはせぬのだが、主上の名を出されては拒否などとても…」


そこへ家臣の神保が重い口を開いた。


「殿……もしや主上の名を語る"偽勅"かもしれませぬぞ」

「ま、まさかそんなことはっ」


思わず仰け反った容保だったが、神保は更に続ける。


「元々、主上があれほど上様の東帰を許されなかったのは、攘夷決行の約定云々だけではございませぬ。急進派に侵食されるのを恐れているからと」

「た、確かにそうであるが……」

「おそらく守護職たる殿、そして我ら会津藩を京より追い出す為に、"偽勅"という恐れ多い行為を実行したのでは?」


容保はゴクリと唾を飲み、ちらりとりょうを見た。

りょうは神保に同意するように肯いた。


「肥後守様。侮ってはなりませぬ。目的を達成する為には、どんな手段をも選ばぬのが彼らなのでございまする」

「で、では如何して…」

「それこそ会津藩の腕の見せ所にございましょう」


りょうは彼らを見渡した。


「会津藩家臣は忠義を貫く御立派な方ばかりと、祇園の女共が申しておりました」


室内の温度が一気に上昇した。


「京の民衆にとって、主上は唯一の存在。その主上の守護に就く会津藩は"英雄"以外の何者でもありませぬ」

「え、英雄…」

「我らが…」


りょうはこくりと頷いた。


「現在祇園における人気良客第一位を獲得し、尚且つ全国藩主男前選手権第一位の肥後守様におかれましては、何卒主上の為、幕府の為に賢明なご判断をお願い致し、これをもってそれがしめは失礼致しまする」


さっさと退出する勝りょう。

襖を閉めた瞬間、広間は歓喜喝采、藩主主導のもと深夜まで宴会が続いたという。



◇◇◇◇◇◇◇



江戸城


家茂は和宮と共に庭を散策をしていた。若い夫婦はまだまだぎこちなさが残っているが、側から見れば初々しい限りである。


「上さんに聞きたいことがあります」


和宮は静々と申し出た。

家茂はひまちゃんを肩に乗せたまま振り返り、少し考えたあと人払いをする。とはいえいくらそう命じたとしても数人の近侍の者は四方の見えない位置で待機している。


家茂は池を眺めながら口を開いた。


「聞きたいこととは?」

「……最近、色々なことが耳に入ってしもて、どれが本当でどれが嘘なのかわたくしには全然わかりません。そやから、上さんに直接聞いた方が早いと思うたんです」


和宮は胸の前で両手を合わせ、乞うような仕草を見せた。


「上さんには、……好いた殿方がおるとか」

「……」

「その殿方を御養子に迎え入れるとか」

「……」


家茂は黙ったままジッと和宮を見つめて、ふと目を逸らした。


「……上さん?」


再び歩き出した家茂を慌てて追いかける。いくら何でも直接的だったかと後悔した和宮だったがーーーーー



「あ…」


家茂の視線の先には一本の木。

和宮は首を傾げた。


「まだ実がついているのだな」

「あれは金柑の実では?御所にもあったような」

「金柑ではない」


家茂は僅かに微笑を浮かべた。


「キン◯マだ」


四方で誰かが倒れる音がした。



「上さん…あの…」

「殿方、ではない」

「え……」

「予には」


振り返った家茂は爽やかな笑みで言った。



「心から愛おしいと思う女人がおる」




◇◇◇◇◇◇◇



「スイカが……」


佐吉からの文では、漸く西瓜が実ったらしいことが書かれてあった。まだ収穫には早い段階のようだが、確実にその造形を成しているとある。


りょうは文を両手で胸にあてて目を閉じた。


「やっとや…」


感慨に耽けるりょうの目尻から涙が溢れる。慌てて拭うと直ぐ様文机の前に座り筆を走らせた。


どれほどの量が出来ているかはわからないが、元々種の数も少なかったため出荷は見込めないだろう。今回は種を回収するだけにとどめ、実の部分は西瓜糖を作った方が良さそうだ。


「行きたいなぁ…」


りょうは肥後への思いを馳せた。

なんだかんだで長い道のりであったが、最初の一歩は着実に踏んでいる。その喜びが文面からも滲み出るのを見て、彼らと共に分かち合いたいと思ったのだ。


「どこへ行くっちゅうがか」


そこへ坂本がやって来た。


「おまん…誰じゃ…」


が、りょうを見るなり訝しげに眉を寄せる。


「おや。坂本君。おかえり」


坂本はぽかんと口を開けたまま呆けていた。


無理もない。りょうは今、金髪のカツラを装着しているのである。服装の上下とも黒の小袖と袴である為、余計に色味が際立っていた。


「忙しそうやね」


ここ数日坂本はほとんど屋敷に帰ってこれなかった。その大半は勝の使いであり、陸奥もまた同じように駆けずり回っている。勝に至っては、大坂や神戸を行ったり来たりしており、かれこれ一週間は顔を見ていなかった。


「先生は人使いが荒いっちゃ」


操練所開設の為、勝の手足となって動き回っているようだが、その顔に疲れは見られない。寧ろ生き生きとした表情にやりがいを感じているようだ。


「大久保(一翁)先生に会うたぜよ」

「……まさか」

「前に伏見で顔を合わせたことがあっての。ホレ、おまんと伏見で待ち合わせした時じゃ」

「ああ…あれな」

「勝先生が紹介してくれたっちゃ」


坂本はドカリと縁側に腰を下ろすと、腕を組んで何度も頷く。


「話してみると立派な人ぜよ。前は恐ろしゅう顔しちょったき、鬼かと思うたが」

「間違いなく鬼やろ」

「アホウ。俺は感銘したんじゃ」

「ふーん」

「あん人は幕臣のくせに挙国一致を目指しちょる」



坂本は前のめりになった。


「つまり"大政奉還"ぜよ」

「……言うのは簡単やけどね」


古き体制を全て変えるには、何処の国であっても「革命」無くして有り得ない。つまり日本では明治維新がそれにあたる。


しかし現在大政奉還を主張しても、今の幕府は到底受け入れられるわけがなかった。例えば将軍がそう主張したとしても、幕閣が許すはずがない。


「ま、薩摩藩次第ってところですな」


それは先の未来を知っているからこそ語れるが、周りからすれば不可解この上なかった。何故ならりょうの発言は長州などの反幕派には厳しい目を向けている反面、幕府に対しては逆である。


「薩摩藩か…」

「それまで幕府が()()()()の話やけど」


しかし、その話しっぷりは"幕府"を突き放しているようにも聞こえた。


坂本はしばし考え込んだあと、いつもと打って変わって真剣な表情で口を開いた。


「おりょう。俺は前々から聞きたいことがあったんじゃ」

「なにー?」

「おまんは一体……"どっち"の味方じゃ」


りょうは声を上げて笑った。


というのも、全ては"歴史"の一つにしか過ぎない。幕府が倒れようと長州が滅びようと、りょうには"関係ない"の一言に尽きた。


その根底にあるのは個の人間への"思い"だけであって、"国"や"幕府"ではないのだ。


「どっちの味方もないわ。私には関係ないもん」

「ほーか?てっきりおまんは幕府寄りじゃと思ちょったが」

「幕府というより、"上様"や。上様だけは絶対に……」

「おまん…」


坂本は目を丸くした。


「まさか、上様に惚れちょるんか?」


りょうは立ち上がると、冷めた目で坂本を見た。


「上様は人間的に尊敬出来る人や!けど、よおく覚えとき!何でも色恋だけで見とったら、大きい男にはなれん!」

「ま、まあそうじゃ…すまん」

「許す!」


スタスタと退出するりょうの背中に、坂本が慌てて声をかける。


「待て、りょう!他に尊敬出来るっちゅう男はおるがか!?」


期待を込めて問う坂本に対し、りょうはくるりと振り返った。



「アインシュタ◯ン一択や!」


「誰じゃそれ…」



◇◇◇◇◇◇◇




薩摩



怜は生きている。


「そう思えてならないのです」


小松は拳を握り締めた。

グラバーの証言が事実なら、それは確実に怜だと断言出来る。


おかしいと思ったのだ。

生麦賠償交渉はけして容易いものではなかった。事件後、国父である久光公の身を第一に考え、慌ただしくあの地を去ったが、入京した際の幕府側との協議は平行線のままで解決に至らなかった。いやむしろ、彼らの反感を目の当たりにしたほどである。


英吉利側がどうであれ幕府からも薩摩藩からも賠償金を摂取しようと企だてているのは周知の事実で、回避する術はなかったはずなのだ。


現に幕府は将軍不在を言い訳に、期日を伸ばし伸ばしにしていたし、内外からの反発も並大抵ではなかった。ゆえに幕府がどのように解決するか、国全体が固唾を飲んで見守っている状況だったのである。


しかしひとたび交渉が終われば、誰もが想像だにしない結果となり、最終的には幕府の完全勝利とも言える内容で解決したのだ。


「成る程…」


あの新聞の内容から察するに、それが怜の描いた脚本なのだろう。彼女はその場にいたのだ。得意の手八丁口八丁で英吉利人を翻弄し、幕府を優位に立たせたに違いない。


(怜らしいというか何というか……)


「勝海舟の息子だと言っていたね…」

「そのようです」


小栗忠順は危険を承知で生かすことにしたのだ。そこに勝海舟という存在を巻き込んでまで。


そして勝海舟は怜を将軍の小姓に推し、その"懐刀"と称されるほどに存在を確立している。


「……まんまと嵌められたな」

「え?」


小松は複雑な心中を胸に空を見上げた。



「京に行くぞ」

「はい!」





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