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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第二章
130/139

125




光明寺の高麗門前で陸奥は困惑していた。目の前には会津藩士数十人が頭を下げ、一歩前に平馬が木箱を高々と掲げている。


(どうしてこうなった……)



◇◇◇


そうほんの四半刻前ーーー


「主君・勝りょうより、この文を預かっております。申し訳ございませんが、お渡しして頂きたく」

「では、こちらの方でお待ち下さい」

「いえ。某はここで待つよう主君に厳命されておりますので」

「さ、左様でございますか。しからば早急に我が殿にお渡し致しますゆえ、しばしお待ちを」


陸奥がりょうに頼まれたのは「五日間、毎夜丑の刻に光明寺に赴き、チーム鈴木の副官房長官・弥次郎兵衛を解き放て」という内容であった。そして最終日明朝、黒塗りの箱を会津藩に手渡すだけでよい。つまりそれだけで百両の金が手に入る、と断言したのだ。


「まさか」と嘲ることは簡単だが、あの子供は自信満々で「成功」が当然だと考えている。およそ子供とは思えぬ笑みを浮かべて。


陸奥は言われた通り弥次郎兵衛とやらを連れて光明寺に通った。どうにも夜目が効かないようだが、現地に到着すると篝火のおかげもあって勝手知ったる風に敷地内へと飛んでいく。少し離れた場所で陸奥は待機し、ほんの五分ほど待てば弥次郎兵衛が戻ってきて、再び帰路に着くのだ。




◇◇◇



(………わけがわからない)


平馬は馬から落ちないよう(おそらく百両が入っているはずの)木箱を括り付ける。その嬉しそうに涙を流す平馬を見てゾッとした。


「くれぐれもーー、くれぐれも宜しくお願い申し上げると勝殿にーー」

「は、はい…」


見渡せば皆それぞれ安堵の表情だった。陸奥は馬首を変え、元来た道を辿る。豹変した会津藩士に突然後ろから襲撃されないか少々心配だったが、それも杞憂に終わった。


そうして馬を走らせること数十分。

屋敷に到着した陸奥が蔵の扉を開けると、あの子供はいつものように不敵に微笑んでいた。


「御苦労」

「は、はい」


りょうは木箱を受け取るとニヤリとする。テーブルの上に置き、中を開いた。


「これは、陸奥君の取り分でござる」

「そ、某は何も…」

「受け取るでござるよ」


りょうは気前よく三両渡す。


「キョキョ」

「チーム"SUZUKI"はお手柄やったから三十両でござるな」

「キョオォオン」


いつの間にかテーブルに降りてきた夜鷹は嬉しそうに小躍りする。陸奥は思わず叫んだ。


「お手柄!??」


そんな馬鹿な!と陸奥は思った。


「ど、どういうことですか!?」

「あれ?言ってなかったでござるか?」

「聞いてません!」


陸奥はバンとテーブルを叩いた。


「会津藩といい貴殿といい、全く何が何だか某にはわからない!!お金はどうでも良いんです!何故、あちらがこのような大金を惜しげもなく支払ったのか、それが一番気になるのです!」


りょうは椅子に腰を下ろすと「ククク」と不気味な声を出した。


「そりゃあ、人間誰しも"迫り来る恐怖"から逃げられるはずもないでござる」

「恐怖…?」



とその時、後方の黒々とした体毛に黄色い嘴の鳥が、陸奥の前に進み出た。


弥次郎兵衛である。



『ワタシ、怜チャン。今肥後守サマのウシロ二居ルノ』

「!!」


陸奥の手から小判が滑り落ちた。


「と、鳥が……喋った……」


彼は九官鳥なのだ。

鈴木君の弟子である。弥次郎兵衛は怜の命令により、この五日間毎日彼らを(特に容保を)精神的に追い詰めていったのである。



一日目は

『ワタシ、怜チャン。今、高麗門に居ルノ』


「な、なんだ?今の声は」

「いかがなされました?殿」

「皆には聞こえなかったのか?」

「いえ、何も」

「…では気のせいか」



二日目は

『ワタシ、怜チャン。今、本堂の前に居ルノ』


「ヒッ!!やはり聞こえた!」

「拙者も確かに聞こえましたぞ!」

「そうであろう!やはり私の申した通り、どこからか声がするのだ!」

「…お前聞こえたか?」

「いや、わからぬ」

「誰ぞ殿に茶をォオォ!」



三日目は

『ワタシ、怜チャン。今、広間の中に居ルノ』


「と、殿…何やら近付いているような気がするのは気のせいでござりましょうか?」

「申すなァ!!」

「確かに少しずつ…」

「殿、いかが致しましょう…」

「あーあー聞こえないー」

「殿…」


四日目は

『ワタシ、怜チャン。今、肥後守サマの寝所の前二居ルノ』


「狙いは殿だァアァア!!」

「ヒィィイィイィイ!!」

「殿ォオォお気を確かにィイ!!」

「しっかりなされませ!殿!皆も落ち着くのだ!」


そして五日目


『ワタシ、怜チャン。今肥後守サマのウシロ二居ルノ』


「ギャアアァアァアァア!!」

「殿ご乱心!殿ご乱心!!」

「誰ぞ医者を呼べーー!」



皆が恐怖に震える中、五日目明朝勝りょうから届いた文は『怨怜封じ』の護符と、百両の請求書。


「"怨怜封じ……"これは一体…」

「殿!これは勝殿よりの護符にございまする!」

「なんと!ではこれを持っていれば…」


容保は涙した。

何故なら既に自分の後ろに"怜"がいるのだ。ぞわぞわと逆立つような不気味な感覚。見えなくともわかる。恐らく次の丑の刻には首を絞められ、命を落とすに違いない。


容保はそっと護符を手にした。


すると突然()()が抜けていく感覚に襲われた。


「おお……」

「と、殿?」

「何やら、力が湧いてくる……」


容保は拳を高く突き上げた。


「我が生涯に一片の悔いなし!」




その瞬間、広間が歓喜に包まれた。


「な、なんと!!」

「殿がご回復なされた!」

「殿ーーー!御立派であらせられます!」

「ウオォォォオ!」


その後容保は喜んで金を出した。つまりこれは『怨怜封じ』代と言っても差し支えない。とにかく彼らはりょうに感謝したのは事実であり、それがこの結果に繋がったのである。



陸奥はふるふると肩を震わせた。


「あ、陸奥君!?」


三両を握り締めて蔵を飛び出した彼は、目尻に涙すら浮かべて叫ぶ。




「こんな世の中…間違っている!」


もっともである。



◇◇◇◇◇◇◇



だるま蔵



紅花は目の前に座る赤いだるまをじぃーと見つめた。


「やっぱり…怜ちゃんなんやね」

「今はりょうやよ」


パッと衣装を脱ぐとりょうはにこりと微笑えむ。紅花の涙に反応した鳥達が、一斉に手拭いを持って平伏した。(ちなみオスばかりである)


それらを無視した紅花は、りょうのそばまで駆け寄って小さな身体を抱き締めた。


「生きとって良かった……みんな心配しとったんよ?若柴姐はんも、お母はんも」

「ごめんな。そのうち顔出そうと思とったんやけど、忙しくて」

「そうみたいやね。えらい繁盛してはるし」

「ところで紅花姉ちゃん」


りょうはズズイと目の前まで迫ると、少々厳しい口調で言った。


「あの男とは深入りしたらあかん」

「藤堂様?」

「そうや。あいつらは人斬り集団なんよ。とばっちりでも受けたら終わりや」

「えろう優しいお人やけど…」

「まさか床交わしたりしてへんよね?」


紅花はくすくすと笑った。


「うちは芸だけにしとるから身を売ることはしてないんよ」

「それやったらええけど。嶋原は特にあーゆう類の男がよう遊びに行くって聞くし」

「うちらにとってお客はんはみんな一緒や」

「けど、どんな客が来るかもわからんし」


嶋原は幕府公認の花街である。

よって祇園や上七軒などより格が高く、新撰組や会津藩士ら佐幕派に人気がある。とはいえ大体花街というものは相手が誰であれ、羽振りの良い客がモテるのだ。


「最近は長州の人がよう来はるんよ。みんなそのお方が来はったら取り合いみたいになって」


中でも長州藩士は気前が良く、金払いが良いので人気があるようだ。


「名は?」

「え?」

「その長州藩士の名は?」


紅花はしばし思い起こして言った。


「桂はんて言うお方と、久坂はん…やったかしら。あ、そうそう。あと伊藤はん。なんや伊藤はんが異国の地に向かうとかで、"送別会"言うてはったわ」


りょうは目を見開いた。


「ほほう…」

「どしたん?怜ちゃん」

「いや別に」


りょうはちろりと夜鷹を見る。

夜鷹はコクと頷き、翼で十字を切った。


「なあ紅花姉ちゃん」

「ん?」

「今度、夭華楼に潜入させてくれへん?」

「潜入?」


紅花はキョトンと目を丸くした。


「一回、芸妓体験してみたかったんよね」




◇◇◇◇◇◇◇



六月に入った早々、りょうは二条城に召し出された。というのも数ヶ月間に及ぶ家茂の在京であったが、ようやく朝廷より東帰の勅を得たのである。幕閣らとの間でどんなやり取りがあったのかりょうの知る由もないが、以前よりの再三の東帰要請にこれ以上引き伸ばせない何らかの理由があるのかもしれない。


「そなたも連れて帰りたいところであるが……」


家茂は目を伏せた。


「しかし予はこれから成すべきことがある。そなたは今日より肥後守の相談役として尽力致すように」

「えっ」


最悪だと思った。

しかし容保は嬉しさのあまり咽び泣いている。


「……御意にございまする」


実は"怨怜封じ"の護符の効果を思い知った容保は、完全にりょうの底知れぬ力を信じ切っていた。ゆえに家茂が東帰するにあたり、りょうの今後の処遇について自分の相談役にと切望したのである。


(おのれ…)


家茂はするりと立ち上がると、平伏するりょうの前に片膝をついた。老中らが「上様っ」と窘めるも、彼はそれを無視して抱き締める。


「そなたを放っておくといつか消えてしまいそうで、予はそれだけが心配なのだ」

「上様。それがしめが本気を出せば、地球すら消え失せましょう」

「……」


そういうことを言っているのではない。と家茂は思った。


「御安心下さりませ上様。それがしめは徐々に勢力を伸ばしつつありまする」

「勢力?」

「我が相棒(鈴木氏)の報告によれば、北は江戸、南は九州全域まで掌握しつつあるとか。けして遅れを取るような真似は致しませぬ!」

「そうか」


一体何と戦っているのか、イマイチ不明だったが、小声で決意表明するりょうを見て、家茂はフッと笑う。


「もし何かあれば直ぐに連絡致すように」

「御意にございまする。上様、ひまちゃんをお頼み申し上げまする」

「むろんだ」



その後、将軍一行は容保ら会津藩、浪士組(新撰組)一行などと共に下坂し、更に数日経って海路江戸へと帰還した。りょうはというと二条城で家茂を見送った後、いつもの如く占い業に勤しんでいたのだが、ある日りょうに荷物が届けられた。


「キターーーーー!」


兼ねてより待ち侘びていた、シーボルトからの荷である。早速中を開けたりょうは、一つ一つ古紙に梱包されたカツラを取り出す。全部で三つ入っていた。



"親愛ナル怜。


キミカラ手紙ガ届イタ時ノ、計リ知レヌ私ノ喜ビガわかるダロウか。あまりノ嬉シサにワール川に身を投ゲタホドさ。


幸イ近くの漁師二助ケラレ一命は取り留メタガ、あと数秒遅ケレバ死んでイタラシイ。


ヤハリ私はラッキーな男のヨウだ。


サテ、荷物は無事ニ着いたダロウか。

そのカツラは今阿蘭陀ノ貴族ノ間デ、モットモ人気ノアル一品サ。ゼヒトモ使ってホシイ。幸運ヲ祈ル。


追伸


帰国ノ際、ドウシテモ運ぶコトが出来ナカッタ私の宝物ヲ、長州ノ友人ニ預ケテイル。ソレをキミにプレゼントフォーユーする。もしも長州ニ行くコトがアレバ、立ち寄ルと良イ。友人ノ名ハ、熊谷五右衛門サ。彼ニハ全て伝えてアル。


デハまた手紙ヲマッテいる。



Philipp.F.B.von.Siebold."



「熊谷五右衛門?聞いたことがあるな」

「それって淀屋さんの親友じゃありませんでした?」


山田が茶を出しながら言った。


「あーそうや。熊ちゃんやわ」


以前坂本らと瀬戸内海を渡って長州に行った時、熊谷を紹介されたことがあった。妙なところで繋がりがあるものだと思いながら、とりあえず全ての包装を破ると、金髪、そして白とブラウンのカツラが出てきた。


「す、凄い…」


山田が感嘆する。

しかしりょうはハサミを取り出した。


「切るんですか!?」


確かに美しいといえば美しいが、貴族間での流行りということもあって、バッハやモーツァルトのような髪型である。


「こんな髪型アウトやし」


りょうは器用にそれぞれの髪を切り、どれも現代風の小洒落た髪型に仕上げた。


「この茶色はキノコカットや」

「確かに。きのこの形に似ていますね」

「この白髪は葉加瀬ボブカット」

「髪がもの凄く広がってますね」

「世の中を広く見よって意味が込められとる」


そんな意味が込められていたら世も末だ。


「最後の金髪は王子様ヘアーや」

「なんだかこれが一番綺麗です」


りょうは王子様カツラをかぶった。


「イケメンやろ」

「似合ってます!」

「はーはっはっはっは!当然!」


そこへ鈴木氏がやって来た。


「キョキョ」

「わかった。鈴木君にも作ったる」


散らばった髪を掻き集め、鳥のカツラを作成し始めるりょう。山田はその隙にキノコカットを被ってみたが、鏡を見た瞬間、二度とカツラを使用しないと固く誓った。






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