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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第二章
129/139

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「泣ける話ぜよ…」

「ウチらの身分を考えれば、小栗様を責めることも出来しまへんし……大人の勝手な都合で大事な娘を振り回した挙句、まさか失うなんてどれほど我が身を責めたか…」


ハツは女優顔負けにオヨヨと口元に手をやり、ホロリと涙を流す。


「誰の所為でもないがやき、そう自分を責めたらいかんぜよ!」

「お優しいんやねぇ……お侍はん」

「俺は坂本じゃ」

「坂本はん?ええお名や…」

「もしも誰かに罪があるとするんじゃったら、そりゃあ怜の性根が罪っちゅうもんぜよ」

「ようわかってはるわ。坂本はん。この子はほんに生まれた時から賢こうて、ここいらでは"神童"と呼ばれてたんよ」

「しし神童!?」

「狐憑きの」

「ななっ…」


坂本はゾッとして振り返った。

目が合った。

りょうはニヤと笑みを浮かべる。

坂本は身震いした。


「怜、こっち向き。冷やしとかな酷なる」


善治郎は無理矢理りょうを自分の方に向かせた。


「やなくて…今は"りょう"か」

「別に家の中では怜でもええよ。あ、それはそうとお父ちゃん」

「あかん!喋ったらまた血が出るやろ」


腫れ上がった頬を濡れた手拭いで冷やしながら、善治郎は膝の上から離さなかった。


「大丈夫やよ。それよりお酒の量増えてるやろ?」

「そ、それは」

「飲み過ぎたらあかんって前にも言うたやろ。だから失神起こしたりするんよ」

「さっきのは酒の所為か?」

「脚気の初期症状みたいなもんや」

「脚気!?」

「動悸や目眩がせん?」

「たまにあるけど」

「その内血の巡りが悪なって、手足が痺れて腐ってくるんよ」

「腐る!!?」

「白米とお酒は当分控えてな」

「わ、わかった」


その日後藤家は久しぶりに笑いに包まれる一日だった。使用人は久しぶりの宴会に腕を振るい、鈴木君、ぼーちゃん、坂本を含む男衆らも交えて、深夜までどんちゃん騒ぎである。りょうはいつの間にか善治郎の腕の中で眠ってしまい、よほど安心したのか目が覚めた翌日はもう昼近い時間帯であった。



◇◇◇◇◇◇◇



鍛冶屋町・だるま屋敷



今回の後藤家襲撃事件の概要を聞いた勝は「やむを得ぬ」といった体で納得した。


「成り行き上仕方がないとはいえ、向こうには俺が改めて挨拶に行く」

「遠慮するでござる」

「そうはいかねえよ。長い間騙し続けてきたんだ」


りょうはハッと息を飲んで前のめりになった。


「何か企らんどるでござるな!?父上が誰かに礼するとかあり得えへんでござる!まさか…」

「まさか?」

「私のお母ちゃんは若い男しか興味がないでござるよ!」

「奇遇だな。俺も若い女しか興味がない」

「あーそれなら安心でござる」

「だな」


二人の会話に陸奥の唇が引きつった。


「さて、これから私出かけるでござる。陸奥君」

「はい?」

「警護よろしくでござる」

「えっ…一体どこに?」

「金戒光明寺でござるよ」


勝と陸奥が目を見張った。


「部下の不始末は上司の責任。これが世の道理でござる。あの男のおかげで食事もままならん状態でござるゆえ慰謝料もらわな割に合わんでござるからな」

「ちょっと待って下さい!お気持ちはわかりますが、さすがに会津公がお相手では不敬かと!」

「泣き寝入りは性分じゃないでござる」

「そういう問題ではなく!」

「ほんなら一人で行ってくるでござる」

「待っ」


りょうはヒョイと立ち上がり、鼻歌を歌いながら勝の部屋を退出する。陸奥は振り返って助けを求めるように勝を見た。


「ま、大事にはならねえだろ」

「し、しかし」

「大丈夫大丈夫」


勝はヒラヒラと手を振ると、


「何かあっても陸奥君なら何とか出来るだろうさー」


ハハハと笑って部屋を後にする。


陸奥は思った。


(この二人……血の繋がりもないのに似ている…)



◇◇◇◇◇◇◇



壬生・屯所


「いい加減にしてくれ」


近藤は芹沢やその他の男らを見据えた。


「そりゃあこっちの台詞だ。勝手にノコノコ出てきて、勝手に終わらせやがって」

「当たり前だろう!何の相談もなく、勝手に金策など許されるわけがない!あんたらの所為で、俺達も肩身の狭い思いをしているんだ!」

「だったらオメエ、金のアテがあるのかよ?」


芹沢はニヤリと笑った。


「隊士らにひもじい思いをさせるわけにゃいかねえ。こっちは命かけてんだ」

「会津公には何度か嘆願書を提出している。そのうちあちらから」

「甘えんだよ。近藤さんよ」


芹沢はズズイと近藤の目の前まで乗り出した。


「まさかまだ会津公に目をかけられているなど自惚れているんじゃなかろうな?所詮儂らは流れ者よ。あの子供の言う通り、末端の田舎侍なのよ」


近藤はグッと拳を握り締めた。


「だからといって、恐喝して強要するなど許される話じゃない。それでなくとも俺達は大坂の件で目を付けられているんだ」


彼らは以前の摂海巡視に付き従った際、大坂で一悶着を起こしたばかりであった。


「情けねえのう」

「なんだと?」

「そんなに上が怖いのか?」


含み笑いをする芹沢に、取り巻き達も馬鹿にしたような笑いをこぼす。沖田は思わず鯉口に触れて、土方がそれを制した。


「近藤ともあろう者が、たかだか子供相手に土下座をするくらいだ。よほど上が怖いと見える。ククク…」


しかし近藤は冷静だった。


「あんたも気付いている筈だ。あの子供はその辺にいるような子供じゃない」

「……」

「普通の生まれの子供なら泣いて逃げ出すだろうよ。だが芹沢さん。あの子供はあんたを相手にしても一歩も引かなかった」


芹沢は腕を組み、目を閉じた。


言われればその通りだった。

子供のくせに多弁で、知識、頭の回転も早い。大人気なく暴行を加えても、涙一つ見せることもなく、寧ろ不敵に笑った。


「……何者かは知らねえが」


芹沢は立ち上がり、土方らを押し退けて部屋を出ていく。


「この儂が侮辱されたのには違いねえ」



その目は鈍く光っていた。



◇◇◇◇◇◇◇



金戒光明寺


「肥後守様に置かれましてはますます御清祥のことと、まこと喜ばしく申し上げまする」


恭しく頭を下げたりょうは、後方の陸奥を紹介した。


「こちらはそれがしめの小姓にござる」

「ほう…そなたに小姓が」

「陸奥陽之助と申しまする」

「良い。面を上げよ」


陸奥は「一、二、三……」と小さく呟いて、「五」になった時、頭を上げた。彼は我が身における全ての物事に対し、きちんと時間を決めている。一分一秒を無駄にしない性分なのだ。


「そなた、その頬の傷は如何したのじゃ」


容保はりょうの顔をまじまじと痛ましげに見た。


「少々厄介な手合いに絡まれましたでござりまする」

「厄介な手合いと?」


りょうは「ええ」と頷いた。


「今日こちらに参ったのは、まさにその、"厄介な手合い"についてでござりまする」


容保は嫌な予感がした。

そして何故か彼の予感は大抵当たる。

特に悪いものに限って。


「(それがしめにとっては)悪い話ではございませぬ」


容保の心を読んだりょうはさらりと嘘をつく。


「ならば申せ」


ホッと安心したように息を吐いた容保だったが、数秒後に後悔する。


「実は先日、とある商家に金銭を要求する身勝手な連中に遭遇したのでございまする。その際に暴行を受け、その際に受けた傷がコレでございまする」

「子供相手になんと無体な…」

「その狼藉者はほうぼうでそういった悪業を重ねておるようで……恐れながら、肥後守様は耳にしたことはござりませぬか?」

「うーむ。特にそのような噂は…」


容保は腕組みで暫く考え込み、首を捻って脇で控える平馬を見た。


「平馬。そなたは聞いたことがあるか?」

「いえ。某もとんと…」


りょうはわざとらしく驚いてみせた。


「なんと、当事者である皆様がたが御存知ないとは奇妙なこと」

「当事者!?」


二人は目を見開いた。他にも複数人の家臣がいるが、これらもまた互いに顔を見合わせている。


「かの狼藉者はそれがしめを含む数人に暴行を加えた挙句、声高に叫んでおりましたでございまする」


ニヤリと平馬、そして容保を見てりょうは肩を揺らした。


「"我らは会津藩お預かりの浪士組!金をよこさねば女子供まとめてぶった斬る!文句を言うなら会津公に言うがよい!"」


りょうは嘘八割を混ぜ込んだ。


「!」


二人の顔色が青を通り越して白に変わる。他の家臣らも揃って青褪めた。


「というわけで、苦情を申し上げる為、参った次第にございまする」


平馬は前のめりになって声を上げた。


「そそそれは何かの間違いではっ」

「だとしたら大問題にござる。肥後守様の名を語ることにより、京の民は皆会津藩を恨み藩主を恨む。無論それだけに留まらず、最悪、上様にまで及ぶでござろう。なれば攘夷派はそれを利用し、ますます勢いが増すばかり」

「なんと!!」

「そ、そんな…」

「今回被害に遭われた商家は、肥後守様の小姓として任命されていた小栗某の御養子、あの亡き小栗怜の御実家にあらせられる」

「まさか…あの小姓か……?」


りょうはこくりと頷いた。


「何ということだ……!」

「かの小姓も、きっとあの世で激怒しておられるに違いありませぬ」

「げげげ激怒!?」


りょうは袖から紙を取り出し、それを読み上げた。


「後藤善治郎宅の器物損壊及び番頭への暴行。夫妻への恐喝、さらにそれがしめに対する暴行と恫喝。これら全てを合わせて……」


ごくりと唾を飲む容保と家臣。


「慰謝料、百両を要求致しまする!」

「「百両ーーー!!?」」


容保はふらりと前に手をついた。


「殿ォオォ!」

「殿!!」


家臣らが容保に駆け寄る。


「…はぁはぁ……」

「殿!大丈夫でございまするか!?」

「おお恐れていたことがーー!!」

「いかがしたのじゃ!梶原殿!」

「これは生まれ持った殿の病、その名はーーーー"仮病"ーーーーー!!」

「「なんとっ不治の病ィィーーー!!」」


ぱたりと倒れた容保は家臣らの手によって慌ただしく退室した。残されたのはりょうと陸奥、二人だけである。


完全に取り残された状況で、陸奥は半ば呆然と呟いた。


「……この茶番は一体」

「いつものことや」


しかしりょうはすっくと立ち上がり、鼻歌交じりに部屋を退出する。慌てて追いかける陸奥は、全くりょうが理解出来なかった。


「あの調子では無理だと思うのですが」


ある意味、脅してでも金を手に入れるつもりだと思っていただけに、完全に理解不能である。


「大丈夫大丈夫」


だが、りょうはいつもと変わらず余裕のある表情だった。


「しかし…」

「……五日やな」

「え?」

「五日できちんと耳揃えて用意する」


りょうは断言した。


「まさか。それは無いかと」

「ところで陸奥君」

「はい?」

「頼みたいことがあるんやけど」

「え…」

「陸奥君しか出来んことやから」


りょうはニヤリと微笑み、陸奥の両手を握り締めたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇




鍛冶屋町・だるま屋敷


町娘の出で立ちでも紅花の美しさは損なわれなかった。誰もが振り返るような絶世の美女といった風である。


「こちらの屋敷です。紅花さん」

「御立派なお屋敷どすねぇ」


目の前のだるま屋敷に紅花は感嘆の吐息を漏らす。


「あんな綺麗な女人みたことないわぁ」

「ほんまに……まるで天女のようや」

「隣りの殿方は旦那様やろか?」


周囲からの羨望に、藤堂は過剰にも見える尊大な態度で隣りを歩く。門を抜けると蔵の前にはまだ数名の客がいたが、鳩が藤堂を見つけると「来るっぽー」と言って先に案内された。


「さあ中へ」


紳士的な動作で扉を開くと楚々と中へ入る紅花。藤堂は続くように一歩前進したところでーーーー


「下僕の方は入らぬように」


奥の暗闇からだるまが言う。


鳥達が一斉に扉を閉める。

藤堂の心が鼻先三寸で打ち砕かれた。


「なんや。下僕か」

「そりゃあそうやろ。この男もなかなかの美男やけど…」

「獣臭がなぁ」

「この人どないしたん?」

「昇天したんやろ」












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