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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第二章
127/139

122



二人は茶屋の前に置かれた緋毛氈(ひもうせん)の敷かれた床机に腰掛けた。詳細を知りたい紅花たっての希望である。勿論二人きりというわけではなく、少し離れたところに男衆らが待機している。


「この簪はうちの可愛がっとった妹みたいな娘にあげた物なんどす」


紅花が嶋原へ行く時に、怜にプレゼントしたものであった。


「ほんに可愛らしい娘で…」


紅花は目を伏せると薄紫の手巾で涙を拭う。


「そ、そうですかっ」


藤堂は上の空で彼女を見つめる。

紅花のなんとも言えぬ儚げな美しさは、誰も彼も魅力するほどの破壊力があった。


夜露に濡れたような長い睫毛。

淡雪のように真っ白な肌。薄紅色の柔らかそうな唇が色香を感じさせる。


こんな風に間近で見るのは初めてだったものだから、鼓動が聞こえそうなほど心臓がうるさく脈打っていた。


「ーー様?」


いつしか締まりの無い顔をさらけ出していた藤堂だったが、膝に置いた手に紅花の手が重なってハッと我に返った。


「藤堂様?」

「あっ!!はい!!すみません!あのっ、その簪はだるまの占い師に渡されたものなんです!」

「だるま……どすか?」

「良く当たるって評判の店で、そ、そこで、その、あの、…」


紅花は暫く考え込むと、両手で藤堂の手を包み込み、上目遣いで見つめた。


「はうぅ!!?」

「藤堂様…近々、ウチもそのお店に連れて行ってもらえまへんかしら」

「えっ!??」

「ご迷惑どす?」

「全然っ!!全然!大丈夫です!!」

「嬉しい…おおきに…」


紅花はにこりと微笑んだ。


「ズッキューーーン!!」


藤堂はその場で気を失い、次目覚めた時には動物以外誰もいなかった。



◇◇◇◇◇◇◇



鍛冶屋町・だるま屋敷



近頃、勝の周辺は特に物騒で一人歩きは非常に危険らしく用心棒を数人付けていた。一週間前ほどにも襲われかけて命からがら逃げ帰ったのだという。


本人曰く思い返すと身に有り過ぎて、襲撃犯が特定出来ないというのが難点であった。だが、この屋敷に入れば危険など一つもない。


無論りょうがいる限り、である。



「父上!」

「おーどうした?」

「この文をオランダ領事館に送ってほしいでござる!早急に!」

「オランダ?」

「コンシュラーエージェンシーでござる」

「ああ…しかし何故…」

「シーボルトに送りたいでござる」

「シーボルト?」


以前のシーボルトから文は実際には佐吉の元へ送られたもので、怜がいない以上どうしたら良いかわからず勝の元へ送りつけたのである。


「ほう。あれはシーボルトさんの文だったのか」

「少々頼みたいことがあるでござる!急いでるだから早く送ってほしいのでござる!」


ちなみにconsular(コンシュラー) agency(エージェンシー)とは領事館郵便のことで、国際郵便制度がないこの時代では、領事館が居留地の自国民の為に私文書の業務も取り扱ってくれるのである。


「聞いとるでござるか?」

「あ、ああ。うん」


りょうは勝に手紙を押し付けると「しくよろでござるー」と叫びながら蔵へと走っていった。


実はりょう。シーボルトから変装用にカツラを入手しようとしていた。もちろん日本にも歌舞伎などで使われるカツラはあるが、髪色が全て黒もしくは白である為何の意味もない。現代のように染髪料でもあれば良いが、あっても媒染染毛法というお歯黒を利用した白髪染めが存在するくらいであった。ゆえに海外のカツラであれば、黒より茶色や金髪などの明るい色合いのカツラがあるのではと思ったのだ。


「次から次へと」


また何か新しいことを思いついたのかと、勝は半ば笑みを浮かべながら屋敷の中へと消えていった。




◇◇◇◇◇◇◇




「兄が、男色で……この前見知らぬ若い男と手を繋いで歩いていたんです。両親が知ったらどんなに悲しむか…」

「混ざりなされ」

「えっ」

「郷に入れば郷に従え、と先人が申しておる」

「そ、そんな…」

「さすれば、ご両親も諦めがつくであろう」

「ハッ…そうか!たった二人の兄弟。どちらも男色なら父も母も諦めるしかない!」

「うむ」

「先生!!ありがとうございます!」

「次の者ー」


軽やかな足取りで退出する男の次は、三十路近い女が入室した。


「旦那がもうウチのこと女として見られへん言うて…グスン…お隣りの奥さんはいつまでも綺麗やのにお前はなんで汚いんやって言うんよ?」

「ふむ。占ってしんぜよう」


りょうは石に手を当てた。


「アナーガチーマチガーテハーオーラヌーハイヤァアァア!」


女はビクっと肩を揺らした。


「こ、これは」

「先生?」

「前垂れじゃ…」

「え?」


前垂れとは、帯から下に掛ける布のことで、つまり胸当てのないエプロンである。


「前垂れ?これのことです?」


女は自分の白い前垂れを指差すと、りょうはコクリと頷いて一枚の白布をテーブルに置いた。


「このハギレを前垂れに縫い繋げ、胸の部分まで隠れるようにしなされ。そして上部に二本の紐を取り付け、首の後ろで結ぶようにするのじゃ」

「そ、それに何の意味が?」

「これは男の気持ちに変化をもたらす一品じゃ」

「え!?」

「名付けて"裸前垂れェエェ"」

「裸…前垂れ……せ、先生!裸ってまさか……」

「そうじゃ。裸前垂れを着用する際は必ず裸でなくてはならない」

「そ、それ、それは……」

「出来ぬのなら、旦那はこれまでと同じじゃ」


ギュッとハギレを握り締めて、女はしばらく黙り込むと、フゥゥと息を吐いて顔を上げた。


「やります!!」

「うむ」

「やり遂げてみせます!」

「うむ」


女は立ち上がる。

その目は闘志に燃えていた。


「先生!ありがとうございます!この箕輪ハルコ、女として一世一代の花を咲かせてみせましょう!!」

「次の者ー」



◇◇◇◇◇◇◇



「おりょう!起きちょるか!?」


坂本は蔵の扉を開けるなり大声で叫んだ。


りょうは蔵の二階で就寝していたのだが、あまりの怒声に飛び起きた。


「おりょう!」


階段を登る音。

りょうはゾッとした。何故なら『おりょう』と呼ばれたことに、である。


いくらなんでもあり得ない。

『おりょう』とは、つまりあの"楢崎龍"ではないか。


「起きちょったなら返事せんか」

「坂本君。ちょっと聞きたいことがあるんやけど」

「なんじゃ」

「恋人とか、おる?」

「なっ…」

「おらんな。わかった」


まだ楢崎龍とは出会っていないようである。しかしこの呼び名は背筋が寒くなる。まるで自分が楢崎龍になった気分だ。


「"おりょう"って言うのやめてくれへん?せめて"りょうちゃん"とか」

「そがいなことはどーでもええがじゃき、ちぃと屋敷の方に来るぜよ。みんな集まっちょるき」

「何かあったん?」

「大有りじゃ」


坂本はひょいとりょうを担ぎ上げ、軽快な足取りで階段を下りる。開け放たれた扉の向こうは、まだ明朝だというのに明るく照らされていた。


屋敷の広間に入ると既に皆が揃っていて、山田がお茶の用意をしている。陸奥も淀屋も神妙な顔で座っていた。


「何があったん?」


りょうは皆を見渡しながら問うと、陸奥が口を開いた。


「長州が攘夷を決行したと、たった今、勝先生が二条城に向かいました」

「……!」

「それと、姉小路公知公が……暗殺されたらしいのです」

「え…なんで?」

「何でも近頃の姉小路公は、長州などを遠ざけ、攘夷論から一転させる言動が見られるようになったと。おそらくそれが原因で攘夷派組織から狙われたという見方が有力です」


思わず目を見開いた。

あの巡視の時に会った公卿が殺害されたのは、りょうにとって予想外であった。無論史実通りだったなのかはわからない。だが彼の思想そのものに変化を与えたとしたのなら、その原因は勝、そしてりょうであるかもしれなかった。


「同じ仲間のように見えても、真の狙いが違う人間とは根本が違うんかな」

「どがいな意味じゃ?」

「姉小路は、倒幕までは考えてなかったってことちがう?ただ外国勢を追い払いたいだけとか」

「りょう」

「ん?」


りょうは坂本へと振り返った。


「実はの、高杉君から文が届いたんじゃ。長州藩はアメリカ商船だけじゃなくフランス軍艦にも砲撃したっちゅう話じゃ。あの海峡は二国に限らず外国船が頻繁に往来しちょるき、おそらくまだ続くじゃろう」

「威勢がええのは立派やけど時期尚早やわ。今直ぐやめさせな壊滅やね」

「いうても、長州藩は剛毅な奴が多いっちゃ。止めても素直に聞くもんはおらんじゃろう」

「むしろ砲撃された外国船が反撃出来ず逃げ出したみたいで、長州藩では盛り上がっているようですよ」

「玄瑞先生やな…」


揺らぐ藩内をを一つにしようという狙いと共に、幕府を窮地に立たせようと攘夷決行したのだろう。どちらにせよ今回の件で逃走した外国船を見て、再び藩内が盛り上がり、民衆らの士気をも上がってしまった。



「さすが空気を読めない男"久坂玄瑞"…」


りょうはギリリと奥歯を噛み締めた。

あの男は一回死なないとわからないのかもしれない、とまで考えが及ぶ。しかしーーーーーー


りょうは頭を振って溜め息を吐くと、隅の方で縮こまっていた山田に声をかけた。


「朝ごはん作って」

「は、はい!」


◇◇◇◇◇◇◇◇



木津屋橋通・後藤家



「ちょいとお邪魔するぜ」

「へ、へい。お侍さんが何用で?」

「テメエはここの店主か?」

「いえ旦那様は今、中の方に」

「呼べ」

「え?」

「呼べと言ってるんだ!」


男は鞘こそ抜かなかったが、大振りの刀で脇に置いてあった桶を一振りした。


「さっさと連れてこねえと、ここいらのもん全部ぶち壊すぞ!」


「ひぃい!!」と慌てて中へ入っていった男は、後藤家の番頭である。途中何度もすっ転げながら、何とか善治郎のいる居間まで辿り着いた。


「だ、旦那様!!」


がらりと襖を開けると、善治郎は帳面を片手に訝しげに眉を顰める。


「どうしたんや。お前らしくない」

「た、た、た、大変です!狼藉者が!」

「狼藉者?」

「店主を出せえ言うて、直ぐに呼ばなこの店破壊する言うとるんです!」


善治郎は帳面を置いた。

気付けば襖の入り口に屋敷中の使用人が集まり、不安そうに身を寄せ合っている。


「お前らは危ないから奥におり」

「だ、旦那様っ…若旦那様をお呼びしましょうか?」


古株の女中に、善治郎が首を振った。


「喜一郎はハツと寺に行っとる」

「そしたらウチが呼びに…」

「あかん。あれは大事な跡取りや。なんかあったら後藤家もおしまいや」


善治郎は番頭の肩を掴んだ。


「気付かれんように、誰か奉行所に走らせといてくれ。御役人が来るまで何とか時間稼ぐ」

「わ、わかりました!」


善治郎はゆっくり立ち上がった。とその時、足を持つらせた。直ぐ様女中が身体を支え、またもう一人が羽織りを肩にかける。


「歳はとりなくないもんや」


善治郎は笑って誤魔化すが、彼女らは知っている。


ひとり娘が亡くなってから、この家は何もかも変わってしまった。以前と比べれば幾分マシにはなったものの、善治郎もハツもめっきり老け込んでしまい、特に善治郎に至っては身体にも変化が訪れ、全く床から出てこない日もあるのだ。


「大丈夫や」


善治郎は彼女らを振り切り、気合いを入れるように一歩一歩踏みしめて廊下を歩く。


「店主はまだか!!」


男の怒声に何故か冷静になった。


「これはこれはお侍さん。我が屋に何ぞ用がおありで?」


暖簾をくぐって顔を出すと、そこにいたのは男五人。


「お前が店主か?」

「へい。後藤善治郎と申します」


お侍さんとは言ったものの、身なりを見ればただの浪人のようである。もちろんおくびにも出さないが。



「儂は会津藩お預かりの壬生浪士組局長、芹沢鴨だ」





本日はここまで

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[気になる点] 芹沢鴨、その店に危害を加えたら オトンが死んだら新撰組終わったかも…
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