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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第二章
125/139

120

人によっては少々微不快



「お侍さん、別の家と間違えとるんやないかしら」


静は首を傾げて言った。


「ここに"怜"って名前の子はおれへんわ」

「ほうか?確かにここじゃと聞いたんやが」


りょうはチッと舌打ちしつつ、静に向き直った。


「おばちゃん大丈夫や。"怜"は私の知り合いやから、今から連れていくわ」

「そうなんやね。ほんならウチ帰るわ。何か困ったことあったら、いつでも言うてや」

「うん。おばちゃんおおきに」


静が立ち去ると、坂本はマジマジとりょうは見た。声で気付いてようである。


「だるまじゃ…」

「誰がだるまや」

「……まこと、怜か?」

「今は"りょう"やよ」

「りょう……」

「ていうか、前の名前はぜーったい口に出さんといて」

「あ、そうじゃの。すまん。ーーしかしまあ随分と」


様々な角度からりょうを見る坂本。

どう見てもだるまそのものにしか見えなかった。


「お、随分片付いたな」


坂本の後ろからひょっこり現れたのは勝海舟である。その背後には台車を引く山田と淀屋、そして男が続いた。


「キョキョ」

「うわ」


すかさず男に飛びかかる鈴木氏。

怪しい奴か否か点検しているようである。


「今日からお前の用心棒、いや、食客、……まあどうでもいいや。兎に角そういうこった」


勝の簡単な説明にりょうは半目になった。


「某は陸奥陽之助と申します」

「陸奥ぅぅ?陸奥ってまさか…」


りょうは耳を疑った。

陸奥と言えば陸奥宗光。あの不平等条約に尽力し、その手腕や性分から「カミソリ大臣」とも呼ばれた明治の外交官である。


「なんじゃ?おんしら知り合いか?」

「いえ。某は初対面ですが」

「ああ…ごめん。人違い」


深い溜め息をついたりょう。

夢の一人暮らしだとほくそ笑んでいただけに、その落胆もひとしおである。


「上様がお前を一人にさせるわけがないだろう」


勝は含み笑いをしながら、りょうの肩を叩いた。もちろん特に驚きもしない。何者かに狙われるであろうことは想定済みであった。


だが、りょうから言わせればそれは杞憂に終わるだろう。何せりょうの周りは夜鷹率いる鳥集団が控えており、不審者が近付こうものなら一斉にアラーム(鳴き声)が鳴り響くのである。(ちなみにひまちゃんは家茂にベッタリだ)


「れ、…りょうさん!お元気そうで!」

「山田君。あんたまた太ったんやない?ええ加減にしとかな死ぬよ」

「え」


りょうにだけは言われたくないと思った。


「淀屋ァァァア!」

「ハィイィイ!!」


因みに山田と淀屋はりょうが()であることを知っている。前述通り坂本が生麦の調査をした折に行動を共にしていたからである。むろん勝に口止めされているため、素性などは明かしていない。


「その荷物はなに?」

「ああ…こ、これは勝先生に頼まれたんや」


台車に積まれた荷物は、何やら難しそうな本が山積みになっていた。


「りょう。この書物は俺が十の頃読んだ貴重な本だ。もし読みたければ俺の書斎から持って行っても構わない」

「……俺の書斎?」


勝は満面の笑みで一番日当たりの良い庭に面した部屋を指差した。


コイツ……ここで一緒に暮らす気だと思った。

まあそれは仕方ないっちゃ仕方ない。しかしどうやら坂本や他の面々も居座るようで、りょうの顔はみるみる内に般若と化していった。



◇◇◇◇◇◇◇



京・長州藩邸


「姉小路が寝返った?」

「まだ噂に過ぎん」


久坂は腕を組んだまま身動ぎせずに答えた。寺島はギリリと歯を食いしばり、拳を手のひらに打ち付ける。


「勝とかいう親子が原因だ!」

「騒ぐな。寺島」


久坂は一喝した。


近頃長州藩は不運続きに見舞われていた。というのも、神戸村の一件が露呈するに至って、攘夷決行で一致していた藩内に亀裂が生じ始めていたのだ。


「思ったよりも早過ぎる」


久坂は寺島から報告を受けた直後、こうなるのを恐れて早急に手を打ったつもりであった。実際勝や小姓の話は、久坂すら感心するほどよく見抜いており、それに同調する者共が増えてもおかしくはない。


ゆえに将軍の懐刀と言われる小姓の罷免を特に訴えたのも話が広まるのを避け、早期に沈静化させる為の手だったのだ。


しかし噂というものは、火事のようにあっという間に広がり、次々と人々を飲み込んでいく。そのまま消えて煙の如く立ち消えてくれれば良いが、いつまでも燻り続けるのは得策ではないのだ。


「ならばこちらも予定を変更し、早期に()を進めよう」


久坂は自信ありげに笑みを浮かべた。




◇◇◇◇◇◇◇



「しかし立派な屋敷じゃ。庭もちんまいけどよう手入れされちょる」

「あの木は、何の木でしょうかね。文献でも見たことがありません」


陸奥の視線の先には中ぶりの木が立っていた。

春だというのにまるで秋のように紅葉がかった美しい木である。ところどころに水色や黄緑色の葉が揺れ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「陸奥君にわからんことは俺らにもわからんぜよ」

「おいお前さん達、さっさと俺の本を運んでくれ」

「勝先生、こっちの荷物は何処に運びますか?」

「それはーーーーー」


そういえば史実では神戸海軍操練所の発足で、坂本は塾頭になるはずである。陸奥まではりょうの知るところではないが、おそらく彼も入所するに違いない。となれば操練所が出来るまでの間、この屋敷で同居するということになる。


「山田は料理担当じゃ。コイツの作るもんはなかなか美味いぜよ」

「あっそ。ふーん」


りょうは踵を返した。


「ほんなら頑張って自分らの部屋の掃除済ませるようにな。私部屋はあの蔵やから。許可なく入らないように」

「お、おい!何処に行くんじゃ!」

「生活必需品を買いに行く」

「待て待て!俺も行く」



りょうは坂本を無視して門をくぐり抜けた。その瞬間、庭先に立つ色とりどりの木がザワリと揺れる。


「なっ…!?」


唖然とした男四名。

さもあろう。花の咲き乱れる美しい木だと思っていたそれが、一枚の葉も持たない裸木になったのだから。


りょうを追いかける色とりどりの鳥達。


「鳥の集団…だったのか…」



またの名をチーム"SUZUKI"



◇◇◇◇◇◇◇



市中



「ところでおまん、この前長州に喧嘩売ったらしいのう」

「上様に無礼なこと言うたからね」

「あんまり目立つことするなっちゃ」

「坂本君も気づかんかったし大丈夫やろ」

「気付く気付かんの問題じゃないき」


坂本が心配するのは尤もである。

"後藤怜"の件が無かったとしても、目をつけられたら命を狙われる可能性もなくはない。


「坂本君も気をつけなあかんよ」

「俺は大丈夫じゃ」

「長州と付き合いしとるの?」

「ほりゃあ、高杉君とはたまに連絡取り合っちょる」

「ふうん」

「そうじゃ。高杉君が長州に帰る前にええもんくれたんじゃ」

「どうせ銃やろ」

「知っちょったか」

「私も貰ったし」

「なんちゅう気前のええ男じゃ」


坂本は感心したように何度も肯いた。


「それにしても最近良からぬ噂が飛び交っとる」

「噂?」


りょうが聞き返すと、坂本は小声で言った。


「長州が攘夷決行するっちゅう噂じゃ」

「はあ?まさかそれはないやろ」

「向こうは焦っちょるき。幕府が政権を返上するやらせんやらで揉めちょるじゃろ」

「あー…」


政権を一旦返上し改めて委任を得ることで、攘夷回避を目指している幕閣。そうなれば急進派を抑制出来る。それを見越して先に()()仕掛けてくる可能性は十分あり得た。


「久坂君もなかなか切れる男じゃ」

「ちッ。烏合の衆め」


過激派組織にどっぷり浸かってしまっている久坂の周辺には、長州藩士以外にも元祖過激派とも言うべき水戸藩、土佐勤王党、そして急進派公卿など、悉くそれらに固められている。一筋縄ではいかない面々ばかりで幕府にとって脅威であることに違いない。


「にしてもどこに行くつもりじゃ

「ハギレ屋さんと八百屋さん」

「ハギレ?」

「仕事で使うねん」

「仕事?……ハギレで着物でも作るっちゅうことか?」

「ハギレの着物ってただのお古やん」

「ほんなら何に使うんじゃ」

「それは、後のお楽しみやよ」


りょうの締まりのない顔にまた良からぬことを企んでいるんじゃないかと坂本は思った。


「あ!あった!」


りょうは八百屋を発見して走り出した。坂本は慌ててその後を追う。


「おっちゃん、梅ちょうだい」

「へい」


りょうは一盛三十文の青梅を購入すると再び歩き出す。坂本は怪訝な顔で首を捻った。


「梅干しでも作るんか?」

「変装に必要なんよ」

「変装?」

「だって女の子ってバレたらまずいし」


坂本はあんぐり口を開いたまま目を丸くさせた。


「へ、変装っておまんまさかソレ…」

「キン◯マや」

「!」

「前は金柑やったんやけど、もう春やから実がないねん」

「!」


前からしちょったんか!と驚きつつ、ちょっとばかり想像して頬を赤く染める坂本龍馬。どのようにくっ付けるのか少々気になった。


「それより、顔隠した方がええんやない?一応脱藩者やろ?藩の人間に見られたら牢屋行きちがうん?」

「堂々と歩けん京は俺の京やないぜよ」

「……もっともらしいこと言うてるつもりやろうけど、全く意味分からんから」




◇◇◇◇◇◇◇



壬生寺


「平助、どこへ行くんだ」

「あ、土方さん。あの、ちょっと野暮用で」

「今日は皆で島原へ行くんだが、お前行かないのか?」

「う、うん。今日はどうしても外せなくて」


挙動不審の藤堂に、土方は心配そうに覗き込む。


「……そうか。お前のお目当ての女もいるってえのに」


その一言に藤堂の涙腺が崩壊した。


「……えぐっ…っ」

「泣くぐらいなら来たらどうなんだ」


呆れる土方であったが、藤堂はそれを振り切って走り出した。


「駄目なんだ!今日はどうしても駄目なんだーーー!うあぁあぁぁん!」


瞬く間に見えなくなった藤堂。

土方は唖然としつつ、一人の男を呼んだ。


「あいつ、なんかあったのか?」


引き締まった体躯が物語るように、山崎烝は高い木の上からひらりと舞い降りた。


「さあ……追いましょうか?」


額にかかる黒髪の隙間から、やや垂れ目の柔和な瞳が覗いていた。顔だけならどこから見ても優男である。


「頼む」

「承知」


音もなく消えた男に土方は苦笑する。

まるで猫のようにしなやかで、時々人間ではないんじゃないかと思うほどだ。


「山崎さん早えー」

「総司っ、お前いたのか!」

「ずっといたけど」

「!」


敵に回せば厄介な男達であることは間違いなかった。





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