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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
11/139

011


土佐を案内するとは言われたが、怜は迷っていた。

何せあの坂本龍馬である。怜の要らぬ一言が未来を変えてしまうかもしれないのだ。いや、一緒にいればいるほど坂本という男に情が移ってしまいそうで、何よりそれが悩みの種であった。


「あれ競売(セリ)ちゃうん?」


港の横手にある建物から男達の飛び交う声が聞こえた。


「そうじゃ。土佐は黒潮のおかげで魚には恵まれちょる」

「どうせ鰹だけやろ?」

「アホウ。金目鯛やら鯖やら、なーんでも取り放題やき」

「今頃乙女姉さんが腕によりをかけて用意してくれてますよ」


しばらくぶりに帰郷した弟の為に、ご馳走を用意していると聞いた坂本は嬉しそうな表情だった。怜は「しめた」と思い、口を開く。


「ほんなら家族水入らずで積もる話もあるやろ。私は船が出航するまでここで時間潰すから気にせんと帰って」

「残念やが出航は明日じゃ」


坂本はニヤリと怜を見て言う。怜の頭はハテナだらけだった。


「なんで?だって夕方って」

「今日は嵐が来るんじゃ。船は出せん」

「嘘や!あんなに綺麗な空やのに」

「嵐の前の静けさじゃ。大きいのがくるど」


ぐるりと空を見上げた坂本は「もしかしたら明日も出せんかもしれんの」と言うと、サッサと歩き出す。

怜は後ろを振り返った。


「なあ山田君、ホンマ?」

「みたいです。さっき話し合いで予定変更になったんで」


怜はガックリ肩を落とした。とはいえ、予定通りに着く方が珍しいのだ。海はいつ天候が変わるかわからない。気象衛星のない時代では、永年の経験や勘でことの大事を取るのは当然である。


「ほら怜、早よう来い」


手招きする坂本にイラッとしながらも、怜はポジティブに考えた。


(まあえーわ。宿代浮いたし)


「はあい!」


”口にはチャック”と何度か言い聞かせ、怜は小走りに後を追いかけたのだった。



◇◇◇◇◇◇◇


「帰ったぞー!」


坂本家は、怜の実家と変わらぬ大きな家であった。門を抜けると女中が数人出迎え、坂本に慰労の言葉をかける。そして「龍馬!」と野太い声がしたと思ったら、開け放たれた間口からのそりと女装した男が現れた。


「姉ちゃん!元気しちょったか!」

「!!」(女やったんか!!)


こんな大女を見たのは初めてだった。身長は坂本より1、2センチ低いが170センチは軽く超える背丈だ。しかも横にもあるので余計に大きく見える。


「ほえ〜」

「僕と見比べるのやめませんか?」


山田が小さく呟いた。

そしてその後にひょろりとした気難しい顔の男がやってきた。この男が坂本家当主坂本権平である。坂本とは二十一歳の歳差があり、父としてもおかしくない年齢だ。事実この二人が、坂本の父代わり母代わりとして坂本を育て上げたのだった。


「兄貴も元気そうじゃの。ちっくと髪薄なったか?」

「馬鹿な弟を持つと気苦労が絶えんのじゃ」


二人はニッと歯を見せ合った。


「ほんでいつの間に子をもうけたんじゃ」


権平は怜をちらりと見て言った。


「コレは親友じゃ」

「親友?」

「”後藤怜”言います。宜しゅうお世話になります」

「ほう。めんこい上に礼儀もなっちょるのう」


感心する権平に対し、坂本の眉間に皺が寄る。

「しおらしいのは似合わんの、、、」と呟いた瞬間脇腹に拳がめり込んだ。



◇◇◇◇◇◇◇



坂本家は朝っぱらから宴会場と化していた。次から次へと訪問客が絶えずやって来るのだ。中には聞いたことのある名前の人もいたが、怜は憮然と素知らぬふりを貫き、散々料理を食べ尽くした後、ふらりと外に出て行った。


「酒禁止とはな。つまらん」

「昨日散々飲んだじゃないですか」

「山田君。昨日は昨日、今日は今日や。座布団没収な?」

「、、、」

「青物市場ないんかなー」

「あんまり遠くは駄目ですよ。僕もまだ道覚えてないんで」

「大丈夫や。もう頭の中にインプットしたから」

「いんぷっと?」

「覚えたっちゅーことや」


空はどんより厚い雲に覆われている。だが、まだ雨は降っていない。風は朝より強くなってはいるものの、心地良い夏の風といった程であった。取り敢えず嵐が本格的になる前に、何とか辿り着きたいと思っていた怜であったが、人々に聞き回った結果、着いた先はあの手結港で、魚市場の隣りだったというオチであった。


「山田君。西瓜探しや。手分けして探すで。アンタはあっちな?」

「わかりました」

「半刻後にここで集合や。わかったな?」

「わかりました」


すっかり下僕扱いをされている山田である。怜はそれを見送り、スタスタと歩いて五十代ほどの男性の元へ行くと、子どもらしく話しかけた。


「おじちゃんこんにちは」

「おう!、、、なんじゃ坊主。迷子け?」

「ちゃうねん。ちょっと聞きたいんやけど、西瓜って置いとる?」

「西瓜?西瓜なぁ。この辺りには無いな。前は置いちょったんじゃが、売れんでのう。なんじゃ坊主は西瓜が好きなんか?」

「うん。けどやっぱり無いんやな」

「西瓜なんぞ上手ないじゃろ。それより文旦じゃ」


男は積み上げられた文旦の山から、

一つそれを取って怜に手渡した。


「土佐の文旦は上手いぞぅ?坊主に一個やる」

「こんな大きいの、いいん?」

「特別じゃが。けんど誰にも秘密ぞ?」

「おおきに!やっぱり土佐の男は日本一や!祇園のお姉ちゃんらが言うた通りや」

「何!?ぎ、祇園?祇園て京のアレか?坊主は京から来たんか?」


怜はうんと頷き、にこりと笑う。


「土佐男は海のように心が広うて、優しさと強さを兼ね添えた最高の男ばっかりやって京では評判や」

「そそそうか。太夫がそんなことを言うちょったんか」


(太夫?さてはおっさん通とったな?)


「おまん!これも持っていけ!あとコレもやる!」

「そんなに持って帰られへんわ。悪いけど上街本町の坂本家に届けといて」

「よっしゃ!任せとけ!」


(”単純”も加えとかなあかんな)


男と手を振って別れた後、一通り市場を探索した怜は、元の場所に戻り山田と合流した。結局西瓜は無かったが、期待はしていなかったので大きなショックもなかった。その後、商船の様子を見に港へ向かう途中、淀屋に遭遇した。


「淀屋!」

「うわぁ!」

「なんや化け物でも見た顔やな」

「な、なんや。何か用か?」

「何ビビってるん。まあええわ。それより明日出航出来そうなん?」

「あー、そのことやけど、大風(おおかぜ)がきとるみたいやから通り過ぎるまで出航は延期や。しばらく坂本はんとこでご厄介になるわ」


大風とは台風のことである。

淀屋は慣れているのか、何でもない風に肩をすくめた。


「こんなに早い時期にくるとは思てなかったけどな」

「あんたがポセイドンと間違えて気色悪い人形置いとったから海が怒ったんや」

「な、なんやて?」

「怜さんそれ以上は」


怜は山田に遮られた。


「まあええわ。それよりなんやその荷物」


淀屋の後ろには、荷物を積んだ荷車があり、それを数人の水夫が引いていた。


「土産や。世話になるのに手ぶらじゃ顔が立たんからなあ」

「淀屋にしては気が利くやん」

「怜さん!」


言いたい放題だった。


その後坂本家に戻った怜の前に、坂本が困惑顔で待っていた。見れば庭先の(むしろ)の上に、山のような文旦や柚、様々な果物野菜が積まれている。


「さっき知らん男がおまんに渡しといてくれ言うての、、」

「ああ!もう届いたんやね。さすが土佐人は仕事が早いわ」

「どういうことじゃ」

「しばらく世話になるし、私からのお礼や」

「ガキのくせに義理堅いのう」


全てタダで貰ったとは言わなかった。


「おー、淀屋も来たか。まあ入れ。今日は夜まで宴会やき」

「いつもすんまへんな。これはワシからご当主に」

「淀屋さん、気使わんでよろしいのに」

「いやいや。ここ寄る度にお邪魔させてもろてるさかい」


三人が家の中に入ると、水夫や女中達が荷物を台所へと運んでいく。それを見て、山田も一緒に手伝いにいった。一人になった怜はホッと一息ついて、庭の方へと向かうと縁側へ腰掛ける。


厚い雲は黒々としていて、今にも降り出しそうだ。風もさっきより強くなり、庭先に干してある洗濯物が、バタバタと音を立てて暴れている。と、そこへ一人の(男と言っても七十歳くらいだろうか)老人がやって来た。


「お嬢ちゃんはこの土佐を好いとるか?」


突然の問いに少々驚いたものの「ジジィ」というのはこういう生き物だと怜にはわかっていた。


だいたい老人は二種類に分類されるのだ。一つは”頑固ジジィ”である。自分が一番正しいと思っており、口癖は「今時の若いもんは」だ。自分の若い頃の武勇伝を延々語りつつ、まるで数々の修羅場をくぐり抜けた英雄のごとく自慢話をするのだ。(ちなみに内容は大したことではない)また厄介なことにこういうタイプは、うっとおしいくらい何度も同じことを語り、次に聞いた時は脚色を付けて話しやがるので、嘘丸出しの大ボラ吹きという三重苦といった有様である。


そしてもう一つは悟りを開いた”仙人”のような老人だ。聞き上手でいつも笑みを浮かべているタイプだ。笑い方は「フォッフォッフォッ」で、見たところ怜の前に現れた老人は紛れもなく後者であった。


「嫌いやないな。みんなええ人っぽいし」

「うむ。わしもそう思うフォッフォッフォッ」

「坂本君の知り合い?」

「まあの。ちっさい頃から知っとる」

「呼んでこよか?」

「いんや、もう大風がくるき戻らにゃならん」


老人は藁筵(わらむしろ)で包まれた鰹を前に突き出した。


「これは?」

「おまんにやる」

「そやけど」

「新鮮な採れたての鰹じゃ。生で食べるのが一番美味いぞ?」

「ほんなら有難く貰うわ。おおきに」


断るのも申し訳なく思い、怜はそれを受け止った。老人は満足そうに頷いて、来た道を帰っていく。その後ろ姿に何となく見覚えがあったものの、結局思い出すことは出来なかった。


(生の鰹か。そう言えばまだ食べてないな)


さっきの料理の中にも刺身は無く、煮魚や焼き魚ばかりだったのを思い出した。「なんでやろ」と頭を傾げた怜であったが、その理由は直ぐに判明した。



「刺身禁止?」

「ほうじゃ。鰹は傷みやすいからの。昔は食中毒でようさん人が亡くなったんじゃ」


それは、初代藩主山内一豊が出したお触れによって禁止されていたからだった。


「そんなアホな。一豊って二百年前の人やん」

「まあの。けんど死者が出るよりはマシじゃ」

「それを坂本君が言う!?きまりって破る為にあるんちゃうん?」

「おんし、俺に喧嘩売っちょるやろ?」


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