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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
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「お兄さんありがと~」

「どういたしまして」


二人はお面を付けて歩き出した。

まさか本当に奢ってくれるとは思わなかった怜だったが、ふと思いついて「いや待てよ」と立ち止まる。


「お兄さん人攫いなん?」

「そんな風に見える?」

「だって初対面の子供に奢るなんて、悪いこと考えとるとしか思われへんもん」

「んー。まあそうだね。だけど、さすがに公衆の面前でそんなことはしないよ」

「ほんなら何で奢ってくれたん?」

「僕のお金じゃないからだよ」

「ふうん。それやったらええけど」


良くはない。何故なら土方からくすねたお金だ。(本人は気付いていないが)


怜は狐面越しに微笑みかけた。


「お兄さんって見かけは冷酷で神経質そうやのに意外と優しいんやね」

「君も頭悪くて生意気そうなのに、一応"御礼"は言えるんだね」

「まあたかが十文如きのお面でデカイ顔されたらたまったもんじゃないけど。しかも自分のお金ちゃうし」

「君みたいな可愛くない女の子は初めてだよ。良かった。僕の妹じゃなくて」

「私もお兄さんみたいな兄がおらんで良かった」

「なんだか僕達気が合うね!」

「うん!」


おかしな二人に周囲は距離を取っていた。そこだけ黒いオーラが漂っている気がしないでもない。加えて当の本人達は喧嘩腰でもなく、淡々と嫌味の応酬をしているものだから、尚更不気味だっだ。


「ところで君、一人で来たの?」

「まさか。お兄さんみたいに"ぼっち"じゃないし」

「友達とかいない子供だと思ってた。だって僕なら君みたいな友達いらないもん」

「私もさすがに親子ほど歳離れた友達なんかいらんけどー」

「僕はまだ十八だよ?」

「えー。二十八くらいやと思ってたー」

「そんなに落ち着いて見えるのかな。まあよく言われるけどね」

「老けて見えるだけやよ?」

「大人の男ってやつかー」

「脳みそは子供やけどね」

「脳みそと言えばホラあそこ見てごらん。味噌田楽があるよ?」

「食べたいー」

「じゃあ行こっか!」

「うん!」


とその時、「キョキョーーーー!」聞いたことのある鳴き声が聞こえた。


「鈴木君!??」



怜の頭上を旋回する夜鷹。

次の瞬間ふわりと頭に舞い降りた。


「キョキョーーン!!」

「鈴木君!!」


あの日以来の久しぶりの再会である。


「江戸におったん!?」

「キョキョー」

「心配しとったんよ?肥後にもおらんかったし…」


怜はお面を取って上に手を伸ばすと、ギュウゥと抱きしめた。


「でも良かった……」


ジワリと涙が溢れた。

約二か月前の肥後で起きた出来事。目の前に倒れた夜鷹に、羽毛が風に揺れ、ピクリともしないあの姿に、本当に死んでしまったのかと思った。高杉から聞いて安堵したものの、いつも頭の片隅には鈴木君がいたのだ。


上海より帰国し、肥後に行けば会えると思っていたが、鈴木君の姿は無かった。その時、佐藤君から「小松と旅立った」と涙ながらに説明されたが、東郷によれば、京で別れたというではないか。おそらく怜の家にいるのだろうと考えていただけに、まさか江戸にいるとは思ってもみなかった。


「ねえ、まさかこの鳥って君の鳥なの?」

「この子は鈴木君やよ」

「へえ~そうだったんだ」


とそこへ土方と東郷が合流した。


「勝手に行っちゃ駄目だよ。随分探したんだよ!」

「こんなところにいたのか」

「五郎君!鈴木君が来てくれた!」

「うん。僕もさっき会ったんだ。この方が鈴木君を助けてくれたらしいよ」


鈴木君は今までのアレコレを説明した。よほど辛い旅路だったのだろう。「ョョョ」と泣き崩れる場面では、さすがの怜も涙した。蛞蝓の話に至っては、思わずキッと土方を睨み付けたが、鈴木君が彼の顔に噴出したと聞いて、何とか怒りが収まった。


「鈴木君を助けてくれてありがとう」


怜は土方に向き直った。

なかなかのイケメンだが、この顔どこかで見たような気がする。

行商人らしい出で立ちを見れば、以前会ったことがあるのかもしれない。しかし深く考えるのをやめた。今は鈴木君との再会の喜びで頭が働かなかったのだ。


「いや。コイツとは前にも会ったことがあるからな」


土方は微笑を浮かべた。


「良かったな。飼い主に会えて」

「キョキョー」

「色々迷惑をおかけして申し訳ありません。本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」


東郷は深々と頭を下げた。


「困った時はお互い様だ。気にするな」

「礼儀正しい子供だね」

「私の弟子なんよ」

「奇遇だね。実はこの人は僕の弟子なんだ」

「嘘をつくな。ほら俺らもそろそろ帰るぞ」


土方は沖田の腕を掴んだ。


「じゃあ僕達は両親が待っていますので失礼します」

「ああ。気をつけてな」


東郷と怜はぺこりと頭を下げ、踵を返した。もう二度と会うことはないだろうと、この場にいる誰もがそう思っている。


しかし、怜は気になった。

世の中に変わった人間は何処にでもいる。そしてその大半は名のある人物だったりする。もしかしたら、この男も歴史上の人物なのかもしれない。


そう思い付いた瞬間、怜は振り返った。


「お兄さん」

「ん?」

「名前何て言うの?」


沖田は驚いた顔をした。

子供が自分に興味を示したことに、である。だいたい沖田という男は自分から子供に近付くことはけしてない。それは今までの経験上から、自分が敬遠されているのを認識しているからだ。


もちろん沖田自身子供が嫌いというわけではないが、苦手意識は確かにあった。故にそれを隠そうとしても、子供は自然と察知する。彼の微笑の裏の底知れぬ"闇"を、本能的に感じてしまうのだ。だからこそ、誰も彼に近付こうとはしなかった。


しかしこの少女は、今まであった子供達と全く違う。全く自分を恐れていないどころか、楽しんでいる風にも見える。会った瞬間から感じた違和感に、沖田は少し警戒した。



「……稲江しお」

「"しお"か。変わった名前やね」

「君の名前は?」

「私は島田モド子」

「………へえ」


二人はにっこり微笑み合った。

ただ、二人とも全く目が笑っていない。


「ふっふっふ…」

「くっくっく…」

「キョッキョッキョ…」


不穏な空気に気付いた土方と東郷は顔を引きつらせた。東郷はどうしたものかと思案しながら、ふと土方を見る。土方は目で「行け」と合図し、互いに頷き合った。



「じゃあなっ」

「は、はいっ」




◇◇◇◇◇◇◇


余談



「"稲江しお"やって。カッコつけやがって」

「だ、駄目だよそんなこと言ったら。良い人だったじゃないか」

「騙されたらあかんよ。あの男は頭おかしい」

「な、なんで?」

「"稲江しお"を逆さに読んだら何になる?」

「稲江…しお…いなえしお……おし……"おしえない"……!?"教えない"!??」

「な?頭おかしいやろ?」



一方



「何が島田モド子だよ」

「子供相手に何ムキになってんだ」

「あの子供は頭がおかしい」

「はあ?」

「島田モド子を逆に読んでごらんよ」

「島田モド子……しまだもどこ…こど……こどもだま…!?"子供騙し"!!?」

「ね?絶対あの子おかしいよね?」



おそらくどっちもどっちである。




◇◇◇◇◇◇◇




梅雨が明け、日に日に暑さが増してきた頃、怜は三田(港区)にある薩摩藩邸上屋敷に来ていた。約22000坪の敷地。東京ドームの1.5倍ほどである。


ぱかぽこと音を鳴らすのはロバ。ロバの頭の上には夜鷹が寝そべり、背には小さな子供が座っている。そのロバの手綱を引くのは見目麗しい少年だった。


「立派な門やねえ」


大門の両脇には屈強な男が槍を持って立っている。まるで浅草の風神雷神像のようだ。


「お疲れ様です」


東郷は二人に頭を下げ、中へと怜達を引き入れた。




さて何故怜が薩摩藩邸に来たかというと、東郷に誘われてというわけでは無く、小松から文が届いたからである。 文には以前約束した八両という大金を支払う旨が書かれており、早速やって来たのだ。


ニマニマと笑みがこぼれるのは仕方ない。何せ八両だ。少々ぶっかけすぎたと思わないでもなかっただけに、"了承"の文字を見た時は、思わず小栗家の中心で(小松への)愛を叫んだ。


とその時、遠くから土煙を上げながら一人の男が駆けてきた。


「お嬢ォォオォ!!!」


中村半次郎である。


「おやおや」


中村はロバの足元に跪き、感極まった風に涙声で口上を述べた。


「我が藩邸に足を運んで頂き、恐悦至極にございまする!」

「元気そうやね」

「元気だけが取り柄にございまする!」

「ぼーちゃん。この人は中村半次郎。私の弟子やよ」

「ヒー…」

「そ、そんな……っ」


怜の紹介に中村が滝のような涙を流した。「弟子」と言われたことに感激したようだ。しかし一体"何"の弟子だというのだろう。


「あああありがたき幸せェェ!!」

「な、中村さん…やめてください」


東郷は周囲の冷たい視線に居心地が悪かった。


「あ、そうだ。中村さん。このロバを厩に連れて行ってもらえないでしょうか?」

「何!?拙者が!?」

「ひっ…」


中村はギロリと睨んだ。


「良かったねぼーちゃん。半次郎君が連れて行ってくれるって」

「さあ行きましょうぞ。ぼーちゃん氏」

「ヒー…」


中村は「直ぐにお嬢の元へ向かいます」と言い残し、足早に去っていった。東郷はほっと息をつき、さあ行こうと歩き出す。怜はキョロキョロと周囲を見回しながら付いていった。


藩邸というものは総じて同じような造りである。藩主とその家族の居住である'"御殿"と呼ばれる屋敷が建ち、それを守るように長屋や蔵が並んでいる。ただ上屋敷に住む藩士らは所謂エリートばかりが住んでおり、割り当てられた住居もそれなりの広さであった。例に漏れず小松の屋敷も中々のもので、御殿の直ぐそばに位置している。今日は一日休暇という話だが、怜達が到着した時には客人が数名来ているようだった。


「しばらくお待ちくださいませ」


使用人の女性の案内で奥に通された怜の前に、カップとソーサーが置かれた。怜は目を見開いて中を覗いてみる。


「紅茶か…」

「この前初めて飲んでみたんだけど、美味しかったよ」

「これを出すということは……なるほど。小松君は策士やな」


東郷はギョッとした。


「えっ何か意味があるの?」

「大いにある」


怜はコホンと咳払いをした。


「"紅茶"は"くれない"。茶はお金を表し、それを"出した"ってことは、『お金を出してあげるけど、何か見返りをくれないか』ということやろ」

「考え過ぎだよ!」

「いいや。小松君は底意地が悪いから」


カタリと音がして振り返ると、小松が半眼で見ていた。


「まさか紅茶くらいでそこまで勘繰られるとは思わなかったよ…」


どうやら怜の勘違いのようである。



「これは先日五代から送られてきたんだよ。上海で購入したらしいよ」

「ふーん」

「美味しいかい?」

「うん。なかなかいける」

「殿にも献上したんだけど、良い評価だったよ」


小松は満足そうに微笑んだ。


「ただカップがコーヒー用なのがちょっとね」

「これが?」

「経口が広いカップが紅茶用やよ。特にエゲレス人なんかは外見も気にするというか、ほら、お茶の世界でも茶器にこだわる人おるやろ?」

「ああ確かにそうだね。かの織田信長も武功を挙げた臣下には茶器を与えていたというし」

「昔の茶器は土地とか貨幣とかと同等の価値やったから」


怜はハッと我に返った。


「先に約束のお金ちょうだい」


怜が両手を差し出すと、小松は苦笑した。袖からズシリと重たそうな巾着を取り出し、文机の上に置く。怜はすかさずそれを取って中身を確かめた。


「ひーふー、みー、よー、いつー…むーななーー、八…良し!ちゃんとある!」


怜はギュッと巾着を抱きしめた。


「相変わらずだねぇ君は」

「おおきに小松君!」


小松はやれやれと肩を竦めた後、漸く本題に入るといった感じで姿勢を正す。東郷も思わず背筋を伸ばした。


「ところで、向こうはどうだった?」

「上海?ーーー結構面白かったよ」

「友達が出来たそうだね。小…麗…?」

「……五代め」


結局のところ怜の動向は五代がきっちり報告済みだった。ただ予想範囲内ではあったものの少々気を悪くする。というのも、何故に"後藤怜"という少女についてそこまで知りたいか甚だ疑問だった。無論色々やらかした感は否めないが、些細な出来事まで逐一報告する意味がわからない。


怜はじっと小松を見つめた。


「小松君、何か変わった」

「え、そう?」


小松は内心驚いた。

自分の心の内を隠すのは朝飯前だ。現に今も、怜に対する様々な感情を表に出さないようにしている。それを軽々と察知されてしまったのは、正直予想外だった。


「何か企んどるん?」

「全く……人を悪党のように言うのはやめなさい。ただ、この紅茶について談義したかっただけだよ」

「談義?」

「その小麗という子供の店が茶楼で、そこでは様々な茶葉が扱われていて、あちらでは凄く人気があると聞いてね」


確かに湖心亭には紅茶もあったな、と怜は思い出した。租界地の多い上海では紅茶はとかく人気が高い。しかし高いだけに値段も相当なものだった。当然ながら、日本も紅茶を輸入しているが、まだそこまで浸透していないものの、値段は上海と同等かそれ以上だ。


と、そこまで至った時、怜は「あーー!」と小松を指差した。


「紅茶を栽培する気や!そうやろ?輸入したら高くつくから薩摩で作ろうと思っとるんや!」

「まあ、将来的にはね」


小松は否定せず、軽い調子で頷いた


「五代の意気込みも凄いからね」

「そういえば五代君はどこにおるん?」

「薩摩だよ。我々も三日後には江戸を出て帰国するから、向こうで話を詰めるつもりだ」

「そっかー。日本産紅茶の始まりは薩摩かー」


うんうんと腕組みをしながら怜は感慨深げに頷き、ふと思い出してポンとてを叩いた。


「紅茶と言えば、蒸留酒を一滴か二滴入れたら良い香りがして美味しいんよ」

「へえ!初めて聞いたな」

「前に横浜の商人にも教えてあげたんやけど……」


怜の脳裏にウィリアム・マーシャルが現れる。思わず雄叫びを上げそうになったが、慌てて両手で口を塞いだ。





(生麦事件や…!)



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