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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
1/139

001



どんなにつらいことがあっても

『不幸』と思っちゃいけない。

そんなこと考えてたら人生つまんない。

人はまた生まれ変わる。

だからこの次は、次こそは上手く

やってこうって前向きになるんだ。



そう言い聞かせて生きてきた私の人生。



それ、今終わったっぽい。



渡辺いちこ。享年二十三歳。




◇◇◇◇◇◇◇◇



ぽかぽかの太陽。

瞼はオレンジ色。

その向こうで、憐れみの声がする。


「捨てられたんやなぁ」

「まだ産まれたてやないの。可哀想に」


赤ん坊はぱちりと目を覚ました。


「あ、目ぇ開けよったで」


目の前には四十代後半と思われる男女。

時代劇に出てくる町人のような格好だ。何かの撮影か、はたまた夢か。それを判断するのにしばし時間を要した。


(えーと、確か私、車に跳ねられたような、、、

そうそう!仕事の帰りだった!クッソー!

あの暴走車!今度会ったらタダじゃおかない!

、、、んで、それからどうしたっけ。

んーと、病院に運ばれて、包帯ぐるぐる巻きの私がベッドで寝てて、それからおばあちゃんが来て、それで、、お葬式が、、、

あ?誰の葬式、、、?)


クリアに映し出される場面。

遺影は確かに自分の顔だった。育ての親である祖父母は、特に悲しい様子もなく、淡々とした表情だ。


(、、うん、確かに私の葬式だったわ。亜美ちゃんも里奈ちゃんも泣いてたし、上司も同僚も号泣で、思わずもらい泣きしたっけ、、、)


いちこは両親を知らない。母方の祖母によれば、父親は仕事もせず、毎日酒と博打ばかりのどうしようもない男だったらしい。


家計は火の車。借金だけが増え続け、母親は仕方なく風俗嬢となるが、半年もしない内に父親といちこを置いて店の客と駆け落ちしたという。父親は四方八方探し回るが、自分も借金取りに追われる身。数日でいちこが邪魔になり、祖父母宅の玄関に捨てて行方をくらました。


その後は祖父母に育てられたわけだが、二人はけしていちこを可愛がりはしなかった。いつも汚いものでも見るような扱いだ。そんな状況下でも、友人と仕事にだけは恵まれ、大学を卒業して直ぐに独立し、細々ながらワンルームマンションで気楽な毎日を過ごしていたのだ。


しかしそれも終止符を打った。


(待てよ。ということは、ここは天国?地獄?それとも、、、)


ばちりと二人と目が合った。


「この子泣けへんなぁ。何や難しい顔してウ◯コでもしてるんちゃう?」

「ばーぶー!」(人前でするか!!)


「いちこ」は全力で抗議する。しかしそれは可愛らしい赤ん坊の声にしかならなかった。


「ばぁ、、、ぶ?」


もう一度声を出してみたものの、やはり不可能らしい。「いちこ」は起き上がろうと手を伸ばした。


(あれ?手が小さい。ぷにぷにの赤ん坊みたいな手、、これって、、、)


理解不能というより、自分が赤ん坊だという事実を確認する為、もう一度身体を起こそうとする。しかし頭が重たくて起き上がれなかった。

どうやらまだ首が座っていないらしい。


(まさか生まれ変わった?)


ここで「いちこ」はようやく気付いた。

「渡辺いちこ」の人生が終了し、新たに生を受けたということに。


(早過ぎじゃん?つか生まれ変わってもまた「捨てられる」ってどうよ?)


「奉行所に届ける?」

「ぶー!?」(奉行所!?奉行ってあの?え!?ちょっといつの時代よ!?)

「そやなぁ、軒先に置かれたら商売にならへん。ちょっと行ってくるわ」

「ばー!?」(ちょっと待て!)

「ウチもいくわ。買い物もしたいし」

「ばーぶー!!」(ノオォォ!)


男は軽々と「いちこ」を抱き上げ、奉行所へ向かって歩き出した。



暴れようが泣き喚こうが、赤ん坊の身体ではどうすることも出来ない。ただ成り行きに身を任せるしかないのだ。


「あらあら、寝てしもたわ」

「腹減っとるんやな。見てみぃ、口が動いとる」


「いちこ」は泣き疲れて眠りについた。思いの外、男の腕の中が心地良かったのだ。


(ああ、、ゆりかごみたい、、、)


その後二時間後に目を覚ました「いちこ」は、まだ男に抱っこされたままであった。更にその場所は何故か最初に捨てられていた、この”後藤家”の屋敷内だったのである。奉行所に行ったはずの赤ん坊が何故戻ってきたのか、ザッと説明しよう。



”奉行所”

「そんなこと言われてもねえ」

「ウチらも困っとるんですよ。ほったらかしにするわけにもいきまへんし」

「本当は後藤さんの隠し子じゃないのー?」

「アホ抜かせ!人聞きの悪い!」

「、、、アンタ。やっぱりこの前の女と」

「ち、違う!あいつとは手ェ切った!今は違っ、、あー!!」

「ほらぁ。やっぱりィ」

「ななななにが」

「生んだものの育てられなくて、父親である後藤さんの所に置いてったんでしょう」

「そ、そんなアホな」

「帰るで」

「え?この赤ん坊は」

「アンタの子やったら放り出すわけにもいかんでしょうが。後藤家の恥さらしたないしなぁ」

「理解ある奥様で良かったねぇ」

「うるさいわ!いらん事言いよって」

「アンタァ!!」

「ヘーイ!!今行きやーす!」

このようなわけである。


本当に自分がこの男の子どもなのか「いちこ」もわからない。平成の時代ならDNA鑑定で一発だが、この時代では確かめる術がないのだ。ただ後藤は思い当たるのだろう。無碍な扱いはけしてしなかった。ただやはり妻の目が怖い。「いちこ」を見る「ハツ」の目は憎しみに満ちている。


「な、名前つけなアカンな、、、」

「ウチが付けたる。アンタは”(レイ)”や。わかったな?」

「ばぶ」(了解)

「は、早ッ」


即決だった。


「さあ怜、おいで」


ハツは赤ん坊を抱き上げ、ぎゅっと腕に力を込める。怜は「殺される」と思った。しかし、、、


「ウチ、女の子が欲しかったんや」

「ばぶー」(なんだ、いいヒトじゃん)

「こき使えるし」

「!?」

「怜、ウチの手となり足となあれ」

「ばーぶー!」(いやだー!!)


怜は早速トレーニングを始めることにした。



◇◇◇◇◇◇◇



後藤家はこの京で、代々続く米問屋であった。

怜はその当主、後藤善治郎家三男一女の末娘として生きていくことになったのである。


三人の兄は既に独立しており、長男は敷地内の別宅に妻子と共に居を構え、あとの二人は婿養子となって、次男は播磨、三男は大坂にいるらしい。

日々暮らしていくうちに、この後藤家が、なかなかの裕福だということは、怜にも理解出来た。そしてこの世が平成ではなく、江戸時代だということも。


(生まれ変わるって、普通未来に生まれ変わるんじゃないの?何で過去なんだよ)


しかし文句を言っても始まらない。

この江戸時代でどう生き抜くか、その方が重要なのだ。


退屈な毎日。テレビも携帯もない。クソまずい乳母の乳を強制的に飲まされ、ほぼ寝たきり状態の生活。早く歩きたい。早く外へ出たい。頭の中はそればかりである。


屋敷内の庭しか知らない怜にとって、土塀の向こうは夢の世界なのだ。江戸時代の京の街がどうなっているのか、様々な好奇心に駆られるのは、現代人出身の怜にとって興味深いものに違いはなかった。


「ばぶぅ、、、」


怜はため息をつき、重たい頭を振る。


(あ、首座っとる!)


毎日の努力が身を結んだのだろう。怜は首を上下左右自在に動かし、拳をぎゅっと握り締めた。


(よし!がんばるぞ!)


早速トレーニングを再開する怜。仰向けの状態で、三キロほどの木材を上下に動かしていく。最初は重たかったが今では余裕である。


(次は五キロに挑戦や)


その幼子の様子を、後藤とハツが襖の影から見ていた。


「おいハツ。赤ん坊にあんな重たいもん持たせたらあかんやろ」

「離せへんのや」

「あれ”力”付けてるように見えんか?」

「さすが米問屋の娘や」

「、、、、」


努力家の怜に満足気に頷くハツ。

先行きを心配し、項垂れる善治郎。


「あーうー、あーうー」(いちに、いちに)


こうして赤ん坊はすくすくと成長し、生後半年も過ぎればこの生活にも慣れ、少しずつだが言葉を発することも出来るようになった。まだ歩くまではいかないが、掴まり立ちは可能である。


近頃の怜は足を鍛えるために、寝転んだままの”足振りバタバタトレーニング”を、二百回ほど我が身に課している。

今日も今日とて励んでいると、


「今日の酒は美味いなぁ」


隣りの部屋からそんな声が聞こえて、伶は起き上がった。


(お酒、、、そういえば転生してから一度も飲んでない)


「いちこ」はお酒全般が好きだった。ワイン、ビール、日本酒、何でもイケる口で、一人暮らしの我が家にはビアサーバーがあったほどだ。


「鴻池はんに貰ろたんや。ウチも少し頂くわ」


伶は襖を思いっきり開けて、ハイハイで父の元へ行く。


「ばーぶ!」(私にも!)

「なんやなんや。抱っこか?」

「お酒が欲しいんやろ」


どうやらハツには通じたらしい。


「アホな。んなわけあるか、、」

「ぶぶー!!」(酒をくれ!)

「、、、飲みたいんか?」


父の問いにコクコクと頷いた。


「ぶぶーぅあぶー!」(お願いしやす!)

「アホか!!お前はまだ赤ん坊やろが!」

「ええやないの」

「ハ、ハツ!?」


話のわかる女だ。怜はハツが大好きになった。


「たんとお飲みぃ?」

「あーとー!」(あざす!)


茶わんを手に、ぐびぐびと一気飲みをする赤ん坊。親父顔負けの「ぷはぁ!」をする。


「ええ飲みっぷりや!気に入った!」

「ハツ、、、」


後藤は怜の将来を心配した。

例えば歩けるようになった八ヶ月頃には、一人で厠へ用を足すようになるのだが、ある日、厠からトンテンカンテンと音がして覗いてみれば、右横の木壁に、木材の手摺りを作っていた。何をしているのか聞いてみれば「中に落ちないように」作ったらしい。


ハツは「さすがウチの娘や」と頭を撫でた。


そして一歳でお小遣いを要求し、ケチくさいババアのように貯金に励む。更に三歳になると近所のまとめ役、いわゆるガキ大将となっていた。


ーーーそして五歳。


「そやからな、そんな男やめときって。お春ちゃんにはもっと優しい男が似合うわ」

「そやかて酔うてないあの人は優しいんや」

「酒乱や酒乱。騙されたらあかん。そのうち暴力振るわれるようになるで?」


怜は「お春」という十六歳の近所の八百屋の娘と込み入った話をしていた。それを見た後藤は通りすぎ間にハツの腕を掴む。


「お、おいハツ。怜は何しとるんや」

「ああ。いつものことや」


怜は近所の住人の、身の上相談を受けるようにまでなった。


「まだ五歳やろ!」

「なかなかあれで的得てんねんよ?」

「頭痛なってきたわ」

「薬飲むか?ほれ」

「これが薬?ただの気色悪い汁やないか」

「ああ、怜が作った薬や。結構効くで」

「、、、」


後藤は柱の影で泣いた。


後藤にとっては理解の範囲を超える怜だが、「いちこ」であった頃は、友人や同僚から相談事を受けるなど、日常茶飯事であった。


面倒見が良く、明るく元気な「いちこ」は、同性からも異性からも好かれていたし、信頼もされていた。ただそんな性格だけに、異性からは「友達止まり」の関係で、気になる男が出来てもその先に進むことはなく、彼氏いない歴二十三年を更新中だった。ちなみにけして顔が不細工というわけではない。本人曰く、昭和の歌姫「山口◯恵」系の美人らしい。とはいえ生まれ変わった今では、子供特有の中性的な顔立ちと男勝りの性格が災いし、よほど可愛らしい着物を着用しない限り男児に間違われることがほとんどであった。



「怜ちゃん、遊ぼー」


走ってきたのは後藤喜助。別宅に住む後藤家の長男喜一郎の息子だ。


「あんた直ぐ泣くからいやや」

「泣けへんからー」


怜より三つ年上で、身体ももちろん喜助の方が大きいが、口調と態度は伶の方が数段上だった。


「怜ちゃん。ウチからも頼むわ」

「朱美姉ちゃん」


朱美は喜助の母である。


「朱美姉ちゃんの頼みやったらしゃーないな。喜助行くで」

「うん!」

「二人とも遠くに行ったらあかんよー」

「「はーい!」」


朱美が汚れたおむつを洗ってくれた恩を、怜は忘れたことがなかった。実際には姑ハツに押し付けられただけだったが、そんな事情を知らない怜にとって、朱美は「優しいお姉ちゃん」以外何者でもない。


義理堅い子どもであった。




※基本パラレルワールドの認識でお願いします。

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