1.プロローグ 日常
「ふぉほおおおおお」
痺れた。痺れちゃった。
わたしだってこう、剣と魔法の異世界でイケメンと可愛い女の子に囲まれて…ぶはっ。。
あ、わたし帯刀 つかさ。21歳。
小説やアニメのような異世界転生に死ぬほど憧れちゃってる、どこにでもいる普通のオタク女子。
…といいたいところだけれど、昔からお転婆で男勝りな性格。父親の影響で始めた空手とボクシングにドハマりし、大会優勝経験数知れず。いまじゃキックボクシングジムの2代目オーナー。要するに女子要素ゼロ。高校でついたあだ名は脳筋女。女子にはモテまくったが、高身長なのも助けて、男は寄り付きもしない。
というわけで3次元のロマンスとは無縁。
2次元の美男美女、この際異種族でもいいや!あんなことこんなこと…はぁーーん!バンバンバン…メキャッ…
…お風呂はいって支度しよ。
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ジムについて自主トレを終え、生徒のスパーリングの相手をするのが日課でもある。最近は女性会員も増えているので、セルフディフェンス目的でミット打ちを教える日も多かったが、この日は違った。
色黒、筋骨隆々、トライバルタトゥー、いかにも半グレメンバーのような男がこれまたガラの悪い仲間とバッグを叩いていた。
名前はなんと名乗ったか…忘れた。
ファンタジー物ならオークリーダーというところか。
リングに上がるわたしを見るなりオークリーダーは口笛をピューっと吹く。
「あんたが今日のトレーナーさん?僕はオークリーダー(名前忘れた)と申します。スパーリングお願いできませんかね?」
仲間のオーク達が下品に笑いながら、周りの会員を威嚇し始める。
こんな連中、いつのまに入会してたんだ。。
すごまれて、皆そそくさとリングから降りてしまった。
「いいですよ。ギアをつけてください。」
ドスンとリングに上がって来たオークリーダー。身長こそないものの、戦車みたいな体格をしている。
「そんなもんいらねえ。たっぷり可愛がってやるゥ。」
ベロベロと舌なめずりしている。
「仕方ないですね。それでは、いつでもどうぞ。」
つま先に神経を集中し、フットワークに変換する。トントンと軽く。力は込めない。慣れたものだ。
「おらああああ」
いかにもチンピラな大振り右ストレート。
軸足の左足に一気に力を込める。
右足が軽く跳ね、膝下を伸ばしていく。
ブワッ!
丁度オークリーダーのこめかみの前でキックを止めてみせる。相手のパンチはわたしの胸前。
「っ…」
「わたしの勝ちですね!」
ジム内の、おおーっという歓声が心地よい。
クルリと踵を返し、会場に腕をあげ挨拶した。
…その瞬間。
背後からオークリーダーに絞め上げられる。歓声が、キャーーという悲鳴に変わる。
「ぐっ…」
腕がギリギリと首に食い込み、呼吸ができない。
「このアマ…恥かかせやがって。。お前も辱めてやる!」
耳をべろんと舐められる。
「ひゃっ…くっ。」
ああ、オークに陵辱されるのはこんな感じなのか…などど、この時考えていたのは秘密。。
「こうなっちまえばお前の"負け"だ。女だてらに格闘技なんて笑わせるぜ。」
にわかに、身体中の血が沸騰するのを感じた。
「……あ?」
「今なんて言った?」
わずかに油断したオークリーダーの腕を掴み、ググッと外側に捻じ曲げる。
「え、おっ…テメェ!」
そのまま腕を引き下げ、関節とは逆にねじり上げる。
コツさえつかめば非力でもできる。
「ぐあああ、いてぇぇ!」
「もう一度聞く。テメェ今なんて言った?」
たまらず膝をつこうとするオークリーダー。
「てめえの"負け"だって言ったんだ、このクソアマあああ!」
フッと息を吐き軽く膝をあげる。
中腰のオークリーダーの顎にめり込む。
ドシャア、という音と共にオークリーダーが背中から倒れ、ヒクヒクと痙攣している。
ーわたしは負けという言葉が大嫌いだ。
仲間に担がれ、いかにもチンピラっぽい退場をしていくオークリーダー。覚えてろよ!の決め台詞はなかった。
「あの…大丈夫ですか?」
そう言ってタオルを渡してくれたこの子は、近くの女子大に通う鈴音怜ちゃんだ。顔ちっちゃ、目でか、唇ぷるぷる…おっぱ…天使か!
「ありがとう、怜ちゃん!」
「すごくカッコよかったです!」
「あはは、困った人たちだったね!」
照れ隠しをしてみせた。
「あの…このあとお時間ありますか?つかささんに見せたいものが。」
予定のなかったわたしはOKを出した。
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「これなんです。」
小さな木箱?アンティーク?どこか時代を感じさせる木箱だ。よくみると四面に細かい彫刻が施されている。
「なにこれ?」
「信じてもらえないかもしれないですが…」
怜ちゃんが話し始める。
この木箱は「呼び水の箱」と呼ばれるものらしい。文字と思しき文様が掘られており、「我は扉なり。彼の人、彼の時、彼の地へ誘わん。」という意味である、とのことだ。
怜ちゃんはオカルトマニアではなかったはずだが…一体どうしてここまで厨二病をこじらせてしまったのか。面食らってしまった。
「そ、そうなんだ。どこで手に入れたの?」
「あの実は…うちのおじいちゃんが元々」
「元々?」
「とある世界の勇者だったんです。」
「は?」
ファミレスに静寂が訪れた。