第94話 百分の一の死獣とまがい物の神遺兵
猪姿のまま全力で突っ込んでくる百分の一の死獣を、タリアはギリギリのところでかわす。
「っ!?」
よけきった瞬間、身体に衝撃がはしりたたらを踏む。
背中から生えた狼の顔がいやらしく笑う。よく見ると尻尾が猿の腕になっており、その先に虎の爪が生えていた。
「犬みたいな頭をして表情豊かなっ!」
幸いにして、敵の攻撃は鎧の盾が防ぎきってくれた。
ダメージに成らなかったのは、重心が乗っていなかったからだろう。それでもギリギリでかわすのはダメだと判断して、木々生い茂る森の中へ道を逸れる。
戦いなれしていないタリアには、身を隠せるところがある方が都合が良かった。
「天に轟く雷神の力を借りて、今!衝撃の電光を放つ!雷撃弾っ!」
タリアの詠唱に呼応して、光弾が魔物に当たってはじけ稲妻をまき散らす。
精霊魔術士になり、さらにレベルが上がったタリアの魔術は、1次職の枠を出ないものの、運搬者だった頃とは比較にならない威力があった。
しかし百分の一の死獣はさしたるダメージを受けた様子を見せない。
状態異常に強いアンデット、しかも2000G近くの素材をつぎ込まれた魔物であり、ワタルの火旋風を耐えきるだけの高い耐性も有していた。
生半可な攻撃では大したダメージを与えられない。そしてHPを削り切るまで止まらない。まがい物の神遺兵と同じく、基本スペックの高さを生かして戦う厄介な魔物であった。
魔物は方向転換から同じように突進してくる。
高い耐久とステータスで戦う魔物だと判断したタリアは、木々を盾に魔物を避ける。ステータスは高い物の、同じサイズの生物と比べると圧倒的に軽いというのが、百分の一の死獣の欠点であった。そのため速度を乗せた突進も、木々をぶち抜いて進むほどの威力は得られない。
「ワタルの言っていた通り、魔物は軽そうですね。それなら……ええっと」
訓練で得た経験をもとに、タリアは使える戦略を考える。
ぶっつけ本番なのは仕方ない。ワタルもエリュマントスと戦っていた時はそんな感じだったのだろう。足元にも及ばない程度の敵であるだけましなはずだ。
中々タリアを捕らえられない百分の一の死獣は、その身を虎に変えると地面を蹴って木に駆けあがる。上から飛び掛かる戦術。普通の人間であればまずかわせない動きではあるが……。
「飛ぶのはマヌケのすることらしいわよ。封印解除!」
タリアはひらりと身をかわすと、再度、束縛糸の封魔弾を放つ。
それは向きを変えようとした魔物の後ろ脚を捕らえる。百分の一の死獣は形を変えて逃れようとするが、その一瞬の時間がタリアには必要だった。
「不動なる大地の精霊さん、隆起する土塊にてわが身を守って!土壁!」
タリアの呼びかけに応じて大地が隆起し、突き上げるように伸びる土石の塊が、0.1秒で高さ2メートルに達する壁を瞬時に形成した。
……百分の一の死獣の真下から。
「ぎゅぁうっ!?」
突如発生した土壁に撥ねられて、百分の一の死獣は成すすべなく空中へと舞い上がる。
魔術師が生み出すかりそめの現象ではない。質量を伴った土壁の衝撃は、地球で言えば70キロ越えの4トントラックにはねられるようなもの。いかにステータスによる強化があろうとも、この世界の1次職程度なら死は免れない一撃だ。
それを受けてなお、百分の一の死獣はその形をとどめていた。
制御を失って空中に放り出された身体は、無防備以外の何物でもなかったが。
「ああ、これは強いわね。ワタルが喜々としてデザインするわけだわ。封印解除」
地面に叩きつけられた百分の一の死獣を、炎槍が飲み込む。
今度は悲鳴を上げる間もなく、それで魔物はドロップへと姿を変えた。
「はい、お片付け完了っと。やっぱり獣は楽ねぇ。さて、二人を助けないと」
ドロップを収納空間へ回収すると、スケルトン相手に奮闘する二人に目を向けるのだった。
………………。
…………。
……。
「封印解除!」
それはある意味完ぺきなタイミングだった。
二人の連携でまがい物の神遺兵の2本目の剣を破壊し、それぞれの腕が攻撃と防御の動作を取り終えた直後。
確実に当たるタイミングで、リネックは封魔弾をはじき出した。
しかしそれは同時に、タイミングが悪かったとしか言えなかった。
武器破壊によって破壊された1本目の武器の待機時間をわずかに超え、復活した剣が封魔弾に振れる。
あらぬ方向に発生した炎槍は、まがい物の神遺兵にダメージを与えることなく空を焼いた。
「くそっ!」
「再生が速すぎるだろ!」
起こった事態に思わず二人は悪態をつく。
ロバートとリネック、二人の連携によって何とか2本の武器を破壊し、動きの止まった瞬間を生み出した。
これで決まるか、少なくとも大きなダメージを与えられると踏んでの封印解除。
それが防がれた。
「ロバート!もう一回行けるか!?」
「MPがキツイ!」
二人とも40レベルを超えた1次職ではあるが、剣士も斥候もMPが高くなる職業ではない。
本来スキルは攻撃も防御も"決め技"なのだ。ここぞという時に放つことで最大限の効果を発揮させる。
常時スキルを発動させなければ、攻撃も防御もおぼつかないような相手と戦うべきではない。
「タリアさんが森に逃げた!片付けて援護しないと!」
「分かってるさ!くっ!受け流し!」
まともに喰らえば致命傷になりかねない一撃が、ただの攻撃として飛んでくる。それも2発連続でだ。
武器を破壊した腕も、掴みを狙って隙あらば手を伸ばしてくる。とてもじゃないが他人を気にしている余裕はなかった。
ロバートとリネックは息を合わせて連続攻撃を仕掛けるが、それは3本の剣に容易く阻まれる。
武器を狙ってスキルを使えば破壊は可能であったが、直接魔物へのダメージはほぼ通っていなかった。
連続でスキルを使おうにも、スキルの発動には微妙なタメが必要だった。
実力が拮抗している程度なら気にならないその時間も、格上には見抜かれる微妙な隙に成る。避けられないタイミングをうまく作らないと、武器破壊も無駄撃ちだ。実際一発はそれでかわされていた。
数度切り結ぶものの、時間だけが経過する。
2本目の武器破壊からすでに数分。いつ武器が復活してもおかしくない。
「一気に決める!十文字切り」
突っ込み気味に振り下ろす斬撃。まがい物の神遺兵はたやすく剣で止める。
しかしスキルは発動していない。
「封印解除!」
リネックが投げたソレをはじくため剣を振るう。
スキルを乗せて放たれたのは投石。こちらもブラフであった。
「武器破壊!」
弾かれた剣にスキルを乗せて振り下ろす。防御に回っていたまがい物の神遺兵の剣が音を立てて砕ける。
「!?」
「いまだ!」
横凪に振るわれた剣をロバートはギリギリでかわす。この体勢ならリネックの位置からの攻撃を県では防げない。
リネックは封魔弾を放とうと一瞬足を止める。
「ぐぁっ!」
しかしまがい物の神遺兵の方が上手だった。
手先だけで器用に投擲された魔物の剣が、足を止めたリネックに襲い掛かり、その二の腕を切り割いた。
それと同時に空いた腕がロバートを掴む。
「くそっ、放せっ!」
それを素直に聞く魔物ではない。魔物は致命的な一撃を与えようと、一本の剣を振り上げて……。
「生命育む森の精霊さん、萌え立つ蔦にて敵を縛って!|」
そこまでだった。
「絡みつく蔦!」
タリアの詠唱に呼応して、地面から急速に伸びた蔦がまがい物の神遺兵の四肢に絡みつき、その動きを止める。
「斬撃!」
「封印解除!」
ロバートが自らを掴む腕を切り落として身をひねると同時に、リネックの放った雷槍が炸裂する。
「ガタッ!」
半身を焼かれて尚、蔦を引き千切って進もうとするまがい物の神遺兵。
しかし千切られても再生を繰り返す蔦に阻まれて、その身は緑に覆われていく。
「もう一発!強打!」
防御を捨てて、飛び込みざまに放ったロバートの一撃。それが決め手となって、まがい物の神遺兵は崩れて消えた。
「……勝った?」
「まだまだ気を抜かない。……治癒」
タリアは詠唱でリネックの腕を治療する。幸いそこまで深くはなさそうだった。
目の前の敵は倒したが、矢が効かずにしびれを切らした骸骨弓兵たちが、新たに生まれた魔物を伴って近づいて来ていた。
ワタルの戦いも終わっていない。休憩はまだできそうになかった。
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