第93話 剣士と斥候・精霊魔術士
ロバート・フロスは極めて堅実な剣士であった。
愛用の武器は強度を上げるため厚めに仕上げたロングソード。左手には金属比率を高めたバックラーを持ち、チェインメイルをベースとして、軽量ながらも全身を金属鎧で覆う。街から街へ走る間ですら、T字に切れ込みの入ったオープンフェイスのヘルムを外さない。
1次職の範疇で、剣士としてのステータスを活かし着実に戦うタイプである。
リネック・レシアは、どちらかと言えば戦闘より偵察や隠密行動を得意とする斥候であった。
直接的な攻撃手法は高いDEXを活かした投げナイフや投石をメインとしており、防具は機動力を優先したなめし皮の鎧。急所である頭や首筋など一部には金属板を仕込んだものを使っているが、あくまで身軽さを優先している。
唯一の近接武器は携帯性の高いダガーであり、ある意味こちらもセオリー通りの斥候と言えよう。
「くっ!こいつ!」
「隙が無い!」
その二人が相手をするのはまがい物の神遺兵。4本腕に魔物の剣を携えた、骸骨の剣士である。
その身体には一遍の肉も無く、つながりの怪しい腕を振り回し、その一撃一撃はロバートの全力に劣らない。それを早く正確に、そして人体の動きを無視するような動きで繰り出してくる。
「受け流し!受け流し!……この!」
ロバートにとっては、一撃を全力で対処して何とか対処できる相手。連続で3手以上に襲われると攻撃する合間は無く、4手目が来れば確実にダメージを受けるであろう状況。
そのロバートを助けるために、リネックは速度を活かして近接戦を仕掛けるが、リーチの長さに阻まれて十分な効果をあげられない。そもそも速度で決して上回っているとは言えない状況。背後に回っても、背中に目があるがごとく2本の腕が攻撃をしかけてくる。
「封魔弾は!?」
「武器に当たったら意味がない!」
二人ともとうぜん使い方は聞いていた。
ただ、魔物武器を持ったまがい物の神遺兵の剣による防御をかいくぐり、体積の小さな骨の身体に充てるのは彼らにとって至難の業だった。
「影ぬいは!?」
「あれは移動を封じるだけだ。武器を投擲されたら意味がない!霞二刀!」
数少ない斥候の直接攻撃スキルを放つが、あっさり防がれる。
幻の刀身を生み出して防御を抜くスキルも、魔力を見て戦うアンデットにはほとんど効果が無い。状態異常を引き起こす毒針のようなスキルも同じく。リネックにとっては最悪と言っていい相性の相手だった。
「カタッ、カタカタカタッ」
まがい物の神遺兵が顎を震わせて笑う。
4本の腕に魔物武器。アンデットと言う特性に加えて高いステータスを得たこの魔物は、その代わりにスキルは全く有していない。人とそう変わらぬ程度の知能と技術があり、ステータスと手数を武器に力押しを得意とする。
無限の体力を持つ魔物は、ただそれだけで1次職のパーティーを圧倒する力を持っていた。
二人がギリギリこいつをひきつけ、戦い続けられたのは、堅実に訓練を積み、ステータスに反映されない技術を積み重ねていた結果だった。
「このっ!武器破壊!」
ロバートのスキルが発動して、甲高い音とともに一本の剣が砕ける。
だがその代償にもらった一撃で、ロバートは数メートルを吹き飛ばされて転がった。
「影ぬい!無事か!?」
とっさに魔物を縫い止めて距離を取る。
「……なんとか」
刃は盾て受けたため、ダメージは軽い。吹き飛ばされたのは蹴りをもらったから。
しかし盾にはざっくりと亀裂が入っており、耐久力の目減りは否めない。使い物に成らなくなる前にケリをつける必要があった。
「あと3本、ぶっ壊して倒すぞ!」
「ああ!」
二人が息を合わせて切り込んでいく。
まがい物の神遺兵は折れた剣を投げ捨てると、それを迎え撃つのだった。
………………
…………
……
6つの咆哮が一塊の砲弾となってタリアに向かって突っ込んでいく。
百分の一の死獣。混沌の残りカスとも呼ばれる獣に高い知能は無く、ただひたすら目の前を獲物をかみ砕くのみである。
「封印解除」
でかい獣の相手は楽ね。そう思いながらタリアは封魔弾を放る。
INTが上がった後に作成された束縛糸の封魔弾は、魔物の身体に当たると光の帯となってその身を大地に縫い止める。
「はい、これで終わりね。レ……?」
そうして炎槍の封魔弾を打ち込もうとしたその時、獣は拘束された魔術を抜けたしてタリアに襲い掛かる。
「きゃっ!?」
間合いは十分にとっていたはずだった。
振るわれた熊の腕の先から、虎、猪、猿と連なってのび、その先端にはえた狼の頭がタリアの喉笛をかみ砕かんと襲い掛かったのだ。
咄嗟に構えた盾で受けると、込められた盾が発動して攻撃をはじく。
「こいつっ、形を変えて拘束を抜けてくるなんて!」
百分の一の死獣は幾つかの獣の複合体の魔物であった。
その肉体に意味は無く、どのような場所も頭に、腕に、足に、尻尾に変わり、牙が、爪が、あらゆるところから伸びる。
身体を縛らる魔力の枷も、形を変えられては意味をなさない。縛り上げたはずの光の帯はそのままに、魔物は拘束から抜け出したのだった。
「これは厄介。こっちはまだスキルを取り終えてないのに」
3000Gの魔物2体を含む経験値によって、タリアのレベルは42まで到達していた。
ステータスは成長し、装備の補正も加えれば1次職の近接職と比較しても遜色ない運動能力と、魔術師に近いMPやINTを備えている。
しかし職業特性上、それで十分とは言えなかった。
ワタルの言葉を使うならば精霊魔術士は根本的にシステムが違う。
魔術師はレベルアップで決められた呪文を覚えるが、精霊魔術士はレベルアップで精霊魔術の枠を得る。
それは空のリソースであり、その時点ではどんな精霊を呼び出し、どんな現象を発生させるかは定まっていない。
精霊と対話し、リソースに応じて現象――すなわち魔術を作成するのが精霊魔術士のスキルの在り方だ。
タリアが使った解呪や爆破は、そうやって生み出された専用の魔術である。
解呪は周囲の魔素を平常に戻す、すなわち魔術による現象が発生していない状態に戻す魔術。現在のタリアの能力では、術の発生源から離れた所にある魔術を打ち消す程度の能力しかない。
爆破は周囲の炎の量に応じて威力の変わる攻撃魔術。火旋風によって発生した炎を踏み台に、高い破壊力を生み出す想定でデザインされた魔術だ。それゆえに周りに炎が無ければ使うことは出来ない。
「今使える精霊は風と土、後は森?焼いちゃったからご機嫌斜めかしら」
タリアはまだ使えるリソースの半分も魔術を生み出していなかった。状況よって使える魔術が変わるため、作る魔術は
常に使えるのは魔素を司る精霊や、風や大地と言ったどこにでもいる精霊の力を借りる魔術。
けれどこの手の精霊は、大きな破壊力を発揮する魔術を生み出すには、高いMPやINTが必要だった。そのため現時点では、使い勝手の良い矢避けや土壁といった防御用魔術があるだけだ。
今の状態で封魔弾は投げられない。
タリアが持っているランス系封魔弾は6つ。その内2発をリネックに渡している。全部一気にバラまけば当たるだろうが、その場合後が続かない。
「……吹きすさぶ風の精霊さん!空を切り割く物を払って!狂風!」
獣モドキの背後では、骸骨弓兵が弓を構え始めていた。
防御呪文でこちら側への攻撃は防げるだろうが、さらに前衛の魔物が来た場合に備えて節約しておく必要はありそうだった。
「さて、それじゃあこいつは私が相手をしないといけないのね」
百分の一の死獣は猪に姿を変え、今まさにこちらに向かって走り出そうと体勢を整えていた。
どうやら形を変える速度はそれほど早くないようね。冷静に相手の変化を確認しながら、指輪でDEXを、トリガーナッツでAGIを上昇させる。
「いいわ。魔物なんて全部叩き潰してあげる!」
雄たけびと共に土煙が上がり、猪はまっすぐ彼女に襲い掛かった。
・まがい物の神遺兵
4本腕のガイコツ剣士。4本の腕にそれぞれ魔物武器である剣を持っており、それを用いて攻撃と防御を行う。
剣士としての腕は稚拙だが、実は2人分の人格が身体を操作しており、骨格を完全に無視したアンデット特有の動きによって相手を圧倒する。
基本スペックを高くして手数を増せば、スキルなど不要という発想のもとにデザインされたアンデット。
6本腕3面では無いので、阿修羅としてもまがい物である。
・百分の一の死獣
コスト軽減のために百分の一にされた666の獣の亡骸。
タリア達と戦っているのは、熊・狼・猿・鼠・虎・猪に、申し訳程度に蝙蝠が含まれる。
その時々によって各獣の一部を具現化させて攻撃する、ある種スライムのような特性を併せ持ち、まがい物の神遺兵同様、こちらも高いステータスを武器に力押しを得意とする。
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