第87話 きわめて雑なレベル上げ
魔力探信を発動して二人の位置を確認すると500メートルくらいは離れていた。
きっとリネックさんが、スキルを使ってこちらを見ているのだろう。斥候のスキルを考えると、使えるのは鷹の目と感覚強化系スキルを併用していると考えられる。
木々のざわめき、鳥の声、魔物や小動物の動く音など、森の中は結構騒がしい。今距離だとさすがに話声は聞き取れないはずだ。
「それじゃあ、まずは実験をしてみようか」
「先に何をするか教えなさいよ」
「大爆煙に風の呪文を当ててみるだけだよ……大爆煙」
詠唱に呼応して、十数メートル先に黒煙が爆ぜる。
INTを継続時間に極振りして、とにかく長く保たれるようにした持続型の目隠しだ。
「ここに、強風」
範囲を最大まで広げた強風を、真上からぶつける。
黒煙は上から押されたように一瞬潰れ、その後押し出された空気に乗って空へと舞い上がる。
「発生した黒煙自身が消えたりはしないのね」
「そうみたいだね。密度が下がったところは透けて見えるけど、黒煙の粒子自体はかなり丈夫なのかな」
少なくとも、風が吹いたくらいで魔術としての状態を阻害されるほどではないと。
「じゃあ、もういっちょ黒煙を足して……さらに強風」
今度は強風の面積を小さく、距離を長くして俺たちの周りをぐるりと囲うように煙を動かす。
風の流れが生まれると、黒煙はそれに引きずられるように動くのだ。強風を曲げるのは中々大変だが、魔力操作でできないことではない。半径30メートルくらいの円になるようになら操作可能だ。
「これで背後からの視界は消えた。あとは、もういっちょバーストスモーク。あんど旋風!」
今度は空に黒煙を発生させ、それを範囲を広げた旋風でかき混ぜる。
「きゃあ!」
タリアの可愛い悲鳴は、発生した上昇気流によってスカートがまくれ上がったせいかな?
ズボン履いているのだから気にする必要はあるまいに。
「そういうのは説明してからやりなさいよぅ」
「ごめんごめん。でも、これで視界は完全に覆われた」
魔力によってつくられた煙のドームによって、外からこの空間は視認できないはずだ。
収納空間を使って穴を掘り、その中に3000Gクラスの魔物を召喚。タリアが封魔弾を落として倒す。それをもう一回。3分ほどで完了。
これでタリアのレベルは30代後半から40代前半くらいまで上がったはずだ。
数分しか持たないから、さっさと掘った土を穴に埋め戻そう。
「一気にスキルを覚えすぎて何が何やらねぇ」
「ステータスも伸びた分、身体の動きが違うと思うよ。戦闘職のステータス上昇は一般職の運搬者とは大違いだし」
精霊魔術士は、魔術師系統にしては珍しく、INT以外のステータスもそれなりに成長する。40まで上がっていれば、初心者だった頃のタリアのステータスの倍くらいにはなっているはず。
いきなりステータスが伸びると、身体の制御が難しい。指輪を使ってDEXを上げておいた方がいいかもしれない。
「さて、そろそろ晴れるかな」
魔術で生み出した3発分の黒煙がゆっくりと晴れていく。
魔素によって発生した現象であっても、煙として発生している黒煙の動きは実際の煙と同じなんだな。
そこに舞い上がった粒子があるわけじゃ無いのに、不思議な感じだ。臭いは全くしないから、じっくり眺めると違和感がすごい。
魔力探信の反応では、煙の手前、100メートルちょっとの所まで近づいているみたいだが、それ以上来る様子はないな。
だけど魔物の反応が出てる。こっちに向かってくるのもいるな。
「強風で散らすことは出来そうだけど、魔術としての継続時間は影響がなさそうだね。とりあえず、向かってくる魔物を倒してしまおうか」
知らぬ顔をして話を続ける。声が聞こえるかもしれないしね。
向かってきたのは猿の魔物だった。人の半分ほどの大きさで、威嚇の鳴き声をあげながら突っ込んでくる。
一匹だけなのでタリアが対処する。飛び掛かって来る魔物を盾でたたいてひるませ、メイスでの追撃。
今日はトレーニングなのでエンチャントは発動させない。一撃では倒し切れないので、反撃を再度盾で防御する。あ、掴まれた。
「うっとおしいのよぅ!天に轟く雷神の力を借りて、今、衝撃の電光を放つ。雷撃弾」
盾を放すと同時に詠唱魔術を当てる。
うまい。しっかり魔術をコントロールして、盾の隙間から見えていた足に当てた。
スタンした隙にメイスを猿の脳天に振り下ろす。
「ギャンっ!」
それが決め手となって猿はドロップに変わった。タリアは素早く盾を拾うと警戒に戻る。
ドロップは……薬草束と木の実袋、それに食用キノコがそれなりの数。自然発生した魔物じゃなくて、生み出された奴っぽいな。
「100Gくらいは行くかも。動きが良くなったね」
タリアはこの世界の人間で、しかも人の少ない山里の出身だ。もともと戦うことに対する躊躇は余りない。付与魔術師に転職したころの俺より強いかも知れない。
「身体が軽いわ。動きも正確だし、力も強い。やっぱりレベルアップってすごいわねぇ」
膝を曲げてその場でジャンプすると、一メートルくらいは軽く飛び上がる。
ステータスが上がってるからな。
「でもちょっと怖いわね」
「慣れが重要だね。慣れればこんな感じになる」
同じように垂直に飛び上がり、そのまま伸身で二回宙返り。そして余裕をもって着地。
助走をつけなくても体操選手より高く飛べる。
「きれいに飛ぶのねぇ。街に居るとあんまりステータスの高さとか気にすることが無いから、新鮮だわ」
「ん……そっか、そう言えばそうだね」
レベルをあげればステータスが上がる世界だから、大道芸やサーカスのような見世物は発展していない。
演目としての体操的なアクロバット芸は、もしかしたら需要があるかもしれないな。
強くなって稼ぐ以外の目的で、ステータスを高めるためにレベルを上げる。これもこの世界に無い流れだ。考えても良いかも知れない。
「それじゃあ、少し休憩して街に戻ろうか」
昼食に買っておいたサンドイッチモドキを食べてから、また一時間かけて街へと戻る。
結局護衛らしき二人は接触してくることは無かった。
……まあ、今日は休憩と言ったしね。
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