第470話 地下水道の探索を始めた
□北エリア・役所
日の出からおよそ2時間ほど、混み合う時間を避けてネクロス・ホワイトは北エリアの役所に足を運んでいた。
真夏の日差しは強いが、建物の中は風が抜けていて程よく涼しい。松明が漂っていなくても明るいのは、採光と風の流れを生むために壁に開けられた窓のおかげだろう。
それでも牢屋よりは湿度が高いな。ふとそんな感想を抱いた後、あの牢獄は何処にあったのかと思い立ち足を止めたところで、「いかがいたしましたか?」と声を掛けられた。
「ああ、すまない。まだ暑さに慣れていないようだ」
標高が高かったウーレアーは、ここより涼しかったな。そんな雑談を交わしながら、到着と次の仕事の確認をお願いすると、奥のパーティションで区切られたエリアに通された。
「着任、ご苦労様でした。道中も魔獣に遭遇したと伺っていますが、大丈夫でしたか?」
対応するのは、真っ黒な毛並みが美しい狼獣人の女性。名前を聞くと、アグリッサと名乗る。
「私は次の任務も問題ない。仲間たちは、少し休みを取らせている。と言っても、羽根を伸ばすにも物入りだから、勝手に軽く日銭を稼ぐと言っていたがな」
「外で贅沢を覚えましたか」
「そのために働こうというのだ。悪いとは言うまいな」
「遊び歩いてトラブルを起こしたり、本業に支障が出なければ問題ありません。ただ、今は多くの戦闘員がここに集まっていますからね。リーダーからも注意だけはしておいてください」
「……そうだな。それは注意しておこう」
ネクロスの返答に納得したのか、アグリッサはネクロスに数枚の紙の束を渡す。
「それでは現在進行している作戦について、概要を説明させていただきます。詳細な人員の配置は今後詰めることになっていますので、今回は概要になります」
渡されたわら半紙には、クーロン本島攻略戦の文字が躍る。
「クーロン皇国への領地拡大のため実施していた、南北分断作戦。その作戦の中、強力な核となる事が可能な要人の確保に成功しました。クーロン本島で核として召喚の義を行った場合、推定ですが100万G級相当の力を持つ物が生まれると考えられます」
さっそく情報が出てきたことに驚きながら、ネクロスは問いかける。
「……この大陸で100万G級か……そんな人物が居るのか?」
「はい。ただ、クーロン国内、それも本島でなければ大きな力は持たないと考えられています。そのため、海路でクーロン本島西部に輸送し、そこで召喚の義を行います。そのための護衛と物資の輸送、そしてその後の首都攻略が今回の任務になります」
「いきなり首都に攻め込むのか」
「ええ。それが最も効果的だと考えられています。ただ、大きな力を得るためには出来るだけ首都に近い位置で召喚の義を行うことが必要です。西部は我々の支配下にあるとはいえ、巫女の目があり散発的な襲撃が発生している地域です。安全な都市はありません。輸送から召喚までを迅速に決行する必要があります」
「なるほど……新たに生まれた魔物を主軸として、首都を襲うわけか。……攻め落とすつもりとなると、セオリーから外れるな。どうしてだ?」
人口密集地への攻撃は、被害が大きければ大きいほど魔物の力を弱める。攻め滅ぼす事は出来ても統治は難しいし、力が失われれば軍事行動はとれなくなる。首都の様な最大規模の都市を襲う場合、少しずつ切り取る様に略奪を行うのが教団としてのこれまでのセオリーだった。
「はい、それはその通りです。今回の作戦で、首都を完全に落とす必要はありません。狙いはクーロン帝、これを抹殺できれば、新たに生まれた魔物様はさらに大きな力を得るでしょう」
「……理由を聞いても良いか?」
作戦の概要や目標は手元の資料にも書かれていたが、肝心の理由は抜けている。そもそも100万G級なんて目にしたことが無い。ネクロスは魔物の価値を決めるシステムを理解しているわけでは無かったが、おいそれと信じられる話では無かった。
「核となる要人が、クーロン帝の血族だからです」
アグリッサの言葉にネクロスは驚き、アグリッサはその反応に笑みを浮かべた。
しかしネクロスの驚きは、クーロン皇帝の血筋が捕らえられたという事実より、ワタルから聞いた話が真実だったことの方が大きい。北方の孤児院に皇帝の血縁が居たなどと、与太話の類としか思っていなかったのだ。
「現在、クーロンは後継ぎ問題で国内が混乱しています。民を護るために、実権は無く清貧を求められる皇帝の座に座りたいものが居ないのです。国の要人がそんな事で争っている中で皇帝が死ねば、資格のあるものが核となっている魔物様は大きな力を得る」
「ああ、だろうな。そして100万G級が降臨すれば、烏合の衆では太刀打ちできない。多くの3次職が大陸で戦っている現状なら、そのまま大陸と本島を分断することも可能だろう。大陸側も皇帝の加護が無くなれば荒廃は必至……一気に東大陸南部を支配下に置くことができる……か」
「どこまでうまく進められるかは未知数ですが、可能性はあるかと。これだけ大きな作戦です。成功させられれば大きな功績として数えられるでしょう」
「……ああ、おおむねの内容は理解した。規模はデカいが……基本は物資輸送、そして魔物たちと協力した護衛と言うわけだな。……出発の日時は?」
「半月後を想定しています。そちらの用紙に、メンバーの名前と職業を記載して提出してください。パーティー毎にこちらで部隊を振り分けます」
手元に来ていた用紙の最後の一枚は、提出用の名簿だった。
「到着時にも記載したが……こちらは作戦に参加するメンバー用か。後日で良いのか?」
「はい。3日ほどで。後は連絡がいくまで街で休暇を楽しんでいてもらって問題ありません」
「そうか……その要人、護衛は不要なのか?経歴は浅いとはいえ、3次職なのだが」
「それは信頼のおける者が担っています。ご存じかわかりませんが、テラ・マテルで襲撃がありました。その者たちが狙っている可能性があり、見知らぬものを近づけたくありません」
「テラ・マテルの襲撃の話は聞いている。そいつらがこのネプトゥーヌスまで来ていると?」
「可能性がある、と言うのが指揮官の判断です。そのため、見知った者で周りを固めたいと。ワタル・リターナーと言う名はご存じですよね。1次職でレベル99に到達した人物で、2次職の魔剣士でも50レベルを突破。そして死霊術師でもあるそうです。何をしてくるか分からない危険な人物です。警戒するに越したことはありません」
予想以上に警戒されている事に驚いたネクロスは、少しだけ眉を上げる。ワタルたちの行動は狂気の沙汰としか思えず、真偽官さえ警戒すればよいと考えていたが、どうやら違ったらしい。
ネクロスとしてはワタルたちの作戦が成功しようが失敗しようがどうでもいいが、自分が契約を違えることになれば、神罰を受けることになりかねなかった。それは裏切りが露呈するという事でもあり、想像以上に面倒な事態に巻き込まれたと認識を改める。
「……わかった。出来ることがあれば連絡してくれ。大きなヤマだ。協力は惜しまない」
「もちろんです。よろしくお願いしますね」
ネクロスは手続きに必要な情報をまとめ、作戦参加に必要な徽章を受け取って役所を出たが、その足取りは重い。予想以上に面倒な事に手を貸したと自分の判断を呪いながら、足早に宿へと向かうのだった。
………………。
…………。
……。
□ネプトゥーヌス・地下水道□
「松明」
魔術の明かりを飛ばすと、驚いたネズミたちが光の外へと逃げていく。石煉瓦で作られた下水道の中は若干かび臭いが、幸いにして有毒ガスが漂っているようなことは無かった。
「……もっと臭いかと思ってた。いまも臭いんだけど」
アーニャが若干顔をしかめながら、それでもマシだとのたまった。
「下水って言っても、汚水を流しているわけじゃないからね」
北東エリアの地下水道入り口は、真下に降りる螺旋回廊だ。直径2メートル程の狭い回廊を10メートル程下ると地下水道に入る横穴があり、その先には光の射さぬ迷宮が広がっている。
「基本的に、ここに流れてきているのは雨水や溢れた湧水、それに農業廃水なんか。下水って呼ばれているけど、暗渠になった小川だと思えばいいよ。開拓村と同じで、ネプトゥーヌスも汚水は回収してリサイクルしているから、混ざることはそうは無いはずさ」
中を覗くと、点検用の通路の先に鈍く光る水面が見えた。
「気体可視化でもおかしな反応は無いから、とりあえず入ってみよう」
通路幅は1.5メートル程、水面までは20センチと言ったところ。天井はアーチ状になっていて、通路の上は3メートル無いくらい。武器を掲げると天井に当たるな。
反対側の通路までは……10メートルは無いくらいか。結構広い。
「ずいぶんとしっかりした作りであるな」
「ええ。魔物の発生を気にしない都市ならではですよね」
こういった所には獣やアンデットタイプの魔物が発生しやすい。どれも数Gから精々数十G程度の弱い魔物ではあるが、共食いが発生する事を考えれば、人類の都市では看過できない脅威だ。
幸いにして、目の届く範囲には居ないらしい。地下水道を攻略するのが目的では無いので好都合だ。
「とりあえず、依頼された通りの水門の確認に行きましょう。聞いていた通り、少し水位が高い」
この時期の水量なら、水かさは通路から50センチほどのはずだ。このエリアの先のどこかが詰って流れが悪くなっていると考えて間違いないだろう。
松明を飛ばしながら水道を進む。たまに魔物が襲ってくるけど、おなじみのハエなんかの1Gあるかどうかと言うモノ。暗さと、黴臭さの方が厄介だ。
「なぁ、照明弾は使っちゃダメか?」
「目が焼けるよ」
あれは広範囲を照らす為の魔術であって、こういう狭い空間で使うには向いてない。
「ん~……じゃあ、こうだ!光あれ!」
アーニャが魔素を操作すると、周囲がうすぼんやりとだが明るくなる。
「これは……魔操法技で松明をバラまいた?」
松明は指定した場所に光源を発生させる魔術。光量は多くないし、離れれば離れるほど光は弱くなる。
今、下水道内を照らしているのは、小さな小さな松明の粒だ。それが空間内にばらまかれる事によって、範囲内を照らしている。
「ずいぶん魔術の腕を磨いたであるな」
「息抜きのついでだよ。やっつけだから、多分数分しか保たないし、これじゃ魔物は倒せねぇぜ」
「必要なのは魔物を倒す力だけじゃないよ。ありがとう。行こう、この明るさなら外と変わらず進める」
松明は設置できる範囲が限られるから、あまり遠くまで照らせない。先が見えるのはだいぶありがたい。
下水の流れる方に足を進めると、所々に支流がある。
幅は本流の半分は無い程度だが、渡るための橋が無い。頑張って飛び越えろという事なのだろう。
「……所々にこういうステータス頼みの設計が見えるよなぁ……っとっと」
「ワタル、大丈夫か」
「平気平気。すこし滑っただけ」
二人に続いて水路を飛び越えると、着地のタイミングで足を滑らせかけた。
ステータスがあるから軽く飛び越えられるが、着地は難しい。物理限界を突破するスキルが有ればなんてことは無いのだが、人造獣使いは純魔術師系だから使えない。魔剣士のスキル定着もレベルが足りない。……縮地を使えばよかったか。
まだ短い距離で良かった、などと思っていたら、緩いカーブを曲がった先で行き止まりにぶつかる。1メートル幅くらいの鉄格子があり、そこから水が流れ落ちていた。どうやら詰まっているのはココらしい。
「それで、これをどうするんだ?」
「……たぶん、対岸に水路の流れを変える装置があるはず。行ってみよう」
RPGのダンジョン探索じみて来たなぁと思いながら、対岸に向けてスキルを発動するのだった。
いらん仕事を増やされて出張続きでした。夏季休暇に突入してようやくMPが回復。休み明けもダメそうなのですが、少しずつ復帰していきたいです。
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カクヨムでも掲載しています。他作品もありますので、そちらも見てやってください。




