第466話 捜索計画を相談した
「ずいぶんと厄介な条件を背負い込んだものであるな」
ネクロスの勧誘を終えて拠点へ戻り、タリアとコゴロウ、3人でテーブルを囲んでの作戦会議を始めた所で、コゴロウがぼやくようにそう口にした。
「そうかしら?いつも通りだと思うけど。はい、どうぞ」
タリアが入れてくれたお茶――ほうじ茶の様な味わいだ――を一口すすり、お茶請けに並べられたクッキーに手を伸ばす。うむ、疲れた時には甘いものだな。シンプルな見た目だがバターがよく効いていて旨い。
「ついこの間、片足を吹き飛ばされたばかりであろう。また3次職、もっと言えば4次職と事を構えることになれば、厳しい戦いになるのである」
「危険っちゃ危険なんですけど、そもそも見つからないで奪還して逃げたいですね」
先行してタリアにネプトゥーヌスの様子を確認してもらったが、外から見てわかる警備状況は特別厳しい物ではなかった。いくつか怪しい施設はあるものの、街が広すぎてわからないというのが現状だ。
「ただ、俺をピンポイントで名指しした奴がネプトゥーヌスに居る可能性がある以上、亡者の皆さんはウェイン捜索に出れません」
だからネクロスを代表としてネプトゥーヌスに入り、彼が時間稼ぎをしている間にウェインの居場所を突き止める必要がある。頼りはタリアの天眼通だが、魔術無効化などの影響を受けずに透視できるのは、自分を中心に1キロちょっとの範囲だけだ。とてもじゃないが、ネプトゥーヌス全域をカバーする事は出来ない。
「どのくらい時間を稼げるのかしら?」
「わからない。そもそもクーロンへ向けての出航のタイミングが不明だし。ネクロスが確認してくれると思うけど……むしろ出航してから奪還するほうがいいか?」
口に出してから、別の可能性を思いつく。
相手の作戦の詳細が分かるなら、海上の方がリスクは低い?脱出は受送陣と流星君あたりで何とでもなる。相手にしなきゃならない敵戦力もそっちのほうが小さいだろう。
「海の上となると、ネクロスをリーダーとして同じ船に乗り込む必要があるな」
「あ~……確かに輸送は船団でされるでしょうね」
ネプトゥーヌスは大型船が寄港できる波止場が複数ある。外洋を航行するだけなら、二桁の船が準備できるだろう。同じ船に乗り込めるかは分からないか。
「……そもそもウェインは船に乗る必要はあるの?重要な人物だけ、空飛ぶ魔物に乗せて運ぶのも可能よね」
「……確かに、航路の関係で随伴する船団は必要だけど、船に乗っている必要は無いか。むしろ俺達を警戒するなら、周りに人類は近づけない気がする」
人里から離れれば魔物は力を失うから、クーロン本島に渡る際にはそれなりの人数の付き添いや、彼らが価値を収穫できる船が必須になる。ただし、魔物が力を維持できる範囲はそれなりに広い。飛行能力のある魔物が交代で上空を飛べば、一度も降りる事無く本島まで行けるかもしれない。
「制約もであるのである。海上で船を発破すれば、死人が出るのは避けがたい。某も雷に撃たれるのは御免こうむる」
外洋に出てからなら船団を潰すのは容易だが、人死にを出さないのは難しい。普通にみんな海の藻屑になってしまうな。
「それから……姫も付き添うのであろうか」
「……その問題もありましたね」
コゴロウはフォレス皇国の帝の孫であるサラサ・アサミ嬢を奪還するために同行している。出航後に奪還を試してみる場合、ウェイン、サラサ嬢、それに俺たち全員が同じ船に乗り込む必要がある。
「同じ船に乗るのかしら?そもそも、まだ一緒に居るのかしら?」
「たぶん……単なる予測でしかないけど一緒にはいると思う……ネクロスに調べさせましょう。その上で、やはりネプトゥーヌス内で奪還作戦を行う方がよさそうです」
「イレギュラーがあった場合に、対応するのが難しくなるのである。それが順当であろう」
「となると、私の天眼通で逐一隠れてる施設を調べるしかないのね。……私が見た顔が本当にウェインやお姫様かわからないんだけど……」
「あ」
そう言えばそうだな。俺も知らない。
隠れ里にいた人の年齢と特徴から言ってウェインはあっているだろうけど、人間族のサラサ嬢はちょっと怪しい。聞いた背格好や外見から、ウェインを世話していた少女だと思うけど。
「コゴロウはサラサ嬢の顔ってわかる?」
「先日、温泉村に人相描きを送ってもらったのである」
収納空間から取り出されたソレを見せてもらうが……う~ん……写実主義ではないな。浮世絵よりはマシだが。
「他にウェインの顔が確実にわかるのはアーニャか。逃げられた時に、多分サラサ嬢も見てたはず。後は聞き込みで頑張って探すしか無いなぁ」
ステータス名は当てにならないから、本人確認も大変だ。
「そう言えば、なんでサラサ嬢を探してるのはコゴロウ一人なんだ?」
一応は帝の孫に当たるので、もっと人が居ても良い気がするのだけど。
「外聞が悪いからであるな。フォレスでは姫は病で臥せっていることになっている。他家の事を言えた義理でないが、アサミ家も小さな家であるので、スキャンダルは避けたいのであろう。事実、某に捜索を依頼したのも当主殿では無く、スサト内親王にあらせられる」
「それはまた、大そう貴族的で」
後継ぎは別にいるって話なのだろう。スサト内親王も側室の子で長女でもないので立場も低い。姫様が出て行きたくなるような事でもあったんだろうかね?家出先が邪教徒では笑えないな。
「ねえ、ワタル。どうして二人は一緒に居ると思うの?状況を見ると、サラサ姫は邪教徒の現地協力者で、ウェイン君は攫われた側でしょ?こっちがあいつらの本拠地なら、もっとちゃんとした人を当てると思うのだけど」
確かにタリアの疑問はもっともだ。ネプトゥーヌスでなら人手不足ということはないだろう。ただ……。
「お約束というか、ひな鳥のすり込みみたいな物というか……魔物側からしたら、ウェインに敵愾心を持たれると面倒なんだよね。ウェイン自身、一応ハオランから移動中に教育も受けていたらしいから、ハオラン達の印象が凄い悪いわけじゃない。邪教徒はそこを襲って攫ったわけで、本来なら協力的になる要素は薄い」
ハオランは、ウェインがクーロンの帝の血族である可能性は伝えていないと言っていた。邪教徒がウェインの事を知ったのは、犯罪者共からの売り込みだろう。
俺がウェインに話すなら、ハオラン達が違法な手立てでウェインを国から連れ出したことを告げ、その上で孤児院に戻るより一緒に働かないかと誘う。その間、外で邪教徒と呼ばれている存在であることは告げない。
「隠れ里は人類だけだったことを考えると、ウェインは邪教徒だって気づいていない可能性もある。もっともらしい事を言って従わせるのだろうけど、自分の周りの人間がコロコロ変わるような環境で、それを信じられるとも思えない。それなら、里に居た時からの顔なじみを必ず近くに置くはずさ」
アーニャの話だと、ウェインは気が弱いタイプらしいけどそれにしたって限度がある。それに、なんだかんだいっても男の子だ。アーニャの印象がアテになるかは五分五分くらいだろう。むしろ知り合いが近くにいない分はっちゃけるかも知れない。
「なるほどね。それなら私は魔物が少なくて、見たことがある人が居るエリアが無いかを探すのが良いわね」
「うん。ちょっと広いけど、想起で思い出せる顔が見つかるといいんだけど……」
ネプトゥーヌスはクロノスの首都ヒンメルに比べても広い。転々と農地や雑木林もあり、海岸線の幅は30キロ、内陸への幅も10キロを超えるところがある。魔物を警戒する必要が無いから地下の下水なども整備されていて、人口は100万人近い。東大陸では有数の都市だ。あたりを付けないと、人一人探すのは至難の業だ。
「うまく潜入できれば、某らは余暇と言いつつ聞き込みであるな」
「そう。ネクロスにはリーダーとして働いてもらうけど、あいつの部隊の一員扱いの俺達は余暇中ってことに出来る。ネプトゥーヌスで動く資金も、クーロン金貨を少し換金すれば確保できるし、1万Gも放出すれば、功績として自由に動ける」
人類領域の経済活動も、人類領域と大きく変わらない。自由に使える金や時間を手に入れるには、割り当てられた仕事以上の成果を上げることが必要だが、人類領域で活動する邪教徒は、略奪した戦利品を換金することで賄う事が多い。
「怪しまれないの?」
「また大きな戦いがあるようだから使い切ってしまおうと思って、くらいの理由で十分だよ」
知能が高い魔物は多くないし、邪教徒はその辺余り気にしない。魔物の領域の奥に行けば奥に行くほど、こういった工作には弱いはずだ。
それでも人類側が劣勢なのは、うろついている魔物の知能が低い性で、既定から外れた者は見敵必殺の勢いで襲撃されるから。そもそも侵入が難しく、自由にうろつくなど夢のまた夢なのである。
「ただいま~」
そうして、集合知から簡易的な地図を作り、何処から調べるか話しているとアーニャが帰って来た。
「あ、クッキー!良いな!」
「手を洗って、鎧は脱いでからにしなさい。お茶は入れとくから」
「は~い」
リビングに入って来たと思ったら、バタバタと流し場に向かっていく。
「……アーニャは連れて行くのであるか?」
「目の届く所に居てもらったほうが安心ですから」
うっかり見つけちゃって先走ると危ないが、一人で探しに行かないとも限らない。移動組から到着の報告を受けて、うずうずしているのは知っている。繭で待ってろなんて、酷な事は言わないさ。
「おなかすいた~!いただきま~す!」
瞬く間に着替えて戻って来たアーニャが、席に着くなりクッキーに手を伸ばす。
タリアはそれじゃあ足らないだろうと、炊事場に置いた魔導コンロで肉饅頭を温め始めた。
それを頬張る姿は幸せそうだ。
「ふむ……某はこのところ、少々気が急いている。見習わねばならぬな」
「?」
自分で分かっているなら、わざわざ口に出す事でもないだろうに。
「本番は見つけてからですからね」
「分かっているのである」
その捜索すら行き当たりばったりだけど、何とかするしかない。敵がどこまでこちらを警戒しているか分からないけど、気を引き締めて行こう。
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