第461話 改造人間
結局のところ、リスクを取らずに何かを成そう、と言うのが行き詰まりの原因なのだろう。
敵の損耗を無視し、味方の損耗に目をつむり、それによって起きる悲劇に全て目をつむって進めば、一時の成果は得られるだろう。死霊術師や合成獣使いの能力をフル活用すれば、もっとうまく立ち回れるかも知れない。
けれどそれは無理な話。
やりたくない事をやって魔王を試したところで、後で後悔するのが目に見えてる。そう言うのは御免こうむりたい。
そんな分けで、取れるのは許容範囲内のリスク、それもあんまり他人に影響がない物になる。
「とはいえ、いきなり自分で人体実験をするのも不安ですからね」
「それで儂の所に来たと。しかし試想結界にも限界があるのじゃぞ」
危ない事をするときは、長老に相談するに限る。
バーバラさんはコゴロウから頼まれた装備強化で手が離せそうになかったので、湖畔に居たアーニャを捕まえてタリアと三人で長老の下を訪ねた。
「魔術によって起こる現象についてはほぼ完全に再現できる。単純な物理現象もじゃ。しかし貴殿の言う通り、キメラの特性まで同じものが反映できるかは……かなり難しいと思うべきであろうな」
長老に頼んだのは、試想結界内での生命合成のシミュレーションだ。これまでの検証ではモルモットならぬドブネズミを使って実験をしていたが、どうしてもそれでは足らないモノがある。
特にこれまでの連戦でちらほら入手している希少素材は扱いが難しく、倉庫で肥やしに成って居る者も多い。ボガードから出た陸竜のウロコなどその筆頭だ。
「それについても少しアイデアがあります。時間をお借りして申し訳ないのですが、それも実験と言う事で」
「ふむ。時間は構わんよ。これも儂の修行となるでな」
と、そんな感じで試想結界を展開してもらう。
石畳の様な地面。半径100メートル程の円形の先には、繭の外壁。空は青い。いつもの試想結界内だ。
「さて、時間の進みが違うと言ってものんびりしてるのは申し訳ない。早速始めよう。タリア、お願いできるかな」
「ええ、大丈夫。始めるわ……」
タリアが始めたのは【神降ろし】の詠唱。
「なんの神様を呼ぶんだ?」
「知識の神」
タリアは素質のおかげか、知っている神なら応えてくれる。そして俺の集合知が有れば、人類に信仰されている神の呼び名は全てわかる。どこまで力を引き出せるかは別だが、今回の使い方なら問題ない。
『久々に呼ばれたから来てみれば仮想空間か』
神降ろしが発動したのだろう。頭の中に髪の言葉が直接響く。
自分から第一声を話すのは珍しい。アーニャが驚いて、神と尻尾が逆立っているじゃないか。こっちの方がレアだな。
「ようこそ、知識と理性の神ペローマ。何もない所ですが、しばらくおくつろぎください」
収納空間から仮想のテーブルと椅子を取り出して、暖かいお茶を進める。
『どういう理由で私を呼んだ? 残念だが、我らから知識を授けることは出来ぬぞ』
知識の神を呼べば、知恵を貸してほしいと思われるのはまぁ当然。
だけど目的は神様の口から何かを聞く事ではない。そもそも、口が堅いのは天啓様で知っての通りだ。
「大丈夫です。居てもらうだけで十分です」
『?……なるほど、そう言う事か』
一瞬の間をおいて理解したらしい。ニュータイプかな?
「さて、アーニャ、始めるよ」
「……びっくりした」
「神様の声は響くからねぇ」
俺も天啓で慣れていなければ、同じような反応をしていたかもしれない。
「まずは陸龍から」
それはボガードを倒した時のドロップ品。幅、長さ共に1メートルを越え、厚さも薄い所で数センチ、厚い所では30センチを超える陸竜の鱗。他のドロップと比較すると異質なのだけど、カトプレパスが目覚めたのに関係あるのだろうか。
「さて……生体移植」
人造獣使いのスキルを発動。
対象は自分自身。
陸竜の鱗を分解し、拳、腕、足、胸、背中といった動かすのに支障が出ない部分に移植していく。厚さは0.5ミリ程を3層に。皮膚と同じく、一番外に当たる外鱗は生物的には死んだ細胞。3層にすることで剥がれ落ちてもダメージを軽減できる。
「……おお、凄いな」
術を発動すると、指定した所に親指の爪くらいの鱗が幾重にも生えて来る。
そしてその鱗の表面に魔力の膜が生まれているのが感じられる。人類が得ることが出来ない魔力層。起爆型スキルの効果を減衰させる防御膜だ。
身体の方にも感じるが……これは厚さが無くて鎧の外に出ていない。服は脱いでおくべきだったか。
「……なぁ、いきなり脱ぎ始めるのはどうかと思うぞ」
「もう合成終わったし」
思い立ったらすぐ動く。いくら加速していても、時間がもったいないしね。
身体を確認すると、表皮をびっしりと鱗が覆っている。ひねったり回したりしてみるが、思ったほど違和感はない。これなら関節部を覆っても平気かも知れないな。
VITはわずかに上昇か。思った以上に変化がないが……ん、DEFが加算されてる?
「アーニャ、魔弾をぷりーず」
「それじゃあ、まずはこのくらい」
アーニャから打ち出された魔弾を、両腕を盾にして受ける。発動されたのはINT100分ぐらいの魔弾だろうか。それでも、ほとんど衝撃を感じない。
魔力層の内側に力場が発生していないな。魔力層が術に侵食されない。魔力層の厚さは十数ミリといった所だろうが、この薄さでも初級の起爆型スキルはほぼ無効化できそうだ。強い。
「なぁ、ここって錬金術とかの実験には使えないんだろ?そのスキルは効果あるのか?」
「ああ、その為にタリアにペローマ様を呼んでもらっているからね」
『……知らぬならば我が説明しよう。ここで知識だけ引き出されているのは暇である』
俺とアーニャのやり取りに、タリアの姿を借りたペローマ様が口を開く。
「良いんですか?」
『よい。お主が知っている事、理解している事については制約がない。どこまで理解しているかはここでなら容易く分かる。それより菓子を持て。あるのだろう?』
「アーニャ、何か出して相手をしてあげて」
「わかった」
アーニャがテーブルに付くのを待って、神は語り始める。
『まず、紅狼の娘よ、お主はこの空間がどう言った物かちゃんとは認識できておらんな』
「……ああ、そうですね。分かっていません」
『……普段の話し方で良いぞ』
「……ほんとに?」
『うむ。お主が師匠と慕うそこの男が説明を端折っておるから知らぬのも無理はないが、神への敬意は言葉遣いは意味をなさぬ。簡単にいれば、心が読めるのでな。人の身より』
「わかった。それじゃあ、普通に話すな。あたしが理解してるのは、ダメージを受けても死なない、外で思ったほど時間が経たない、あとは使った事のないスキルの効果は分からないとか、錬金術の実験は難しい、とかかな」
『うむうむ。それは正しくもあり、誤りでもある。そこの男が感づいたように、ここは疑似的な神界であり、知識の共有された空間である。ここにいるモノ、そして術を発動しているドワーフめの知識によって、この空間は構成されている。互いの認識には現れぬが、先ほどの魔弾の威力など、ここにいる誰かが知っているからこそ発動し、その現象を再現できる』
そう、この空間では誰も知らない術やスキル、現象は再現できない。長老の経験から物理現象や魔操法技、魔術刻印はほぼ再現されるが、知らないスキルの効果などは無理。職業で覚えるスキルや魔術は、術式が神界側に有るから推測が難しいのだと理解している。
『当然、そやつの人造獣使いによって起こる現象も、ドワーフめの知識をもってしても再現は難しいであろう。再現するには外で実験をして、術を行使する者が知っている必要がある』
「じゃあ、さっきのワタルが自分に鱗を合体して、魔力に覆われたのはどういうことなんだ?」
『この空間は、この空間に参加している者の知識を共有して具現化させる。そこには、呼ばれてきた我も当然含まれる。知識を司る神である我もな。そこで気持ち悪いジャンプを始めた男も、それを予想し、そして確信に変えたのだろう』
自分の身体に魔弾を当ててすっ飛んでいたら、神様から気持ち悪いと言われてしまった。
いやね、自分の体表面に魔力層が出来るなら、この無理矢理ジャンプは出来ないかなと思ったのよ。結果は出来たけど。どうやら自分の魔力で発動した術は、魔力層に阻害されないらしい。
『神が人に知識を授ける事は出来ぬ。しかし、こうして語らずとも共有されてしまえば、現象としては発動する。勝手に神の知識を盗みだすとは、なんと不敬な事よな』
「……うれしそうだな」
『不敬ではあると感じるが、それは私が個を得て感じるだけ。ここで出来るという事は許されていると同義である。それに、同胞が増える可能性が高くなるなら、それも良い。我らも予測は出来ても未来は見えぬから、数多ある可能性の一つを望み、働きかける。お主にも期待しておるぞ』
「……あたしも神様に成りたいとは思わないけど……考えとくよ」
ペローマ様がアーニャを勧誘するのを聞きながら、一通り鱗の検証を終えた。
陸竜の鱗で自身をキメラ化すると、かなりの能力アップになるな。人間を止めることに成るのが難点だ。
「いったんログアウトしますね」
そう告げて試想結界から脱出。肉体が元に戻っている事を確認して、すぐに戻る。
『合成された肉体を元に戻す手立ては分からぬが、ああして出れば元通り。ずいぶんと便利な使い方だと感心する』
「ここでなら錬金術の危ない実験も出来るな」
『私もそう暇ではないぞ。次からは力を貸す前に現世か試想結界かを確認するとしよう』
「そう言わずに、力を貸してくださいよ」
戻るとけったいな話をされていたので、お願いだけはしておく。
知恵と理性を司るペローマ様はあまり戦闘向きの神様じゃない。俺も神様の力を多く知ってるわけじゃないが、呼ぶのはかなり限定的な状態下になるだろう。ただでさえ神降ろしはリスクが大きいので、普通はおいそれと使えない。
『次はベヒモスの骨を試すのであろう。他にも試したい素材を持っているようだ。さっさと始めるが良い』
「それもお見通しですか」
死蔵していたエリュマントの大剣。その柄は凪の平原に居たベヒモスの骨で作られている。俺じゃ握ることも出来ない太さなので、一部を削り落としてキメラ化に使おうというわけだ。
他にも、クーロンやアマノハラの戦いで手に入れたドロップの中には、人造獣使いが使える素材がいくつかある。
ウォルガルフから落ちた魔狼の毛皮、フクロウ野郎からアーニャが盗み取った極楽鳥の羽、大スライムが落としたスライムコア……。希少だが扱いが難しく、錬金術の素材として使い道が無かったものだ。生物素材であれば、人造獣使いのスキルの対象にしやすい。
……まぁ、自分に使ったら人間やめることに成るわけだけど。
人造獣使いは、他の生物を使役する職業だと思うんだけど、職業システムと定着の効果を考えると、どう考えても自分を改造するほうが効率が良いんだよなぁ。
職業の設計意図に頭を悩ませながらも、次の合成のためスキルを発動するのだった。
お久しぶりです。3月は仕事が忙しすぎて全然でした。今月も仕事が減った感じはしませんが、締め切りはこなしたので少しは投稿できそうです。
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