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俺は地球に帰りたい~努力はチートに入りますか?~  作者: hearo
真夜中に踊る冒険者
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第457話 捕虜の会話を盗み見た

 デルバイ(コクーン)の湖に浮かべられた人工島。隔離施設であるその島でも、最も厳重な高職位者の監禁施設。8畳ほどの牢獄に、二人の男が押し込められていた。


 一人はネクロス・ホワイト。テラ・マテルへの道中にワタル達の襲撃を受けて捕縛された邪教徒の聖騎士であり、ワタルが化けた人物。


 もう一人は、名をドワン・グローリィ。テラ・マテルの守り人の一人であり、収容所でのワタルとの死闘の後にとらえられ、先日まで治療を受けていたドワーフの男である。


「……ふっ……ふっ……ふっ」


 ネクロスが壁に寄りかかり冷めた目で見つめる前で、その病み上がりの男は腕立て伏せを続けていた。額にはうっすら汗がにじんでいるが、先ほどまでは連続100回以上のスクワットを続けていたのだから当然の話。


 部屋に掛けられた術によって彼らのHPは常に0になっており、神の加護は失われて久しい。自らの力のみで肉体を動かす事は久しくなかったはずだが、歴戦の戦士として鍛えてきたドワンは、その程度の事で音を上げるような男では無かった。


 逆に3次職になったばかりのネクロスは、ここに放り込まれてからずっと身体の重さに悩まされていた。それは自身の目的を達した後と言う事もあり、やる気と言う物が欠けたからでもあった。


 そんな彼でも、目の前で40過ぎのマッチョが汗を流していたら、嫌味の一つも言いたくなるというもので。


「つい先日まで死にかけていた奴がよくやる」


 いい加減うっとおしくなって、つい、そんな嫌味を含んだ声を掛けた。


「お主もやると良い」


「HPが0の状態で、その動きに何の意味がある?」


「身体を動かさねば、すぐに鈍るぞ。HPが無いなら尚の事、自らの肉体で発揮できる力しか信じる者は無かろう。いざという時に動きが鈍り、脱出の機会をふいにするやもしれぬ」


「馬鹿な話だ。HP0の俺達が、どうやってここから脱出すると?」


 部屋の1面は鉄格子で身を隠すところは部屋の隅にある便所くらい。手足には重石となるの枷が付けられていて、身体の動きを阻害する。HPが有ればどうと言う事は無いが、今は高々一つ2キロの重りが、彼の気力を削っていた。


「それはこれから考えればよい。それにこんなところに押し込められていては、どうなるか分かるまい」


 部屋は狭く、届かぬ高さの天窓から差し込む光で、おおよそ昼か夜かがわかる程度。確かに快適化と言われれば首を傾げるではあろうが。


「三食上手い飯が出で、鞭に討たれるわけも無く、労働を強いられるわけでもない。正直、捕虜として奴隷になってると考えりゃ、異常なほど好待遇だろ」


 ネクロスにしてみれば、最初の数回の尋問以降は放置されている状況である。

 腹が膨れて睡眠が足りれば流石に暇を持て余すが、支給される本と最近生えてきた相部屋の住人のおかげでだいぶ緩和された。


「改宗させるつもりか、洗脳するつもりか知らんが、渡される本もそれと分かれば悪くない……やけに計算の本とかが多いが……まぁ、どうでもいい。ここがどこかもわからないし、わざわざ脱出して何になる?」


「それが聖騎士にまで上り詰めた男の台詞とは嘆かわしい」


 ドワンはため息をついて腕立て伏せを中断し、胡坐をかいてネクロスに向き合う。


「敵に命を握られたまま、いつ殺されるかもしれないこの状況で、飯と柔らかい寝床が捨てがたいというのか?それが無償で与えられると?」


「奴らの考え何てわかりゃしないさ。ただ、利用価値があると思ってるんだろ。なら、その恩恵に預かっておけばいい」


「それが無償で与えられたとして、お主の誇りは何処に置いてきた?戦士としてそこまで上り詰めた自負は無いのか?」


 そう問いかけると、ネクロスは苦虫を嚙み潰したような顔をして、「戦いが好きなわけじゃあない」と答えた。


「目的があったから戦った。上り詰めて果たしたが、それもむなしいだけだ」


『どうせ成人しても役に立たなかったであろう無駄飯ぐらいだ。死んでよかったよ』


 義妹が病に倒れ、ロクな治療も受けさせてもらえず死に、養父母がそう言い放った時、彼の人生はそいつらを殺す事だけが目的となった。

 だが、それを成し得た後に残ったのは虚しさだけだった。


 殺してしまっては、もう殺せない。もっと生かして苦しみを味合わせるべきだったか。しかし自らの中に秘めた殺意は、それを許さなかった。


「誇る事はあっても、仕事にむなしいもなにもあるまい」


 邪教徒であるドワンにとって、働くことは自分と家族の命を繋ぐことに他ならなかった。最低限の生活が保障されているからこそ、その保証を受ける価値があると示す為、己の技を振るい続けていた。そこに感情を挟む余地は無い。


「虚しさを感じているとしたら、それはお主の生きざまのせいだろう?」


「ああ?」


 ドワンの物言いに、さすがにカチンと来たネクロスが顔を上げる。


「お主が何を思ったか、何を成したか知らんが、こんな所に押し込められて腐った眼をしているくらいだ。大したことは無かろう」


「……辞世の句はそれでいいか?」


「冗談も面白くは無いな」


「今度は起きて来ねぇよう寝かしつけてやるっ!」


「寝言は寝てから言もんだぞっ!」


「貴様らっ!大人しくしろっ!」


 取っ組み合いの喧嘩を始めたネクロスとドワンの声を聴いて、看守を務めていたダンジョン組の一人が駆けつけて……。


麻痺の霧(パラライズ・ミスト)!」


 問答無用で魔術を打ち込んだ。


「……しょ……手で……それはずるい……」


「なん、で、おれまでぇ……」


 神の加護を失っている二人にあらがう術は無く、呻きを残してあっさり倒れ伏すのだった。


 ………………。


 …………。


 ……。


「むぅ……上手くいかんの」


 暫くして麻痺から立ち直ったドワンが呻く。


「……そりゃそうだろ」


「HPが0とは言え、3次職を二人同じ部屋に突っ込む迂闊な奴らぞ。騒ぎでも起こせば、うっかり止めに入って来るかと思えば」


「……さすが狂乱戦士。知略も狂ってるな」


「ぬかせ」


 HPの残ってない者を押し込んでおく牢番など、どうせ大した相手ではないだろう。ドワンはそう踏んでいたが、魔術師であったのは予想外だった。こういうのは普通、剣士や格闘家などが担うのが常だと彼は考えていた。


 ドワンの推測は概ね間違っていないが、あえて言うならここは(コクーン)。ワタルは『とりあえず』で誰でも前衛・術師の2つくらいは極めし者(マスター)にさせるので、牢番も2次職である。むろん、実戦経験など圧倒的に不足しているが、それでも成人が赤子に手を捻られることは無い。ついでに言えば、実戦経験が無いので自力でどうにかしようなどとは考えず、躊躇が無くスキルや術を使うので、逆に警備が堅牢である。


「そもそも、なんでHPが減ったままなのかも分からないのにどうにかできるわけないだろ」


 通常、負傷が回復し十分な休養を取ればHPは回復を始める。

 瀕死で担ぎ込まれたドワンはともかく、大した負傷も無いネクロスは回復しきって居なければおかしい位の日数が経っていた。


「理由など何でもよい。どうせ部屋か飯にでも仕込みがあるのだろう。何とかしてここを脱出すればHPも戻るはずなんじゃが……」


 ドワンの読みは正しく、部屋に仕掛けられた生命吸収(ライフ・ドレイン)魔素吸収(マナ・ドレイン)が定期的に彼らのHPを奪っていた。ワタルとのINT差の所為で、HPが回復しても気づく間もなく戦闘不能になる。気づいたところでMPが0ではスキルも使えず、強化された鉄格子や壁を破壊するだけのパワーを発揮する事など出来はしなかったが。


「……なんで逃げたい?正直、テラ・マテルに逃げ帰って一件を報告して、いいことがあるとも思えん。見張りが居て、飯が出て来るならここや俺達にゃ価値があるって事だ。事が動くまで様子見でも大差はないだろう」


「夜勤の最中に襲撃を受けた。それで怯む様な女房ではないが、子供たちが無事かも確認したい」


「……妻子持ちかよ」


「おかしい事はあるまい?人族の年齢は分からんが、お主もレベルから言って、妻と子くらいいても良い年齢であろう?」


「親が居ないんでな。考えたこともねぇや」


「そうか。なら尚更、ここから脱出して嫁でももらうがいい。馬が合う相手を見つけられるかは運しだいだが、帰りを待つ者が居るのは良いものだぞ」


「……俺みたいなやつは、ここで野垂れ死ぬのがお似合いだろう」


 ネクロスはそう言って寝転がる。シミの無い無地の天井は、ここが独房である事を忘れさせる。しばらくすると、隣でまたトレーニングをしている息遣いが聞こえてきて、ネクロスは目を閉じた。

 燃え尽きて残った灰に火がともる事は無い。そこに何かが焚べらるその時までは……。


 ………………。


 …………。


 ……。


「……ん~む」


 ネクロス・ホワイトと狂乱戦士のやり取りを見ていて、思わずうなり声が漏れる。


「何かあったんですか?」


 それを聞いて、隣で作業をしていたバーバラさんがこちらに顔を向けた。


「魔術師シリーズを起動して、捕らえた邪教徒の様子をのぞき見してた。捕らえて放置だったけど……どうしたモノかとね」


 捕らえた時からネクロスはやる気が無かったが、その一端が見えた気がする。確か、最近育ての親を殺したんだっけか?本人は語らないか、おそらく復讐だったのだろう。


 ドワン・グローリィと言う名の狂乱戦士は真っ当な邪教徒(人類)だ。会話は出来るが、改宗は期待できないというコゴロウの言葉はその通りだろう。テラ・マテルを制圧したら勝手に寝返りそうだが、そう言うわけにもいかない。


 無人島で働き始めた邪教徒も、人類圏を転々としていて邪教徒のコミュニティとつながりが無い者だと聞いている。結局、人は何処でもそう変わったりはしないということだろう。


「どうするか、決めているんでしょう?」


「まぁ……でもちょっと迷い中」


 クトニオスでの作戦が終われば、適当な場所で放り出してしまっても問題無い。ぶっちゃけ、二度と会うことも無いと思っている。特に支障も無いだろう。


 だけど……まぁ、こうなったのも何かの縁。互いにいい方向に転がせれば良いなって気はするんだ。


「少し考えるよ。ちょっと話してみるのもいいかもしれない。グローリィの方もね」


「自分の足を消し飛ばした相手にそう言えるのも中々」


「ははは、だって今はこっちが絶対強者だし」


 移動部隊がネプトゥーヌスに到着するまで、そう時間が無い。如月、弥生が寝込んでいて戦力も万全じゃ無い。その上ハオランの問題も積まれた。何気にうまく行っていない事の方が多い。


「とりあえず、これを完成させちゃおう」


 じわじわと広がる焦燥を気取られぬよう、臨時防具用の素材に魔力を注ぐ。


 進んでいる方向が間違っていないのか……。


『帰りを待つ者が居るのは良いものだぞ』


 果たして自分は待たれているのか。

 その答えは、俺の中には無いのだから……。

仕事とプライベートが双方忙しくて空きました。プライベートは落ち着いたので持ち直せるはず。


貴方のブクマ、評価、感想が励みになります。

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応援よろしくお願いいたします。


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