第456話 亡者の喪失
「……私は……ここは一体……どこでしょうか」
困惑したハオラン・リーの様子に、俺達は即座に状態を理解した。それは呼吸すら必要なくなった亡者の二人が息をのむのが、スキル越しに伝わってくるほどだ。
目の前の男になんと切り出すか。言葉は話せるようだが、記憶は何処まで持っているのか。
そして、それを誰が切り出すのか。
……そんなのは決まっている。
「……ああ、落ち着いてください。焦ることはありません」
それを告げるのは、選んだ俺の役目だ。
「あなたにお話があります。いいですか?どうか、落ち着いて」
『?』
「あなたはずっと昏睡状態だった」
『『??』』
そう告げると、ハオランは驚いて目を見開いた。
「ええ、ええ、わかっています。どれくらいの長さか?あなたが眠って居たのは……」
『『『???』』』
「9年です」
「この場面で大ぼら吹くのは止めなさいっ!」
ゴチンッ!!
思いっきり殴られた!痛い!
「いや、ごめん、マジでゴメン!国の悪い風習が出ただけだからっ!耳引っ張るの止めてっ!」
「神妙な顔してるからおかしいと思ったらっ!」
「神妙な顔してるとおかしいんですか?」
「概ねロクな事しないわ。ニコニコしてる時もロクな事思いつかないけどねっ」
酷い言われようっ!
「ああ、それは分かります。殿下を打ち上げる事を思いついた時なんかニッコニコでしたし。あ、でも切り出した時は確かに真剣な顔をしてましたね」
試作品が出来たブースターで流れ星作るなんて楽しい事、思いついたらニコニコするに決まってるじゃないか!
「はい、リーさんが混乱してるからやり直し」
「……はい。えー、どうでもいい話で時間を取ってしまってすまない。あなたはハオラン・リー。名前は憶えていますか?」
「……はい。確かにそうですが……なぜ……チェン?」
そこまで声に出して、後ろにスコットさんが立っている事に気づいたのだろう。
そして、なぜ後ろに控えているのかを疑問に思っている事だろう。
「まあ、順番に話しましょう。あなた達はクロノス王国から東群島渡ったのですが、この辺りの記憶はありますか」
「……ええ、もちろんです」
「入国した国は?」
「フォレス皇国ですよ。……ここはフォレスではない?いや、そもそも私は……」
『フォレスに入国してから、襲撃されるまでどのくらいでした?』
『確か入国の翌々日の夜ですね』
「記憶はあるようですね。入国した翌々日、何があったかは覚えていますか?」
「……ああ、そうだ。天幕を出たら襲撃者が居て、チェンが倒れていて……ああ、そうだ、ベイルはっ!私の息子は何処に!?」
「ああ、落ち着いてください。焦ることはありません。どうか、落ち着いて」
「これが落ち着いて居られますか。チェン、ワンも、どうしたのです!他の者は……」
「いいから、落ち着いて聞いてください。ハオラン・リー。あなたは……死にました」
「……は?」
言われたことが理解できなかったのだろう。ウェインが居ない事に気づいて慌てていたハオランは、俺の言葉で間の抜けた声を上げた。
「もう一度言います。あなたは死にました」
「……なにをバカな。じゃあ、こうして話している私はなんだと……」
「すいません、スコットさん、タツロウさん。触れてあげてください」
「……はい。……リー殿、手を失礼します」
「何をいって……ひっ!?」
スコットさんがハオランの手を取ると、その冷たさに驚いた彼が悲鳴を上げた。
「僕もです。こうして手を当てても、鼓動が聞こえないでしょう」
「ひ……バカなっ……しかしよく見れば顔色も……そんな、お前たち……はっ!?」
二人の体温、顔色の悪さに驚きを隠せないハオランは、あわてて自分の胸に手を当てた。そして鼓動を刻んでいる事を確認すると、安堵の息をついた。
「……これは……死霊術か!確か死者の身体を操ると聞いた事がある!お前たちは一体何を考えている!?私が死んだだと?私の身体は生きているじゃないか!」
「ええ。そうです。大変お伝え辛いのですが……貴方は、生き返りました」
「………………はぁ?」
今度は間の抜けた声が漏れた。その表情から、『何を言っているんだこいつは?』という感情がダイレクトに読み取れる。
「残念ながら事実です。クーロン皇国密偵のハオラン・リーさん。あなたはクロノスから皇帝の血筋である可能性の合った孤児ウェインを連れ出し、戦火のクーロン北部を避けて東群島からクーロン本島へ渡ろうとした途中、フォレス皇国で邪教徒の襲撃を受け、全滅しました」
「っ!キサマっ!なぜそれを!?」
「おっと、あまり動かない方が良い。ステータスを見れば分かりますが、HPは0だし、そもそも肉体は生き返ったばかりで、体力が落ちていますから」
そう制止する必要も無く、ハオランはベッドの上から起きることが出来なかった。
「……リー殿。驚くのも無理はないが、残念な事に事実だ。そして我々は死霊術師だった彼に拾われた。9年とは言わないが、すでに半年が経っている」
「チェンっ!お前たちまさか任務の事を……」
「いいや。我々は話してはいない。むしろ話したのは貴方だ。……これを。すいません、彼の身体を起こしてあげてもらえますか?」
「ああ、もちろん」
「私がやります」
俺のMPを気遣ってか、バーバラさんが念動力を使ってハオランの身体を起こす。こういう時、MPは消費するけど念動力の力場の方が便利なんだよね。自動介護ベッドみたいな感じで、全身を柔らかくつかんで起こすことが出来る。自動介護ベッドはしらんけど。
「……これは……これは私の字か?」
スコットさんが渡したのは、ハオランが自分に充てて書いた手紙だ。書いている最中に、俺も見せてもらった。肉体を蘇生し、人格再填を切った後、亡者であった時の記憶が残らなかった場合に備えての保険。
完全に記憶をなくし、生きることもおぼつかないようなら殺してくれ。ハオランはそう言っていたが、そうはならなかった。フォレスで時計が止まった時からまた動き出す形。予想の一つではあるけど、これはダメなパターンだな。
『……ねぇ、どうしてハオランは亡者だった時のことを覚えていないのかしら?』
『多分……脳……記憶を司っている器官の再生が、死んだときベースで行われたからだと思う』
この世界に人の根源となる魂、なんてものがあるかは不明であるが、あったとしてもそれは魔術によって触れる事は出来ないだろう。
この世界で神と呼ばれる存在は、魔術によってその自我を形成し、神界と称する場所に住まう魔素生命体である。
エルダーを始めとした進人類達が、それと同等の存在に成ろうとしていて、実際になることが出来ると考えれば、人の記憶や意識は術によって維持する事が可能と言うことに成る。
死霊術師の術はそう言ったものだ。
しかし、肉体を持つ人類は、魔力なんてけったいなモノがあるこの世界においても、脳に刻まれた物理的な神経回路によって自我を維持しているのだろう。
再生治癒は肉体の設計図を読み取って身体を修復すると言われているが、別の説もあって、その一つが消失してない部位については、損傷の情報に基づいて修復する、と言う物だ。もし、脳の記憶領域に損傷が発生していたとしても、《《繋がっていたはずの回路の損傷跡》》を基に再生できるなら、失われた記憶の一部を再生することも可能であろう。
逆に死霊術師の術によって活動していた時の記憶は、魔素によって維持されている。神界にあるそれを肉体に戻す効果が無いのであれば、亡者として活動していた期間の記憶は維持されない。
……予想はしていたが、改めて目にすると……辛いな。
「これは……こんな事が……私は一度死んで……それでも任務を果たす為に……」
「あなたの記憶に無くとも、すでに何度か、クーロンで仕事をして貰っています。ホクサンには、貴方が亡者であると気づかす、貴方に協力した者もいるでしょう。私が見ていない間に、本国に何か連絡位つけているんじゃないですかね」
実際、ハオランの動きをずっと見張っていたわけじゃない。どちらかと言うと、ハオランに俺達の手の内を見せないよう、同じ戦場で戦わないほうに気を使った。
「……これを読むと、貴方たちに協力しろと描かれている。その一つとして、最初の被験者として蘇ったと。……本当に、ウェインをクーロンへ届けてくれるのでしょうか」
「俺達に目的は、貴方が連れ去ったウェインを取り戻す事ですが……それでずっとクーロンから追われることに成るのは面倒くさい。帝の血筋で無い事が判明すれば良し。万が一にも皇帝の血筋で、政争に巻き込まれる様ならその時に考えますよ」
他国にまで密偵を送って来るくらいだからね。ウェイン絡みが面倒なのは致し方ない。
「現在はウェイン奪還の最終作戦中ですが……なんにせよ、まずは体力を戻す事ですね。あなたにはクーロンに戻った後、後腐れなく仕事を進める事なのですから」
そう告げると、ハオラン・リーは少し目線を泳がせた後、弱弱しく頷いた。
「……バーバラさん、人を当てて彼の介助を」
「はい。背中について居た罪人はどうしますか?」
「ガリレイは捕虜の邪教徒に面倒を見させましょう。体力が回復すれば、また誰かの再生に使えるかも知れません」
「……背中についていた人とは……」
「リー殿、知らないほうが幸せなこともございます」
ハオランの介助をバーバラさんに任せて拠点に戻る。
タリアがお茶を入れてくれるが、正直なところため息しか出ない。
「生者のキメラ化して生き返らせるのは、出来るけどダメですね。あれは生き返ったんじゃなくて、救急手当が間に合って死ななかったことに成っただけです」
ハオランが亡者だった時に、亡者とした成した記憶は完全に失われてい舞っているようだった。アレでは、少なくとも今俺が抱える亡者たちは、生き返ったとは言えないだろう。
ハオランの遺体は比較的キレイな方だった。ウォールで戦死した物の中には、頭が吹き飛んだり、原形を留めていない者も多い。人格再填による降霊状態から継続的に生き返らないと、頭がパーの人間が出来上がるだけの可能性が高い。
「義体構築で繋いだ肉体でも、ぼちぼち記憶が残るのが分かったのは儲けものですが……お二人は生き返ります?」
その質問を投げかけると、二人はそろって首を振った。
「……もちろん、未練はある。けれど私は死んだのだから、おとなしく土に変えるべきなのだろう。一時、故郷に残してきた家族の下に言葉を届けるため、この世にとどまっているに過ぎない」
スコットさんは元より生き返る事を望んではいない。
「僕はもともとの予定通り、仙人を目指します。クーロンの伝承には、神が力をも経たす前から仙人の伝承がありますし、その中には死して変じた尸解仙と言う者もいたとあります。単なる伝承と思っていましたが、エルダーたちの存在もありますから、方士としての可能性を追いたい」
タツロウさんは博識だよな。仙人の話なんて、タツロウさんが言いだすまで気にも留めていなかった。
「これからどうするの?」
「ん~……もう一度ハオランを殺して、再度人格再填を使った場合に記憶がどうなるかとか気になるけど……いや、試さないから。3人してそんな快楽殺人者を見つけた時みたいな顔しないで」
やっておくべき実験としては、体半分くらい切り取って義体構築で増やしておいて、生き返った後に人格再填を使ったらどうなるか、とかは準備しておくべきだった。
人格再填は死体を分割すると最初の対象が降臨中は不発に終わるのが分かって居るけど、生きてる対象の死体はどうなるのだろう。本体が生きている場合――切り落とされた腕とか――は増やしても人格再填の対象に成らないのだけど、それと同じだろうか。
「私がこれからどうするか聞いたのは、ウェインの件よ。言っちゃなんだけど、生きているハオラン・リーは信頼できるの?二人だって良く知らないんでしょ?」
「ああ、そうだな。リー殿は本島の密偵だが、詳しい所属や経歴は分かっていない。俺はこっち側の人間だからな」
スコットさんは本島の対岸に位置する州の騎士らしい。護衛任務として選出されたが、同胞だと思っていた者の裏切りで命を落とした。
「僕なんか本島の留学から帰って来た途端ですからね」
タツロウさんは本島に留学していて、帰って来て領地の見習いに登用された最初の任務だったらしい。二人とも真偽官のチェックによって、背景に問題が無い事を確認している。
亡者だった時のハオランも同じように経歴を確認したが、彼は話せない事は『話せない』としか語らなかった。死んで墓の中に持って行かねばならぬ秘密もあるらしい。
「生前のリー殿は良く分からぬ。死んで吹っ切れた後の方が明朗で付き合いやすい方であった」
「欲求と共に欲も消えていたんでしょう。心配しても当人はしばらくベッドの上さ。歩き回るのも難しいだろうし、ここは外とも隔絶されてる。ウェインを奪還出来た後の懸念は、少し後に回しましょう」
人造獣使いの力を使った蘇生は半成功と言った所。思ったほど甘くは無いらしい。
ハオランの失われた亡者時の記憶を取り戻すのも考えなければ成らない事だろうが、こればかりはアイデアが無い。他にもやらなければ成らない事はある。とりあえずはそっちに取り組もう。
□この人誰だっけ?コーナー
スコット・チェン:ハオランの同胞で、死亡時は騎士。アル・シャインさんの代わりに前衛職としてよく活躍してる。
タツロウ・ワン:ハオランの同胞で、死亡時は方士。2次職で風水師になった――本当は道士になる予定だったが、死んで転職条件を満たせなくなった――が、状況に左右される職の為もっぱら裏方。
貴方のブクマ、評価、感想が励みになります。
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