第46話 急転する平原
「おいおい、マジかよ、嘘だろ!?」
視界の先には魔物の群れが広がっていた。その数およそ200。
正面から相手に出来る数ではない。
警戒部隊の半分を屠って、魔力探信から鷹の目に切り替えると、目の前には魔物の群れが迫っていた。
部隊数は20を優に超えるだろう。アインスの外周、さらに本体から北へとすごい勢いで移動している。
「ゴブリン大鷲部隊が出てる!しかも直接狙うんじゃなく、取り囲むつもりか!」
視界の隅には遥か上空を舞う魔物の姿が見て取れる。この布陣、完全に俺を取り囲む気だ。まだ2キロ近く離れた位置にいるが展開が早い。おそらくこちらを見つける術を持った魔物もいるだろう。予想以上にマズイことになった。
「囁き、グローブさん、ディランさん、聞こえませんか?ルドルフさん、リリーナさん、聞こえますか?」
唯一、まだ魔物たちの数が少ない西側に走りながら、スキルを使って呼びかけるが……ダメか、返事がない。
そもそも今の俺のINTじゃ街の方は壁すら囁きの範囲に届いていない。せいぜい3キロ無い程度の通話距離じゃ、おそらく山中にいるであろうグローブさん達と連絡するのも無理がある。
「畜生っ!展開が早い!」
北西に大鷲の一団が下りるのが見えた。できれば正面切って戦うのは避けたいところ。
敵はおそらく100Gから200Gクラスだろうから、普通に戦えば先ほどと同じく撃破はたやすいだろう。
しかしこれは捕獲するための布陣だ。一人で正面切って戦うのは、今の俺にはリスクが高い。
「耐性強化の魔術を教えてもらっとくんだった」
ソロの戦闘で最も危険なのが状態異常。
対策できなかったロジャースさん達があっさり捕まったように、毒や麻痺、眠りと言った状態異常はそれだけで致命傷になりえる。
それでも毒や麻痺なら解毒で何とかなるけど、眠りだけはいまのところ対応の仕様がない。誰かもう一人いればどうにでもなるんだけど……くそ、今はぼやいても仕方ないか。
魔物たちはセオリー通りの戦い方をしている。
街から逃亡、もしくは遊撃に出た部隊を捕獲するための準備がされていることに気づくべきだった。
おそらく倒した中に群体で作られたゴブリンが居たのだろう。
魔物側は倒されてもドロップが回収できればマイナスにはならない。正面で防衛に戦力を割かせながら、打って出てきた少数を捕獲部隊で撃破し、戦力を増強する作戦だ。
強力な個体が見えないから魔物側が疲弊しているのは事実なのだろうが数だけは多いな。
「移動速度はこちらの方が早いか。南から東にかけてが一番厚くて、西が空いてる……のは西側の部隊からの兵力が来てないせいか。街から離れるけど、北に抜けるのが一番。だけど大鷲部隊にふさがれた。リスクは一番高い」
大鷲で北側に送り込まれたのは捕獲を専門にした部隊だろう。
ステータスに任せて数の多い街側に突っ込んだ方がまだましな可能性がある。
「……西回りでアインスの北門に突っ込むか」
街でもこの動きは観測されているはずだ。
隠密行動で敵兵力を削るつもりだったのが派手な陽動になったが、街に到達できれば一息つける。
行軍を発動させてさらに加速。
よし、こちらに向かってくる陸上部隊はついて来れない。
問題はずっと足の速い飛行部隊で……大蟷螂が来たか。
数は3匹。こちらを探しているのだろう、少し蛇行しながら近づいてくる。速度は俺が走るのより早い。
物陰で忍び足を使ってやり過ごしてもいいけど、その間に包囲が進むのは避けたいな。追いつかれるの覚悟で、無視して走り続けるか。……そう思った瞬間に見つかった。
羽音を立てずに飛ぶカマキリ達が、こちらに向かって真っすぐ飛行を始めた。
北門はまだ豆粒にしか見えない。あれとの戦闘は避けられないな。
「偉大なる炎の神の力もて……紅蓮の閃光にて……敵を射る!」
こちらに向かってくるカマキリを確認しながら詠唱を開始。
あいつらは空中で獲物を襲うようにできていない。地上での移動速度は俺のほうが早いから、上空を通り過ぎた後旋回して、逃げ道を塞ぐように降り立つはずだ。
そしてその予想通り、頭の上を大きな影が通り過ぎる。
「火矢!」
まっすぐ飛行する一体に狙いを定めて魔術を発動。
火の矢はカマキリの腹をぶち抜いて燃え上がり、魔物はドロップ品に姿を変えた。まず一匹。
「魔弾」
旋回して地面に降り立とうとする1匹に対してスキルを発動。
もろい頭を吹き飛ばされたカマキリは地面に倒れ伏して、しばらく痙攣した後ドロップへと変わる。二匹目。
3匹目は既に臨戦態勢だ。高速の鎌による一撃は危険な相手である。正面からぶつかるのは得策ではない。
「MPもったいないけど!魔弾」
そんなわけで3匹目も撃破。
ドロップを回収してはいないが、代わりにこの間足を止めることもない。
これ位雑魚ばかりなら楽なのだけど。
魔物の一団は北門前までは進出しきっていない。
隠れているものもいるだろうが、これなら北門に駆け込める。問題は開けてもらえるかだけど……。
「照明弾!」
昼間でも視認できる照明弾を打ち上げる。
魔物に居場所がバレるのを考慮しても、街の外で戦っている人間がいることを伝える価値はある。
「もういっちょ、照明弾!」
2つ目の照明弾を北門のほうに向けて打ち上げる。さて、どう来る?
それから十数秒で、北門付近から照明弾が上がる。よし!気づいてる。
照明弾による情報伝達は冒険者ギルドが教える基本テクニックだ。まっすぐ上空に1つなら居場所、上空と斜めに二つ打ち上げるなら移動方向など、表現できるものはそれなりにある。
北門から上がった照明弾は……3つ?
集合知はそれが『問題あり』……事実上の「こちらに来るな」という意味だと教えてくれる。
どういうことだ?何かまずったか?
そうしている間にも、さらに2つの照明弾があげられる。街から離れろ……指示されたのは大鷲から降りた魔物の部隊がいる方向だ。
どうしよう、指示に従うか……囁きの範囲にだれか入ってくれりゃ状況を確認できるのにっ!
照明弾を上げたことで魔物の包囲は速まっている。外壁まで近づければ囁きで話ができるだろうけど……いや、ここは素直に従おう。
街からはこちらが誰で、どれくらいの戦力か分かっていないはず。タイムラグがほとんどなく指示が返ってきたということは、誰であってもまずい状況の可能性がある。
丘の陰になる場所を選んで、忍び足で気配を消して障害物の陰から、状態異常魔術を使ってきそうな魔物を優先的に倒す。場合によっては小結界でやり過ごす。
まずは北側、敵の防御が中途半端に厚く油断しているところを……。
そう思って辺りを見回したその時、西側で小さな影が動くのが見えた。
……いや……小さくない!小さく見えるのは遠いからだ!
頭の中で警笛が鳴る。あれはヤバイ!
その場で即座に踵を返すと、比較的大きな林へと飛び込むと小結界を発動する。丘の上に魔物の巨体が見えた。
大きくそれでいて曲がった牙、黒い鬣、鈍く輝く鋼の鎧、骨の意匠をあしらった3メートルにも及ぶ大剣。そしてそれが小さく見える体躯。
13年前の集合知が教えてくれる。初めて目にする名づけられた魔物。
「……オーク大将・エリュマントス」
推定10000G越え。クロノス王国に古くから巣くう魔物は、丘の上から見えないはずのこちらを、確かに見据えていた。
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2025/06/07 誤字脱字など修正しました.




