第452話 魔法陣
アポなしで長老の家を訪ねると、まるで来るのが分かっていたかのように応接間に通された。
相変わらず質素な部屋だが……以前より少しだけ物が置かれるようになっている。床の間のような空間に置かれた小さな花瓶に、花が一凛だけ挿されている。魔力の流れを感じるが、あれは魔道具だろうか?
僅かな時間を置いて、エルダーたちの長老がやって来る。
「ご無沙汰しております。急な訪問、失礼いたしました」
「うむ。よい。そのうち来るだろうと思っておったからな。備えておるよ」
他のエルダーは概ねアポ無しで合えるが、長老だけはお弟子さんに取り次いでもらう必要がある。最年長だけあって、進人類のさらに先に進むため、修行に多くの時間を割いているらしい。
「二人で来たと言う事は、試想結界での修業に来たわけではないであろう」
「はい。見てもらいたいものがありまして」
長老に魔方陣をかき出した紙の束を渡す。全体図、全体図を複数に分けた場合の範囲、それに細部を拡大した詳細図。高DEXと想起で細部まで書き起こした資料。この情報は集合知にも類似するものが無い。
「おそらくは、人類を核とする魔物を生み出すための魔法陣と思われます。何かご存知ではありませんか?」
そう問いかけると、長老は目を閉じて少し思案したのち口を開いた。
「遥か昔、少しだけの。魔物に占領されていた都市の奪還を成した際、その都市の一角にこれと同じものが作られていた。その時は戦いの中で破壊されていて、完全な物では無かった」
「これはいわゆる魔導刻印のように見えます。構造の一部には見覚えがありますし、魔導回路の理論からの発展と考えると、この紋様は幾何学性が薄い」
魔術回路も、それを高度化した魔導回路も、基本的には魔力を幾何学図形に沿わせてコントロールする。すなわち、円と直線によって構成され、各線の太さはほぼ一定だ。これが回路と訳される所以である。
それに対してこの魔法陣は、筆で描いた文字の様な図形がちりばめられており、明らかに違う技術に基づいて描かれているのが分かる。魔力の流れによって減少を発生させるのが魔術なので、こういった仕様の紋様が描かれるは理解できるが、これがどういう理論で描かれているかは理解の範疇を越える。
「その推論は正しいであろうな。これは刻印の理論を源流としたものだ。だが、これは完成形ではないな」
「どういうことですか?」
「昔見た陣は多層構造であった。破壊されているがゆえに、この下に描かれた陣を確認する事が出来たのじゃ。これは表面の一層を捕らえただけに過ぎぬ。その上で、この部分だけを魔導刻印として表すなら、魔力の集約と……生物を亜空に転送するための為の物であろう」
「亜空……収納空間ですか?」
「類するものじゃな。魔物の核、ドロップ品はこの世界から隔絶された場所、すなわち亜空にある。そこは時の流れぬ疑似空間と言える場所じゃ。収納空間は生き物を生き物を入れる事は出来ぬ。それは生き物の身体にとって、時間が止まった状態の部分と、時間が流れている状態の部分が存在するのが、命に係わる危険な状態である為だと言われておる。これはソレを回避するための物だと読み取れる」
長老が説明してくれた陣の細部は、俺には理解しがたいものだったが、どうやら周囲の空間ごと、亜空間に転送するための陣と考えられるらしい。
「概念的には受送陣に近い。それを補助するための魔力収集機能を兼ね備えているが……ふむ、それも不完全だな。違和感がある。なにか……魔道具の様なものが一緒に置かれていなかったかの?」
「魔物が生み出したらしきオブジェが有りましたね」
「それはどうした?」
「俺の収納空間の中です。人が作った物に思えなかったので、持ち出しては来ましたが、ここで取り出すのは危険があるかも知れないと思いまして」
魔物の産み出したもの……平たく言うと魔物の一部と考えられるものだ。どんなリスクがあるか分からん。繭はまだ魔王の呪いに汚染されていないのだ。注意を払うに越したことは無い。
「良き判断じゃな。しかし調べる必要がある。取り出すのは地上が良いであろうが……久々に出るかの」
「えっと……まさか長老様が来られるんですか?」
一瞬考えが及ばなかった。エルダーたちも外とのかかわりはあるが、基本的には若い者が多くを担っている。長老を始めとする古参の者たちは、ほどんど迷宮を出たという話は聞かない。
「長きを生きているが、籠ってばかりであちらの造った陣を見るのは初めてじゃ繭の住人で見たという話も聞かぬ。神々なら知っている事もあろうが、世界の均衡を崩すことは望まぬ故、何も語らぬであろう。ならばたまには自ら足を動かすのも必要であろう」
「そんなホイホイ出かけられるものなんですか?」
「……ふむ。皆とは話しておかねばならんな。二、三日あれば準備もできるであろう」
「わかりました。俺も足のリハビリがあるので、準備が整ったら連絡をお願いします。……出るのはデルバイですか?」
「うむ。地上には仮の宿しかないから、場所の準備もさせねばならぬ」
「それなら……タリア、開拓村に来てもらうのは良いかな?」
あそこならでかい屋敷があるし、エルダーたちが拠点として使っても問題無いはずだ。
「別に構わないと思うけど……何か気になる事があるの?」
「うん。襲撃犯は俺達だと疑われてるだろ? あのオブジェが魔物に感知されるような仕様で、もし強奪されたものだと分かるようだったら、それがいきなりデルバイに現れたらつじつまが合わないことになる」
あのオブジェ、生み出した魔物の群体のような存在である可能性は十分にあると思っている。離れていても感知されるリスクを考えて、繭では収納空間から出さなかったのだ。
開拓村なら俺達が関わっている事は調べればわかるし、戦利品として持ち帰ったと思われても違和感がない。怪我の功名で襲撃から三日以上たっているから、飛行船の存在を知られて居れば勝手に納得してくれるはずだ。
「取り返しに来る、なんてことは無いと思うけど、開拓村が狙われる可能性はある。ただ、俺達は魔物に喧嘩売りまくってるから、それはいまさらだと思ってるんだよね」
開拓村には連絡要員の亡者さんが何人か滞在していて、異変があれば小型受送陣ですぐに連絡をくれる手筈になっている。絶対安全な街などないのだから、開拓村の防衛能力を考えれば許容範囲だろう。
「そうね。私は問題無いと思うわ」
「と、いう事ですがどうですかね」
俺の提案に、長老は少し思案した後にうなづいた。
「良い提案じゃな。少し付いて行きたいと言う者が増えるかも知れぬが、問題無いか?」
「別に問題無いと思いますけど……興味あるんですか?温泉」
「お主らのやることに興味がある。そう言うエルダーが多いだけじゃ」
別に何人か増えた所で、キャパシティに問題は無いだろう。
オブジェの調査は人を調整して行うとして、陣の詳細は長老から他のエルダーにも依頼してくれることとなった。
これで持ち帰った物の調査も進む。
「最後に……一つだけ、気になることを伺ってもいいでしょうか」
「うむ。改まってなんじゃ?」
「……魔王とは、何者でしょうか」
喉に刺さった魚の小骨の様に、ずっと気になっていた問いを長老に投げる。
「……なぜ、それを儂に問う?」
「魔王を倒すとは言いましたが、あの時の俺は魔王が何者か、よく分かって居ませんでした」
集合知には、魔王の情報は伝聞でしか存在しないのだ。
邪教徒にも魔王に謁見した者はいないようで、その存在はまことしやかに囁かれる噂の様な存在。
しかし、今回の事で一つ気になる事を知った。
「魔導刻印は……人類には扱えない、あなた達ネクストの技術ですよね。それが魔物の領域で再現されている……普通に考えれば、魔王は進人類の関係者ではないかと思い至ります」
魔王について、現在想定していたのは三つ。
一つは魔獣。魔力を有することで獣から魔獣となった種族の中で、さらにイレギュラーな個体が発生し、それが魔王と呼ばれている場合。
一つは古の魔術師。職業システムが導入される以前に、魔術とされるものに到達した人類がが、それを悪用した場合。
最後の一つは神の試練。以前、バノッサさんが触れていたが、進人類達にも明かされていない神の意図があり、人類を進人類に導くための試練として生み出された場合。
今回、魔物の技術の中に魔導刻印に類するものが存在することで、二つ目か三つ目、つまり神や進人類が関わっている可能性が高まったと考えている。
相手が何にせよ、俺は魔王を倒さなければ成らないが、その出自は知っておきたい。どんなことが攻略の糸口になるか分からないから。
「ふむ……あまり有意義な事は話せぬぞ。知ってどうなるという事も無く、儂自身も魔王が誕生した後の産まれじゃ。かつて聞いた事に、幾ばくかの推測を交えての話になる」
「構いません」
やはり長老は魔王について知っている事があるか。惚けられた時に余計な疑念を抱きたくないから聞かなかったが、反応からして、禁忌と言うわけでも無い様だ。
「どこから話すのが良いか……」
長老はそう呟くと、少し遠くを見つめて、浅くため息をついた。
「ふむ、それならば、かつて儂が同じように問うた時、今は神となった先人からされた問い賭けから始めるとしよう」
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