第433話 諜報活動
ガーゴイルが上司な役所の女に接続を戻すと、ちょうど資料をまとめている所だった。
視線の端に映った資料を読み解くと、食堂の男が話していた通り、テラ・マテルとの交換輸送を提案するらしい。
ウーレアーからネプトゥーヌスへ向かう戦闘員の随伴ポーターに、ウーレアーからテラ・マテルへの資材を運んでもらい、代わりにテラ・マテルからは食料を輸送する運搬者を出してもらう。
さらにテラ・マテルで随伴ポーターが荷を納めた後は、テラ・マテルからネプトゥーヌスへの荷物輸送も担当する。
普段、随伴ポーターは幹部や戦闘員の荷物のみを運ぶ。そこに相乗りする形で物資を送り、ネプトゥーヌスまでの輸送を担当するから、代わりにネプトゥーヌスへ行く予定だった運搬者をウーレアーに回すよう提案する様だ。
ただ人数は確保できていない。ウーレアーから随伴する運搬者は3人。収納空間で運べるのは精々一人200キロほど。さらに荷物を持ち、それに荷馬車を加えても千キロ分もあればいい所だろう。移動の際に消費する食料が、保存食に頼らなくて良いのくらいしかメリットが無い。ウーレアーの人口を考えると焼け石に水だろう。
そう思っていたところ、続く文章が目に入った。
なるほど……向こうからは出来る限りの人数を出してもらい、その人たちは次週以降にアマノハラから帰って来る騎乗可能な飛ぶ魔物で送り返すのか。その後は状況を見ながら、輸送に参加と。
テラ・マテルへ送る文書の中に、ウーレアーの状況も書かれているな。
クーロンへの進行、それにクロノス王国軍の撃退のため、貯えていた資材は殆ど出し切った後だったようだ。クーロンもアマノハラも、このウーレアーから物を出すのが一番近い。必要な武器防具、輸送に使う荷馬車、邪教徒が使う日用品……そう言ったものを揃えるために生産体制を工業側に寄せていた結果、おおもとの資材が足らなくなったようだ。
転職とレベル上げでみんなが一通りの生産業務を出来る弊害だな。ひと月ちょっと前までは鉱夫や木こりまで道具生産に回していたらしい。
残っていた僅かなたくわえと食料を運搬者に持たせて、ウーレアーから100人単位でアマノハラとヨモツ城塞に送っているようだ。彼らはがれきの撤去作業などにも活躍するから、当分は帰ってこないだろう。
『そんなわけで、ウーレアーはアマノハラ復興のため不足している資源の掘り出し、加工を突貫で行っているようです。さらにアマノハラへ運搬者を送ってしまったので、輸送の人員が足りてません。アマノハラ、ヨモツ城塞の被害は甚大で、復旧にどの程度かかるか不明のようですね。場内で『価値あるモノが勝手に魔物化する状態』だけは脱しなければ話にならないので、ウーレアーは支援に力を入れるしかないようですが、結果として食料不足の懸念が出始めている。というのが現状のようです』
見上げた先では、テラ・マテルへ手紙を届ける鳥の魔物が小さくなっていく。
アレは長距離滑空飛行が得意なタイプだ。おそらく今日明日にはテラ・マテルに到着するだろう。向うの協議と返信に1日か2日かな?動き出すのは3日後ってとこだろうか。
『……どうでもいい事なんだが、ギルドや国が使っている通信網の様なものはこっちには無いのか?』
『通信?』
グレミーさんの問いかけに、アーニャは首を傾げ、集合知が反応した。
『ああ、そう言えばありましたね。国や大きな街は、一方通行だけど一瞬で手紙の用に情報をやり取りする手段を持っているんだよ。それが通信網。技術としては魔導通信とか、魔術伝文とか、まぁ色々呼ばれてる。ギルドじゃ一般通信・速達通信って名前でサービスを提供してるな』
アーニャにこの辺の知識は教えて無かった。いい機会だから説明しておこう。
『囁きのスキルを応用して、文字を遠くに届ける技術だと思えばいい。んで、普通は足らない距離は、術を補強する魔道具を街の外、地中に埋めて効果が途切れないようにしてる』
この世界は街と街の間を比較的狭く取る事が多いが、それでも人が住むのに適さないエリアは存在している。街に設置できる魔道具の性能では、ネットワークを繋ぎきることは出来ない。
『それじゃ魔物化するじゃん。あたしの宝箱みたいなスキルは取り出さないと中身使えないし……無理じゃね?』
『そう言えばそうだな』
アーニャの問いに、グレミーさんが同意した。おや?
『グレミーさんも知らないですか?』
『ああ、気にしたことは無かった。言って死ぬまで1次職の斥候だぞ?ギルドの秘匿技術なんてしらんさ』
『そういやそうでした。まぁ、そもそも個人が使う事もそう無いですからね。簡単に言うと、王のスキルです』
領主のスキルに、街の中の魔物化を抑制するものがある様に、王のスキルには自国領内での魔物化を抑制、そして隠匿をするものがある。
使用に制限があり、王が直接スキルを使って祝福を付与する必要がある。さらに個数や対象の大きさ、重さにも制限がある。それでも対魔物にとって強力な能力であり、王として必要とされるスキルの一つだ。
『そして、クロニオスの王、つまり邪教徒のその立場の者ですが……レベルが足りません』
領主と同じく、国内の人類の半数以上が奴隷、しかも人類の支配地域から拉致して来た者たちとなると、信仰が集まらない。レベルが国民からの信仰で決まる王は、必然的にレベル不足に陥るわけだ。
ちなみに、これは人類側でも起こりえる話。
なのでクロノスでは奴隷を禁じ、国が管理して労働資源とするとともに教育を施し、最終的に国民として取り込んでいる。
クーロンでも奴隷登録から何年か経った者を国が買い上げ、恩赦を与える形で解放をしている。むろん、その後は国の労働力として働かされるわけだが……まあ、何処の国でもそう言った事を王の命でやって人気取りはしているものだ。
『まあ、魔物側はああやって長距離を早く移動する奴がいますし、襲われてロストすることもほぼ無いですからね。距離制限で人手を介している人類側より早いかも知れません』
魔導通信は制限が多くて、ウォールやボホールと一瞬で王都を繋ぐような通信は実現できていない。一度に送れる情報量にも限界があるので、情報戦に関して人類側が圧倒的に優位かと言えばそうでもないのが現状だな。
『そう言う事情なら、アレを落とせば魔物側の打撃になったんじゃないか?』
『それやっちゃうと隠密行動してる意味が無くなりますし。最優先はウェイン少年とサラサ嬢の確保ですからね』
当初の目的をはき違えてはいけない。俺達がここにいるのは、クトニオスを攻め落したり解放したりするのが目的ではない。早急に二人を見つけ、可能なら他の拉致被害者も助けてトンずらするが吉だ。
『タリア姉さんが居れば、街の中を調べてもらえるのにな……』
『最後に手紙をくれた時にはエルフの国に入ったって書いてあったから、そろそろ一度連絡があっても良いと思うんだけど……予想より伸びてるのは気になるけど、居ないものは仕方ないよ』
南大陸に向かったタリアはまだ戻っていない。一度か二度は受送陣で繭に戻ったらしいが、俺達とはすれ違っていて、出発以降会えていないのが現状だ。
南大陸の迷宮は、想像通り人類未開の地の奥深くにあったらしい。地道に歩いて樹海を踏破することになり、精霊の力をもってしてもかなりの時間がかかると書かれていた。3歩歩くと魔獣に襲われるとか。……魔境かな?
エルフの国に入った途端、国の役人に捕まって、監視の目が厳しくて受送陣を出すのも難しくなりそうだと書いてあったけど……。
『交換移送の計画が決まれば、すぐに動き出すでしょう。必要な食料量を考えると、こちらからテラ・マテルへ送る物品もそれなりの価値になるはずです。話の流れからして、幹部クラスも同行するはず。そこを襲撃してなり替わることを優先目標としましょう』
亡者さんたちの一部にウーレアー周辺に潜んでいてもらえば、当てが外れた場合でも受送陣を使って行き来できるようになる。
これがクトニオス内部攻略の糸口となってくれることを期待しよう。
その日は感覚共有で情報を集め、日が暮れてから街へ忍び込み従者を増やす。昼間に覚えた顔の中から、重要な情報を持っていそうな者、こちらの行動範囲外に足を運ぶものを率先して選び出した。人数が増えるとバレる可能性もあるが、すでに方針が決まっているし数日ならしのげるだろう。
そして翌日の夕方。
こちらの予想よりかなり早く、鳥型の魔物がテラ・マテルからの連絡をもたらしたのだった。
1週間空いてしまいましたorz
ダイエットと執筆の両立がほんと辛い。平日は書く気力と時間を持っていかれてしまう。頑張らねば。
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