第420話 王の証・語り部の選定
目の前に現れたボガードの斬撃を、二刀を持ってギリギリで防ぐ。打ち合わされた刃から火花が散り、吹き飛ばされそうになるのを蜘蛛の足を使って耐える。
早い!馬鹿みたいにデカい剣だというのに、防御スキルを使っている余裕がない!
「この剣はね、王の証。選定の剣。これを持つ物こそゴブリンの王であり、唯一である。だからこの剣を使っている間、オイラは分体を生み出すことはできない。一対一の決闘さ」
「語るなっ!」
一つ一つの斬撃が重くて速い!それに連撃の流れに隙が無い。
ウォルガルフ以上……これまで戦った中で最もの手練れだ!
「良いじゃないか。語らおうよ。そしてオイラが勝ったらオイラが、キミが勝ったらキミが、この戦いを語り継ごうじゃないか!」
「何を!」
『捕らえます!』
弥生が蛸の足を駆使して背後から攻撃を仕掛けるが……。
「遅いね。それじゃオイラは捕まらないよ」
後ろに目でもあんのか!
振り返りもしないで触手を避けると、瞬く間に一つを三つに分断した。
『っ!』
「ビットっ!」
目の前に対しての集中砲火。全方位からの砲撃で地面がえぐれ、砂塵が舞う。
……避けられた!あのタイミングでも縮地が間に合うのかよ。
「カトンボがうるさいね。これはどうかな?」
ボガードが突き出した手の前に光球が生まれる。
……なんだそれは?……そんなスキルは知らない。
「斉射!」
果たしてそれは力ある言葉だったのだろうか。
光球から無数の光の矢が放たれると、幾つかのビットが爆散した。
「オイラ以外を自動で狙い撃つオートタレット、こんな状況じゃなきゃ使えない術だよね」
「そんな術知らねぇよ!」
光球からは秒間数発の炎矢が放たれている。ビットを動かして回避させるが、気を抜くと簡単に撃墜されるぞ。
「数が多いね、もういっちょいっておこうか」
二つ目!分体が生み出せないとか関係ないだろっ!
『弥生、蛸の足と蜘蛛の足は移動に専念。それが無かったら物理限界を越えられない俺じゃついて行けない』
『……わかりました』
『睦月、如月、スキルを乗せてく』
『了解や』『わかりました』
消耗が大きいが仕方ない。ボガードを倒すのに大火力の一撃が必要じゃない事を祈ろう。
「さて、これで多少は集中できるかなっ!」
言葉と共にボガードの姿が消える。だがこちらも同じ轍を踏むつもりは無い。
「二連・飛翔斬!」
相手の姿が消えると同時に、如月、睦月の順で横薙ぎを放つ。
「っ!?」
次の瞬間、互いの丁度真ん中あたりにボガードが出現し、睦月の飛翔斬が突き刺さる。
如月の『魔術を切る』能力を乗せた飛翔斬は、経路上にいる相手の縮地の効果を打ち消して妨害する。そこに続くのは斬撃を強化した文月の飛翔斬。その一撃は丸太だろうが、石壁だろうが、鉄の盾・鎧だろうが容易く切り裂く。
「あぶなっ!」
その斬撃はボガードの大剣に防がれた。だけど足は止まった!
「死ね!」
霞二刀、二段切り、十文字斬り……連撃系のスキルに疾風斬りを乗せ、1秒に10を超える連撃を放つ。
「っ!早いね!」
しかしそれでもボガードに届かない。全ての斬撃を、いなし、避け、受け止める。
息が続く限りの連撃を、ボガードは紙一重で防いでいく。
剣技だけでは届かない。だけどできるのはそれだけじゃない!
「吹き飛べ!」
人形操作によって操作されたビットがボガードへ群がった。照準の為に止れば、奴の魔術で迎撃される。だから打てる手はこれ位しかない!
人形爆破!
自分をまきこんで、複数のビットが自爆する。
発生した爆炎は絶える!本命は……!
「音速!|十字飛……っ!」
十字に振り抜こうとした刃が止まる。掴まれた!?
『避けっ』
「っ!?」
煙の中から伸びてきた刃が、鎧の防御を貫いて肩に突き刺さる。
「ぐぅ!」
「肩を貫かれてもまだ力を出せるって、ほんとに人間?」
弥生が右手を操作して睦月で止めてくれなけりゃ、最低でも片腕が無くなってたっ!
「……どうやって……太刀をっ!」
ボガードの左手は、つまむように如月の斬撃を止めている。
対魔の力を秘めた斬撃は、並の能力じゃ防ぐことは出来ないはずなのにっ!
スキル無しでこんな芸当が出来るタイプじゃねぇだろう!
「ふふ。念動力の応用だよ。斬る事で効果を発揮するんだろう? 鎬地を掴めば、この通り抑えることも可能だよ」
……言って出来る芸当じゃねぇぞ。
「でも、身を削ってまで仕掛けたのに止められちゃったのは失敗だったな。オートタレットも吹き飛ばされちゃったし、ちょっと不利かも?」
「ぬかせ!」
ボガードの身体は熱で焼けただれ、黒くすすけている。それなりにダメージはあったのだろう。
こっちは大剣の刃が鎖骨に突き刺さり、右手の感覚が薄い。痛みの耐性が上がって無けりゃ、のたうち回ってる。
ボガードが止まっているのは、俺の右手が動くと思ってるからだ。
次の動きの為に太刀を振り上げれば、間合いと大きさから、こっちの方が速くボガードの首を撥ねられる。
縮地を発動した瞬間、如月の斬撃がそれを打ち消すから逃げることも出来ない。
……もちろん、俺の右手がちゃんと動けばだが。
弥生の剣速では足らなだろう。回復したいところだが、奴の剣が抜けないとそうも行かない。
「剣を振り上げればそっちの方が速い。距離を取ろうにも、縮地は発動した瞬間打ち消されて斬られるかな?そのほかスキルは先に発動した方が魔術無効化される。いいね、にらみ合いだ」
「人の肩に大剣食い込ませて語らうな」
「良いじゃないか。オイラは所詮魔物だぜ。話すか壊すかくらいしかできないんだ。話くらい付き合ってくれても」
「奪って殺すの間違いだ、ろっ!」
返す言葉と共に放った蹴りがボガードを捕らえる。綺麗に決まったその一撃が、奴の身体を吹き飛ばし……。
ニヤリと笑うのが見えた。
「っ!」
眼前が炎で埋め尽くされる。炎矢の雨!
この数は打ち消し切れ……。
「ぐぅっ!?」
熱波が降り注ぐ中、急速に後方に引っ張られて加速する。
弥生が蛸の足を使って回避してくれたらしい。
『生きてますか!』
『ああ、なんとか!』
降り注ぐ火の矢を打ち払いながら、回復アイテムを使って肩の傷を癒す。
ボガードの大剣は……ダメだ。
「器用に逃げるね!」
「お互い様だろうっ!」
息つく間もなく迫りくる追撃をはじく。また攻守が逆転した!
多重処理が役に立たない。見えない速度じゃないのに、目の前にだけ集中しないと攻撃を避け切れない。流れ矢で残ってたビットがほぼ壊滅した。
『睦月、如月、刀身は無事か!』
『キッツいけどなんどかや!』
『私はまだいけます!刃で受けたほうが軽いです!』
って事はスキルか!
弥生の防御力と、睦月・如月の硬度はそんなに大きくは違わない。弥生の方が弱い衝撃も逃がす調整がされている分柔らかいが、まともに打ち合ったら刀身が折れかねない。
スキルが乗ってるなら、如月の斬撃を併せたほうがトータルとしては良いか……。
「いいね!ここまで防いだのはキミが初めてだよ!やっぱりこっちにつかないかい?」
「人を豚の餌にする奴らの仲間になる気はねぇ!」
「価値の無いやからの話に興味は無いよ!」
打ち合わせた刃が火花を散らす。
「なんにでも成れる価値を持ちながら、何者にもならず、ただ怠惰に生きことを選んだ者に何の価値があるっていうんだい?」
「何も生み出さないお前が言うか!」
「何も生み出せないから言うんだよっ!」
くそっ!気が散る!集合知からの浸食が進む。感情の抑えがっ!
「オイラたちは何も生み出せない。鍬を振って畑を耕すのも、斧を振るって薪を割るのも、堰を気づくために石を積むのすら出来やしない!身体が竦む!そういう風に産み落とされた!」
「そのまま自分の産まれだけ呪ってろっ!」
蜘蛛の足を地面に突き立てて急速反転。不規則な動きでボガードの攻撃を避けてはいるが、反撃の糸口がつかめない。
「ごめんだね!壊す事しか!奪う事しかできなくてもっ!ほら!こんなにも楽しい!壊す為なら!奪うためなら!オイラ達は生み出せる!」
「っ!」
魔力が荒れる。放たれた炎矢の熱量が、消える事無くボガードに収束してる。オートビットと同様に、熱を帯びた光球がボガードの周りを漂うけど……アレは……再魔砲!?
「オイラの前に倒れた英雄たちと同じように!キミもオイラの生を彩る逸話となるかい!?」
『避けきれませんっ!』
ボガードの放つ熱線によって、蜘蛛足一つが蒸発した。
『間合いを詰める!』
縮地で逃げても速度で負ける!
『剣が避け切れません!』
『光線よりはマシ!』
至近距離なら魔術無効化で防げる。距離が遠いと、生み出された熱と光は魔術無効化では消せない!
蛸の足も蜘蛛の足もダメ。ビットもほぼ撃墜された。
後使える手は!
「収納空間!」
「見え見えだよ!」
放たれた対物ライフル弾が避けられる。
構わず連射するが射線にボガードの身体を捕らえられない。
「手で指示して狙わなきゃいけない攻撃が、いまさら当たるわけないだろう?」
「っ!」
読まれてるっ!
早さは問題じゃない。魔力の動きで、射線から回避されてる。120ミリ榴弾砲でも当たらなければ意味がない。
なにか、あいつの意表をつく手を……。
熱線が、斬撃が、腕を、足をかすめていく。
打てる手は、もう!……やりたくないのが一つだけだ糞野郎!
「それで打ち止めかい?なら、このまま押し切らせてもらうよ!」
「やられるかぁぁっ!」
『弥生!痛いぞ!』
ボガードの斬撃をさばき切れない。流れた刃が腹に食い込む。
ほぼ捨て身で放った斬撃は空を切った。少しだけ届かない。
だから魔術を練り上げる。
「無駄だよ」
使ったのは魔弾。ボガードに向かって放たれたそれは、容易く打ち消される。
そして己に向かって放ったそれは、足らない数センチ背中を押して余りある。
「あ……」
弥生が支えた如月の切っ先が、ボガードの腹部に突き刺さった。これでもう縮地でも逃げられない。
1本残った蛸の足が、ゴブリンの王剣を捕らえている。
振り上げられた刃の間合いの中、むき出しの左手を睦月に添えて。
『全力の、全開や!』
理力の大剣、武器破壊、鎧破壊、炎剣、雷剣、切れ味強化、切れ味強化、切れ味強化……。
彼女が学んだ全ての力が、その刀身に収束する。
「オイラの剣なら受けきれっ!」
ボガードは再召喚した剣を掲げ……。
振り下ろした一撃はゴブリンの王剣を二つに分かち、ボガードの身体を引き裂いた。
決め手は久々の自爆加速でした。
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