第417話 戦神vsゴブリンの王
「ついに捕らえたぞーーー!ボガァーーードォォーーーーっ!」
ゴブリン術師を倒し最前線に駆け付けた俺達が目にしたのは、ゴールドスタイン卿が戦斧を振りかざしてゴブリンの王に斬りかかる姿だった。
「すごい気迫だねぇ!そんなに会いたかったかい?」
雄たけびと共に放たれる連撃を、ボガードが涼しい顔で避けている。
……いや、当っているな。にもかかわらずさしたるダメージになっていないように見える。
『加勢しますか!?』
「無駄だからやめおいた方がいいよぅ」
バーバラさんの言葉に呼応するように、目の前の影からヌルリとボガードが生えて来る。
「っ!」
咄嗟に刃を向けるが、それを気にした様子も無く……。
「ああ、僕を相手にするだけ無駄だよ。会話用のダミーみたいなものだからね」
ゴブリンの王はそうおどけて見せた。
「……魔力を全然感じないな。コピー能力すらないのか。念話に割り込んできたのはブラフだろ」
「ご明察。頭が切れるねぇ」
念話での会話でも、人の身体は反射的にそういう動きをする。状況と動きから、それらしい会話に合わせられたのだろう。
「無駄とは?」
残りの魔物たちも動きを止めている。どういうつもりだ?
「ダニーが使ったのさ。神の力をね」
神の力?戦神が?
「……神話級スキルか!」
「正解!いいねいいね!理解が早くて助かるよ!」
神話級スキルは、4次職が一定レベルを超えると覚えるようになるスキル。
破壊力の伝説級スキルに対して、これらのスキルは万理を覆す、まさに創造神の力。神凪の神降ろしでも成せない、世界の改変。
「ダニーが使ったのは決闘空間。選ばれた対象同士は一定以上離れられない疑似空間で決着がつくまでの闘いを強いられ、さらに周囲は観戦者となることを強いられる。観戦者同士でやり合ってもいいけどね。こっちは王子の所まで攻め込めないからあんまり意味がないかなぁ。大人しく成行を見守ろうよ」
……最悪だ。
決闘空間の効果は集合知で概ね把握している。アレは相手を逃がさないだけのスキルじゃない。神話級スキルは確かに強力だが、、自分たちだけに有利に働くとは限らない。
ゴールドスタイン卿とボガードが互いに技をぶつけあい吹き飛ぶ。
2回目の物理限界を突破しているであろう戦神の動きは早く、重い。その攻撃はボガードを圧倒しているように見えるが、ボガード側に焦りは見えない。
『押しているように見えるのであるが……』
『それでも倒せるかどうか』
ボガードが斬られているのは恐らくダミー。遠距離攻撃と判定される技の類。決闘空間の効果から言えば、そうでなければ説明がつかない。
『ゴブリンの魔力が全然動いてないぜ』
『疲れた様子も見えません。ゴールドスタイン卿の方が、表情が厳しいようです』
『ああ。相性が最悪だ』
決闘空間……俺が端的に名前を付けるなら格ゲー空間とするだろう。互いのHPや攻撃力、防御力をほぼ対等にし、ダメージ無効などのスキルを無効化し、邪魔の入らない対等な条件での一対一を実現する神話級スキル。
デカい、硬い、能力差がありすぎるような条件下に置いて、巨人殺しを成し得るスキルであり、クーロンで戦った混沌の獣・プリニウス辺りなら、厄介だった死亡後復活のスキルを無視して倒し切る事が出来ただろう。
『斬られているボガードは群棲で生み出した分身。いくら斬ってもダメージが無い。決闘空間の効果で能力が限定されているだろうけど、いうなればアレは魔弾なんかの攻撃魔術と同じ扱いで、それを迎撃してるに過ぎない』
そもそも群棲は収納空間と同様に、最大MPやHPを削るタイプのスキルだと考えられている。倒せば消費されていたリソースが戻るだけ……。
『そのうえ自分の効果の所為で、分身と本体の見分けがつかなくなってる。あの中じゃ王子のスキルの効果もほとんど抑えられてるはずだ。ボガードを逃がさない為に、殿下のバフを捨てるだけのメリットが果たしてあるか……』
こちらからの手助けも無理。神話級スキルの効果を解除できるのは、対魔属性に部類される神話級スキルの中に一つ確認されているだけだ。だいぶ前の話過ぎて、集合知でも詳細が分からない。
「ほらほら、さっきまでの威勢はどうしたんだい?」
「ぬかせっ!」
ゴールドスタイン卿の巻き起こした烈風が、ボガードの身体を切り刻む。けれど本隊は降り注ぐ刃の隙間をすり抜けて、戦神に向けてスキルを放つ。
ゴールドスタイン卿は大きなダメージとなる攻撃を防ぐが、全てを避けきることは不可能。着実にHPを削られていく。
飛翔拳と思われる起爆型のスキルに混ぜて、余波型の石弾が混ざっている。決闘空間内では貫通力のある余波型スキルの方が効果が高いが、戦神を含め近接職は起爆型のスキルが殆ど。手数に関してはボガードの方が上手であり、防御を突破してダメージを与えるのは至難の業。
「なめるなよ!必中自在!投刃乱舞!!」
「うわっと!?」
雄たけびと共に彼が投擲した戦斧が、回転しながらボガードの分心を切り刻み本体に迫る。
ゴブリンの王はそれをギリギリで回避するが、斧は弧を描くように戻って背後からせまる。投刃乱舞は投げた武器を自在に操り追尾させる上級スキル。重力に逆らって飛翔時間を延ばす効果もあり、攻撃は武器そのもので行われる余波型スキルだ。
「武器が無くなっちゃうけどいいのかな?」
「知れたことっ!」
飛来する斧を避けてゴールドスタイン卿に迫るボガードを迎え撃つ彼の手に、黄金に輝く剣が発生した。
芯となるのは彼の体躯には似合わぬ短剣。理力の剣か!
「キサマに蹂躙された王国民の!積年の恨みをここで晴らす!」
「うわっ!ちょっ!どう見ても私怨ジャン!」
手数を増やしたゴールドスタイン卿が一気呵成に攻め立てる。
流石は戦神。基本能力ではボガードを圧倒している。得意の間合いに入れば、力の差は歴然だ。このまま押し切れるか、そう思った矢先、ボガードの本体に迫った斧がすり抜けるように弾かれた。
「!?」
「仕方ないからオイラも本気を出そうかな」
ゴールドスタイン卿の剣戟が流れる。盾での強打も、織り交ぜられる体術も、まるで風になびく柳の葉先のようにひらひらと交わされて決定打にならない。
『あれは……流水拳?!』
『姉さん、知ってるの?』
『触れた魔力を纏った攻撃の起爆をさせず、全身を押す力に変える上級スキルです。……ですが、あれほど軽くは受けられないはず……』
『アレはもっと悪質だな。多分、体重がほぼゼロに近くなってる』
魔物はそもそも実態が魔力の塊で、真なる意味での質量は持たない。
肉体を構成する大きな縛りがあるようだが、影のように実体を持たない魔物もいるように、物理的な制約は人類や魔獣に比べればはるかに少ない。
流水拳は魔力の籠った攻撃を受け流すスキルで、どんなに鋭い突きや斬撃系のスキルであってもバットで叩くような特性になる。軸を外されれば弾かれるだけだ。そこに加えて重さが無い事で、どんな攻撃も受け流すスキルとなっている。
「その様な小細工で……ぬぐっ!」
ボガードの反撃が直撃し、ゴールドスタイン卿が苦痛に埋めく。
『神話級スキルの中で完全回避などありえるのであるか?』
『ありえません。だから相当のデメリットもあるはずです』
度重なる応酬の中、ボガードの攻撃は全て手から放つ魔弾に類する攻撃のみとなっている。おそらく、重さが無い事で物理攻撃力も限りなく0に近づいているのだろう。また、爆風が発生するようなスキルは、反射が全て自分のダメージとなるから使えない。
集合知に在る超軽量級魔物の特性から、そう推測できる。おそらく防御力も紙切れ同然になっているだろう。
『ゴールドスタイン卿が気づけば勝機はあるはずですが』
あの状態なら、例えば俺の爆裂業火辺りが直撃すれば葬り去れるのではないだろうか。ただ戦神までで覚えるスキルで、範囲タイプの余波型となると……確実にダメージを与えられそうな物が思い浮かばない!
『助言をしようにも、スキルの所為で念話も囁きも届きません!』
『決闘空間が阻んでるんですよ』
外部からの邪魔を排除する、まさに決闘だ。
ボガードはこっちに会話用トークンを出せてるというのに……相性が悪い。
「ほら、そろそろ限界じゃない?」
「あり得ぬ!よもやキサマに再び負ける事など!この身が朽ち果てようともありはせぬ!」
「そう?劇的では無いけど、このまま削り切っちゃうよ~」
致命傷でなくとも、HPが無くなれば決闘空間は消える。ゴールドスタイン卿は神の恩恵を失ったただの獣人に戻るだろう。次の瞬間には命が危ない。
「我が力が及ばずとも!我らの力はキサマを滅ぼすぞ!解放せよ!」
そう言って投げた短剣が、ボガードの足元に突き刺さる。
「ほぇ?はっずr……」
次の瞬間、大地が爆ぜた。轟音と共に土石が噴出し、逃げる間もなく一人と一匹を空高くまで打ち上げる。
噴出する大地!?
アレは爆裂業火と同じ上級魔術だ。土属性に部類され、大地が砕けるととも爆発し、後には土石流が敵を飲み込む。あんな至近距離で使ったら自爆もいいところ。
しかしゴールドスタイン卿は、その身を盾に隠しながら地面を蹴っていた。
爆風を受けてさらに舞い上がる。狙うは上空まで吹き飛ばされたボガードの本体。
「狭間に消えろ!」
投擲していた戦斧は、投刃乱舞によって既に彼の手の中に戻っている。
「うっ、ウワァァァァーーーーーッ!!」
「空間断裂斬!」
防ぐ術の無い空間ごと破砕する斬撃が、確かにボガードの身体を捕らえた。
引き裂かれた空に大気と土砂が飲み込まれ、その切れ目が修復した瞬間、された質量が大爆発を起こして降り注ぐ。
「っ!?」
咄嗟に貼った壁に爆風が直撃した。
発生した石礫の雨は決闘空間によって阻まれたが、音速を越える爆風はそれを突き抜けて周囲の魔物を蹴散らしていく。
……一度見て居なかったら防御が間に合わなかった。
土煙がもうもうと立ち込めている。
自爆に近い連撃……ゴールドスタイン卿は果たして無事だろうか?
『ワタルさん!ゴールドスタイン卿は!?』
『わかりません。追い切れませんでした』
決闘が終わったのだ。
空間の封鎖が解ける。
封じられていた砂塵があふれて来る。くそ、何も見えない。
「「「強風」」」
三人の声が重なり、土埃を吹き飛ばしていく。
立ち上る煙の先に、徐々に見えてくる人影。
その姿は、大地にその足で立つゴールドスタイン卿の姿。
ボガードを倒し……?
そう思った瞬間。
……彼の身体を突き破って黒い影の刺が噴出した。
百獣の王の口から血があふれ、膝をつく。
「……いやぁ……今のは危なかったよ」
その傍らには、癪に障る笑みを浮かべたゴブリンの王が佇んでいたのだった……。
□噴出する大地の短剣
騎士団がひそかに開発した、上級魔術を付与した短剣。キーワードは『解放せよ』。普段はゴールドスタイン卿がサブウェポンとして有しており、地面に突き立てられてから約1秒後に発動するように設計されていた。
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