第377話 人造獣使いの実験3
「さて、ある意味ここからが本題。物質移植でネズミに鉄の装甲を追加……まぁ、人間に例えたら防御力を上げたわけだけど、この改造について実はあんまりメリットが無い」
確かに防御力は上がるが、金属の装甲は小動物にとって重すぎて動きを鈍くする。そのくせ大型動物からの牙や爪を防ぐほどでは無いから、トータルとして生物の性能はマイナスだろう。
「試すべき項目は2つ。まず、動かすことを前提に合成した物理的な構造の追加をした場合、ネズミはそれを動かせるのか」
例えばネズミの背中に羽ばたく為の羽を埋め込んだとして、果たしてネズミに羽ばたく為の筋肉や神経を構成できるのか。
「それから、エンチャントアイテムや錬金アイテムを起動できるか」
例えば魔弾を永続付与した魔結晶を、ネズミは起動できるのだろうか。
「……最初はともかく、後半は出来るんじゃないの?ワタルが操作してるんでしょう?」
「ああ、生体使役は人形操作や屍体操作と違って、使役対象を直接操作してるわけじゃないから……」
直接操作しているなら俺が起動することはできるだろう。でも生体使役は、俺が指示を出してそれを対象が解釈して動く。つまりワンクッション挟む形になる。
だから生体が出来ない無理な動きはさせられないし、操ってる生体が理解できない事は出来ないはずだ。
「まずはネズミの背中に翼を移植してみる」
材料はストックしてある新鮮な鶏肉だ。扱い的にはモノなので、物質移植の対象になるはず。
スキルを発動させて、ネズミの背筋の外側にさらに筋繊維を構築する。脊椎の側に撥ねの根元となる構造を……なかなか難しいな。
物質移植で詳細な改造をするのは、3Dのモデルを改変するのに近いのだろう。おおざっぱにくっつけるだけも可能だし、細かい造形も可能。視覚的なイメージを使って、対象の骨格だけを表示したり、半透明にしたりも可能だ。
背中の一番薄い所、そこに軟骨を挟んで小さな骨を移植。それを動かすために筋肉を繋ぎ、さらに筋肉を動かすために神経を……どこから繋ぐか。
……脊椎から伸びている奴を繋ぐか、それとも前足のように既存器官を分岐させるか。……まずは既存機関を分岐かな。
毛細血管まで繋いで……動脈と静脈ってどうなってるんだ? 末端は既存器官からコピペするか。
20分ほどかけて形態を決定し、スキルを発動する。
「……なんかちょっと不格好じゃない?」
「最初はね」
背中から2つの小さな手羽先が生えたネズミが出来上がる。
……物質移植は起動していた時間によっても消費MPが違うのか。尻尾を金属に置換した時とは比べ物に成らないMPを消費している。これは中々試すのが難儀だ。
「さて、ついでに使役クリスタルも埋め込んで……もう前足に同調して背中の骨格が動いてるな」
鶏肉はしめたばかりとは言え、筋繊維の移植はうまく行ったのか。それとも元になっただけで、ネズミの筋肉が増えているのか……。
「さぁ、羽ばたいて見せてくれ」
ネズミを使役しそう命じると、後ろ足だけで立ち上がってパタパタと腕を振る。それに合わせて背中の羽もパタパタと動いた。
「よし、次は前足を降ろして背中の羽だけを動かすんだ」
そう命令してみるが、これはうまく行かないらしい。ネズミがパタパタと飛び跳ねる。
ふむ……なんかテレビでこの手の追加アーム的なのも、慣れると自在に動かせるようになる、とかやってた気がする。経過観察してみるか。
一度作った生体モデルは有る程度記録されているようなので、脊椎から新規に神経を引いたネズミも作成。
経過観察する際、間違わないのように羽根の形状を変えてある。
こちらの子は羽根を意志通りに動かすのも難しそうだった。ただ、振るえるようにピクピクと揺れるので神経は繋がっている模様。これも経過観察案件っぽいな。
「それじゃあ、最後にリユース封魔弾の埋め込みかな」
ネズミの額に松明を永続付与した魔結晶を、首筋に使役のクリスタルを埋め込む改造を施す。
「さあ、頭を光らせてみておくれ」
ネズミに向けてそう指示するが、ネズミはこちらを見上げて首を傾げた。
……なんだろう。何言ってんだこいつって顔をされたんだが。
「わかってないみたいだけど、そう受け取っていいの?」
「わかってないのは事実だけど、首をかしげたのは偶然だろうね」
当然ながら、そんな人間臭い動きは仕込んでいない。
これも訓練で何とかなるのだろうか。
各改造ネズミをオスメス一匹づつ作成してつがいにする。
数匹残ったネズミも含めて、生きている物は繭に有る湖の上にゴーレムをベースに作った人工島で管理することにした。
あそこなら繭の外に逃げ出されることもないし、亡者さん達に様子見もお願いできる。
バーバラさんが試行錯誤していた使役のクリスタルのコピー品は、後日機能するモノが作成できたのだった。
………………。
…………。
……。
最初の実験からひと月ほどで、1巡目の実験結果が出そろった。
まず改造の遺伝について。
これは遺伝はするが安定はしないということが判明した。生まれた子ネズミの改造による特徴はまちまちで、見た目はただのネズミだったものもそれなりに居たからだ。
まず最初に作った鉄尻尾たちだが、これは普通に妊娠、出産を行い世代交代が行われた。
尻尾の先端の金属片が明確に遺伝したのは3割ほど。どうやら潜性遺伝らしい。金属部分の長さもまちまちなため、さらなる観察が必要そうだった。
とりあえず鉄分が多いエサを与えるようにしている。
鎧ネズミは残念ながら死亡。
解剖してみたところ、妊娠中のメスの個体が先に死亡し、しばらくしてオスも死亡した。エサには気を使ていたが、慢性的な鉄欠乏症が考えられる。メスが先に死んでしまったのは妊娠の影響か。
生体パーツとして金属を組み込んだのが悪かった気がするので、今後の検証が必要だろう。
手羽先みたいな羽根を移植したネズミたちは元気いっぱいだ。
同じく子ネズミに遺伝したのは3割ほどだったが、羽ばたいて風を送るような動作をする個体も出てきている。あまり自由に動かせる機関ではないが、意図したとおりの効果は出ている者と思われる。
最後に松明のリユース封魔弾を移植した個体だが、これは普通の子ネズミが生まれている。
どうやら封魔弾は身体の一部として認識されてないようだ。同じようにすべての個体で使役のクリスタルも遺伝していない。
最終的な目標は、死霊術師のスキルではMP不足に陥り維持できない子供亡者の仮初の命を、人造獣で代替する事である。
彼ら彼女らはMPが低すぎて魔物を倒してのMP補給がほぼ意味をなさないし、MPタンクとなるアクセサリで術を維持するのも難しいが、うまく行けば収納空間から解放してあげることができるだろう。
……むろん、生きた人間を素体として使わずに事を成す必要ある。
また、これが出来れば魔物を狩って命を繋いでいる亡者たちにも転用して活動時間を大幅に伸ばせるだろう。クーロンの戦いから参加した亡者の中には、既に24時間戦い続けなければいけない状況に音を上げているものも居る。精神的な余裕を与えるためにも、何とかして形にしたい。
エサをせがむネズミたちに野菜くずを与えながら、次の一手に悩むのだった。
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