第357話 特化した魔物
静かなるヘドウィグ、銀牙のウォルガルフが倒れ、残る1万G級は3体となった。
1体は深い緑色をゲル状の塊。
いわゆるスライムと呼ばれるそれに対し、アース狂信兵団のまとめ役である守護騎士・ジェイスンと、亡者たちのまとめ役アルタイルを要する10人の小隊が対処に当たっていた。
『デカい、遅い、柔らかい、なのに減らないとは、またずいぶん変な特化をしたものだな』
複数人の前衛が盾スキルを発動して、何とかそれの侵攻を抑えていた。
スライムと呼ばれる魔物は南方の深い森や、じめじめとした遺跡の中で見られる比較的メジャーかつ厄介な魔物であるが、これはその厄介さを煮詰めたような存在だった。
まず体表面を覆うヌメリ気のある粘液。強酸性らしく、周囲の物を溶かして飲みこんでいく。殴れば武器の方が先にだめになる事だろう。実際に打ち込まれた矢や封魔弾の残骸はあっという間に溶かされてしまった。
更に柔らかい体表面は衝撃を吸収するのか、魔弾を始めとする衝撃を与える魔術はほとんど効果は見えず、飛翔斬のように斬撃を飛ばすスキルは、当っても見る間に埋まって回復してしまう。
そして炎や雷撃による副次ダメージを狙った所、気化した粘液には強力な毒性がある事が判明。毒体制を持っている者が多く、そもそも亡者は利かない毒が多いので大事には至らなかったが、焼いて対処も不可能となった。
地面からの高さは縁の低い部分でも2メートル近くあり、サイズは直径30メートルほど。一番高い頂点部は7~8メートルはあるだろうか。凍旋風で凍らせてみたものの厚みがありすぎて効果が見えず、スキルによる障壁と、アルタイルの重力魔術で何とか抑え込んでいる状態だった。
『水の魔術師が居ればよかったんですけどね』
『大魔導士殿のスキルで何とかならんか?』
『今のレベルでは上級までしか使えませんから、抑えるので一杯一杯ですよ。……止め切れていませんけどね』
非常にゆっくりではあるが、彼らはスライムに押されて村の方へと後退していた。
何か特殊な攻撃手段を持っているわけでは無い、這うようにじんわりとした力押しであり、だからこそシンプルに対抗手段がない。
『一つ、思いつくとしたら我らがリーダーが大好きな手法でしょうか。コレに効果があるとも思えないですが時間稼ぎくらいならなるかも知れませんね』
『なんだそれは。打つ手があるならさっさとしてくれ。常時上級の盾を発動しているんだ。MPが持たない』
『後始末がご迷惑を掛けそうですが、仕方ありませんね。皆さん、沈めますよ』
泥沼。
術師となった亡者たちは、旅の間にその詠唱魔術を学んでいた。
巨大なゲル状生物が、泥水を押しのけて沼の中に沈んでいく。通常であれば身体をもたげ這い出すことも出来ただろう。しかし同時に発動された穴掘り、アルタイルが放っている超過重、さらには深さ30メートルを超す沼地がそれを許さない。
さらにスライムにとって不運だったのは、自らが水中でも活動できたこと、そしてそれゆえに水よりも重かったことであろう。
泥沼の中に沈んでいくことに危機感を覚えず、故に気づいた時には完全に沈み切っていた。
『氷結弾と凍旋風辺りで蓋をして完成ですね。どう倒すかはワタル殿と相談しましょう』
侵食するモノ・スローグルク。
不死者よりも不死なるモノとしておそれられたソレは、あっけなく地下深くへと封印されたのだった。
………………。
…………。
……。
『さて、雑魚はともかく、敵のボスは……あれであるか?』
『……すげぇ不気味だな』
それは端的に言えば、人の顔を持ったオスのヘラジカのような魔物だった。
体高は2メートル以上。首をもたげた高さは3メートルに及ぶだろうか。地球で言うところのヘラジカとしては最大級の個体、その顔だけが人の形をしており、不気味な笑みを浮かべながらゆっくりと陣を目指して進んでいた。
『さっきの鳥は目の前に落としてくれたから楽だったけど、あれには近づきたくないな』
アーニャは顔をしかめてそう述べた。
コゴロウは鳥人であったヘドウィグをうまく誘導して、小結界を使って機会を伺っていたアーニャの目の前に落とした。
だからこそ数万G級であった奴を瞬殺することが出来たが、今度はそうはいかなさそうだ。
『魔素の流れが気持ち悪い。あいつの周囲、半径5メートルくらいの範囲内、根こそぎ草木が枯れて行ってる』
『無差別攻撃であるか?』
『多分、ワタルが使う魔素吸収とかその系統の魔術が、常時身体の周りを覆うように発動している。不用意に近づいたら終わるやつだと思う』
アーニャの言う通り、春の芽吹きを迎えた草花が、そいつの周囲だけ急速に枯れて茶色くなっていく。
それを見ながら魔物は微笑みを浮かべているのだ。
『初見殺しっぽい相手であるな。名高い魔物でないのなら、本当にそう言うのかも知れないのである。ここは遠距離攻撃で仕留めるとするのである』
コゴロウは縮地で距離を詰めると、中級スキル十字飛斬を放つ。
十字の斬撃が空を切り、鹿の魔物に向けて突き進むが、それが周囲の空間に振れた瞬間、まるで解けるように霧散した。
「ぬ!?」
次の瞬間、十字の斬撃がコゴロウに向かって飛来する。
縮地で避けるには位置が悪かった。咄嗟に大鬼斬りにスキルを乗せてそれを受ける。
防御が間に合った結果、返された斬撃はわずかにコゴロウの服を切り裂く程度に収めることが出来たが……。
それでコゴロウに狙いを定めたのだろう。それがゆっくりと顔をもたげると、まっすぐにコゴロウを見据え……。
地面を蹴った瞬間、それが目の前に迫る。
「っ!」
咄嗟に縮地を発動して難を逃れたが、同時に全身から汗が噴き出た。
……今のは危なかった。武芸者としての感が、大きな警笛を鳴らしている。
確認するとHPとMPが3割持っていかれていた。僅かコンマ数秒、あの周囲に展開された異常な空間に触れただけなのにだ。
『鹿の魔物に近づくなである!5メートル以内に数秒も居れば死ぬ!』
回復アイテムで即座にHPを補充し、念話を全体に飛ばす。
どうやらあの魔物は素早く動くことは得意ではないらしい。
ゆっくりコゴロウの方へ振り向くと、ニヤリと笑みを浮かべてまた歩き始める。
『ええ、それじゃあたしは近づけないじゃん!トラップも消されたぞ!』
高速移動を発動して、周囲の魔物を切り裂きながら速度を上げていたアーニャが困惑の声を上げる。
彼女が魔物の足元に設置したトラップスキルも、あっさりと魔物に吸収されていた。
『対処法が分からぬ!スキルは反射される可能性もあるのである』
そう言いながら、コゴロウは封魔弾を投げつける。
それはまっすぐ飛んで鹿の魔物の身体に当たるが、発動した瞬間に霧散して、逆方向に雷撃を発生させた。
半径5メートル範囲内の対象のHPとMPを高効率で吸収し、発動した魔術やスキルを反射する結界。
短距離ではあるが急速に距離を詰め体当たりを可能にする超加速。
ただその二つに特化し、故に凶悪。
終焉を齎すモノ・ソウルイーター。
それがその魔物の名であった。
『数万G級と言え無敵ではない。万能であれば強すぎるのである!これならどうであるか?』
封魔弾そのものが当たり、その鉄球は反射されなかったことから、コゴロウは投石スキルで取り寄せた石礫を投げつける。
いくらステータスが高いとは言えただの投石。
しかし魔物は避けることをせず、顔面に直撃を受けてその身を切ると、苦痛に顔を歪ませた。
『アタリなのである!純物理攻撃は届くのである!』
それを聞いて、様子を伺っていた数人の弓兵が矢を放つ。
しかしそれは超加速によって避けられる。
『じゃあこれなら?』
アーニャはダンジョン攻略の際に使った指輪を使って、石弾を放つ。
ワタルのINTで放たれたそれは、ソウルイーターの肉をえぐり、骨を砕く。
『備えあれば憂いなしとはこのことであるな。高速で移動できるのも10メートルちょっと。連続使用に少なくとも数秒はタイムラグがあるのである。波状攻撃で狙うのである』
矢が飛び、石弾が飛び、投石が飛び、ソウルイーターのHPを削っていく。
周囲の魔物たちはそれを防ごうと集まって来るが、千Gに満たない魔物ではコゴロウやアーニャの足止めには成らなかった。
十数分に及ぶ激闘の後、ソウルイーターは逃れることも出来ず、石弾を首元に打ち込まれて力尽きた。
命を奪う事に特化したが故の、あっけない幕切れであった。
ヘドウィグが他の1万G級を隠匿していたのは、奇襲のためだけでなく、足のくそ遅い2体の発見を遅らせるためでもありました。ちなみに、ヘドウィグの隠遁はヘドウィグが隠れていないと発動しない為、出ちゃったのは完全に不可抗力です。
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