第347話 自由への祝福を
「……隷属紋の解呪をするぞ」
それはずっと頭の隅に引っかけたまま放り出していた問題だった。
「……どうしたのよ、突然」
けれどこの先、多少なりともこの国に関わっていくならば、避けて通るべきではない問題だ。
「……封魔弾で自爆させられた死者の中に、隷属紋付の奴隷が居た」
恐らくは犯罪奴隷。
この国では犯罪者を奴隷化したうえで魔物に差し出して、隷属紋を付けて魔物化するなんてビジネスが普通に行われている。
関わっているのは邪教徒共や、奴隷を扱う商人ギルドの組合。魔物側は安定的な生産労働力と核の確保、人類側は犯罪者の排除と絶対服従の労働者の確保できるメリットがあり、国も黙認している状態で為政者層に問題意識はない。
「この国じゃ奴隷の立場は悪い。ホクレンでは都市の出入りについてそのチェックもしていた。人の命が金でどうにかなると思っている奴らの目に留まる前に解呪しておく」
うちの女性陣全員に言えることだが、タリアは間違いなく美少女だ。エリュマントスの核から解放された後、食生活の改善もあり、健康的な印象も強い。下手に権力者や金持ちに目を付けられると面倒なことになる。
法治と統治が分離されているこの国では、反則業のような法の抜け道もそのままにされて居るのだ。
「……ワタルならどうとでも出来るんじゃない?」
「それでも、トラブルのもとになる。……正直、穏便な方法で片付けられる自信が無い」
大抵のものは金でどうにかなるし、金でどうにかなる物ならどうにかできるだろう。
ただ、人と時間はそうはいかない。最悪の選択をしなければならなくなるリスクは避けるべきだ。
「……もう、ソレを俺との繋がりにする意味も無いだろ」
出会った時にタリアが隷属紋の解呪を嫌がったのは、『俺にとって都合のいい存在』で居続けることで俺の力を借りて自らの目的を達するため。
それは魔王討伐の仲間として、彼女の家族を探す約束をした後も変わらない。
けれど今の彼女には力がある。
3次職相当に達したステータスは冒険者として十分なものだし、商会の分け前は世界中に捜索依頼を出すのに十分だ。
そしてエルダーたちの存在も知った今、魔術刻印の可能性を加味すれば彼女の目的を達するだけなら、俺が居なくても大丈夫なはずだ。
「私としては、こんなび……美人が自分の思い通りになる状況で、全く手を出さず軽く手放す貴方が信じられないんだけど」
「美人を自称するのに迷いとためらいが見えますね。10点」
「何の点数よっ!」
俺の中の好感度かな。ちなみに加点された。
「……他人を自分の思い通りにしようなんておこがましい……いや、違うな。隷属紋は俺の人生には存在しないはずだったものだ。それを使うってのは、魔王の存在を受け入れるに等しい。こんな目に合わせた野郎の成果で得をするのはプライドが許さん」
「得なんだ?」
「……言葉の綾です」
大分薄暗くなってきたのに、にやにや笑いが見えるぞ。
「……もし、ワタルがこの世界に来なかったことになる、つまり、私たちに合わなかったことになるとしたら……どうする?」
「……どうかな。……俺は元の世界で死んでたらしいしな」
あの創造神らしき何かに呼ばれなかったら、そのまま死んでいたのだろうか。
そうじゃなく、これまでの事が無かったことに成って、もし地球の日常に戻れるとして……それを俺は選ぶか?……意味のない妄想だな。
「ただ|この世界に来なかった俺は俺じゃあない。ムカつくことに、今の俺は、確かにこの世界で生きて、その経験で構成された俺なんだよ。だから、その問いかけは意味がないよ。俺は帰るんだ。帰るには1度は来なきゃいけないだろ?」
「……そうね」
タリアはその答えで納得したのだろうか。
「いいわ、解呪して」
そう言って左手を差し出した。
普段、手袋や長い袖の服で隠しているこの左手の甲には、漆黒の紋様が刻まれている。
「……結局、一度もろくに使わなかったのよねぇ」
「一応、俺の出自を話さないように背減は書けなかったっけ?」
「あんなの無い様なものよ。だれ彼構わず話す内容じゃないじゃない」
「まぁ、普通は頭がおかしい人と思われるくらいだしね」
蓋を開けてみれば大して意味のない制約だった。
まあ、そんなこともあるさね。
「エランネイエ、オワイ、ウズ、アールー、アグル、ビィナ、エス……」
解放の呪文は、エリュマントスを倒した時に俺の記憶に刻まれている。
それを一音一音、間違えないようにゆっくりと。
「……我、ここにターリア・ザースの魂の束縛を天に還す。自由への祝福を!」
彼女を取り巻く魔力が流れ、煌めき、布の下の呪印が浮かび上がると、空に向けて溶けていく。
……なんでこの呪法の解呪は、こんなに幻想的なんだろうね。
「……これで良し。何か違いは感じる?」
「……そうね。身体を取り巻く魔素の感じが違うと言えば違うかも。だからどうって感じもしないけど」
「まあ、何か変わるような制約も掛けてなかったしね」
これでタリアは自由の身だ。
それで何が変わると言う物でもないだろうけど、俺の肩の荷は下りたことになるのかな。
「……これで私は自由……って事は、ここから先は疑う余地も無く私の意志って事で良いのよね」
「……タリアさん?」
いつの間にかがっつり掴まれている。
「……そう言えば、一度だけちゃんと隷属紋が仕事をしてくれたことがあったわ」
「あったっけ?」
「ええ。私が貴方のベッドに忍び込もうとしたら、自分のベッドで朝まで寝てろって」
「……………………」
シラナイシラナイ。
「言っておくけど、私の気持ちは目的を果たすための諦めじゃないからね」
「顔が近いっ!?」
その瞬間、タリアの唇が触れる。
……頬に。
「……満たされたらね、ダメ。それは、応えたら満たされるって事でもあるんでしょう? たまには貴方の方が悩まされると良いわ」
そう言って彼女は離れていく。
「さぁ、戻りましょう。念話で催促が飛んでくる前にね」
……いや……まいったね。
先はまだ見えないのだ。ここで色恋沙汰に意識を割いてる場合じゃないんだけど……。
『君が死ぬことを願ったのは、ほかならぬ彼女なんだから』
この世界に来た時の、創造神の言葉が頭をよぎる。
もしあの言葉が本当だったとしたら、俺はどうするべきなのだろうか。
悩みは尽きそうにない。
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