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第331話 魔物が消えゆくとき

影渡りで近場の地面に降り立つと、松明(トーチ)を使って辺りを照らす。

この暗闇じゃ何処からが泥沼化しているか分からない。深さは100メートルを超えるのだ。落ちたらひとたまりも無いな。


『溢れた泥で酷いんですが……』


ハオランからクレームの念話が入っているが無視する。

泥沼の真ん中に聳える山脈の如き甲羅の上では、いまだに火花が上がり溶け出た土がマグマとなって流れてで居る。有れば近づけない。放っておこう。


『経験値を置いていくのである!後1レベルで3次職ぞ!」


念話開きっぱなしで叫んでいるコゴロウの声も聞こえる。

昼の戦闘ではレベルは上がらなかったらしい。

炎を纏わせた太刀で戦う姿は目立つなぁ。魔物がそっちに集まってら。


『こちらに2体の1万G級(オーバーサウザンツ)が来ました。問題なさそうなので少し距離を取っていただけますか?』


『了解』


その相手はアルタイルさん達に任せよう。俺が近くにいると彼らの経験値を吸ってしまう。やばかったら連絡くらいはよこすだろうから、手伝いはその時で良い。


現場は任せて、防衛隊と合流する。

泥から逃れるためにかなり離れたところまで退避しているな。これなら十分だ。


「おお、ワタル殿、こちらこの防衛隊のまとめ役、トイツ・チー大隊長代行になります」


ハオランが紹介してくれた30代ほどの士官は、苦虫を噛み潰した様な表情でこちらを睨んでいる。


「……貴殿の協力には感謝するが……どう言うつもりだ!巻き込まれるところだったぞ!」


「泥汚れが無いところを見るに随分と後ろにいらっしゃった様で。ご無事で何よりです」


「貴様っ!」


「チー殿、落ち着かれよ。ワタル殿、挑発しないでいただきたい」


さっきの怒りはまだ治っちゃいないからな。

とは言え直接関係無さそうな代行殿に喧嘩を売っても仕方ない話なので、さっさと本題に入ろう。


「まぁ、見ての通りこっちの大亀は封殺しました。後は時間の問題でしょう」


「ちっ!……確かに、こちらでもHPが削れていっている事を確認している。抜け出されなければ、時期に倒れるだろうな」


む、その口ぶりからして、魔物のHPを確認する魔道具を持っているな。

いいな。結構作るの難しいはずだ。


「そのほかに居る取り巻きの魔物も1万Gクラスが3体と、我々で対処できる範疇です。私はこのままこの大亀が倒れるのを見守りますので、もう一方の援軍に行かれるか、街の防衛に戻られてはどうでしょう」


「むむっ……しかしそれは……」


「このまま溺れ死ぬ亀を眺めていても手柄には成りませんし、結構な大きさの農地を底なし沼に替えたこんな作戦、今後の街の事を考えれば軍が主導したとも主張しづらいでしょう?面倒な後始末などはこちらに任せていただいて構いませんよ」


「……しばし待たれよ」


きっとこちらに聞こえぬ方法で街とやり取りをしているのだろう。


『あまり挑発されては困ります。私はそんな立場高くないのですよ』


『……まぁ、俺達の目的はクーロン軍と仲良くやる事では無いので』


『だとしてもです。私も管轄が違うので軍と仲良くしようとか思いませんけど。クトニオス攻略の際、陽動ぐらいには使いたいのですから、あまり波風立てないでいただきたい』


『そんなこと考えていたんですか。役に立ちます?』


『動く案山子でも注意は引けるでしょう』


『敵の戦力に成らなきゃいいですけど』


『その点は御心配なく。そんな状況になる位なら玉砕させますよ。彼らは』


『……だから付き合いたくないんですよ』


『ごもっとも』


ハオランの所属する一派は、比較的穏健派で常識的らしい。

俺の知らない組織だね。


「……周囲の斥候は残すが、それ以外は下がらせてもらおう。ここにいる者が街の防衛に当たるだけでも負担は減るようなのでな。壁も取り払うが、問題ないな?」


「ええ、問題ありません。むしろ何かあった時、彼らを守らなけれ成らないと足手まといですから」


「言ってくれるっ!……確実に仕留めよ。出なければたとえ特使と言えど、首が飛ぶことになるだろう」


「言われなくても」


分水地を守っていた兵たちが移動していく。

生命探査(ライフ・サーチ)で周囲に残っている人間を確認すると、斥候がまばらにいる状況。これで分かるのだから、1次職や2次職前半の者だろう。とりあえず、大勢の兵は移動したらしい。


『アルタイルさん、そちらは?』


『はい、無事に撃破しました』


『こっちも終わったのである!レベル50に到達したのである!』


『コゴロウ、おめでとう。バノッサさん、どうです?』


『もう虫の息だと思うんだがな。しぶとく動いてる』


『沼が余波で温まっているのか、湯気が立ち始めていますよ』


『中身が人だと、沼にぽちゃんした時に死にかねません。再魔砲(リユース・カノン)で仕留めてください』


『あいよ。任せとけ』


アルタイルさんとタツロウにもフォローをお願いして、俺も縁でその時を待つ。


『それじゃあ行くぜ!再魔砲(リユース・カノン)!』


バノッサさんが放った魔術は周囲に満ちたエネルギを破壊力に替え、まばゆい閃光と共に大地に突き刺さった。

泥の中の大亀が叫び、悶え、それは余波とは思えない波となって岸へ打ち付ける。


そのエネルギーすら破壊力に還る様に、光の柱が沼の中を縦断していくとともに、魔物の魔力反応が小さくなっていく。

……決まったか。


照明弾で照らされた亀の甲羅が、徐々に崩壊していくのが見える。

それに従って、泥沼が沈み込んでいく。魔力によって生み出されていた仮初の巨体が消え、その空間に泥水が流れ込んでいくためだ。


魔物が消えるのにかかる時間は体積に比例する。小さな鼠でも一呼吸ほど。これだけの巨体なら数十秒以上はかかるだろう。すでに力は失われていて、スキルはもとより動くことも叶わないが、それでも一瞬で消えてなくなるわけでは無い。

科学的な知見を踏まえて述べるなら、外圧が高い所の方が先に崩壊していく。重力に惹かれる地に着いた足、空気中より水にある部位。今の亀も、泥の中の身体の方が先に消えていくだろう。


そしてドロップは魔物が完全に消える最後の瞬間、地面の上に落ちる。空気を押しのけて出現すると言ってもいい。普段は気にしないが、今回は泥沼の真上に落ちることになるだろう。放っておいたらそのまま沈んでいくだけだ。


『そろそろですね……』


『こちらは浮遊で捕らえますから、念動力で引っ張ってください』


『了解……出た!』


魔物が完全に消え切ると同時に、生命探査(ライフ・サーチ)に複数の反応が引っかかる。


『26人!うち未成年8人!』


『捕まえたぜ!』『こちらもです!』


幸いにしてサーチに引っかかった人たちは、沼に落ちる前に回収することができそうだ。

影渡しは対象が転送されることを許可してないと使えない。今回のようなケースだと、反射的に拒否られてしまう可能性があって使えなかった。無事に行って何よりだ。


『他のドロップが沼の底だぜ?』


『そうは言っても、探すのも面倒でしょう?』


タラゼドさんがもったいねぇとぼやく。

なんなら探してもらっても構わない。盗賊ほどでは無いけど、探検家や冒険家のスキルには希少品を見つけるための者があるはずだ。


『はい、こちらで回収しましたよ。結界も張りました。どうします?』


『街に戻すのは問題が出る可能性があるので、ここで手当てと確認をして一息つかせましょう』


軍を追い払ったのは、ドロップが奴隷だった場合に問題が出る可能性もあったからだ。

依頼は突っぱねたが、それが伝わっているとは限らない。彼らがどんな立場の人間か分からないが、軍に引き渡すのは出来るだけ避けたい。未成年は特にだな。


さて、もう一匹を倒す前に、彼らから話を聞いてみよう。

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