第325話 戦場下の統治
クーロン皇国は、東大陸の南のクーロン島を本とし、大陸南部を領地に持つ巨大な皇国である。
国土の全域は温暖な亜熱帯から熱帯に当たる緯度にあり、大陸がわの領地には海と見まごう巨大な湖や、すむものの居ない灼熱の砂漠、険しい山脈など多様な地域を有する。
そんな広い国土の中にあって、ホクレンは比較的安定した内陸気候と、山からの豊富な雪解け水で耕作を行う農業都市であった。
「ご助力感謝いたします。まずは入国の手続きを行いますので、こちらの天幕へどうぞ」
先行して居たハオラン達と合流し、塀の外の簡易詰め所に通される。我々以外に人は居ない。おそらく外にいる人間は限られるのだろう。
身分証明書としてギルドカードと、クロノス国王特使の証である記章を見せて街の中へ通してもらう。特使権限は一応クーロンでも有効なようだ。収納空間のチェックはされたが、入場自体はスムーズ。収納空間の中身は飛行船から回収した食料などだ。見られて困る物は入っていない。
『これからどうするんだ?』
『冒険者ギルドに行ってクランの所在を確かめたいのですけど、そうは行かないでしょうね』
役人に案内されて、街の中に入る。街を囲う石壁は錬金術で加工されもの。街中の建物は木造、漆喰の壁の者もあり、屋根は瓦。
街の造りはクロノスとそう大きく変わらないが、今は門の前の人場まで難民らしき着の身着のままの人々があふれている。
……こう言っては申し訳ないのだけれど、街全体が嫌な感じでだいぶ匂う。
山の向こうに比べると湿潤で、4月を回ると大分暖かいのも影響していそうだ。
「平時でしたら問題ありませんが、今はこんな状況ですのでしばらく事らでお待ちください。責任者と面会をしていただきたく」
「はい、問題ありません。ただ、私がオーナーを務める商会所属のクランがこちらに居るかを調べたいので、冒険者ギルトと商人ギルドに取次をお願いできますか?」
「……わかりました。こちらで担当には連絡しておきます」
割り当てられた応接間から担当者が出ていくのを見送って、部屋中に魔術無効化を発動。それから魔力探信、生命探査をかけて周囲を警戒。
『そこまでする必要があるのであるか?』
『戦時下ですからね。警戒するに越したことはありません』
正規の手続きで入ったのは生者3人のほかに、アルタイルさん、ハオラン、タツロウの3人。それ以外のメンバーは数人街の外で、残りはアルタイルさんの収納空間の中。
収納空間を付与したエンチャントアイテムは公開していないので、今のところ気づかれてはいない。
なのでタラゼドさんを出してもらい、即座に影渡しで街の人気が無い所へ転送する。
『すいませんが、冒険者ギルトへ行でクランの状況を確認してください。それから、街の状況を一通り聞き込みしてもらえますか』
『おう、任せとけ』
これで多少は情報が集まるだろう。
暫く待っていると、領主補佐が面会をするとの連絡が来て馬車で領庁舎へ案内される。
庁舎は木造2階建てで、軍の駐屯所を兼ねているらしい。建物自体が結構な大きさで、訓練用と思しきグラウンドも存在した。
……街中に難民があふれているのだからここも開放すればいいのに。
庁舎の中に入り、入り口から近くの応接スペースに通されるとまたしばらく待たされる。
街に入ってから既に1時間以上か。だいぶ待たされるな。
タラゼドさんからの連絡はまだない。ドッグタグの効果で街中どこに居ても念話の圏内に成っているはずだ。まだ動きが無いのだろう。
それから30分以上待たされて、ようやく副領主を名乗る男がやってきた。
黒い紙を細いお下げにしした、官服姿の小太りの男。典型的なクーロンの役人姿だ。背後に3人、人を連れている。一人は真偽官で、残り二人は武官のようだ。
「私がホクレンの実務を任されている、セイライ・ハクだ」
「お初にお目にかかります。ワタル・リターナーです。クロノス国王特使を拝命しております」
普段なら立場をあまりアピールすることは無いのだが、この状況だと無理難題を吹っ掛けられる可能性がある。警戒するに越した事は無い。
「名前は聞いている。なんだったか……極めし者と言ったか?それでもあるのだろう?」
「はい。付与魔術師の極めし者で相違ありません」
「付与魔術師とは、またけったいな職だが……まあよい。竜殺しの英雄と一緒と聞いているが?」
「……俺がバノッサ・ホーキンスだ」
バノッサさんがそう名乗ると、ハクと名乗った文官はなめるようにバノッサさんを眺め……。
「話に効くよりずいぶん若いな。本当に本人か?」
怪訝な顔で失礼な質問をする。
「本人だよ。今はちょっと珍しい職に就いているせいでこんな感じだ」
バノッサさんは名前と年齢だけを見せたようだ。
時の賢者はあまり知られて居ない職業だ。見せびらかさないほうが良い。
「先の戦いから間違いないであろうとのことです」
武官が捕捉する。やはり外での戦いを見ていたか。
「そうか。……ふむ、立ち話もなんだ。かけたまえ。何分、緊急時なのでな。手短にこちらからの要求を伝えよう」
要求と来たか。俺は特使権限を持っているから、それは場合によってはクロノス国王への要求になるのだが、分かって発現しているのだろうか。
「まず貴殿らが乗ってきた、あの空飛ぶ船について教えたまえ。クロノスは飛空艇を有していなかったはずだが?」
「あれは飛空艇ではありません。ボラケ皇国で製造された小型の飛行機械で、私たちは飛行船と呼んでいます」
「ほう、新兵器という分けか。現在、このホクレンは周囲の街と分断されつつある。補給路確保のためにも、あれに協力願いたいのだが?」
「申し訳ありませんが、あれは王国へ帰還させました。現時点で連絡を取る方法もありませんので、戻すことも難しいです」
「この街への着陸を要望していたと聞いているが?」
「想定していたより戦局が過酷でした。何分、パーツだけでも高価なものを使っているため、略奪された場合にはマイナスの影響が大きすぎます」
「……ちっ……では2点目だ。貴殿らが倒した魔物のドロップ、それから持ち込んだらしい食料をこちらで買い取らせてもらいたい。何分物が不足しているのでな」
「冒険者ギルドに放出するつもりだったので、そちらから引き揚げてもらえれば」
「何分ギルドも手一杯でな。目録はこちらで作らせよう。出したまえ。収納空間を有しているのだろう?」
ここで買い取るって?クロノスだってそんなの信用できないぞ?
「冒険者との取引はギルドを介するのが慣例のはずであるが?」
「……貴殿は?」
「某はダイゴロウ・アケチ。フォレス皇国にて治安部隊の責任者をしている者である。わが国で暗躍していた邪教徒の捜査のため、今はリターナー殿に同行させてもらっている。わけあって今はコゴロウと名乗っているが、確認は可能であろう?」
そう言うとハク氏の視線が一瞬泳ぐ。おそらく真偽官に確認をしたのだろう。
「……今は有事だ。慣例などと言ってい居られる状況ではない」
「しかしであるな……」
「限りある資材の管理は、我々が責任をもって行っている。すでに平時の予備兵である冒険者の出番は終わっている。ギルドもまたしかりだ。それに今は緊急統制下。権限は全て領主が有している」
それはあんたじゃないだろう、とツッコんだら負けなのだろうな。
「……そうですね。冒険者としては問題ありません」
「おお、成らばさっそく」
「しかし特使として、いささか問題がございます」
「……なんだと?」
「私からの特例行使は、特使の立場上はクロノス国王からの行使と同じ意味を持ちます。つまり、クロノス王国からクーロン皇国への援助という形に成りますね。これは私一人が勝手に決定しても問題になります。ハク殿も同じでしょう。クーロン王国としては、シガルタ連合との条約もありますので、一存で決めるわけにも行きません」
正確には、決められるけど問題になる。
シガルタはクロノスとクーロンの防波堤だ。こことの関係を悪化させるような手は打てない。逆にクーロンから見ると、この恩を盾にシガルタの意向がクロノス経由で反映されるリスクを考えなければならなくなる。
「名目だけでも冒険者ギルド、もしくは商人ギルドを通していただくのがしがらみが無くて良いのではと思いますよ」
「……ふむ、そうだな。急ぎ過ぎた非礼を詫びよう。では、冒険者ギルドを通じて依頼を出させてもらおう」
おおかた、軍票を使ってかすめ取るつもりだったのだろうと推測する。
この状況下の領にそんな現金が残ってるとも思えない。アインスでも似たようなことがあったが、その時とはわけが違う。もう4カ月以上戦争しているはずだ。
「……では、最後にもう一つ」
まだあるのか。
「貴殿らの戦力についてだ」
そう言って切り出されたのは、ホクレン守備兵団の下につけ、という内容だった。
□雑記
前回から登場した念話の範囲を伸ばしたりするドックタグですが、ボラケに居た頃には作れるようになっていました。
本当だったら『アーニャの冒険』の方の6話か7話でお披露目からこっちで使う予定でしたが、あっちの更新が滞ったので唐突に再登場しています。
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