第322話 ホクレンの戦い2
アーニャの職である騎士とは最もフォーマルな前衛職の一つだ。
スキルと相性の良い装備は剣、槍、盾。軽装でも重装その利点を活かし、ステータスによってアタッカーにもタンクもこなせるバランス職である。
使える高速移動スキルは、系統の対名詞となっている高速移動。
加速、減速を向上させるとともに、風の抵抗を減らし、地面への力伝達を補助することによって最高速度を上げる。さらに上級スキルとして自在飛翔が獲得でき、これにより地形を無視した短時間の飛行、90度までの急変動が可能となる。
短距離の移動速度では縮地に、発動のレスポンスや物理干渉を受けない無敵時間効果では緊急回避に劣るが、最も長時間高速戦闘が可能なスキルである。
盗賊の極めし者であり、撹乱からの攻撃を主軸に据える彼女にとっては最も相性の良いスキル。
そのスキルを最も活かせないのが、狭い閉鎖空間での戦闘、すなわち今の状況であった。
「そのまま壁にぶち当たりひき肉に成ってくれてもよかったのだがな。この広さなら高速移動は十分に使えまい!」
スキルは基本的に、人が意識して操作する。それはすなわち思考の速度が限界となる。
発動を反射運動と結びつける舞踏魔技であっても、コンマ1秒ほどの反応が限界値。それに対してアーニャの高速移動時の最高速度は秒速30メートルを優に超える。それは限られた空間においては、全力を出せない事を意味していた。
「すぐに仕掛けて来ないってのは余裕だな」
アーニャは担当を腰に戻す。
敵は3体、術者は2体でオーガの戦士は大剣と盾を装備。技術で戦うより、力で押し切ると判断した。その場合必要なのは防御を兼ねた短剣ではない。
「なぜ剣を納める?」
「あんたりゃな1本の方がやり易そうだ。来ないならこっちから行くぜ」
魔物との押し問答は無駄。
彼女が心の中で師匠と呼ぶワタルの言葉に従い、大地を蹴って一気に間合いを詰める。
「狂人かっ!?」
それと同時に魔物たちがスキルを発動する。
オーガの術師は、戦士を強化するバフ魔術と、アーニャの動きを止めるため束縛網をそれぞれ放った。
オーガの戦士はバフを受けて、スキルを発動させた連撃を放つ。
人一人が1度に発動できるスキルは基本的に1つだけ。
つまり数が多いという事は、魔物たちはアーニャの3倍のスキルが発動できる。それは絶対的な差である……はずだった。何事にも例外がある。
予測通りの魔術に、アーニャは指をはじく。
解放済みの魔術無効化封魔弾が発動し、束縛網を打ち砕いた。術者がいることを把握した彼女は、あらかじめ複数の魔術無効化封魔弾を即座に開放していたのだ。
「武器破壊」
理力の剣にプラスした一撃によって、オーガの振るった大剣が砕けて消える。
二つ同時に対処される事は無いという慢心は、たった一手で打ち砕かれた。
「ばかな!?」
次の瞬間には、アーニャはオーガの巨体を避けて視覚へと滑り込む。
そこは術師たちにっては見方を巻き込む位置であり、アーニャにとっては術師へ武器の届く距離である。
音速斬り!
亜音速にまで達した斬撃がオーガの術師を切り裂いた瞬間、その体内で魔槍が発動し、その身体を完全に吹き飛ばした。
「おのれ!」
オーガの後ろ蹴りを、アーニャは身をかがめて避ける。
そこに打ち込まれた魔弾は、盾を発動させて防ぐと、完全に消えた術師のドロップを収納空間に放り込む。まずは1体。
「衝撃の咆哮!」
全方位に回避不可能な衝撃波。
その瞬間、彼女の身体を衝撃が襲う。声に反応して咄嗟に離れるように飛んだものの、ダメージを殺し切れずに地面に転がる。
久々に……痛ぇな。
ダメージを受けた際に浮かんだのは、余裕ともいえるそんな感想だった。
2次職用に仕立てた防具は十分な仕事をしている。戦場に飛び込むと同時に発動させた理力の鎧は、ダメージ痛いですむ程度まで軽減している。
飛び起きると同時に飛翔斬。合わせて魔操法技で魔弾を作成。時間差で術者に放つ。
一撃目の飛翔斬を盾で防いだオーガシャーマンは、直後の魔弾を受けて吹き飛ばされた。
致命傷には程遠いが、魔術師の踏み出す者となりINTに補正が乗った彼女の魔術は、術師に隙を作るには十分な威力があった。
「こざかしい!」
「おっと!」
オーガ戦士は刀身の9割が砕けて消えた剣をたたきつけるが、それをアーニャは身を捻って避ける。
お返しにと放った斬撃は盾によって受け止められる。
「迫りくる壁!」
「ちょっ!?」
目の前に発生した壁が迫る。
アーニャはそれを間一髪、封魔弾で無効化することに成功した。
「っ!奇妙な技を使うな!」
「隠し玉の一つや二つ誰でも持ってるだろ?」
範囲攻撃を警戒して、アーニャはバックステップで距離を取る。
彼女の持つスキルや呪法では、衝撃の咆哮や迫りくる壁のような広範囲スキルは防御するしか対処方法がない。
それに一手使ってしまえば、まだ数で負けている彼女がジリ貧になるのは目に見えていた。何より、ここは船上のど真ん中。いつ他の魔物が結界内に飛び込んでくるか分からない。
「悪いけど、さっさと終わらせてもらうぜ!」
「ぬかせっ!」
オーガ戦士は一気に間合いを詰める。その背後からオーガシャーマンは眠りの雲を発動させた。普通であれば躱せない一撃。
しかしアーニャは眠りの雲を封魔弾で無効化すると、オーガ戦士の足元に向けてスキルを発動した。
「穴掘り」
地面に穴をあけるそれだけのスキル。
しかして地面が消えれば物は落ちる。それは魔物であっても変わらない。
「十字飛斬!」
「ぬぐっ!」
穴に落ちたオーガ戦士の顔面に斬撃が迫る。
それは身動きが制限された穴の中で緊急回避を発動させて斬撃を素通りさせた。
……それは真後ろに居た術者には致命傷だった。
次の一手を考えていたオーガシャーマンは、その身を十字に引き裂かれ、それが致命傷となって塵と消える。
「このっ!がっ!?」
穴から飛び出したオーガ戦士を縮爆風が襲う。
魔操法技で発動させた風の初級魔術。圧縮された風が破裂するその術の威力は決して高くないが、空中に居る魔物の姿勢を崩すには十分だった。
「貫通螺旋撃」
突き出した剣が胸を貫く。同時に放った魔槍がオーガの身体を吹き飛ばし、結界の壁へとたたきつけた。
HPの高いオーガは身体の半分を吹き飛ばされても即座に消えない。しかしそれは、逆転の一手とはならなかった。
一瞬、アーニャとオーガのの視線が交錯し……。
次の瞬間には、飛来した飛翔斬によってオーガの首が宙を舞う。それが決定打となって、その身は魔素へと還っていった。
トータル2万G弱に相当する魔物と1体3で戦い、受けたダメージはHPの1割以下。
成人してから半年足らずの間に、彼女は既に英雄と呼ばれておかしくない力を得ていた。
……ダメージを受けちゃうってのはまだまだだな。
崩れていく結界を横目に、先ほどの戦いを反省する。
オーガ戦士の武器を破壊した時点で、そいつの範囲攻撃への警戒を怠っていた。一撃で戦闘不能にするだけの威力が無かったのは運が良かった。ダンジョンのボスはもっと強かったのだから、もう少し慎重に戦わないと。
そう自分を戒めながら、ドロップ品を回収するために視線をオーガの身体へと向け……。
「……やっべ……これどうしよう」
意識なく倒れた子供を目にし、はじめて困惑の表情を浮かべるのだった。
明日はアルコールが入ると思われるため、次回更新は12/25(日)となります。よろしくお願いいたします。
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