第320話 クーロン皇国へ
バノッサさんと再会してから数日後、ウォールを飛び立った飛行船はシガルダ山脈の谷を抜けて、一路クーロンを目指していた。
現在の飛行高度は約2500メートル。それでも山脈の中では低いエリアであり、横を向けば雪をかぶった山の峰が連なっている。眼下は森だが、横目に見える山に木々は無い。森林限界はそう変わらないらしい。
ウォールでの手続きは滞りなく進んだ。
飛行船にはクロノス王国の紋章がでかでかと塗装され、特使を示す旗も何本か立てられている。
バノッサさんに振られた勇者の話は、後でみんなが居るところで話すと先延ばしにしてある。余りに懐かしすぎてタリア達にも話していないからだ。
異世界人であるとは話しているし、いまさら感もあるのだが……そもそも勇者と言う立場がこの世界でどういう物なのか良くわからん。
どうも教会が探しているらしいが、詳しい話はバノッサさんも知らないとのこと。教会のトップである神聖アトランテ教国は西大陸だ。すぐに何か関わることは無かろう。
ここ数日で行ったのはみんなのレベル上げだ。
バノッサさんは近接ステータスの向上の為に侍の極めし者となってもらい、更にアナウンス覚悟で魔術師の極めし者になった。とばりの杖だとMPの消費が激しいが、流石にもうどうなでもなる。
野良の魔物が確保できるなら、とばりの杖は何気に亡者との相性も良いし、使い放題に近い。
もう驚かないと言っていたのに、あまりの内容に発狂しかかっていたのは御愛嬌としておこう。
コゴロウは改めて付与魔術師を取得。
バノッサさんから「属性剣を覚えたらどうだ?」た言われたのが発端。属性剣ってのは、炎剣や雷剣の総称だ。
このスキルは本来は魔剣士のスキルなのだが、扱いとしては初級。付与魔術師は2種類だけ先取りしている。後発職の少ないメリットだな。
燃える剣はお気に召した様で何より。
バノッサさんが魔術師を解放してくれたので、アーニャも魔術師を取って少しINTを伸ばした。
ついにキューブの6面を突破したので、INTの上昇が魔力制御に影響無いかを調査してもらうためだ。最近は暇さえあればどころか、手の甲に括りつけて常時4面辺りまではクリア状態を維持していた。……トレーニング仕方が転生者のそれっぽいんだが、俺の育て方は正しかったんだろうか。
高INTの影響は、操作の範疇である300位までなら問題無し。なので彼女は魔術師の踏み出す者として少しだけステータスを上げている。
タリアも槍兵の転職して踏み出す者までは進め、ステータスを底上げ。
彼女は近接職を取っていなかったので、槍の近接戦に成らす意味もある。翌日には精霊使いに戻っている。ウォールでは神凪に転職できないのと、最近精霊を放置しすぎたためご機嫌取りらしい。
変わり無しは俺とバーバラさん。
ウォールの神殿で死霊術師に転職できなくなっているので、簡単に職を変えることが出来ない。クーロンなら可能なはずだ。キューブが4面まで進んだから、それが進捗か。
バーバラさんは今朝まで鍛冶師だった。最近職人が板について来ている。
幾つか魔導回路を超越したレベルのアイテムを開発しているようなのだが、まだ納得が行っていないと教えてくれない。どうせなら俺をあっと言わせるものを作りたいらしい。
亡者組は経験値効率が悪いので大きな変化はないが、ダンジョンでだいぶ成長している。
ダンジョン攻略中にアルタイルさんとタラゼドさんは3次職に上がったが、レベルアップは遠い状態。アルタイルさんは大魔導師、タラゼドさんは開拓者だ。二人とも順当な転職と言える。
その他のメンバーも連れてきているのは全員2次職で、しかも魔術師系1次職は極めし者に成っているので戦力としては申し分ない。
「……さて、そろそろ山脈を抜けると思うんだけど」
飛び立ってから既に半日。
山から吹きあがる風の影響を抑えるため、ほとんどの時間を泡の盾で覆って飛行しているので、速度はかなり遅い。それでもウォールを飛び立って200キロは飛んでると思うのだが。
『今見えてる峰を過ぎると、眼下にウィダルケンが見えるはず。掲げてる国旗が覚えた奴だから間違いないわ。その先から徐々に山が低くなって、森と草原に変わるわ』
『了解。クーロンが見えたね』
城塞都市国家ウィダルケン。シガルダ連合でクーロンに接する都市のひとつ。
切り立った山の上にある城塞都市で、魔物が居なければ観光地として栄えたであろう美しい街だ。
『アーニャ、都市の横を抜けて、山からの風が問題無くなったらシールド解除。一気にホクレンまで向かう』
ホクレンはクーロン北方にある中核都市のひとつ。ウィダルケンからだと、おそらく60~70キロぐらいの距離。ホクレンの西北西にホクサンという都市があったが、こちらは2カ月ほど前に放棄され、今は前線となっているはずの街だ。
『今の所観測できないけど、下手をすると魔物の軍勢の上を飛ぶことにならない?』
『なっても高度があれば影響は小さいはず。今も時々撃たれてるし』
山間を飛んでいると、どうしても森の中からの攻撃が防げない。
ちょくちょく撃たれてはいるが、幸いなことに盾を貫けるほどではない。鳥だの虫だの、飛んでくる魔物は今の装備で撃退できている。
『みんな、右手にウィダルケンが見えた!』
アーニャの言葉で、みんなが一斉に右手を見る。
眼下には城壁に囲われた都市が崖と言っていい山の上に立っており、その裾野にはわずかに農地が見える。
『……凄い所にある街ね』
『上から見るとね。時期が良ければ、街の眼下に雲が広がって雲海が見られるらしいよ』
『雲の上の街であるか!』
『すげぇ!見てみたいな!曇って食えるかな?』
雲は水蒸気の塊だから食べれないかなぁ。
飛行船でもがんばれば雲の上まで出られると思うが、密閉が甘くて気圧の影響を受けるからやるつもりはない。ウィダルケンによる予定も無いし、雲海は当分はお預けだ。
都市の横を抜けると、山が一段低くなって森が広がり、その先には川と草原が入り混じる。
生えている木々は広葉樹が多く占めるようになる。この辺はまだ落葉広葉樹が多いが、南下していけば熱帯地域に入っていくはずだ。さらに南に下ると、サバンナや一度砂漠を挟む。クーロンは地域よって機構がかなり違う広い国である。
攻撃が止んでいる事を確認し、泡の盾を解除して風を推進力に変えると、流れる景色が一段早くなる。
千里眼で周囲を見ているタリアの視界には、既にクーロンの街を捕らえているかな。
そこから進むこと1時間。
強化していない視力でも街がはっきり見えるようになると、それに合わせて異変も分かるようになってくる。
森の中から煙が上がり、大きな魔物が丘の上を進んでいるのが見える。アレは山陸亀の亜種か?
『結構な数の魔物が、いくつもの集団に分かれて街の周囲を襲ってるみたい。1つの集団は100や200じゃ効かないわ。大きな集団を、領兵と思われる一団が迎え撃ってる。小さいグループは街の防壁からの攻撃で撃退してるみたい。亀が2匹いるわね。今見えてるのと、さらに南にもう一つ』
『中々に絶望的な状態だけど、街の様子は?』
『……結構酷いわね。総動員って感じよ。周囲の農地が死んでるから、食料は後衛頼み。その補給路にも魔物の集団がいるわ。……戦況を見ても、手を出せないのはもどかしいわね』
『……あんまり一つの戦場を注視しないようにね』
どうにも出来ない状態で、目の前で人が死んでいくのを見るのは堪えるはずだ。
『この状況、どこに降る?』
『目的はアース狂信兵団のみんなと合流だから街におりたい。すぐに着陸は無理だと思うから、半分のメンバーを地上に降ろして、着陸許可をもらう。交渉はハオランとタツロウにやらせよう』
ハオラン・リーとその部下であったタツロウ・ワンはクーロン出身だ。
完全に外国人の俺たちが行くより良いだろう。
『了解』
『……私たちの前方、街の方に向かう敵の集団がいるわ。数は500ぐらい。強さは不明。街から10キロくらいの位置を街に向かってる。結構な速度!』
『おっけー。それじゃあ、そいつらを蹴散らして味方だってアピールしよう』
さて、戦争だ。死なないように頑張ろう。
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