第310話 長からの助力・受送陣
サクサクと飛行船を組み立てて、エルリック氏を試練に連れて行くイベントを終えようとした所、護衛の冒険者パーティーから待ったがかかった。
「貴殿のスキルが優秀なのは判るが、護衛の立場を考えればその攻略法には同意できない」
影渡しでチャチャっと攻略を進めたかったのだが、NOをもらった形だ。
彼らの仕事はエルリック氏の護衛であり、当然それは俺達からも含まれる、というのが彼らの言い分。
エルリック氏はボラケの錬金術発展には重要な人物で、前職とつながりのある俺たちは信用できないらしい。誘拐まがいの方法でクロノスに連れて行かれることを警戒している、というのが建前。
おそらくだが、エルリック氏が積極的にボラケから離れる可能性も視野に入れているのだろう。
なにぶん、もとは各地を転々としていた人だ。飛行船の開発を主導するためには彼の存在は必要不可欠。ボラケにとっては、今居なくなられては困る存在だろう。
……そんな彼がクロノスから使節団が来るらしいこのタイミングで休暇を取ってペローマに来れているのがおかしいのだが、これは何か思惑が働いたのだろう。まぁ、そこは俺が気にすることじゃ無いので深く考えない。
「それなら、俺達は後から追いかけます。ダンジョンから迷宮に入るルートは地図が出回ってると思いますから、入った所で待ち合せましょう。二日後で問題ないですよね」
態々徒歩でのダンジョン探索につきあう理由は無い。
エルリック氏と護衛の冒険者たちだけでダンジョンを抜けて、迷宮までは行けるだろう。当人たちもそれで問題ないというので、明後日合流する約束で調整した。
……迷宮側の整備通路を使えば、2時間もあれば合流できるはず。楽でいい。
時間が確保できたので飛行船を組み立てなおして、エルダーたちの気体に応え遊覧飛行を終えると、直接長に呼ばれたのだった。
「あの飛行船と言うもの、話に聞いてはいたがなかなか良いな。歴代の飛行機械と比べても、スキルで無理をして浮いているわけでは無いことに好感が持てる」
「ありがとうございます」
「ただ、あいつを外で乗り回すには、保管を考えなきゃまずいだろ?」
「ええ、細かくばらして皆の収納空間、というのも、ちょっと難しい重さに成り始めましたから」
真面目にお留守番要員を確保しなければ成らないかと考えていたところだ。
「そうだろう。なので迷宮の修繕を手伝ってくれた貴殿に、儂から一つ呪法を授けよう。これはいうなれば、取寄と収納空間の合いの子のような呪法だ。取寄は知ってるか?」
「あらかじめ術を施した武器を取り寄せる武器取得は見たことがあります。離れた所にある物を取り寄せる術ですよね」
「うむ。この呪法は2つの地点を繋ぎ、その間で物質をやり取りする。媒介は魔法陣、つまり魔導回路と呼ばれている物と同質の呪法だ。距離に関係なく、2つの陣の間でなら物の送受が可能となる。使いこなせれば、繭に陣を作って飛行船とやらを停泊しておき、外から気軽に召喚、使わなくなった場合はココへの送還が可能となる。貴殿の望みに合致するだろう?」
「……素晴らしいです」
まさにかゆい所に手が届く呪法。
飛行船の安全が確保できるなら、繭と迷宮を使った大陸間移動と、飛行船を使った空の旅で、世界中の主要地域に1日で行けるようになる。
「貴殿が望んだ試想結界は、習得の難易度が高くて形にするのは難しいだろうからな。まずは術を見せよう」
長が座ったまま魔力を操作すると、空中に魔方陣が描かれる。
おおう、簡単に超複雑な魔力操作をしてくれるな。魔力視が発現した俺には、これが容易く真似出来るような術でない事がわかる。……いや、無理くね?
「この術、受送陣と呼ばれているが、本体は浮いている魔法陣のほう。いま貴殿が見ている魔力制御は、これを書くための術だから無理に真似しなくていい。基本的にはこの陣を再現し、その通りの魔力を流せれば、効果を得ることが可能だ」
「陣が本体と言う事は……例えば石板に刻むなどでも大丈夫ですか」
「ああ、それくらい硬ければ平気だろう。布のようなものだとホツレやヨレで使えなくなる。これでも陣はわずかに立体構造を有しているから、魔素導性の高い糸などを作ってあらかじめ陣を作っても旨く行かない。我々のように自在に制御が出来ない者が使うなら、設置式の術として道具化すべきものだな」
なるほど。……これ、魔法陣のサイズと転送できるもののサイズに関連はあるのかな?
特にそこに縛りが無いなら、小さな石板に刻印してしまえば手軽に使えるのだけれど。
「この陣で呼び出せるのは、物の長辺が陣の中にすっぽり収まるサイズの物体までだ。今書いている陣だと最大辺が1メートルほどだな」
「……ってことは飛行船を呼び出すためには70メートル以上の陣を書かなきゃならないって事ですか」
「そうだ。ちなみに、サイズに関係なく召喚できるようにする場合、こうなる」
「あ、無理です」
一目見てわかった。一体いくつの陣が重なっているのか分からないほど複雑な紋様。
それはもう魔導回路の範疇じゃない。
「うむ。ここまで密度を上げると刻印の、それも難易度の高い方の術になる。試想結界や転移陣よりはましだが、それでも習得には時間がかかる。偉大なる者の最低条件を満たす方がまだ楽だからな」
「転送陣……そうか。この術は転送陣の原形ですか?」
「類似の術ではあるが、原形かと言われると儂にもわからぬな。この術は外からしか操作できぬ。また、物がある所からない所への転送しかできぬ。だからこそ術式がシンプルで外乱に強い」
「一度刻んでしまえばだれでも起動が可能ですか?であれば、例えば二人いれば転送陣のような使い方も出来ると思うのですが」
「理解が早いな。魔力の変動がある生物を転送するのには、術者に大きな魔力が必要だが、陣はそのまま使う事が出来る。……貴殿を転送する場合、この術式で必要なMPは装備込みで400から800の間くらいだろう」
「多いですね。……飛行船を転送する場合の必用MPってどれくらいになるんですか?」
「生物でないならば、職のMP換算だと1キロ当たりMP1というくらいのはずだ」
「……無理ですね」
呼び出すにしろ、返すにしろ、6千ほどMPが必要だ。さすがに無理。
「そのまま使うとな。起点となる繭側に魔石を組み込んだ祭壇を作り、そこと回線をつなぐ陣を組み込むことでコストの軽減を図る。さらに周囲からの魔力を集める術式を組み込むことでもコストを軽減できる。こんな感じだ。さらにこれに魔石や魔結晶、貴殿らがMPタンクと呼んでいる装備を使うことで、現実的な消費に落とせるであろう。術式はこのような感じだな」
空中に描かれる魔法陣が形を変え、さらに複雑な紋様を描く。
ぬぅ……より複雑に。……とはいえ、サイズの制限を取り払う術よりは立体構造が無い分、簡単そうに見える。見えるだけかもしれん。
「これから数日かけて、各回路の意味を教えよう。想起を多用している貴殿なら、形を覚えて再現し、自分の使いたいようにアレンジすることも可能だろう」
「……頑張ります」
このレベルの魔導回路の情報は集合知にはないし、これは頑張って覚えるしかないな。
やることが増えたけど、後々必要になる便利機能だ。頑張って覚えよう。
エルリック氏達のダンジョン探索待ち時間は、長の下での術式取得に充てられることになったのだ。
術式、回路、刻印の呼称ですが、人類が手動で操作する場合は術式、物に刻む場合は回路と呼ばれます。エルダーを始めとする進人類が使うレベルの術は、彼らの定義上は刻印と呼ばれます。刻印をモノに刻む技術が生まれた際に、人が使う場合は魔術刻印、物に刻む場合は魔導刻印と呼ばれるようになりました。魔操法技=『術式を使って魔術を発動する技術』です。
これらの術は空間中に描かれる術式の密度が違うだけで、基本的には同質の術に成ります。
次回更新は12/10(土)の夜となる予定です。
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