第286話 レスティリのメリッサ
「貴方から話しかけられたなら、少しは相手をしてもいいわよね。改めまして、わらわはメリッサ。こことは別の繭、レスティリのハイエルフで、貴方と同じ元死霊術師。ここの長に頼まれて、迷宮の一部をメンテナンスするために滞在している異邦人よ」
「これはどうもご丁寧に。ワタル・リターナーです」
「知っているわ。人類初の99レベル到達者……えっと、なんていうんだっけ?」
「極めし者ですか?」
「そうそれ。そんな子が死霊術師を2次職に選んで、しかもこんな辺鄙なところまで来てくれてうれしいわ。自分の繭だったら弟子にしたいくらい」
「……はぁ、ありがとうございます」
「それで、亡骸を戻す理由だっけ。にぎやかしみたいな物よ。犠牲者の居ないトラップは興ざめじゃない?」
「不謹慎だと怒られそうですが」
「気持ちはわかるけどね。貴方のスキルを使えば、遺体が本物かイミテーションかくらいは判っちゃうでしょ。他の職でもそう。迷宮のトラップに作られた頭蓋骨が置いてあるなんて知れたら、普通とは別の方向に怪しさ爆発しちゃうじゃない」
「……確かに」
くだらない話だが、思わず頷いてしまった。
「それに安全装置でもあるのよ。先人の亡骸を見た人たちは、ああは成りたくなりと気を引き締めるの。それが安全につながるのよ。そんなわけで、これは悪いけど返してもらうわね」
そういうと、棺はどこからか来た小さな守護兵たちによって運ばれていく。
また同じ落とし穴トラップに配置されるらしい。
「外に持っていかれないで良かったわ。同じ人の頭蓋骨が複数出るとかホラーだもの」
「それはギャグです」
再生した骨の一部を残しておいて、義体構築で骨だけ復活させれば復元することは可能なのだろうが……魔王信奉者どもがやっていたキメラみたいなことになる。
「……いくつか聞いていいですか?」
「わらわで答えられる範囲なら良いわよ」
「……繭はいくつもあるんですね」
話の端々からそんな感じがしていたが、彼女はここの住人じゃないハイエルフと言っていた。迷宮の数だけ繭があるという事だろうか。
「ええ。現在住人がいる繭は7つよ」
「攻略された神代迷宮は4つなはずですけど」
「2つは攻略者がそのまま深層の試練も突破して奥にたどり着いた。残り一つは、別の繭に到達した者が移り住んだ。今使われている物以外にもいくつかあるわね」
「移り住んだって事は……繭間での移動が可能?」
「頭が切れるわねぇ。そうよ。繭から別の繭へ転移する転送陣があるわ。適応するための魔術刻印……の話は聞いた?」
「いえ、まだ」
「ん~……まぁ、誰か説明されているでしょう。専用の魔術を習得すればだれでも使えるわ。わらわもそれでこの繭に来たし……偉大なる者になるほど難易度は高くないわよ。興味があったら教えてくれると思うわ」
「ありがとうございます。聞いてみます。……という事は、繭を経由して、各地の迷宮に転移することが可能ですか?」
「ほんとに感が良いわね。レスティリ来ない?」
「今の所、偉大なる者になるために修練を積むつもりはありませんので」
「……残念ねぇ。その認識であってるわよ。1つの繭から、最低1つの迷宮への道と、他の繭への道があるわ。それを使って各地の迷宮の管理や補修は各繭の住人の中から能力のある者が担当しているの。わらわは基本アンデット系守護兵の整備がメインだけど、貴方たちが迷宮の攻略を始めたから、トラップに仕掛けられてる飾りの整備に呼ばれたのよ」
飾りってのがあの死体たちの事だろう。
「……住人でない者が、繭を経由して他の地に移動してもよいですか?」
「出来るなら構わないはずよ。そもそも繭に定住してないのもいるくらいだし」
「幻影商隊?」
「……物知りねぇ。そう、繭と外を行ったり来たりして商売してる始まりの小人の集団ね。定住しない彼らは迷宮の外の管理もしてくれているのよ。まだ発見されて居ない迷宮とか、魔物に攻撃を受けている迷宮とかね」
なるほど。
各地の迷宮を移動のスタート地点に使えるようになれば、移動時間の問題はかなり解決するな。
人の住んでいない僻地もあるだろうが、飛行船と組み合わせれば世界中どこにでも飛べるようになるだろう。
「魔物の攻撃と言えば、ここもですか?」
「デルバイはちょっと厄介でね。魔物ダンジョンに人が居るから、わらわたちだとちょっと手が付けづらくて。……攻略を頼まれた?」
「ええ」
「それはお疲れ様。面倒だと思うけど、出来れば頑張ってね」
「一応そのつもりでいます」
勝手に潰しちゃっていいのかという問題はあるものの、ムネヨシ氏からの頼みだし、経験値は欲しい。
「もう一つ……迷宮が神に至る試練なのだとして……後半の試練はすべてやり直しが利く物でした。にもかかわらず、前半には致死性のトラップが数多く設置されています。なぜかご存知ですか?」
これは結構気になっていた。
前半の迷宮部分に対して、後半の試練は難易度は高い物の比較的安全設計に成っている。
転送陣で即死トラップとか警戒していたが、そんなものは無くここまで到達することが出来た。ちぐはぐなイメージがぬぐえない。
「ん……わらわは聞いた事無いけれど、遺跡なんてそんな物じゃない?」
「そんなモノって……命がかかってるのに?」
「命を懸けて挑戦する価値があると思ったから、みんな迷宮に挑戦したのでしょう?少なくとも、魔物が現れる前の時代はそうだったらしいわよ」
「それはそうですけど」
かつて、まだ魔物が居なかった時代、迷宮を攻略したある冒険家の一団が、西の大陸に大いなる発展をもたらしたした。中間地点の碑文に刻まれた技術は、当時としては画期的な物だったのだ。
それを知った人類は、各地にある迷宮に挑むようになる。
ここデルバイの迷宮も、クロノスの迷宮も、そうやって攻略された迷宮の一つだ。
「今は迷宮に挑戦するものが減っちゃって、ここ数十年、ここも新しい人が来ていなかったけど……だからと言って、誰でも彼でも試練に挑戦させればいいってものじゃないわ。今は昔よりずっと人類が強いもの。ここは守護兵がスキルへの耐性があるから攻略されづらいけど、そうじゃない所は大変よ。もちろん、気づかれない対策は打ってるけどね」
確かに、今は迷宮もかなり攻略難易度が下がった時代なのだろう。
3次職なら守護兵も正面から殴り倒せるし、スキルが効果あればもっと容易だ。
「……いえ、今はそうだとしても、最初に挑んた人たちは違いましたよね」
罠と怪物が犇めく迷宮の奥底には、叡智と神へ至る試練がある。
そこに群がるのは、欲深きモノたちか、挑まざる終えなかった弱きモノたちだろう。
それが望む形なのだろうか。まして、迷宮の前半は試練の存在すら明かされない。報酬は未知の財宝か、それとも踏破の栄光か……それを求めた物が神界への門をたたくのは、果たして望んだ結果なのだろうか。
「……迷宮の犠牲者が気になる?」
「長の話を聞いて、こんな方法しかなかったのかと疑問は持ちました」
今はオブジェとされた亡骸たちも、かつては生きていた。迷宮が無ければ、死ぬことも無かった者たちだ。
神が同胞を求めているのだとして、もうちょっと別のやり方があったんじゃないかと思ってしまった。
「……迷宮を作った神が何を考えてたか、わらわも知らないわ。挑んだ者たちは好奇心ゆえか、探求心からか、それともあるかも分からない財宝に目がくらんだか。……それらは全て欲望、人の力よ。深ければ深いほど大きな力。それこそ、神に至る程のね。次に進むには、それを捨て去らなきゃならない。大きな欲望を捨て去れたものほどふさわしい。勝手な推測だけどそんな所かしら」
「……なるほど」
「それに、知覚の試練がクリアできる魔力知覚の能力があれば、ダンジョンのトラップは見えるわよ。最短ルートとは別に、トラップが全くないルートも存在するわ。危険なのは実力が足らないからよ。自業自得ね」
……魔力視があれば、比較的安全にダンジョンを探索することが出来たという事だろうか。
「腑に落ちないなら、祭壇で祈りをささげてみると良いわ。何か答えてくれるかもしれないわよ」
「そうですね。それは直接聞いてみます」
「聞きたい事はそんなところかしら?」
「ええ、今思いつくものは」
「それなら、わらわが回収しなきゃいけないものは回収したから戻りましょう。送るわ」
「ありがとうございました」
彼女が『どういたしまして』と言って杖を振るうと、次の瞬間には街の中へ戻っていた。彼女の姿はすでに無い。
短いやり取りだったが分からない事が増えた。……迷宮について、もう少し詳しく聞いてみよう。
そう意志を固めて、遠くに見えたコゴロウ達を追いかけたのだった。
今回は前話にまとめるつもりで全く収まらなかった与太話でした。
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