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第284話 タテマルと職人を目指す者

タリア、アーニャの二人と別れたバーバラは、壮年のドワーフに連れられて高い煙突の在る工房を訪れていた。煉瓦造りの家の庭に炉と釜があり、燃料であろう石炭らしきものが積まれている。


「……すべて外にあるのですね。雨は大丈夫なのですか?」


てっきり煙突と家は繋がっているのかと思っていたら、鍛冶に必要なほとんどの設備は庭にあり、燃料すら雑多に積まれていた。


「ここは地下だぞ?天候が荒れる何てありゃしねぇよ」


タテマルと名乗ったドワーフは、ちょっとあきれたようにそう返した。

そう言えばそうだったと、バーバラは改めて空を見上げた。薄曇りのように輝き、あたたかな日差し?を放つ空は、余り洞窟の中であることを感じさせない。ともすれば忘れそうになる。


「わざわざくそ熱い部屋の中に窯や炉を置かなくていいのがここの利点だな。風も穏やかで雨も制御できる。まぁ、俺らなら外でも同じことが出来るが、ちょいと面倒くさい。だけどここは素材を作るだけだぜ。魔術的な加工は中でするぜ。その方が外乱(ノイズ)の影響を受けないからな」


聞くところによると、ワタルとコゴロウの装備強化をしてくれるらしいムネヨシ師は錬金術師寄りの魔装具師、タテマル氏は鍛冶師寄りの精錬魔工匠らしい。

初めて聞く名称で『そんな事言われても分からない』という感想が彼女の頭の中をよぎったが、まじめな性格故口には出さない。なので分からないままである。


「さて、すでに聞いてると思うが、俺達はみんなお前さんらが試練に挑むのを見ていた。ここではそれを見て気に入った奴がいれば手を上げて力を貸していい事に成ってる。ムネヨシは珍しい装備や、使い込まれた装備マニアだからな。男二人は自分が面倒みるっつてた。んで、人間の嬢ちゃんと、獣人の嬢ちゃんはローナとアンドリューが連れてった。お前さんの担当は俺だ」


「はぁ……えっと、試練を見て気に入った人物が居たら弟子にする、みたいなイメージで良いのでしょうか?」


「ああ、それで構わねえぇ。俺達の目的は、自分が次の存在に上がる事と、同胞であるエルダーを増やす事だからな」


「……申し訳ないのですが、私のどこが気に入ったのか教えていただけますか?」


魔力制御に置いては、アーニャはもとより精霊と契約したタリアにも及ばない

知覚の試練での戦闘は、ほぼワタルの作った石弾(ストーン・バレット)のマジックアイテム頼みで、役に立っていた気がしない。彼女には特別活躍した覚えなどなかった。


「そりゃ、お前さんだけ職人の手だったからだよ」


「……職人、ですか?」


「操作の試練では、試練に挑んだ奴の身体的特徴が分かる。お前さんの手には、鍛冶仕事、鉄をハンマーでたたいた時に出来る特有のタコがある。魔術で治療しているようだし、比較的新しくて普通の職人に比べりゃ全然だが……魔闘士には必要ない物だろう」


「……そうですね」


バーバラは思わず自分の掌に触れる。

そのタコは、2カ月余りの間ヒノ工房で金槌を振るい続けたことで出来た物だ。皮がむけたら治癒(ヒール)で治してしまうし、修業期間としては短すぎて何かが得られた実感はなかった。

故に、職人の手だと言われた彼女は大きく驚いていた。


「お前さんが職人か、職人をあきらめた奴かは知らねぇ。だが、一度槌を握ったことがあるなら、声位かけてみるかと思ったわけさ。何せ俺たちはここに来た奴しか構えねぇから、暇なんだ。寿命何てないようなもんだしな」


ムネヨシ氏が最初に合った時、遅いと叫んでいたのはその為だろうか。何とも難儀な話だと彼女は思う。

神に成ろうとする集団がその長寿さゆえに暇だとのたまい、たまに訪れた旅人に娯楽を求めるのは割と滑稽な話である。


「んでだ、お前さんが職人から足を洗ったっつーなら、アンドリューの所で普通に魔術を学んだ方が良いんだが……どうだい?」


その問いに対する回答は、いつも彼女の中でくすぶっている物だ。


「……私は自分を職人だと思ってはいません。鍛冶師、技師、木工職人、錬金術師。レベルで得られるスキルと知識は持っていますが、だから職人というわけでもないしょう。……でも、職人と呼ばれる人たちが生み出す者にひかれているのは事実です。機会があって真似事くらいはさせて貰っています」


「ふむ……自分で作った物はあるかい?」


「今持っているのはこれ位ですね」


彼女が持っていたのは、模擬戦に作った威力軽減機能付きのガントレット。


「……ほう。これだと威力が下がるから……模擬専用か?」


「一目見てわかるのですね。その通りです。ワタルさんの発案で、私が作りました」


「なるほどな。悪くない。……それじゃあ、俺の造った物も見せようか。まずはこいつだ」


そう言ってタテマルが取り出したのは黒く輝く煉瓦大の石。表面にはつやがあり、手触りも同様にツルツルとしている。


「これは?」


「重ねてみろ」


言われるがままに2つ目を受け取って重ねると、まるで最初から一つの石だったかのようにくっ付いて切れ目は消えてしまった。


「……っ!?」


「見覚えは無いか?」


「……モノリスですか?」


「ご名答」


小さな煉瓦状だった時には思い浮かばなかったが、この光沢のある黒い石は叡智の間や試練の間に合ったモノリスに他ならない。


「こっちは迷宮前半の壁、そっちは試練の間の壁だな。壊れない迷宮なんて言っても、補修は必要になる。作り方を絶やすわけにも行かねぇから何人かが交代々々で作ってる。知っての通りこいつはスキルをほとんど受け付けず、条件を満たせば強度も恐ろしく強い。それを成しているのは魔導刻印って技術だ」


「……魔導回路とは違うのですか?」


「別物……という分けじゃあない。魔導回路は安定性を得るために太く、大きくなっていて、結果的に複雑なものを描けない。魔導刻印は非常に細く精密で、それゆえにより高度な現象を記載することが出来る。もちろん良い事だけじゃなく、外乱には弱い面もある。迷宮壁が強固なのは動かさない事を前提に刻印がされて居るからさ」


「回路を高度化した物が刻印という事ですか?」


「ああ。概念は同じなのさ。ちょっとまどろっこしい話なんだが、お前さん達が魔操法技(クラフト)って呼んでいる魔力制御で魔術を発生する現象な。アレを高効率化する手法に魔術刻印ってのがある。この魔術刻印ってのは、俺達が次の次元を目指す際に重要な技術になるんだが……これは魔術回路を発達させたものだとおもって貰えばいい。魔導刻印は魔術刻印をモノに転用した場合の呼び方だな」


魔術を効率的に、安定的に使うというのが魔導回路の基礎概念であり、それが発展していく中で刻印と呼ばれるようになったとタテマルは語る。


「おそらく、アンドリューは魔術刻印を教えるだろうが……あんたにゃこの魔導刻印を覚えてもらいたい。基礎は一緒でそれぞれにメリット、デメリットがある。エルダーに成ったり、その先に進むつもりなら魔導刻印は要らない技術なんだが……職人なら見込みが在るかと思ってな。どうだ?」


「……どう……と訊かれても、そもそもわたしに出来るか分かりません。まだ魔導回路もろくに刻めないんです」


錬金術師協同組合のエルリック会長の下で回路について多少は学んだが、全然物には成って居なかった。


「操作の試練をクリアしてんなら、回路はすぐ引けるようになるさ。俺が聞いてんのは、お前さんがこれに興味を持つかどうかだ。それ以外はどうでもいい」


やりたいか、やりたくないか。バーバラに問いかけられているのはそれだけだった。

そしてその問いかけは再三成されていて、結局答えはいつも決まっている。彼女は自分の中にある、形に成らない渇望を満たすため、与えられるすべてを取り込むつもりでいた。


「……教えてください」


「よっしゃ、それじゃあ決まりだな」


5人の中でもっとも自らに迷いをいだいていた彼女は、奇しくも5人の中で最も早く、自らの進む道を決めたのだった。

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