第219話 シーサーペント攻略戦
船の周りの魔物たちが片付くと、一時だけ平和な時間が訪れる。
今のうちに負傷者を回復。少しでもMP回復に努めようと、水中班も最低限の人数を残して船に戻ってきた。
まだ本体の戦いは続いている。他の船への援軍には、バードマン数人が先行してった。必要なら救援要請があるだろう。
「しっかし、派手にやってるな」
距離にして2キロほど先、巨大なシーサーペントが、本体である旗本船の周りで暴れているのが見える。
飛び交う雷光、上がる水しぶき。ストーム系の範囲魔術が惜しみなく投入され、近づく者を薙ぎ払う水のブレスは頑強な盾で阻み、主力隊は船の周りを動き回るシーサーペントに着実にダメージを与えているようだ。
水中で戦っていればいいものを、鎌首もたげて海面に上がって来るのは、水中班が優秀だからかな?
おそらく水中限定のデバフやスリップダメージ系のスキルが発動しているのだろう。その効果から逃れるため、シーサーペントは定期的に飛び上がって場所を変えている。
「あれには巻き込まれたくないなぁ」
あの船には守護戦士やその上の防御特化職が複数人乗っていて、それで船を守りながら戦っている。
この船の戦力だと、すぐにシーサーペントの攻撃を防げなくなって沈むだろう。
「とりあえず、近づくまでは一息ね」
俺たちは近くに襲ってくる魔物が居なくなったので、集まって休憩中だ。
ハオランとスコットさんは収納空間に戻ってもらった。今はタラゼドさんが周囲を警戒しながら、アルさんがいざという時のため船の守りに当たっている。
「近づく前に終わってくれると楽でいいんだけどね。やっぱり海上戦は辛い。ずぶぬれだよ」
タリアの言葉に、俺は希望的観測を盛りに盛って返した。
鎧を着なおして、乾燥と清潔で綺麗にはしたものの、それだけだと冷えた身体は回復しない。気分的には暖かい湯につかりたいわ。
「落ちた時は驚いたわよ」
「俺もだよ。アルタイルさん、助かりました」
「いえいえ。私のスキルで対処できるのは交換転送しかありませんでしたから、浮いて来てくれて助かりました」
「すぐに上がってきたけど、どうやったの?」
「イソギンチャクの足は魔弾で吹き飛ばして、ビットを推進力にして浮上した」
「ビットをですか?」
「あれって水中でも行けるのか?」
「プロペラが持てば」
さっき確認したが、空中用のプロペラやギアでは水の抵抗に耐えられなかったらしく、羽根やギアに損傷が見られた。
「どこが壊れたのか後で見せてください。改良の糸口になるかも知れません」
「うぃよ。ついでに水中仕様も考えてみよう」
使わないかもしれないが、大陸に向かう前に準備しておこう。備え合えば憂いなし。スクリューの試作品も作っても良いかも知れん。
「そう言えば、さっき使ってたスキルが気になるんだけど、あれ念動力じゃないわよね」
「ん?ああ、炎雷剣か。あれは炎剣と雷剣を一時付与で2重化した必殺技モドキ」
必殺技と言うほど威力が出ているかは、今一自信がない。
「私に挑戦させてる、火と雷への同時変質とは違うのね」
「発生する事象は似たようなもんだけど、やってることは違うね」
炎剣、雷剣共に魔力で剣状の炎や電を継続的に発生させる魔術。刀身は念動力と同様の力場であり、斬る斬らない、当る当たらぬが自在の無芯刀である。
火力や強度はINT参照。効果だけ見ると強力なように見えるのだが、力場を細かくコントロールしなければ成らない為単体でも扱いが難しく、剣に付与しての使い方しかしていなかった。
「剣が折れちまったから、この間練習していたのを使ってみたけど……勢いがあれば行けるな」
このソード系の魔術は実体の有る剣よりも軽く、早い斬撃が放てるというメリットはあるのだが、早く動かせば動かすほどコントロールが難しい。あくまで力場なので、コントロールできないと斬れずに効果範囲を焼くだけになる。余熱で焼くだけだと今一威力が低いのだ。
また、通常では炎剣に雷剣を付与することは出来ない。多分実体がないせいだと思われる。これは切れ味強化も実は同様のようで、一時付与で無理やり付与すると、一瞬だけ効果が乗ってすぐに消えてしまう。
しかし個別に発生させた炎剣と雷剣を重ねて持ち、一時付与で一つにまとめようとすることで、わずかな時間だけ2つの魔術の効果を併せた炎雷剣が維持できることが分かった。時間にすると数秒だ。
なぜか毎秒起動コストを消費するらしく、その数秒で100以上のMPを持って行かれるので乱用は出来ない。しかしINT参照の剣の2重掛けは、雷縛のバスタードソードの攻撃力を軽く上回る。
俺のSTRで振り回しても折れないのも心強い。
バスタードソードは作った時ですらSTR参照値200で、少し心もとない性能だったのだ。
ただし前述のとおり刀身は力場なので、一瞬でも集中力を切らすと敵の攻撃も素通りする。攻防時に使うのはリスクが高すぎるので、文字通り必殺技だな。
「私の念動力も、原理的には同じようなことが出来るのかしら?」
「上手く使えば出来るかも。力場による斬撃って、結局ある線上で左右別方向に力を掛けることで引き裂いてるだけだと思うから」
切り割くんじゃなくて引き裂いてるわけだから、中々に怖いよね。
別のスキルを使って、既存の魔術を再現する。これも技法のひとつになるだろうか。
『あ~、諸君。くつろいでいるところ悪いが、そろそろ船の墓場の真上だ。シーサーペントも近づいてきている、気を抜くなよ』
おっと、もうそんなに近づいてきたか。
『タラゼドさん、周囲はどうです?』
『魔物は出尽くしたみたいだな。お宝も見え無ぇ。ちいとばかし深すぎる』
冒険家は俺が死者探査を覚えたように、価値あるモノを探す財宝探査と言うスキルを覚える。ドロップ品を漏れなく回収したり、野山で薬草などを見つけるのに便利なスキルだ。
『シーサーペントのやつは相変わらずだ。ありゃ一進一退って所だな。なぁ、潜って良いか?』
『終わって船長から許可が出たらですね。そこまで行くと、俺の魔術の範囲外に出そうなので、検証しないと無理です』
『ちっ。もしかしたら魔物化しねぇお宝があるかも知れないってのに』
『片付いたらまた来ればいいでしょう』
魔物化しない宝なんて、高濃度の魔素汚染物か放射性物質とかだぞ。怖くて触れないよ。
……あ、死体なら平気か。魔素汚染物は魔術にどんな影響出るか知らんけど。
『……すまん、本船搭乗の諸君。旗本船から要請だ。シーサーペントの足止めをして貰いたいらしい。厄介なのが来た』
おっと、船長からのお手伝い要請だ。
『敵ですか?』
『一応味方だ。海見てみ』
そうは言われても、海蛇モドキが派手に暴れている以外に変わった様子は無いが……。
『……ありゃ、タマット、ラーファ、ペローマの軍艦だな。手柄を横取りに来たか』
タラゼドさんは遠方に船影を見つけたらしい。
なるほど、援軍か。こりゃ厄介だ。
『援軍なら急がなくても良いんじゃない?』
『そーでもないのよ。国同士のメンツってのはね』
東群島の各国家は、魔物が居なきゃ戦争しててもおかしくない時代背景がある。
民間の運搬船が止まっているのはどこの国も同じだ。ライリーに手柄を独り占めされたくないのだろう。この近海を調査航行していた船が嗅ぎつけて、おいしい所を持って行くつもりらしい。
この船団は、他の国の船が戦闘に絡んでくる前に倒し切りたいと。
『うちのパーティーだと、正攻法で役に立つのはアルタイルさんだけですね』
『600メートルくらいまで近づけば何とか』
『どの船もそう変わないさ。突っ込むから落ちんなよ!』
各船が大きく舵を切り、旗本勘に向かって一気に進み始める。
足並み揃えて500メートルほどまで近づいたら、一斉に拘束スキルを発動させて捕らえ、3次職のスキルで一気に仕留める算段。それなら、全力で乗らせてもらおう。
『キロ切ったら俺は束縛糸でちゃちゃ入れます。うまく捕まえたら氷結暴風で海ごと固めるんで、海中組に注意させてください。タリア、流氷大地をよろしく』
『了解よ』
『一応伝えとくが、無茶すんなよ』
さて、ビット、行ってこい!
風を切って4機のビットたちが戦場に向けて飛ぶ。あっという間に戦いの真っただ中、まだこっちは雑魚も残ってるな。
飛び出しているのに魔弾や魔投槍を当てて撃墜数を稼ぐ。シーサーペントがこちら側に顔を出したらその時が勝負。
船はじりじりと距離を詰めている。サーペントが手前の海上に顔を出したのは、700メートルを切った辺りだった。
「多重詠唱、束縛糸!」
4機のビットから、計20重の束縛糸が発動し、シーサーペントの身体に巻き付いていく。
束縛糸は地面から伸びる光の帯で敵を拘束する魔術。ここは海上で地面が無いので、効果は半減だ。すぐに振りほどかれる。
「荒ぶる風の神よ!変幻自在なる水の神!二柱の力を併せ、荒れ狂う氷の嵐を呼べ!凍てつく風はすべてを白く染め上げて、後に静寂のみをもたらせ!氷結暴風!」
クソ長い詠唱っ!
だけどどっかの船の拘束魔術がサポートしてくれたおかげで、氷結暴風の中にシーサーペントを捕らえた!船が揺れるっ!
「冷々たる氷の精霊さん、点に集いて錐となり、ここに凍れる大地を生み出せ!流氷大地!」
氷結暴風によって生まれた氷の結晶が精霊魔術で肥大化し、巨大な質量の枷となってシーサーペントの動きを鈍らせる。
『ひゅぅ!こいつはすげぇな!』
「狙いやすくて助かりますね。重力の楔よ!集え!重力子の檻!」
アルタイルさんの上級魔術が発動して、シーサーペントの身体を空間に束縛する。
網の目のような力場が敵を拘束し、弱い敵ならそのままさいの目に切り刻む攻撃と拘束を兼ね備えた拘束魔術。
その外から更に水の枷や光の檻が絡みついて、シーサーペントは身動きできない的と化す。
『諸君!協力に感謝する!』
次の瞬間、視界を覆う光の奔流が敵を飲み込み、荒れ狂う暴風と共に巨大海蛇は空気に溶けて消えたのだった。
「余波で落ちるわっ!」
荒れに荒れた海流にもまれ、その日一番の落水者を出した一撃だった。
タイトルに反して、海蛇は秒殺でした。
こう言う作戦を最初っから取らないのは、ザコが多い状態だと失敗するリスクが高い(魔術無効化や対抗呪文などで防がれる、交換転送で身代わりになられるなど)のと、失敗後に防御力の足らない小型船がやられるリスクが高いからです。
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